新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

50 / 277
イシス砂漠②

 

 

 

 扉の前で立ち尽くすカミュ達を暫しの間観察していた老人は、『立ち話もなんですから』という言葉と共に、カミュ達を家の中へと招き入れた。

 

「こんな砂漠の果てにどのような御用かの?……商人には見えんが……」

 

「……はい……まずは突然のご訪問、大変申し訳ございません。私達は<イシス>の城に向かう途中でして。途中で陽も気温も落ちて来た時にこのお宅が目に入り、厚かましくも一晩の宿をお願いする事は出来ないかと思い、戸を叩かせて頂きました」

 

 仮面を被ったカミュが、嘘の話を作り上げ始めた。

 その事にサラは一瞬顔を顰めるが、カミュの言葉を真っ向から否定する事は、気温が氷点下に下がっている砂漠に放り出される可能性がある事である為、サラは口を開く事が出来なかった。

 

「ほぉ、それは、それは……ここから、<イシス城>まではまだ丸一日掛かりますからの。狭い家ではあるが、疲れを癒しなされ」

 

「……ありがとうございます……」

 

 カミュの言葉を信じ、老人は快くその願いを聞き入れた。

 その老人の優しい笑顔にサラの心は痛む。それと同時に、世界を救う為に旅する『勇者』といえども、一晩の宿を取る為に相手を騙すしか方法がないという現実に落胆した。

 

「しかし、今の<イシス>にどんな御用かの?……新しく士官するつもりなら、今は無理だと思うが……そうではなさそうじゃのう……」

 

 家の外でカミュ達の衣服に付いた砂を払わせてから、老人は椅子を勧めた。椅子に座った一行の前に暖かな飲み物を置いた老人は、カミュ達を一通り見廻してから、疑問を口にする。

 それは、あたかも<イシス>の番人であるかの様な物言いであり、カミュとサラは表情を引き締めた。

 もし、この老人が<イシス>と通じる者であれば、下手な事を話す事は出来ない。 

 

「私達は、<魔法のカギ>という物を求めて<イシス>に向かう途中でな」

 

「リ、リーシャさん!」

 

「……この馬鹿……」

 

 しかし、そんな二人の思慮を余所に、いつもの様に相手の疑問に素直に答える正直者の姿があった。

 その発言に、サラは慌て、カミュは顔を顰める。

 <魔法のカギ>は、云わば伝説の域に入る代物である。ともすれば、それは『国宝』として扱われていてもおかしくない。

 実際に、<魔法のカギ>は<イシス>にあるという話も出ていた。つまり、リーシャの言葉は、<イシス>の『国宝』を狙っていると言っているようなものなのだ。

 

「ほっほっほ。実に真っ直ぐな回答が返って来たものじゃ。いや、何、そなた等もそこまで警戒する必要はない。儂は、もはやあの国とは何の関係もない老いぼれじゃよ」

 

「……では……以前は<イシス>で?」

 

「ふむ……先代の女王様の下で文官としてお仕えをしておった……」

 

 警戒を強めるカミュ達を柔らかな笑顔で制した老人の過去を聞いたカミュ達は、心底驚いた。

 まさか、そこまでの高官だとは思っていなかったのだ。

 <イシス>は代々女王が治める国として知られている。

 何故か、イシス王家には男子が生まれない。その時代の女王が懐妊すると、それは例外なく女子であるのだ。

 その女王の下で文官として働くのであれば、大抵は女。しかし、この老人は見るからに男であった。

 ならば、それなりの能力がなければ仕える事など不可能なのである。

 

「先代の?……今の女王様は若いのか?」

 

「……ふむ。数年前に先代の女王様が原因不明の奇病で身罷られた。現女王様はまだお若い。そうじゃのう……お主は幾つなのじゃ?」

 

 空気が一瞬張りつめた場をもろともせずに、リーシャは老人の言葉に疑問を呈す。リーシャの姿に若干の呆れを滲ませながらも、老人の問いかけの的が自分である事に気が付いたカミュは正直に質問に答えた。

 

「……十六になります……」

 

「おお! そうか……ならば、アンリ様と同じ年じゃのう……」

 

「アンリ様?」

 

 老人は現女王とカミュの歳を比べる為に問いかけた筈だ。

 しかし、歳を答えたカミュを遠い目で見つめる老人が発した名前は、聞いた事のない名前だったのだ。

 

「おお……すまぬ……軽々しくも女王様のお名前を口にしてしまった……聞かなかった事にしてはもらえぬか?」

 

「……畏まりました……」

 

 老人は無意識にその名を口にしていたのだろう。

 改めてカミュ達に頭を下げ、口外しない事を願った。

 

「ふむ。では、その代わりと言っては何だが、お主達は<魔法のカギ>を求めているのだったな?」

 

「……はい……」

 

 カミュは苦々しく顔を顰めて答えた。

 リーシャの不用意な発言によって情報の収集が困難になった事を内心でかなり怒りを感じていたのかもしれない。

 

「ならば、<イシス城>の北にある<ピラミッド>へ向かいなされ」

 

「……ピラミッド?」

 

 カミュ達三人の声が合わさる。

 聞き覚えが全くない単語に揃って疑問を持ったのだ。

 

<ピラミッド>

この広い世界の中でも、<イシス>という国にしかない独自の文化である。石を積み上げる事で人工的な山を作り上げるのだ。その石の配置から寸法まで、この時代の建造物中でも群を抜いた技術が積み込まれている。それが、砂漠という荒れた大地を所有する<イシス>の地位を高めている一つの要因でもあった。

 

「うむ。代々のイシス王族が眠る場所じゃ。そこに<魔法のカギ>が奉納されていると云われておる。まだ、誰も発見した者はおらんがな」

 

「……」

 

 誰も発見したことのない鍵。

 それはまさしく伝説。

 それが存在する可能性よりも、存在しない可能性の方が高い代物である。

 その現実に三人は声を失った。

 

 オルテガが歩んだ道を辿って来た筈であった。

 <ノアニール>や<アッサラーム>で聞いた話によると、オルテガもその鍵を求めていた筈。しかし、その鍵の伝説は今も尚語られているという事は、オルテガがそれを手にしていない証拠と言っても良いだろう。

 あのオルテガでも手に入れる事が不可能であった物。いや、それは、手に入れる事が出来なかったのではなく、『存在しなかった』のではないかという疑問が三人の頭に浮かんだのだ。

 

「それでも、まずは<イシス城>に向かいなされ。ピラミッドに入るにしても、それは今現在唯一の王族である女王様のお許しが必要じゃからのう」

 

「……ありがとうございます……」

 

 実際、イシス王家が眠る<ピラミッド>と呼ばれる巨大な墓には、イシス王家代々の宝物が安置されていると云われており、それを狙う者達が後を絶たない。

 もし、カミュ達がこの老人の話を信じ、このまま<ピラミッド>へ向かったとすれば、<イシス>国家から『墓荒らし』のレッテルを貼られ、国敵とされる事は間違いないだろう。

 

「……今夜は狭苦しい家ではあるが、ここで休んでいきなされ。余程疲れていると見えるからな……」

 

 カミュ達から視線を外し、柔らかな笑みを作りながら話す老人の視線の先には、先程まで湯気が出ていたカップを両手で持ちながら舟を漕いでいるメルエが座っていた。

 慣れない『砂漠』という歩き辛い土地を一日歩き続け、更には何度も戦闘を繰り返して来たメルエの疲労は、限界に達していたのだろう。

 

「……重ねてお礼を申し上げます……」

 

「良いのじゃ。こんな場所に人が訪ねて来ること自体、多くはない。儂も久しぶりに若い者と話が出来て、随分楽しませてもらった」

 

 奥の部屋の床に毛布を敷き、購入していた毛布をかけてメルエを寝かせる。その横で身体を横たえたサラもまた、襲いかかる睡魔に負け、すぐに眠りについた。

 居間に残ったのは、老人とカミュとリーシャの三人。老人が差し出した暖かな飲み物のおかわりを受け取り、リーシャは再び口を開いた。

 

「しかし、何故貴方の様な高官が、このような場所で暮らしているんだ?」

 

「……ふむ……」

 

 国こそ違いがあれど、国家に仕える者として、リーシャの口調はカミュ達へ向ける物と大した違いはない。

 そして、リーシャは貴族。

 アリアハンでは、『尊い人間』とされる者であるのだ。

 

「……まぁ、簡単に言うと、追い出されたんじゃの」

 

「……」

 

 リーシャの問いかけに、少し躊躇しながらも理由を口にする老人のその意図をカミュは掴みかねていた。

 訝しげに老人を睨むカミュには、老人が身の上話をする理由が解らなかったのだ。

 

「追い出された?」

 

「……ふむ。先代の女王様は、それはそれは素晴らしきお方じゃった。あの方が在位している間は、<ピラミッド>に盗みに入る輩もいなかった。しかし、若くしてお亡くなりになられ、その原因も解らん……」

 

「……」

 

 リーシャは老人の話に聞き入って入るが、カミュは未だに老人を睨むだけ。

 何でもないような事の様に話してはいるが、決してその国の高官だった者が、他国の、それも只の旅人に話す内容ではないのだ。

 

「……残されたのは、まだ歳が二桁になったばかりの王女様だけじゃった。すぐに女王として即位なされたが、幼子故、(まつりごと)など出来はしない」

 

「……傀儡……ですか?」

 

 ようやく口を開いたカミュの方に視線を戻した老人は、目を瞑り、溜息を吐くように頷いた。

 リーシャは正直、話について行く事が困難になりかけている。

 

「……先代の夫。つまり、現女王様の父君は早くして亡くなられておる。女王様はお一人じゃ。父君の母、女王様の祖母に当たる者が今、実質的には<イシス>を動かしていると言っても過言ではないだろう」

 

「……何故、それを私達に話したのですか?」

 

 ついにカミュはその疑問を口にした。

 王家の内情まで話したこの老人の考えが解らないのだ。

 

「……ふむ。お主が疑うのも尤もな事じゃな……今話した内容を考えれば、儂は国家の反逆者の様なものじゃからな……」

 

「……確かに」

 

 ようやくリーシャもカミュの話す疑問の意味を知る事となる。国家に仕える者が、他国の者にその内情を話すなど、裏切り行為以外何物でもない。

 思いつくまま、感じた感情を口にするリーシャではあったが、アリアハンの内情等を軽々しく話した事はない。

 

「……儂は、現女王様であるアンリ様がお生まれになる前から、イシスに尽くして来た。 アンリ様の周囲には同年代のご友人などおられない。いつもお一人であった。それは女王となった今も変わらんじゃろう……いや、今の方が酷いかもしれん」

 

「……」

 

 ぽつりぽつりと語り出す老人を見つめるカミュの瞳は冷たい光を宿したまま。反面、リーシャは老人の話す内容に真剣に聞き入っていた。

 それが、お互いの経験の差なのかもしれない。

 老人の真意を探る者と、その言葉を受け入れる者の違いなのだろう。

 

「……今のアンリ様は、女王として玉座に座っておられるだけじゃ。幼い頃から利発なお方じゃったから、すでに国政にかかわれる程の知識は持っておられよう。しかし、それを周囲の人間が許さない……お主達がイシスを訪れるのであれば、アンリ様の話し相手になっては貰えぬか?」

 

 カミュは、老人の話の内容を全て信じた訳ではなかった。

 とてもではないが鵜呑みに出来る内容ではない。

 一国に仕える者が、それだけの理由で内情等を話す訳がない。

 

「……そういう事だったのか……わかった、私の様な者で役に立つかどうか分からないが……」

 

 しかし、カミュの隣に座る脳筋戦士には疑う余地すらなかったようだ。

 そんなリーシャにカミュは盛大な溜息を吐く。

 

「……謁見の間で発言すら許されないアンタが、どうやって女王陛下と会話をするつもりだ?」

 

「うっ!?」

 

 カミュの容赦のない言葉に、リーシャは声に詰まる。

 カミュの言う通り、リーシャ等は謁見の間での自主的な発言は許されていない。それこそ、女王様から話しかけられたとしても直答は許されていないのだ。

 

「……それで……それだけの理由ではないのではないですか?」

 

 もう一度老人に戻したカミュの視線は、凍てつくような冷たさだった。

 無表情に睨むカミュの姿に、一瞬老人は怯みを見せるが、流石にそこは数十年<イシス>に文官として仕えてきた男性。今までの優しげな瞳を消し、カミュと暫し睨みあった。

 

「……若いのに、良い瞳をしておるの……流石は『オルテガ』殿のご子息と言ったところか……」

 

「!!」

 

 睨み合いの均衡を崩したのは老人であった。

 その老人が溢した単語に、カミュとリーシャは驚きを見せる。

 カミュ達はその事をこの老人に話した事もない。

 アリアハンから来た事すらも話してはいないのだ。

 

「そう警戒するでない。お主達の旅は既に世界各国に伝わり始めておる。ロマリア国王が各国にその旨を伝える伝書を流したのじゃろう」

 

「……」

 

 カミュから完全に表情が消え失せた。

 反対にリーシャには解りやすい程の感情が表れる。

 

「その話は、この小さな家にも届いておる。そして、この時期に<魔法のカギ>を求めて<イシス>に来る者ならば、その者達に間違いないだろうとは思っておったが、儂の目もまだ曇ってはおらんかったようじゃな」

 

 老人の話はカミュとリーシャにとって驚きの連続だった。

 ロマリア国王がそこまで便宜を図るとは思ってもみなかったのだ。

 各国へカミュ達の事が伝われば、各国の城に上がる事がかなり容易になって来る。また、その逆に弊害も多くなって来るのではあるが。

 

「……お主があの『オルテガ』殿のご子息であれば、我が祖国である<イシス>を変える事も可能じゃろう……いや、国家を変える事は出来なくとも、アンリ様のお心を変え、真の女王国家を再生させる一石となってくれるじゃろう」

 

「……私は『オルテガ』とは何の縁もありませんが……」

 

「カミュ!?」

 

 老人が本当の目的を話し出すが、その内容にカミュの表情が益々失われて行く。

 そして出た言葉は拒絶。

 自分が『オルテガ』と血縁である事すら認めないものだった。

 その言葉に真っ先に反応したのはリーシャ。最近は、カミュのその生い立ちを理解し始めてはいるが、それでも自分の父を父と認めないカミュの考え方にはどうしても納得がいかなかった。

 しかも、その父は全世界で名が知られる者であり、リーシャが祖国として愛するアリアハンの英雄である男なのだ。

 

「……ふむ……そうか、お主も……いや、言うまい。<イシス>に行く必要性はお主も解っておろう。後は、お主がアンリ様にお会いしてから考えてくれれば良かろう」

 

「……」

 

「……カミュ……」

 

 カミュの言葉の中に老人は何かを見たのだろう。故に、その先を語る事はなかった。ただ、『<イシス>に行って女王に謁見せよ』というのみ。

 暫し、睨み合っていた両者であったが、老人が席を立ち寝室へと入って行った事によりその睨みあいも終了する。

 

「……カミュ……」

 

「……今、アンタとあの男について議論するつもりもなければ、する意味もない。アンタと俺は違う……」

 

 老人がいなくなっても席を立とうとしないカミュにリーシャが話しかけようと声をかけるが、それに対して返ってきたカミュの答えは完全な拒絶。

 『オルテガ』に関して、リーシャと話す意味も気持ちもないという物だった。その答えは、リーシャに『怒り』の感情を湧き上がらせるのではなく、『哀しみ』を胸に残した。

 

 その後、会話もなく二人は就寝する。

 リーシャは先日<アッサラーム>で聞いた話を思い出していた。

 

 カミュにとっては、十六年間共に過ごした祖父や母でさえ、今や『他人』として見ているのだ。ましてや、顔を見た事もなければ声も聞いた事もない者である『オルテガ』を父として見る事が果たして可能なのかと。

 しかも、『オルテガ』はカミュが母や祖父を『他人』として見なければ生きてはいけない元凶と言っても過言ではないのだ。

 自分の中の憧れの存在である『オルテガ』という英雄。

 自分の仲間であり、アリアハンが『魔王討伐』の命を下した『勇者』であるカミュの父としての『オルテガ』という存在。

 リーシャの中で、その同一である筈の存在が結びついて行かない。

 リーシャは眠りにつくまで、その事に頭を悩ませる事となる。

 

 

 

 翌朝、老人の提案により、一行は朝陽が昇る前に<イシス>へと向かう事とした。

 老人の話では、この家から<イシス城>までは丸一日。途中で魔物との戦闘や、咄嗟のアクシデント等があれば、当然その進行速度は変わり、予定が狂って行く。

 基本、老人がいう日数は、馬車での行動を基準にそれを徒歩に直した物である。つまり、馬車であれば魔物との戦闘を計算には入れない。故に、眠い目を擦るメルエを無理やり起こし、一行は砂漠へと出たのだ。

 

「アンリ様はとてもお美しい方じゃ。くれぐれも懸想等せぬようにの」

 

 別れ際に老人がカミュに告げた一言は、一行を大いに困惑させた。

 リーシャやサラは、『カミュ』と『恋』という単語が全く結びつかない事に。

 カミュは、昨日の話から全くかけ離れたその内容に。

 メルエは、知らない言葉が出てきた事に。

 そんな各々の表情を見て、淡く微笑んだ老人は、『気を付けて』という言葉で一行を送り出した。

 

 

 

 老人の家から離れた一行は、真っ直ぐ西へと進む。まだ太陽が昇りきっていない砂漠は肌寒く、メルエはカミュのマントに包まりながら進み、その後ろをサラとリーシャが歩いて行く。

 そんな涼しげな砂漠に突然の熱気が発現した。

 カミュがその熱気の方向に視線を向けると、<メラ>級の火球がカミュ達に向かって複数飛んで来ていたのだ。

 

「伏せろ!」

 

 珍しいカミュの大声に、リーシャもサラも驚きよりもその指示に従う事を優先させた。

 身を伏せた一行の上を火球が飛んで行く。

 涼しかった砂漠を熱気が包むが、自分の頭すれすれを飛んで行った火球に、サラは自分の身体が冷えて行く思いを持った。

 

「魔物か!?」

 

 飛び去った火球を後ろ目に立ちあがったリーシャは、背中の斧を構え周囲を警戒する。マントからメルエを出したカミュもまた背の剣を抜き、構えを取った。

 一行の左手の砂煙の中から現れたのは二体のムカデ。

 ロマリアで生息していた<キャタピラー>のような固い殻で覆われているようには見えないが、その身体は毒々しい色をし、相手を威嚇するような模様が浮かび上がっている。

 その姿はムカデというより芋虫のようなものだった。

 一体のムカデがカミュ達に向かって口を大きく開いたかと思うと、その口から先程カミュ達に向かって飛んで来たような火球を吐き出した。

 カミュ、リーシャ、サラの三人はそれぞれ自分が持つ盾でその炎を防ぎ、メルエはカミュの後ろに控え、<魔道師の杖>を握っていた。

 

「カミュ! 突っ込むぞ!」

 

「……わかった……」

 

 盾で火球を防いだリーシャは、斧を片手にムカデに向かって駆け出す。

 リーシャの言葉に頷いたカミュもまた同じムカデに走り込んだ。

 

<火炎ムカデ>

イシス砂漠に生息する魔物で、その体躯に火を纏う。その口から『火の息』を吐き出し、敵を襲う魔物。背にある殻の様な物は、<キャタピラー>とは違い、それほど硬くはなく、剣等の攻撃も可能ではあるが、その身に纏う熱気に容易に近づく事が出来ない。

 

 一体の<火炎ムカデ>を斬りつけるカミュの剣が足を斬り飛ばす。怒りに燃える<火炎ムカデ>の口から<火の息>と呼ばれる火球が飛び出しカミュを襲った。

 火球が直撃し、炎に包まれるカミュ。その事に一瞬気を向けたリーシャに、<火炎ムカデ>の尾の様な部分が襲いかかった。

 咄嗟に盾で防いだリーシャではあったが、その身体は浮き上がり、後方へと下がって行く。

 火球に包まれたカミュは、その手に持つ<うろこの盾>で火球を完全に防いではいたが、一度態勢を立て直すためにメルエとサラのいる後方まで位置を下げた。

 

「…………ベギラマ…………」

 

 カミュ達が下がって来た事を確認したメルエが、手に持つ<魔道師の杖>を<火炎ムカデ>二体に向けて詠唱を行った。

 杖の先から凄まじい熱風が巻き起こり、<火炎ムカデ>に襲いかかる。魔物の周辺に着弾した熱風は火炎へと姿を変えて、魔物の周囲を火の海と化した。

 

「……メルエ……」

 

 杖の先から発現させた光景に、リーシャは思わず息を飲んだ。

 リーシャに魔力のコントロール等の事は理解出来ない。ただ、その方法を身につけたメルエが、更なる才能の開花をさせた事は間違いないという事は解ったのだ。

 真っ赤な海の、炎という波が引いて行き、魔物の残骸があるだけとなると予想していた一行の前に、信じられない光景が広がる。

 

「……馬鹿な……」

 

「……そ、そんな……」

 

 その光景が信じられないとでも言うように言葉を洩らすリーシャとサラ。

 メルエも目を見開き、そこにある筈のない姿を見つめていた。

 炎の波が引いて行ったその場所には、全く変わらない姿の<火炎ムカデ>が鎮座していたのだ。

 いや、むしろその身に纏う熱気を増し、カミュ達と対する時よりも凶暴になっているようにさえ見える。

 

「……メルエ、おそらくあの魔物には、火炎の魔法は通用しないのだろう。その身に纏う熱気に変えてしまうのかもしれない。使うなら、<ヒャド>か<イオ>にしろ」

 

「…………ん…………」

 

 自分の魔法が通用しない相手など、メルエは今まで相対した事はなかった。

 どんな魔法でさえ、何らかの効果を与えていたのだ。

 しかし、目の前の魔物はメルエの魔法に何の脅威も感じてはいない。それが、メルエの心に恐怖を植え付けた。

 それでも、カミュの言う通り、もう一度杖を掲げ直し、詠唱を始める。カミュとリーシャはそれぞれの武器を構え、メルエの詠唱と共に駆け出す用意をしていた。

 

「…………ヒャド…………」

 

「バギ!」

 

 しかし、カミュ達が駆け出すその前に、メルエの呪文行使に被せるようにサラの詠唱が完成した。

 メルエが放った冷気が一体の<火炎ムカデ>に襲いかかり、その無数にある足を凍らせて行く。身動きが取れなくなった魔物が息つく暇もなく、その周囲の風が真空と化した。

 凍り付いた足が切り刻まれ、砕け散るように飛び散って行く。

 

「ギャオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 凄まじい雄叫びを上げた一体の<火炎ムカデ>が前のめりに倒れた所に、<地獄の鎌>ならぬ<鉄の斧>が振り下ろされる。それ程硬くはない殻を突き破り、<火炎ムカデ>の体内に食い込んで行った斧は、そのままその体躯を二つに分けてしまった。

 身体を二つに分けられた<火炎ムカデ>は、その体躯を数度くねるように動かし、体液を撒き散らした後に絶命する。

 残るは一体。

 先程のサラの<バギ>により、体躯に無数の切り傷をつけた<火炎ムカデ>は、その傷口から体液を流しながらも必死に砂の中に隠れようともがいていた。

 

「バ……!! 」

 

「……もう、良い……」

 

 その身を隠そうと必死な魔物に向け、もう一度腕を掲げて呪文の行使を試みるサラの右腕が、戻って来たカミュによって掴まれる。それは、これ以上の攻撃を認めないというカミュの意志の現れ。

 サラとカミュが暫しの間、睨み合う事となる。

 

「……わかりました……」

 

「……」

 

 睨み合いの後、サラの腕は下げられた。

 その事にリーシャは素直に驚きを表す。

 それは、カミュも同じだったのかもしれない。

 既に<火炎ムカデ>は砂の中に入ってしまっている。

 これ以上追う意味はもうない。

 しかし、サラは、攻撃を邪魔したカミュに文句一つ言う事はなかったのだ。

 

「…………サラ…………」

 

「はい?……あっ……さあ、メルエ行きましょう!」

 

 自分の中でも消化しきれていなかったのだろう。若干険しい表情をしていたサラを心配し、声をかけて来たメルエを見た途端、サラは表情を改めた。

 いつものサラの表情に戻った事に安心したのか、メルエはサラの手を取り、再び西へと歩き始めた。

 

「カミュ……私も認めなければいけないのかもしれないな……」

 

「……何をだ?」

 

 不意にかかったリーシャの声。

 それは、カミュにとって、全く理解出来ない呟きだった。

 

「サラの成長を……だ」

 

 リーシャにとって、サラもメルエと同じように妹の様な者だった。

 いつも一人で苦しみ、悩み、答えを出せずに涙するサラ。

 しかし、いつからだろう。

 彼女が自分の力で立ち上がり、自分の瞳で物事を見始めたのは。

 リーシャは、今までそれを感じてはいたが、はっきりと認識はしていなかった。

 今、サラは間違いなくこのパーティーに必要な存在になっている。それは、サラには解っていないかもしれない。

 しかし、リーシャは、いや、カミュもまたその事を認めているだろう。

 

「……アンタは相変わらず、余り進歩は見えないようだがな」

 

「な、なんだと!?」

 

 しかし、この二人の真面目な会話はあまり続かない。

 失礼千万なカミュの言葉に、瞬時にリーシャの頭に血が上って行く。

 

「……相変わらず、頭に血が上り易い……」

 

「ぐっ……」

 

「……先を急ぐぞ。夜が更ける前に<イシス>へ着きたい」

 

 カミュの反撃に言葉に詰まってしまったリーシャを置き去りに、カミュもまた西へ向かって歩き出す。悔しそうに歯噛みするリーシャは、そのカミュの後ろ姿を睨みつけるが、先程のカミュの言葉を思い出し、その表情を緩めた。

 カミュは、リーシャが口にしたサラの成長に関しては否定しなかった。

 それが、カミュの成長なのかもしれないとリーシャは一人納得するのであった。

 

 

 

 一行は、ひたすら西へと歩を進める。途中では、様々な魔物との遭遇があったが、一度戦えば、その魔物との闘い方も見えて来る。特にサラはその対処法を考え、時にはカミュやリーシャに指示を出す場面なども出て来るようになっていた。

 やがて陽も落ち、砂漠に闇のカーテンが敷かれる頃に、ようやくカミュ達の頬に湿り気のある風が当たるようになって来る。

 

「……水場が近いな……」

 

「あのお爺さんは、オアシスの傍に<イシス城>はあるとおっしゃっていましたね?」

 

 湿り気のある風に目的地が近い事を悟ったカミュとサラは口を開くが、カミュのマントに包まり寒さを凌いでいるメルエは限界が近かった。

 老人の住処からここまでの間に遭遇した魔物の数は、おそらくメルエが加入して以来最大数となっている筈だ。

 もはやカミュ一行の中で、無くてはならない存在になっているメルエの魔法は、その魔物達との闘いにおいてもその効力を発揮していた。

 只でさえ、砂漠に直接降り注ぐ日光により体力を削られて行く中での呪文の行使は、幼いメルエにとっては酷過ぎるもの。その為、陽が陰りはじめた頃からの戦闘では、カミュは極力メルエに魔法を使わせなかった。

 それでも、メルエの状態は限界ぎりぎりになっているのだ。

 

「行こう、カミュ! 早くメルエを休ませてやりたい」

 

「……わかっている……」

 

 そんなメルエの状態を一番気に掛けていたのはリーシャだ。

 自分が魔法を使えない事で、その魔法力の低下による苦しみが解らない為、尚の事メルエへの心配が強い。何度か途中で抱き抱えて歩こうとしたが、それはサラに止められた。

 

 『これから先もメルエと旅するつもりなら、メルエが弱音を吐くまでは駄目です』

 

 サラの強い言葉に、リーシャは何も言えなかった。事メルエに関しては、サラは完全な躾役になっている。本当にメルエの為だけを思って言っているのが解るだけに、『鬼のようだ』と思いながらも、リーシャはその言葉に従う事にした。

 

 

 

 そんな一行の前に、ついに目的地である<イシス城>が見えて来る。

 雲一つない空に輝く月の灯りに照らされ、神秘的に輝く城は、一行の脳裏に焼き付いて行った。

 

「……綺麗ですね……」

 

「ああ……これ程までに神々しい城は私も初めてだ……」

 

 オアシスを背にそびえるその城を見上げ、リーシャとサラが溜息を洩らす。

 その城の麓には明るい営みの光を溢す<イシス>の城下町。

 城を囲む城壁とは別に、城下町を囲む防壁がそびえ立っている。

 通常、アリアハンでもロマリアでも城下町は城の城壁内につくられる事が多い。だが、<イシス>は城と町は別の物として存在している。

 よりオアシスの水場に近い所に城が立っているが、その在り方がこの国の王族の在り方を表しているようだった。

 

「……まず町に入り、宿を探す……」

 

「…………ん…………」

 

 疲れきっているメルエは、カミュの言葉に一つ頷くと、視線を上げずにカミュのマントを掴みながらその後を歩く。

 リーシャは、そんなメルエとサラを見比べ、サラが溜息と共に頷くのを確認すると、カミュの足元からメルエを担ぎ上げた。

 

「…………???…………」

 

 不思議そうに自分を担ぎ上げた人物の表情を見ていたメルエであったが、それが母の様に慕うリーシャであり、浮かべている表情が笑顔である事に安堵し、瞳を閉じて行った。

 

「すみません……メルエがそこまで疲れているとは……」

 

 リーシャの腕の中に納まると同時に小さな寝息を立て始めたメルエを見て、サラの胸に罪悪感が湧いて来る。

 この先の過酷な旅を思えばこそ、心を鬼にしてメルエを甘やかしては来なかった。しかし、幼年時代から一人で過ごす事の多かったサラは、メルエの幼さへの配慮が足りなかったのかもしれない。

 

「いや、サラは正しい。この先の旅はもっと厳しい物になる事は間違いない。それに、メルエも解っているさ。その証拠に、何一つ弱音を吐かなかった」

 

「……そうだな……」

 

 優しい笑みを浮かべながらメルエの顔を覗き込むリーシャの言葉に、珍しくカミュが賛同の意を示した。

 それは、サラの考えを誰も否定していないという証拠。

 サラの言う通り、辛く苦しい旅になる事は、幼いメルエですら感じているのだ。

 

「……はい……メルエ、ごめんなさい。今日は、本当によく頑張りましたね」

 

 リーシャとカミュの言葉に未だ罪悪感を抱えたままサラは頷き、リーシャの抱くメルエの帽子を取って髪を撫でながら、今日のメルエの頑張りを讃える。

 そして、一行は<イシス>の町へと入って行った。

 

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございました。

ようやくイシス到着です。
次話からはイシス国内編です。

ご意見、ご感想を心よりお待ちしています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。