新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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ピラミッド③

 

 

 

 アンリは玉座で呆けていた。

 彼女の前には、跪く四人の人間。

 先日、<ピラミッド>探索の許可を貰いに来たアリアハンの輩出した勇者一行である。

 

 アンリがこの謁見の間に来る時に、呼びに来たのは祖母である老婆ではなかった。

 若く優秀な女性文官。

 幼い頃に父を魔物に奪われ、母と共に逃げている時に、この<イシス>を目指していたオルテガに救われた女性であったのだ。

 謁見の間に着いたアンリは、驚愕の余り声を出す事が出来ない。

 この十年間、アンリの行動を束縛し、この国を思うがままに動かしてきた祖母が、近衛兵達に拘束され、喚いていたのだ。そして、玉座の向かいに、頭に蒼い玉が埋め込まれたサークレットをつけた黒髪の青年が跪き、その後ろには、従者である三人が同じ姿勢で跪いている。

 何よりもアンリを驚かせたのは、その『勇者』と呼ばれる青年の前に投げ出されている縄で縛られた二人の小汚い男達であった。

 

「……それで……この者達は?」

 

 ようやく絞り出したアンリの言葉は、震えている。

 それは自分が十数年の間、胸の内に仕舞っていた物が開封される事を恐れの為。

 何より、自分の問いかけに対する『勇者』一行の答え次第で、自分が下さなければならなくなる言葉を恐れて。

 このアンリの恐怖に関しては、まず、落とし穴に落ちた後のカミュ一行の行動まで遡る。

 

 

 

 

 

「……ここは……」

 

 メルエの<スクルト>のお陰で、身に傷一つなかったサラがその場で立ち上がり、辺りを見渡す。その横にリーシャが立ち、そのリーシャの腕の中にはメルエが抱きかかえられていた。

 

「…………カミュ…………」

 

 近くから聞こえた溜息の方向を見ると、上のフロアから穴を飛び降りて来たカミュが立っていた。

 リーシャの腕から下りたメルエが、カミュの傍へと駆け寄り、そのマントの血で染まっていない部分を掴む。

 

「ここはどこだ、カミュ?」

 

「……何度も聞くが、何故それを俺に聞く? 俺がこの<ピラミッド>に入ったのは、アンタと同じく初めての筈だ」

 

 カミュの存在を確認したリーシャが、いつものように『解らない事』をカミュへと問いかける。そんなリーシャに明らかな溜息を吐きながら、カミュは律儀に答えて行った。

 

「お前にも解らないのか……」

 

「……下を見てみろ……」

 

 カミュですら分からないことに肩を落とすリーシャへカミュは言葉をつなげる。その言葉の指し示す、このフロアの地面に視線を向けたリーシャ達三人は、そこにあるものに驚き、声を上げた。

 上のフロアと違い、明かりがついていないこのフロアでは、足元も暗闇に覆われていたのだ。そこへ、持っている<たいまつ>を向けると、自分達が今まで踏みしめていた物が、その全貌を現した。

 人骨。

 それは、フロアの地面一面に敷き詰められるように広がる、夥しい程の人骨だった。

 

「……こ、これは……」

 

「……王家の宝を狙って来た、墓荒らしの成れの果てだろう……」

 

 サラが発した驚愕の言葉に、カミュが答える。

 そして、その答えは、おそらく間違いはないだろう。

 <ピラミッド>の上のフロアには様々な仕掛けがなされていた。

 至る所に仕掛けられていた落とし穴。

 宝箱に混ざった<人喰い箱>

 そして、ボタンの謎。

 おそらく、あのボタンを何の考えもなく押した者達は、このフロアへと落とされていたのだろう。

 

「……ここにある人骨は、魔物にやられたでしょうか?」

 

「カ、カミュ! も、もしかして、この者達はここから出る事が叶わずに朽ち果てた者達ではないのか?」

 

 サラの疑問。

 リーシャの推測。

 それはあながち的外れなものではない。

 ここに落とされるということはここに魔物が多数いる可能性が高く、また出口がない可能性も高い。それはカミュ達もまた、ここから出る事が不可能である事を示すものだ。

 

「……可能性は高いだろうな……メルエ、試しに<リレミト>を使ってみてくれ」

 

「……試しに?」

 

 サラとリーシャの疑問に頷いて答えたカミュが、メルエに向けて発した言葉にサラは首を傾げた。

 カミュの言葉の中にある『試しに』という言葉が引っ掛かったのだ。『試しに』と言う事は、カミュの中では可能性が限りなく低いという事に他ならない。

 サラは<西の洞窟>でメルエの唱える<リレミト>を体験している。メルエの<リレミト>はしっかりと成功し、一行を洞窟の外へと運んだ筈だ。ならば、何故、メルエの魔法を疑う事を言うのかがサラには理解出来なかった。

 

「…………メルエ…………できる…………」

 

 そんなサラの疑問はメルエの中にもあったのだろう。

 若干頬を膨らまし、カミュを見上げるメルエの瞳がそれを語っていた。

 

「いや、別段メルエを疑っている訳じゃない」

 

「…………???…………」

 

 そんなメルエの瞳を受け、珍しく戸惑った表情を見せるカミュがメルエを見下ろしながら、自分の見解を話し出す。

 

「<イシス>の城にいた若い文官の話を覚えているか?」

 

「……もしかして、あの『魔法が使えないという場所』の事ですか?」

 

 カミュが話し始めた内容に、仲良く首を傾げるメルエとリーシャ。その横にいたサラが自分の感じた答えを話し始めた。

 カミュは、首を傾げるメルエの肩に手を置いたが、同じく首を傾げるリーシャには、白い目を向け溜息を吐き出す。

 

「……ああ……今まで歩いて来た部分には『魔法が使用できない場所』というものはなかった。アンタに掛けてもらった魔法で俺が生きているのが証拠だろう」

 

「えっ!? あ、は、はい!」

 

 『サラのお陰で生きている』

 その言葉は、サラの胸を熱くさせた。

 自分が成し得た事の大きさ、重さを噛みしめる事が出来たからだ。

 

「……ここにいる白骨の中には、魔法を使える者も居たはずだ。それが<リレミト>を使用せずにここで朽ち果てている。まぁ、<リレミト>自体を使えなければ仕方ないがな」

 

「……という事は……どういう事だ?」

 

 カミュとサラの話がいまいち理解できないリーシャは、再び首を傾げる。

 そのリーシャを見て、メルエも首を傾げていた。

 ただ、メルエの表情は困惑ではなく、笑顔ではあったのだが。

 

「……歩いて出口を探るしかない……そして、魔物と遭遇してもメルエの魔法は期待出来ないという事だ。それに、怪我をした場合も同様。ちょっとしたものなら<薬草>で何とかなるが、死に直結するような怪我となれば、諦めるしかない」

 

「なに!? メ、メルエ、本当に魔法が使えないのか!?」

 

 今やっと、カミュとサラの話の内容の端が見えたリーシャは、慌てた様子で、メルエへと声をかける。メルエも、カミュの物言いに再び頬を膨らまし、その手に持つ<魔道師の杖>を高々と掲げた。

 

「…………リレミト…………」

 

「……やっぱり……」

 

 本来であれば、メルエの詠唱と共に、魔力で編まれた光が一行を包み込む筈であったが、その光がメルエの杖から一向に出て来る事はなかった。

 それを見たサラは、カミュの予想が正しい事を知り、愕然とする。

 

「…………うぅぅ…………リレミト…………」

 

 また杖が言う事を聞かなくなった事に唸り声を上げ、メルエは再び詠唱を行うが、結果は同じだった。

 以前のように魔力の流れが解らない訳ではなく、魔力はしっかりと杖へと流し込んでいる筈。

 それは、<マホトーン>にかかった時とは異なる感覚だった。まるで、自分の中から取り出した魔力を、周囲を取り巻く壁が吸い込んでしまったような感触。それがメルエを不安にさせた。

 

「……そんな顔をするな……メルエが悪い訳ではない」

 

「…………ん…………」

 

 慰めるようなカミュの言葉に、哀しそうに頷いたメルエは、カミュのマントの中に入り込んでしまった。

 

「……そうだな。元々歩いて入って来たものだ。歩いて出るしかないな」

 

「えっ!? リーシャさんは、出口がないかもしれないという話を聞いていましたか?」

 

 メルエの姿を見ていたリーシャが前向きな発言をするが、それを聞いて、サラは驚きの声を上げる。

 『今まで、自分達の話していた内容を聞いていたのか?』と。

 

「き、聞いていたぞ! だから、出口を歩いて探すしかないと言ったのだ!」

 

「あ、い、いえ……すみません……」

 

 軽口を叩いてしまったサラであったが、猛烈なリーシャの反論に、思わず謝ってしまう。

 正確には、サラの方が正しいのだろう。現に、リーシャの慌てた表情を見る限り、とても憶えていたと思えない。

 

「……聞いていたとしても理解出来てはいなかったという事か……」

 

「なんだと!!」

 

 サラとリーシャのやり取りに、いつものようにカミュが溜息を洩らす。白骨が辺り一面に敷き詰められた場所で繰り広げられるやり取りは、どこか間の抜けたような、このパーティーらしいものだった。

 

「……それで、アンタはどちらに進めば良いと思う?」

 

「あっ! そ、そうですね。こういう時こそリーシャさんですね!」

 

「そ、そうか?……う~ん……そうだな……右だろうな。よし! 右だ」

 

 リーシャの怒りをさらりとかわし、カミュが発した発言に、サラも何かを思い当たり、リーシャに視線を向ける。

 そんな二人の視線を受け、満更でもないような表情を作ったリーシャは、少し考えた後に一方を指差し、その方角を示した。

 

「……わかった……」

 

「あっ! お、おい!? 私は右と言ったはずだぞ!?」

 

 リーシャの指し示す方角を見たカミュは、静かに頷き、歩き出す。

 リーシャが指し示したものとは真逆の方角へと。

 抗議の言葉を発するリーシャを余所に、当然の事のようにサラがカミュに続いて歩き出した。

 メルエがリーシャを見上げた後に、その手を握って先を促す。何か釈然としない想いを抱きながらもリーシャは歩くしかなかった。

 

 

 

 歩いても、歩いても続く道。しかも、地面には、その土の色が見えない程に白骨が敷き詰められている。

 歩き難い道を歩く度に削られて行く体力。そして、サラの予想通り、この場所には数多くの魔物が生息していた。

 いや、正確には魔物ではなく、この<ピラミッド>の番人でもある<ミイラ男>であった。

 メルエの魔法が使用できない分、カミュやリーシャが剣と斧を振るって駆逐して行くしか方法がない。しかも、魔法の使えないメルエという存在は、言い方は悪いが、戦闘に措いて言えば『足手まとい』と言っても過言ではないのだ。

 常にメルエを護る必要がある分、サラは積極的に戦闘に参加できない。四体、五体と<ミイラ男>が出現する中、カミュとリーシャはお互いの背中を護りながら戦う以外方法はなかった。

 

「……ふぅ……もう何体目だ?」

 

「……さぁな、数えるだけ無駄だ……」

 

 最後の一体を<鉄の斧>で吹き飛ばしたリーシャが、息を整えながら溢した言葉が、この地下で遭遇した魔物の数を物語っていた。

 

「メルエ、大丈夫ですよ。この場所から出たら、また魔法は使えるようになりますから」

 

「…………ん…………」

 

 自分が『足手まとい』になっている事は、幼い子供ながらも理解しているのであろう。カミュ達がそんな素振りを全く見せていないのにも拘わらず、戦闘を重ねる毎にメルエの気持ちは沈んで行った。

 そんなメルエに声をかけるサラもまた、かなりの疲労感を見せている。

 足の踏み場もない程に敷き詰められた白骨の上を歩くのだ。

 必然的に、時間と共に脆くなった白骨を砕きながらの徒歩となる。

 歩く度に、『バリッ』と音を立てて砕けて行く物。

 それは、かつては『人』であった物の成れの果て。

 それは、体力というよりも、サラの心から気力を失わせるような音だった。

 

「サラこそ、大丈夫か? 少し休むか?」

 

「いえ、大丈夫です。まず、ここから出ない事には……」

 

 心配そうに声をかけてくるリーシャに対して上げたサラの顔は、血の気を失い、どこか虚ろな瞳をしていた。

 そのサラの表情に、休憩よりもここから出る事が先決であると判断し、リーシャは強く頷く。

 その時だった。

 

「えっ!? きゃっ!」

 

 出来るだけ、白骨の上を歩かないように注意して歩いていたサラの片足が地面を踏み外した。

 急に襲って来た浮遊感に驚きの声を上げたサラであったが、叫ぶ間もなく一行の前からその姿を消して行く。

 

「サ、サラ!!」

 

「……またか……」

 

 慌てふためくリーシャ。

 前を歩いていたカミュは振り返った後、再度起こった出来事に溜息を洩らした。

 

「…………かい………だん…………」

 

 サラが消えた場所に移動したカミュとリーシャに、メルエが地面を指差し、何かを伝えている。メルエの指差す地面を見ると、更に地下へと続く階段が見えていた。

 白骨が敷き詰められ、その上に更に白骨が重なり、長い年月と共に薄い膜のようになっていたのであろう。それにサラは気がつかなかったのだ。

 

「サラ! 大丈夫か!?」

 

「………はい~~~~………」

 

 階段の下を覗き込んだリーシャの声に、地下からどこか間の抜けたサラの返答が返って来る。

 木霊のようなそれに、メルエの瞳が輝いた。

 

「…………サラ…………」

 

「は~~い……いたた……」

 

 いつもより若干大きなメルエの声にも律儀に返事をするサラ。

 それが面白かったのか、メルエが笑顔でカミュに振り返る。

 何が面白いのか、何がメルエを笑顔にしているのかが理解出来ないカミュは、メルエに反応を返す事が出来ない。しゃがみ込み、隣のメルエの肩に手を置きながら、階段の下を見つめた。

 そんなカミュの反応に、表情を不満顔に変化させたメルエが可笑しく、サラの無事を知り、気の緩んだリーシャが笑顔を溢す。

 

「……出口とは関係なさそうだが、行ってみるか?」

 

「そうだな。もしかすれば、出口に繋がる為の道なのかもしれない」

 

 カミュの提案に、リーシャは一も二もなく頷きを返す。しかし、リーシャの反応とは真逆に、カミュは大きな溜息を吐き出した。

 

「……アンタがそう言うのなら、間違いなく関係のない場所なのだろうな」

 

「なんだと!!」

 

 サラが下に落ちたにも拘わらず、二人が話す内容はそれを心配している素振りはない。

 それはサラを信用しているからなのか、それともサラを心配する必要性がないのか。

 メルエは、二人の掛け合いを不思議そうに見上げながら、それでも二人の醸し出す雰囲気に笑顔を浮かべていた。

 

「…………いく…………?」

 

「ん!? あ、ああ、そうだな。カミュ! 先に降りるぞ!」

 

 メルエが手を引くのに気付いたリーシャは、カミュに言葉を吐き捨て、そのまま階段を下りて行った。

 リーシャに奪われた<たいまつ>の光を失い、カミュの周囲を闇が支配する。軽く溜息を吐いたカミュもまた、地下へと続く階段を下りて行った。

 

 

 

「サラ、大丈夫だったか?」

 

「あっ、大丈夫です。少し、腰を打ちましたが、足に擦り傷が出来たくらいです。でも、ここもやはり魔法が掻き消えてしまいます。<ホイミ>が使えませんでした」

 

 下に着き、照らした<たいまつ>の明かりがサラの顔を映し出すと、その安否をリーシャが確認する。

 サラは階段を転げ落ちた時に、所々打ったのだろう。身体のあちこちを摩りながらも、今パーティーが抱えている問題となっている『魔法の使用の可否』についてを口にする。

 

「……この先に何があるか解らないが、とりあえず進んでみるしかないだろうな」

 

「そうですね。もし、何もなければ、またこの階段を登れば良いのでしょうし」

 

 サラの無事を確認し終えた後、カミュが<たいまつ>で照らし出された先を見据えながら口を開き、それにサラも同意する。

 先程の落とし穴と違い、戻る事が可能な分、気持ちが楽なのだろう。実際、一行の前に続く道は一本道であり、リーシャの意見を聞かなくとも、進むべき方向は明白だった。

 

 別れ道のない迷路の様な通路を歩く一行の前には、予想と反して魔物の襲来はなかった。

 実際、先程の階段を下り、このフロアに入ってから、魔物の姿は見ていない。それは、死して尚、この建造物を包む王家の能力なのか、それとも別の理由があるのかは解らないものだった。

 

「こ、ここは……」

 

「……す、すごい……」

 

 歩いた先にあったものは、カミュの予想通りの『行き止まり』であった。

 だが、この建造物の中で辿り着いた、数多くの『行き止まり』とは様相がまるで異なっている。

 そこにあった物は、壁面に刻まれる古代文字。

 古代文字と共に描かれている様々な絵画。

 そして、中央に位置する場所には祭壇の様なものがあり、それを上った先には大きな棺が安置されていた。

 

「……王の棺か……」

 

 カミュが溢した言葉通り、ここが<イシス王>の眠る場所なのであろう。

 それが何代前の<イシス王>なのかは解らない。

 しかし、ここが特別な場所であることは一目で分かった。

 

「カミュ!!」

 

「!!」

 

 カミュとサラ、そしてメルエが祭壇を見上げていると、最後尾にいたリーシャの切り裂くような叫びが三人の耳を劈いた。

 

 ボゴッ

 

 カミュの足元から急に飛び出て来た腕。それは、先程嫌という程に対峙した<ミイラ男>と同じような登場の仕方。

 一ヶ所異なる事と言えば、土の中から出て来た腕に巻かれている包帯の様な布の色が腐食したような色をしている事だった。

 

「メルエ! 私の後ろに!」

 

「…………ん…………」

 

 魔法が使えない今の状況ならば、メルエは戦う術がない。誰かが護らなければメルエの身が危なくなる事を理解しているサラが、メルエを自分の後ろに隠すように立つ。

 

「カミュ! 一気に叩くぞ!」

 

 <鉄の斧>を構えたリーシャは、その魔物との距離を詰めて行く。少し前に遭遇した<ミイラ男>の時と同じように、動きが緩慢なその包帯を巻いた魔物に肉薄したリーシャは、渾身の力を込め、手に持つ<鉄の斧>を横薙ぎに振り抜いた。

 しかし、それはその魔物の胴体を斬り分ける事は出来ず、数切れの包帯を宙に舞わせて空を斬る。

 ここまで、様々な強敵を切り裂いて来た自分の斧に手ごたえが何もない事に驚いたリーシャではあったが、もう一度その魔物と対峙するために斧を構え直す。

 

「カミュ! 先程の『護り人』とは違うようだ!」

 

「……ああ……」

 

<マミー>

イシス王家に仕える兵士が王に殉じてミイラとなり、ピラミッドに埋められるのとは違う者達。それは、元々イシス軍の高官や、イシス国の英雄と呼ばれた者の成れの果て。その者達は、生きたままの身体に包帯を巻きつけられ、王の遺骸と共にピラミッドに安置される。長い年月を経て、気候や気温の影響を受けてミイラとなる事の出来る者は、その中の一部。大抵の者は死に絶えた後に腐り、朽ち果てて行くが、この者達はその苛酷な条件を全て乗り越え、『生き仏』となった者。一般の兵士達より、元々武力や頭脳が優れていた者達である。その戦闘力は<ミイラ男>を遥かに凌ぎ、その動きも長い年月を経て来た者とは思えない程に機敏であり、生きたまま包帯をされ、長い年月を掛けてミイラとなるため、その包帯はその過程で腐食した肉がこびり付き、どす黒い色を放っている。

 

「サラ! メルエを頼む!」

 

「は、はい……で、でも……何か、数が益々増えているようですが……」

 

 リーシャの叫びに答えたサラは、リーシャと対峙している<マミー>の後ろの地面から次々と包帯で巻かれた腕が出て来るのを見て、声が震え始めた。

 サラの言う通り、地面から次々に突き出された腕は徐々にその全貌を地上に出して来る。それは、リーシャが対峙している<マミー>と同じ様な、生前その武勇を誇っていた者と、殉死している一般の兵士であった<ミイラ男>だけではあったが、その数はカミュ達四人の数倍の数に膨れ上がって来た。

 突然の多数の来訪に、サラだけではなく、リーシャもカミュも驚きに目を見開く。今まで、魔物の集団に襲われた事はあるが、このように突然その数を増やした事など一度もなかった。

 『何故?』

 カミュ達三人が疑問に思ったその答えは、意外な所から出てくる事となる。

 

「…………これ…………」

 

「メ、メルエ! そ、それはなんですか!?」

 

 サラの後ろに居た筈のメルエが、そのサラに向かって、何かを掲げて来たのだ。

 それは、金色に輝く鉤爪のような物。<カザーブ>の村の武器屋で見かけたが、誰一人興味を持たなかった<鉄の爪>によく似た物であった。

 

「なっ!? メ、メルエ! また私との約束を破ったのか!!」

 

 サラの驚きの声に気づき、次々と現れる<マミー>や<ミイラ男>を牽制しながらサラの下に戻ったリーシャが鋭い声をメルエへ向ける。同じように戻ったカミュもまた、リーシャと同じ事を考えていたようで、メルエに向かって厳しい視線を送っていた。

 

「…………むぅ…………」

 

 しかし、いつもならリーシャの怒声や、カミュの厳しい視線に眉を下げて俯くメルエであるが、この時の態度は異なっていた。

 『むっ』としたように頬を膨らませ、首を横に何度も振るのだ。それは、幼いメルエなりの否定。

 自分は約束を破ってもいないし、カミュの言葉を軽く考えてもいないという主張。

 

「…………おち………てた…………」

 

「落ちていただと!? メルエ、嘘をつくなら、もう少しましな嘘をつけ!」

 

 メルエが発した言葉を受けたリーシャは、その信憑性の低さに愕然とし、メルエを窘めるような言葉をかけるが、当のメルエの頬は一段と膨れ上がった。

 

「…………リーシャ………きらい…………」

 

「なに!?」

 

 『ぷいっ』と横を向いてしまったメルエが口にした言葉は、いつもはサラが受ける言葉。その言葉を初めて受けたリーシャは、何か言い表せない程の不安が胸に湧き上がった。

 包帯を巻いた魔物達が徐々にカミュ達との距離を詰めて行く切羽詰まった状況にそぐわない和やかな雰囲気が流れるが、その雰囲気をカミュが打ち砕く。

 

「メルエ! それはどこで見つけた!」

 

「!!…………あそこ…………」

 

 カミュの鋭い声に、膨らませていた頬を萎ませてメルエが指し示した場所は、棺へと続く祭壇の麓。

 そして、今まで棺に気を取られて気がつかなかったが、大きな棺の脇に小さな宝箱が口を開いている。

 

「おい! 俺とコイツで敵を防ぐ。その間にアンタはメルエを連れて、あの祭壇の上にある宝箱の中に、それを戻して来い!」

 

「わ、わたしですか?」

 

 カミュの口にした言葉は、この場にいる誰もが驚く内容であり、アリアハン出発時のカミュであれば、口にする事のない物であった。

 

「アンタ以外に誰がいる!」

 

「は、はい!!」

 

 思いがけない大役に、瞬時に疑問を口にしてしまったサラであったが、その自分を信用しているような、以前のカミュであれば考えられない言葉に、決意を込めた表情に戻り、力強く頷いた。

 

「カミュ、あれは何だ?」

 

「……おそらく、『王家の宝』だろう。王家の棺があり、その横に安置されているのだから、王の復活に必要な物とされている筈だ。それを手にし、盗み出そうとする者には『護り人』達が立ち塞がる」

 

 カミュとリーシャに近づいてくる『護り人』と呼ばれる元武人達から目を離さずに呟くカミュの言葉に、リーシャの表情が引き締まって行く。

 ここから先は、魔物対人間の闘いではない。

 お互いの存在意義と誇りを賭けての戦い。

 それをリーシャは察したのだ。

 

「……王の亡骸に、王の秘宝。そして、それを護る番人か……カミュ、ここが正念場だ! 足を引っ張るなよ!」

 

「……アンタこそ、容易く魔法に翻弄されないように気を付けてくれ……」

 

 後ろのメルエとサラが祭壇に向かって駆け出す気配を感じたリーシャとカミュは、お互いに憎まれ口を叩き合いながらも、その表情に皮肉気な笑みを浮かべ、迫り来る<マミー>と<ミイラ男>に向かって己の武器を構えて突進して行く。

 

 

 

「メルエ! その『爪』をしっかりと持っていて下さいね」

 

「…………ん…………」

 

 祭壇に向かって駆け出したサラとメルエであったが、そう簡単に王が眠る場所には近寄る事は出来ない。メルエの手を引くサラの前の地面から二つの腕が突き出され、地面から一体の<ミイラ男>が出現した。

 それが、<マミー>でないという事や、一体であるという事は、サラの運なのか、それともメルエの運なのか。

 しかし、本来、戦闘を魔法主体で行う二人にとって、魔法が使えない今の状況では<ミイラ男>一体であろうと強敵である事に間違いはない。ましてや、サラは背に付けている<鉄の槍>での戦闘も可能であるが、幼いメルエは武器によって魔物と対峙できる能力など皆無である。

 つまり、これは、サラと<ミイラ男>の一対一の戦いとなるのだ。

 

「やあ!」

 

 背にある<鉄の槍>を構え、その槍を<ミイラ男>へ突き出した。

 サラの突き出した槍は、<ミイラ男>の左腕に突き刺さるが、動く屍となっている<ミイラ男>に痛覚等存在しない。槍の突き刺さった左腕を大きく振るう事で、サラの槍を己の身体から抜き去った。

 未だにサラの胸には、元『人』であった者に刃を向ける事に若干の抵抗がある。

 しかし、それ以上に、サラの中にある『誓い』の方が重きを成していたのだ。

 サラは、あの<アッサラーム>での夜、一人静かに眠るメルエの髪を梳きながら、『メルエを護る』という誓いを月夜に立てたのだ。

 もし、ここで、サラがこの<ミイラ男>への攻撃を躊躇し、相手の攻撃によって倒れるような事があれば、被害はサラだけではなくメルエにも及び、戦う術のないメルエはその命を落としかねない。

 メルエに向かって約束した訳ではない。

 しかし、サラの中の『誓い』は既に自分の中だけの物ではないのだ。

 メルエに危害が及べば、それはサラの『誓い』を破る事になる。

 サラの中で、それは約束を破る事と同義。

 つまり、メルエに嘘を吐いた事になるのだ。

 

 『メルエには嘘をつかない』

 

 それは、サラの中での決め事。

 『大人の嘘を数多く聞いて来たであろうメルエに信用してもらう為』というのがキッカケではあったが、今はそれがサラの誇りになりつつある。

 

「大丈夫です。メルエは私が護ります」

 

 メルエに『大丈夫』と言えば、サラには『大丈夫』にしなければならない責任が発生する。そして、それを遂行する程、メルエの中でサラの『大丈夫』の信用度が増して行くのだ。

 『サラが大丈夫と言えば、絶対に大丈夫』

 そうメルエに思われる事が、サラにとって誇りになりつつある。

 サラの瞳に『決意』と『覚悟』の炎が灯った。

 

「やあ!」

 

 再度突き出した槍は、先程貫いた場所より若干下に位置する<ミイラ男>の腋部分に突き刺さる。

 そして、<ミイラ男>が動き出す前に、サラがもう一度動いた。

 

「ふん!」

 

 突き刺さった槍を、力一杯に上部へと引き上げる。鋭利な矛先は、水分を含まない乾いた<ミイラ男>の左腕を斬り飛ばした。

 サラの槍が指し示す方向へと弾き上げられた乾いた腕は、数度回転し、地面へと落ちて行く。

 

「えっ!? きゃぁぁぁ!」

 

「…………サラ…………」

 

 しかし、痛覚のない<ミイラ男>にとって、腕がなくなった所でその動きを止める程の事ではない。事実、サラが斬り飛ばした部分から、生きている者の証である血液が流れ出る事はなく、左腕を斬り飛ばされた事に、見向きもせず、<ミイラ男>は残る右腕を振り抜き、サラの身体を殴りつけたのだ。

 意表を突かれ、その拳をまともに受けたサラの身体は、メルエから離れてしまい、床へと倒れ込む。その手からは、<鉄の槍>が離れてしまい、唯一の武器すらも失くしてしまった。

 床に倒れ込んだサラの方向に身体を動かし、ゆっくりとサラに近づいて来る<ミイラ男>。

 その距離を考えると、床に落ちた槍を拾い上げる暇はない。サラは、必死に状況の打破の為の策を考えるが、経験の少ないサラにそれは酷な事だった。

 

 ポコッ

 

 ポコッ

 

 その時、サラが見上げる<ミイラ男>の後部から、何とも頼りない打撃音が聞こえて来た。」 それは、非力な力で壁を叩くような小さな、小さな打撃音。

 メルエである。

 自分の力では、打撃等の攻撃で敵に傷一つ与えられない事をメルエは知っている。故に、戦闘となれば、魔法が使える状況でも、忠告通り誰かの後ろに控えていた。

 魔法が使えなければ、自分が何の役にも立たない事を一番理解していたのは、他ならぬ、この幼き少女なのだ。

 

「…………」

 

 そんな少女が、非力な力を振り絞り、手に持つ<魔道師の杖>で<ミイラ男>の背を叩いていた。

 頼りない音を発しながら。

 

 サラが『メルエを護る』という誓いを立てたのと同じように、メルエもまた『サラを護る』と、あの<アッサラーム>へと向かう途中の森で誓ったのだ。

 サラにとっては、幼いメルエが感じた事をただ口にしたようにしか聞こえなかったかもしれない。

 しかし、メルエの中では、それこそメルエとサラの約束だった。

 故にメルエは、サラに危害を及ぼそうとする<ミイラ男>を必死で叩く。

 『いつも護ってくれるカミュやリーシャ、そしてサラの様に自分もサラを護るのだ』と。

 しかし、そのメルエの攻撃は、哀しいかな、<ミイラ男>の注意をメルエに向ける程の効果しかない。それは、メルエに危害が及ぶという事。

 そして、サラの『誓い』が果たせないという事。

 

「やあ!!」

 

 だが、リーシャの虐待にも近い鍛練を受けて来たサラにとって、その小さな隙は十分過ぎる程の大きなものであった。

 床に転がる<鉄の槍>を拾い上げ、その矛先を目の前で身体を捻っている者の首目掛けて振り切る。繰り返される鍛練の結果生み出されたサラの一撃は、寸分の狂いもなく<ミイラ男>の首筋に吸い込まれて行った。

 鋭利な矛先が食い込んだ<ミイラ男>の首が、綺麗に落ちて行く。ミイラとなる事で、その身体を支える骨も脆く、サラの力でも容易く斬り落とす事が出来たのだ。

 

「メルエ! こちらに!」

 

 元々が死体なだけに、首を落とした所で活動を止めるとは限らない。首が落とされた事で、今は動きが止まっている<ミイラ男>を確認し、サラはメルエを自分の後ろへと再度誘導する。

 

「やあ!!」

 

 メルエが移動した事を確認したサラは、手にした槍を再び<ミイラ男>へと突き入れた。

 動かない相手にすんなりと突き刺さった槍を、横薙ぎに振るい、その胴体を切り裂く。首もなくなり、腰から二つに分かれてしまった<ミイラ男>に、もはや戦う力など残ってはいなかった。

 その身体は、長い間囚われていた『呪い』が解かれ、崩れて行くように土へと還って行く。

 

「……ふぅ……メルエ、ありがとうございました」

 

「…………ん…………メルエ……サラ……護る…………」

 

 土と同化して行った<ミイラ男>を見届けたサラは、先程懸命にサラを護ろうとした幼い少女へ頭を下げる。サラの謝礼を受け取ったメルエは、若干胸を張り気味で杖を掲げた。

 その行為がとても頼もしく、とても可愛らしく、サラの頬は自然と緩んで行く。

 

「さあ、メルエ。早くそれを箱に戻しましょう」

 

「…………ん…………」

 

 和やかな空気が漂いかけたが、後方から聞こえるリーシャの声に気を取り直し、サラはメルエの手を引き祭壇を上り始めた。

 後方では、リーシャの声と、敵を吹き飛ばす盛大な音。そして、カミュの振るう剣の風切り音と斬り飛ばされた『護り人』達の呻き声。

 自分達に託された仕事をやり切るために、後方を振り返る事なく、サラとメルエは大きな棺の乗る祭壇を駆け登った。

 

 祭壇を登りきり、大きな棺の横を過ぎると、二人の前に大きく口を開いた宝箱が見えて来る。その宝箱は、ここまでの道程で見て来た物とは明らかに違う装飾がなされていた。

 長い年月が経っていても、その装飾が褪せる事はなく、丁寧に彫り込まれた紋章が見る者を魅了する。

 言わずと知れた<イシス王家>の紋章である。

 口を開いた宝箱の中には、もはや原型は留めていないが、遥か昔はとても高価な布であったであろう物が敷き詰められ、傍には同じような布が落ちていた。おそらく、今メルエが持つ、この黄金に輝く爪を包んでいた布なのであろう。

 

「さあ、メルエ。それをこちらに」

 

「…………ん…………」

 

 手を広げるサラに、メルエは大事そうに抱えていた物を手渡した。手渡された宝を、傍に落ちていた布で慎重に包み、サラは宝箱の中へと納めて行く。

 しっかりと納まった事を確認し、メルエも頷いた事を見届けると、サラは丁寧に宝箱を閉じた。

 

 

 

 カミュとリーシャにも限界が近づいていた。

 斬っても斬っても、次から次へと湧いてくる『護り人』と称される者達。

 一体、何人の人間がこの<ピラミッド>に埋め込まれているのか。

 その疑問すら湧いてこない程に、カミュとリーシャは無我夢中に己の武器を振るっていた。

 それでも、カミュとリーシャは『人』。

 いくら鍛練を積んだとしても、『人』である以上、体力にも限界がある。ましてや、回復魔法すら使えない状況なのだ。

 自然と、致命傷を避けようと神経を使う事となり、通常では有り得ない程に擦り減らして行く。

 そして、それが『疲労』として蓄積されて行くのだ。

 

「く、くそ! カミュ! 大丈夫か!?」

 

 その右腕を上げ、肉薄してきた<マミー>の首を斧で吹き飛ばしたリーシャがカミュの姿を横目で捉え、その安否を確認しようと声を張り上げる。

 

「……限がないな……」

 

 <ミイラ男>の横合いの攻撃を、左手に持つ<うろこの盾>で防ぎ、前にいる<マミー>を袈裟斬りに斬り伏せたカミュは、倒れゆく<マミー>の後ろに見える多数の『護り人』の数に言葉を吐き捨てた。

 

「弱音は聞かんぞ! お前の考えが何なのかは解らないが、お前はサラとメルエに何かを託したのだろう!?」

 

 更に近寄る二体の<ミイラ男>を斧で吹き飛ばし、リーシャはカミュを振り返る。

 その瞳には、疲労は見えるが、諦めは見えない。未だに赤々と燃える炎は、カミュの目にも頼もしく映った。

 

「ならば、私達に出来る事は、サラとメルエがそれを成す時間を稼ぐ事だけだ。あの二人ならば、必ずやり遂げてくれるさ!」

 

「……本当に……アンタはどこまで変わるつもりだ?」

 

 いつものカミュの様に口端を上げて叫ぶリーシャの言葉に、反対にカミュは苦笑を浮かべ小さく呟く。その心に何が浮かんでいるのかは、すでにカミュから視線を外したリーシャには解らない。

 そんな二人が、再び気を引き締め直し、前にそびえる『護り人』の壁に向かって、それぞれの武器を構え直した時、変化は訪れた。

 

「……カミュ、どういう事だ?」

 

「……メルエ達を信じて、時間を稼いでいたのではなかったのか?」

 

 今まで、カミュ達に群がって行くように、にじり寄って来ていた『護り人』達の動きが止まったのだ。

 操作をしていた糸が引っ掛かったように動かなくなった<マミー>達に疑問を呈すリーシャ。しかし、その疑問は、先程リーシャが発した言葉とは矛盾するような物であり、カミュは思わず溜息を吐いてしまった。

 

「どういう事だ!?」

 

「……メルエ達が、あの国宝を無事元に戻してくれたのだろう。王家の宝が元に戻り、盗まれる心配がなくなれば、『護り人』の役目も終わる」

 

 動かなくなった<マミー>達から視線を外し、再度説明を求めたリーシャに、呆れたような表情を浮かべながらも、カミュが現状を話し出した。

 カミュの言葉が終わりを告げるのを待っていたかのように、あれ程広間を覆い尽くしていた『護り人』達が土へと還って行く。

 まるで時間を巻き戻したようにその姿を消して行く『護り人』達を呆然と眺めていたリーシャであったが、この原因を作ってくれた二人の安否を確かめる為、視線を祭壇の上に移した。

 

「サラ! メルエ!」

 

 そこで目にした物は、メルエを後ろに庇いながら目の前にある物を見上げるサラの姿であった。

 瞬時にサラとメルエの名を叫び、祭壇へと駆け出すリーシャを追って、カミュもまた抜き身の剣を片手に祭壇の上へと駆け出した。

 

 

 

 メルエの見つけた『王家の宝』を元通りに安置し終えた二人は、祭壇の下で繰り広げられている死闘に視線を移す。しばらくは剣を振るっていたリーシャとカミュであったが、突如剣を振るう相手の動きが止まった事により、武器を下ろした。

 そのまま土へと還って行く『護り人』達を見て、自分達がカミュから与えられた仕事を全う出来た事を知り、サラはメルエの手を取って喜びを露わにする。そんなサラの姿に、自然とメルエの表情にも笑みが浮かんだ時、二人の後方から不穏な音が響いた。

 

「サラ! どうした!?」

 

 大きな棺を見ながらメルエを背に隠していたサラに、リーシャが駆け寄る。サラが身体を強張らせて見上げる棺の方に、リーシャが視線を移した頃には、カミュもその場に到着していた。

 

「……あ……ああ……」

 

「なに? 何を言っているんだ?」

 

 リーシャの問いに対して言葉を発する事すらも出来ないサラの指差す方向に、全員の視線が集まる。そこにあるのは少し開きかけた大きな棺。

 それが開きかけているのだ。

 奇妙な音を立てながら、その棺がゆっくりと開いて行く。

 

「……メルエ……」

 

「…………ん…………」

 

 警戒したカミュの呼びかけに素早く反応を返したメルエが、カミュのマントの裾を握り、カミュの後ろへと移動する。

 リーシャも、震えるサラを後ろに庇い、訪れる何かに対処するために身構えた。

 

「…………???…………」

 

 棺は完全に開いた。

 しかし、サラが考えていたような事は何も起きない。

 棺の蓋は天井に向けて大きくその口を開くが、中から何が出て来る訳でもなかった。

 その現象が予想外だったメルエは、不思議そうに棺を見つめ、小首を傾げている。先程まで、声も震えていたサラもまた、自分の予想が覆された事によって、口を大きく開いたまま固まっていた。

 

「……カミュ?」

 

「……ふぅ……ここで待っていてくれ」

 

 リーシャの問いかけに、一息溜息を吐いたカミュが、棺へと近づいて行った。『危険だ』と止めようと考えたリーシャであったが、この棺を背にして歩く事の方が危険である可能性が高く、いつでもカミュの傍に駆け寄れるように、サラとメルエを背に護り身構える。

 しかし、カミュが剣を構えながら棺へと慎重に近づき、大きな蓋の中を覗き込むように見ると、そこには更に予想を大きく外した物が入っていた。

 

「おい! カミュ! 大丈夫なのか?」

 

「……少し手伝ってくれ……」

 

 中の様子を問いかけるリーシャに対し、返って来たカミュの答えは、少し呆れた雰囲気を滲ませた物だった。

 それが、リーシャとサラ、そしてメルエの表情に困惑を浮かべさせる。

 恐る恐る近づくサラ。その様子を見て、リーシャの後ろに隠れながら近づくメルエ。

 再び深い溜息を吐いたカミュが、棺の中から何かを引き摺り出した。

 その行為に、サラは悲鳴を上げる。まさか、カミュが棺の中にある王族の遺骸を引き出すとは思わなかったのだ。

 

「サラ。何を考えているのかは解るが、違うようだ」

 

「え!?……『人』ですか?」

 

 悲鳴と共に目を瞑ろうとするサラに、リーシャの優しい声がかかる。その言葉に、瞑りかけた目を再び開き、カミュが引き摺り出す物を確認すると、それはサラの言うとおり、『人』らしき影であった。

 

「カミュ! 生きているのか?」

 

「……さあな……あと二人程入っている」

 

 一人を引き出し、祭壇に寝かせたカミュは、再び棺の中へと手を差し入れる。カミュの言葉に、急ぎリーシャも棺に近づき、カミュの掴んだ物を引き出す為に棺の中へと手を差し入れた。

 

 

 

 棺から出て来た者は、全部で三人の男。

 着ている物は、粗末な物。決して裕福とは言えない生活をしているのか。それとも、明るい表の道を堂々と歩く事の出来ない事を生業にしているのか。

 

「……二人は気を失っているだけだと思いますが……一人は……」

 

「……そうか……」

 

 引き出された男の状態を見ていたサラであったが、二人の息がある事は確認出来たが、残る一人は呼吸も止まり、身体も冷たく冷え切っていた。

 それは、『死』を意味するもの。

 その答えを聞いたリーシャは、少し目を伏せる。

 

「とりあえず、息のある二人を起こさない事には、ここから出る事も叶わない」

 

「そ、そうだな。サラ、少し退いていてくれ」

 

 現状を冷静に話すカミュの言葉に、一度頷いたリーシャは、サラを下げて男達の上体を起こし、後ろから羽交い絞めにするような態勢を取る。

 

「ふん!!」

 

「ごっ! ごほっ!」

 

 そのまま、軽い衝撃を背に与えると、静かに眠っていた男が咳込、意識を覚醒させる。その男を解放し、リーシャはもう一人の男にも同じ事をする為に背に回り込んだ。

 

 

 

「いやぁ、助かった。突然、大量の魔物達に襲われて、棺に押し込まれた後は記憶がなくてよ」

 

「すまねぇな。ありがとうよ」

 

 意識を取り戻した男達は、今、カミュ達の前で地面に擦りつけるように頭を下げている。

 それを、胸を撫で下ろすように見るサラ。

 不思議な生物でも見るような視線を送るメルエ。

 何か不穏な空気を感じ取り、苦虫を噛み潰したような表情を作るリーシャ。

 そして、引き出した張本人であるカミュは、とても冷たい無表情を貫いていた。

 

 男達が押し込められていた棺の一番下には、王家の紋章の入った小さな黄金の棺が納められていた。

 おそらくそれが本当に<イシス王>だった者の眠る棺なのであろう。彼等を襲った<マミー>や<ミイラ男>は、王の復活の為の血と肉になるように、王の財宝を狙う者を生贄として捧げていたのかもしれない。

 

「それで、お前達はここで何をしていたんだ?」

 

「あ?……そりゃ、アンタ達と一緒さ」

 

 自分の問いに口を開いた一人の男の答えに、リーシャは露骨に顔を顰めた。

 唯でさえ、仲間である筈の男の死に対してそれほど感情を出さないこの男達に、リーシャは良い感情を抱いてはいなかったのだ。

 それに合わせ、『魔王討伐』という栄誉ある命を受けている自分達を盗賊紛いと一緒に扱われた事が、リーシャの頭に血を上らせる。

 

「リ、リーシャさん、落ち着いて下さい!」

 

「…………リーシャ………だめ…………」

 

 背に戻していた<鉄の斧>に手をかけたリーシャに、サラが慌てて声をかける。それと同時に、メルエがリーシャの足にしがみ付いた。

 幼いメルエですら、リーシャが何をしようとしているのかが解っている。そして、今リーシャがやろうとしている事が、<シャンパーニの塔>で教わった、『人』が忌み嫌う物である事を思い出し、リーシャを止めに入ったのだ。

 

「……悪いが、俺達は王家の財宝目当てで入って来たのではない」

 

 正確には、カミュの発言は嘘である。『魔法のカギ』という<イシス国>の国宝を欲して入って来たのだから、実際は目の前にいる盗賊と同じなのかもしれない。

 

「……ならば……はっ!? お前達、まさか『追手』か!? くそ! あのババア、まだしつこく追手なんかを寄越してきやがるのか!」

 

「お、おい!」

 

 カミュの半ば嘘に近い発言に、男の一人が過剰な反応を示す。もう一人の男に窘められるが、<イシス>の内情を予想していたカミュ達には十分過ぎる情報だった。

 

「……詳しく話してもらおうか……」

 

 カミュの表情が更に冷たい物へと変わって行く。それは、横にいるサラに恐怖を思い出させる程のもの。

 <シャンパーニの塔>で見た、『人』を『人』と思わない行為を行った時と同じものだった。

 

「は、はん! 何故、アンタ達に話さなきゃならない」

 

「……話さないのなら、俺達の帰路に邪魔になるだけである以上、ここで殺して行く」

 

「カ、カミュ様!」

 

 先程、仲間の失言を窘めた方の男が、カミュの威圧感に若干怯みながらも反論を返して来た。

 それに対するカミュの言葉は、そのまま実行に移す事が容易に想像できる程の冷たい声色。

 サラは、恐怖の余り、カミュの名を叫んでしまう。

 それが、男に余裕を取り戻させた。

 

「殺すなら、殺せば良い。どうせ、話したとしても待っているのは『死』だ。アンタ達が何者であろうと、俺達が話をするメリットがねえ」

 

「貴様ら……」

 

 男の物言いに、リーシャは更に頭に血を上らせるが、カミュは男の目を見て、気が付いた。

 この男達も、数多くの修羅場を経験して来たのであろう。歳の頃は、カミュどころか、リーシャの倍は生きているような姿。

 カミュ達の予想が正しいのであれば、大罪を犯した者達である。それなりの度胸と肝は座っているのであろう。

 

「……わかった。とりあえずは、<イシス>に連れて行く。その上で、お前達が犯した罪を告白しろ。それが確認出来れば、お前達の助命を口添えしてやる」

 

「……カ、カミュ様……」

 

「へっ! 口では何とでも言えるさ。俺達が、アンタを信用する理由がねえ」

 

 カミュの譲歩は、サラには予想外だった。

 まさか、盗賊の助命を図るとは、誰が予想出来たであろうか。これには、リーシャも開いた口が塞がらなかった。

 

「……別に信用しろとは言わない……唯、言っておくが、俺はお前達を<イシス>へ連れて行く。それでも話さないのであれば、適当に罪をでっち上げるだけだ」

 

「ああ?」

 

 挑発的な男の物言いにも、カミュは動じた様子はない。リーシャやサラは、予想外の男の強気に飲まれそうになっているが、この年若い『勇者』には、男の言動などは大した影響を及ぼしてはいなかったのだ。

 故に、表情一つ変えないカミュの言葉は、男には容易に理解出来る物ではなかった。

 

「……別段、お前達の罪が何であろうと、俺には関係がない。王家の秘宝を狙ったものだとしても、王族の遺骸に触れたという罪だとしても………それこそ、先代女王の殺害だとしてもだ」

 

「!!」

 

 男達二人は、目を見開いた。

 男達は、カミュが言う『話せ』という内容を履き違えていたのだ。

 それは、『何の事なのか解らない』という物ではなく、『何について言っているのかは解っているが、確認させろ』という意味であった事に初めて気が付く。

 『コイツ達は、自分達の<罪>を知っている』

 その想いが、男達の胸の中で大きな不安として生まれた。

 

「わかった……だが、約束は守れ。俺達は、<イシス国>で話をする。アンタは俺達の助命を女王に掛け合う。それで良いな?」

 

「……ああ……」

 

 地べたに座っていた男は、カミュの目を見上げ、真剣な眼差しでその冷たい目を見つめる。

 その視線を真っ向から受け止めたカミュは、しばらく後にしっかりと頷いた。

 

「おい! カミュ、どういう事だ?……まさか、コイツ達は先代の女王を殺害した者達だとでも言うのか?」

 

「……その、まさかという事です……」

 

 状況を把握しきれていないリーシャは、カミュへ半ば怒鳴り声にも近い声を上げるが、それに答えたのは、横で呆然とカミュを見ていたサラだった。

 サラにしては青天の霹靂のような出来事が起こっている。口を開き、リーシャの問いに答えてはいるが、視線は虚ろで、人形のように立っているだけだった。

 

「……ふっ……あはっ……あはははは!」

 

「リ、リーシャさん!?」

 

「!!」

 

 その時、呆然自失なサラの答えを聞いたリーシャが突然、大声を出して笑い始めた。

 今の話の内容に、笑う部分など何一つなかった筈だ。それなのにも拘わらず、リーシャは、本当に面白い事でも聞いたかのように、大声で笑い出す。

 そんな場違いな大笑いに、サラは我に返り、驚いたメルエはリーシャの後ろからサラの後ろへと大慌てで移動して行った。

 

「あははははは! カミュ、お前は間違いなく『勇者』だ! あははは、誰が何と言おうと、お前がどれ程否定しようとも、お前こそが『勇者』だ!」

 

「……何を?」

 

 突然笑い始めたリーシャを奇妙な物でも見るように振り返ったカミュに、リーシャがその笑いの理由を話し出す。

 しかし、その理由はリーシャにしか解らない。サラもメルエも不思議な物を見るようにリーシャを見ている。珍しく、カミュも呆然と言葉を漏らしていた。

 しかし、リーシャの中では確固たる理由なのであった。

 アリアハンからここまで、カミュと共に旅をして来た。

 その行く先々で色々な問題が一行に降り注いで来た。

 そして、それは色々な人間の手助けを得て、乗り越えて来たのだ。

 リーシャは今まで、それはたまたまだと思っていた。

 今、救い出した人間が、大罪を犯した者達であるという事実を知るこの時まで。

 

「であれば、一刻も早くここを脱出しよう」

 

 しかし、それは違った。

 リーシャが偶然と考えていた事は、数が多すぎる。

 偶然も重なれば、それは必然になる。

 カミュがいなければ、おそらくリーシャ達はアリアハン大陸すらも出る事は出来なかっただろう。そして、<ノアニール>を救う事も。いや、それよりも前に、メルエを救う事も出来なかった筈だ。

 

 そして、それはこの<ピラミッド>でもそれは変わらない。

 <イシス>への到着があと一日早かったら。

 もし、あの時リーシャを庇ってカミュが傷つかなかったら。

 もし、サラが足を踏み外さずに、落とし穴にも落ちなければ。

 そして、再びサラが下へと続く階段を落ちて行かなければ。

 そんな様々な偶然が重なった結果、今リーシャ達はこの場所にいる。それは、カミュが『勇者』故の必然だったのではとリーシャは思ったのだ。

 

「……脱出するも何も、落とし穴を上らない限り、ここからが出られないのでは?」

 

「はぁ?……アンタ達、落とし穴を落ちて来たのか?」

 

 上機嫌なリーシャの言葉に難点を告げるように呟いたサラに、今尚、地べたに座る男がさも不思議そうに言葉を発した。

 

「お前達は違うのか!?」

 

「外からこの上のフロアに入る階段があっただろう?」

 

 それは、カミュ達にとって救いの言葉となった。

 もし、ここの上のフロアから直接外へ出る階段があるのだとすれば、これ程嬉しい事はない。リーシャに言わせれば、それもまたカミュが『勇者』である為に起きた必然なのかもしれない。

 

 

 

 遺体となった男は、心苦しいが、そのまま放置する事にした。

 遺体を担いで抜ける事が出来る程、カミュ達に余裕はない。ましてや、度胸と肝は座っているが、実力的にはカミュやリーシャの足元にも及ばないであろう足手まといを二人も増やしたのだ。

 二人の男を立ち上がらせ、王の棺の眠る部屋から一歩出たその時、カミュ達は驚きで言葉を失った。

 

 目の前には敵の山。

 <マミー>や<ミイラ男>の大群が通路を覆いつくすように群がっていたのだ。

 

「カミュ! どうする!?」

 

「……俺が一気に駆け抜けて、道を開く。アンタは最後尾で他の人間を護りながら走ってくれ」

 

 背中から斧を取り、身構えたリーシャの問いかけに少し考えた後、カミュが強行突破という危険な策を口にした。

 強行突破は成功率も低く、そしてリスクも大きい。とても危険な賭けとなってしまう。

 

「わかった。サラ! メルエの手を引いて、合図と同時にカミュの背中だけを見て駆けろ! メルエ! サラの手を絶対に離すな!」

 

「はい!」

 

「…………ん…………」

 

 しかし、方法が今はそれしかない。リーシャもカミュも、先程の戦闘で、思っていた以上に疲労している。ここで、無数に出現する『護り人』達を相手に出来る程の余力がある訳ではなった。

 

「お前達も死にたくなければ走れ!」

 

「わ、わかった!」

 

 リーシャは、横にいる盗賊達にも声をかける。リーシャの中で、この盗賊達は正直どうでもよかった。

 冷たい言い方かもしれないし、残酷かもしれない。しかし、リーシャの中では、サラやメルエの方が重要度は遥かに高い。

 サラやメルエが『護り人』に捕縛されそうになれば、身を挺して護るつもりではあるが、この盗賊達が『護り人』達に囲まれようとその時は見捨てるつもりだったのだ。

 

「……行くぞ……」

 

「はい!」

 

「…………ん…………」

 

 カミュの小さな呟きに、サラは大きく返事をし、メルエも大きく頷いた。更に後ろを見ると、リーシャも真剣な目で頷く。そして、その少し前で佇む男二人も、怯えた目を向けながら何度も首を縦に振った。

 

「走れ!」

 

 視線を前に向けたカミュが珍しい程の声量で全員に向け、一気に駆け出した。

 カミュが一歩を駆け出したと同時に、サラがメルエの手を引き、メルエのスピードを気遣いながら走り出す。その後ろを盗賊二人組、そして、その後ろを男二人がメルエを追い抜かしたり、突き飛ばしたりしないように睨みを効かせながら、リーシャが斧を構えて走り出した。

 

「メルエ! その僧侶の手を離すな!」

 

「…………」

 

 カミュは、前方を囲むように立つ<マミー>を剣を振るう事で弾き飛ばし、伸ばして来る<ミイラ男>の腕を返す剣で斬り払う。その奮闘によって開けた道をサラとメルエは必死に駆けた。

 カミュが弾き飛ばした『護り人』が態勢を立て直す前に、その道を駆け終わらなければならない。

 それは、幼いメルエには過酷な事だった。

 サラの手を握り、懸命に足を動かすが、土台となる足の長さがまるで違うのである。次第に、メルエの手が引き千切れないようにサラのスピードが落ちて行った。

 

「サラ!! メルエは任せろ! 今はカミュを目掛け、懸命に走れ!」

 

 突如、横から声が聞こえたかと思うと、サラの手からメルエの手が離れてしまった。

 その事に驚き、声の方向へとサラが視線を動かす。そこには、メルエを抱き上げ、前を向いて走っているリーシャの存在があった。

 

「は、はい!」

 

「…………ごめん………なさい…………」

 

「ふふっ。メルエ、しっかり口を閉じていろ。舌を噛んでしまっても知らないぞ」

 

 リーシャの顔を確認し、サラは大きく返事をした後、全力でカミュの後を追った。

 メルエを気にする必要がなくなった以上、サラの走りを邪魔するものは何もない。

 先程よりも速い走りでカミュを追って行くサラを眺めたメルエは、リーシャの腕の中で小さく呟く。その声は、若干涙が混ざっているように聞こえた。そんなメルエに微笑みながら注意を促したリーシャもまた、すぐに笑みを消し、斧を片手で振り回しながら、カミュが通り終わった事によって狭まり出した『護り人』の隙間を広げて行く。

 

 

 

 サラが落ちた階段を上った先でも、状況は同じだった。

 階段を上った先には、フロア全体を埋め尽くすのではないかと思われる程の<マミー>と<ミイラ男>。

 先に階段を上ったカミュが、階段周りの『護り人』を相手に奮闘しているのを見たリーシャがメルエを一度下ろし、<鉄の斧>を振り回した。

 階段周りの『護り人』を一掃した一行は、再び出口に向かって走り出す。カミュの後をサラ、その後ろを男二人、そして最後尾にメルエを抱いたリーシャ。

 

「そ、そこを左だ!」

 

 進む方向は、外からこの地下の部分に入ったと言う、男二人が声で示す。その掛け声に頷きもせずに、カミュはその方向へと足を動かした。

 サラも疲れている。

 リーシャの息も切れて来た。

 第一に、先頭を走っているカミュは、少し前に死線を彷徨っていたのだ。

 絶対的に血液が足りていない筈。

 あれ程の怪我をし、あれ程の血液を流し出した。

 その後、大した休憩もなく、戦闘をこなして来ている。

 そして、最後にこの走り。

 本来なら貧血を起こして倒れても可笑しくはない。

 

「階段が見えました!」

 

 カミュが開いた前方に石畳の階段が目に入ったサラは、その表情に笑みを浮かべ、全員に聞こえるように報告を発する。

 サラのその声に、後ろを走る男達にも、安堵の表情が浮かんだ。

 

「階段を駆け上がれ!」

 

 階段の麓に辿り着いたカミュは、全員に先に階段を登るように指示を出す。そして、当のカミュは、剣を構えたまま、麓に残り、にじり寄る『護り人』達を牽制していた。

 

「……カミュ……」

 

「いいから行け!」

 

 カミュの横をサラが駆け抜け、その後を男二人が階段を駆け上がる。最後に階段に到着したリーシャは、メルエを抱き抱えながらカミュへ言葉を洩らすが、その言葉もカミュの強い声に掻き消された。

 

 『彼はまた無茶をしている』

 

 リーシャはそれが歯痒くて仕方がない。

 リーシャやサラの事に関して色々と言うカミュではあるが、ここまでの旅で、彼は一度たりとも二人を見捨てた事はない。

 それが、『勇者』としての責務であり、資質なのか、それとも、それこそがカミュ本人の人間性なのか。

 リーシャは、ここに来てカミュという一人の人間を量りかねていた。

 

「……すまない……アンタ達の平穏な眠りを妨げた事を謝罪する」

 

 リーシャも階段を駆け上がり、『護り人』達とカミュだけになった<ピラミッド>の地下の一室で、カミュは小さく頭を下げた後、階段を駆け上がった。

 

 

 

 これで終わりだと思っていた自分達の思考が恨めしい。駆け上がった階段の先に広がる光景に、カミュは安堵の一息を吐いて階段を上った自分の考えの甘さを悔いた。

 

「……あ……あ……」

 

「も、もう……ダメだ……」

 

 そこに見えたのは、<イシス国>の歴史的建造物である<ピラミッド>を囲むように埋め尽くされた魔物。

 <火炎ムカデ>に<地獄のハサミ>、<ピラミッド>内で遭遇した<大王ガマ>までおり、その数は、カミュ達の倍やそこらではない。

 まともにぶつかっては、命がいくらあっても足りない程の数。

 

「カ、カミュ!」

 

「ルーラを使う!早く傍に寄れ!」

 

 カミュの方に視線を移したリーシャの目を見ずに、カミュは全員に向かって叫ぶ。カミュの声に、全員の視線が魔物からカミュへと移り、同時にカミュの方へと駆け出した。

 全員がカミュの身体のどこかしらを握った事を確認したカミュが詠唱を紡ぎ出す。

 

「ルーラ!」

 

 呟くような詠唱ではなく、珍しく声の張った詠唱をカミュが行ったと同時に、カミュの魔力が全員の身体を包み込み、勢いよく上空へと跳ね上げた。

 <ピラミッド>の地下からの出口である階段付近に群れを成して突進していく魔物達。

 カミュ達は、まさしく間一髪で、魔物の牙を逃れたのだ。

 

「グォォォォォォォ!!」

 

 後に残るのは、魔物達の咆哮。

 それは、カミュ達を逃した事への悔しさの為なのか。

 それとも、自分達の強さを誇示する為のものなのか。

 それは、上空を見上げ雄叫びを上げる者達にしか解らない。

 

 

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございました。

三話かかったピラミッド編もこれで終了です。
次回は、イシス城内となります。

ご意見ご感想を心よりお待ちしています。

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