新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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ポルトガ城①

 

 

 一行が、海が見える高台にそびえるポルトガ城に辿り着いたのは、夕陽も沈み、辺りを闇が支配し始めた頃だった。

 何度かの休憩を挟みながら歩いて来た一行であったが、何度か魔物と遭遇し、戦闘を行って来る事となる。その魔物達は先程苦労した<ドルイド>の他に<バリィドドッグ>や<マタンゴ>など、何度か遭遇した事のある魔物ばかりであった。

 <ドルイド>には、サラの<マホトーン>で魔法を封じた後、カミュやリーシャが斬りかかり、魔法が封じきれていない<ドルイド>に関しては、相手より先にメルエが魔法を唱える事で駆逐して行った。

 その他の魔物は、何度か対峙した事があるだけに、注意点なども把握しており、苦労する事なくここまでの道を歩いて来ている。

 

「……今日の謁見は無理だな……」

 

「そうだな。一晩の宿を探そう」

 

 カミュ達一行は、夜の闇が支配する城下町へと続く門で門番に身分を証明する『イシス女王の文』を見せ、中に入る許可を貰う。

 城下町は既に夜の静けさが広がっており、町の外には人影はなかった。

 アッサラームの様な夜の町を見て来たサラは、これが普通の夜なのだと改めて実感する事となる。

 宿屋は城下町に入ってすぐ右手に見えた。

 宿屋へと足を進めて行くリーシャ達を余所に、カミュはある一点に気を取られたように視線を向ける。

 そこは、その宿屋の放牧地の様な場所。通常であれば、馬などの家畜が放されている場所であった。

 

「カミュ! 宿屋はこっちだぞ」

 

「……ああ……」

 

 先に行ったリーシャがカミュへと声をかけ、その声に返事を返したカミュが続いて宿屋へと入って行く。その宿屋の床には、酔っぱらった兵士が寝ていた。

 その姿にリーシャやサラは眉を顰め、サラは明らかな嫌悪を見せる。しかし、メルエはそう言う光景を見慣れているのか、ちらりと視線を向けたきり、視線を元に戻した。

 

「いらっしゃいませ。旅の宿屋にようこそ。四名様ですか?」

 

 宿屋のカウンターに着くと、カウンター越しに初老の男が一行に営業的な笑顔を見せる。

 しかし、宿屋の看板は出ていたものの、その中には、武器屋や道具屋の看板などもある、いわゆる集合店舗。モールと呼ぶには狭いが、この世界にある主要な店は、この建物の中に揃っていた。

 

「ここは宿屋ではないのか?」

 

「いえ、宿屋だと思いますが……」

 

 リーシャの疑問は尤も。宿屋の看板は出ていて、カウンターこそあるが、肝心の宿泊する部屋がどこにもないのだ。

 上の階に続く階段がある訳でもない。長屋の様な平屋の中にあるカウンターだけを見れば、誰しもそう思うだろう。

 

「あははは。大丈夫ですよ、お客様。宿泊するお部屋は、別棟にありますので」

 

「そ、そうか。いや、すまなかった」

 

 リーシャとサラの会話が聞こえていた宿屋の主人は、苦笑しながら、その疑問に答えた。

 小声の会話を聞かれていた事に、若干顔を赤らめたリーシャは、素直に頭を下げる。

 

「……四人だ。最低でも二部屋の用意を頼む」

 

「畏まりました。一部屋は一人部屋で、もう一部屋は大部屋でよろしいですか?」

 

 リーシャやサラの状態を無視し、カミュは交渉を始める。商人らしい笑顔を作りなおした主人は、カミュの言葉を聞き、空いている部屋の状況を見た後に提案を出して来た。

 主人の言葉に一つ頷いたカミュは、腰の革袋からゴールドを出し、カウンターに置いて行く。ゴールドを確認した主人から部屋のカギを貰ったカミュ達は、別棟にあると言われる部屋の場所を聞き、移動を開始した。

 

「……オヤジ……外の放牧地は、何の為にある?」

 

「はい?……ああ、あそこは馬が一頭いますよ。それが何か?」

 

 移動を開始するリーシャ達とは別に、カミュが宿屋の主人に奇妙な質問をぶつけた。その内容が一瞬、何の事か理解出来なかった主人は、呆けたような表情を浮かべるが、質問の意図は見出せなくても、意味を理解し、自分が知っている事を話す。その答えに、『そうか』と一言呟いたカミュは、三人とは別の方向へと歩き出した。

 

「お、おい。カミュ?」

 

 突然のカミュの行動に驚いたリーシャが、その後ろをついて歩き出す。必然的に、リーシャの手を握っていたメルエもカミュの後を付いて行く事になり、残される形となったサラが慌ててその後を追って行った。

 

 

 

 月明かりが照らす、柵で囲まれた牧草地。そこは、それ程広さがある訳でもないが、馬一頭を飼うにはもったいない場所であった。

 扉を開けその場所へと出た一行が目にした物は、予想に反した物。

 カミュはその光景を知っていたようで、表情一つ変えず眺めていたが、先程の宿屋の話を信じていたリーシャとサラは驚きに目を見開いた。

 

「…………ひ………と…………?」

 

 メルエが呟いた言葉。

 それが今、リーシャとサラが驚いている光景。

 月明かりに濡れる、柵に囲まれた牧草地。

 そこにいたのは、一頭の馬ではなく、一人の男。

 

「カ、カミュ?……馬はどうしたんだ?」

 

「……何故俺に聞く? 俺もアンタも、ここに初めて訪れた事に変わりはない筈だが」

 

 いつものようにカミュへと尋ねるリーシャの言葉に、カミュは溜息を吐く。最近になって、カミュも気が付いたのだが、ここ最近は、リーシャがカミュに尋ねた時、サラもまた疑問の視線をカミュへと向けるようになっていた。

 サラは決して頭の弱い人物ではない。しかし、リーシャと同じように『常識』という名の縛りが強い人間でもあるのだ。

 故に、自分の思考が動き出す切っ掛けをカミュへと求める。

 

「おや? 貴方達は旅人ですか?」

 

「そ、そうですが……ここにいる筈の馬は?……貴方は?」

 

 月を見上げていた男が視線を動かし、カミュ達の存在に気が付き、言葉を洩らす。それに答えたのは、カミュやリーシャの後ろで、身を隠すように佇むサラであった。

 

「私は……いえ、良いのです。それより貴方達は、サブリナという女性を知っていますか?」

 

「ふぇ!? し、知りません!」

 

 正体不明の男が視線を向けた先は、男の質問に答えたサラ。何かに脅えているサラは、その視線に驚き、反射的に答えた声は、意外な程大きな物だった。

 

「そうですか。ああ、サブリナは元気でいるだろうか?……愛しのサブリナ。でも、今は、もう会う事も、話す事すらも出来ない……」

 

 サラの答えに対して興味を持った様子もなく、男は独り言のように言葉を呟き、夜空を見上げる。既にカミュ達に興味を失ったように星空を見上げる男に、カミュは一つ溜息を吐いた後、踵を返し、室内へと戻って行った。

 リーシャも疑問に思う所がなかった訳ではないが、おそらくこの男に何を聞いても自分に理解出来る言葉は出て来ないように感じ、カミュの後を追う事にした。

 当初からそれほど興味を持っていなかったメルエは、そこにいたのが『人』であった為、尚更興味を失ったのか、振り返りもせずに、その場を後にする。

 残ったサラは、その男が醸し出す雰囲気が、自分が知り得る『人』の物でない事には気が付いていた。

 最初は、幽霊と呼ばれる魂だけの存在なのかと考えていたが、何故かそれ程恐怖が浮かばない。

 『自分が僧侶としての本領に目覚めたのでは?』などと安易に考える程、サラは馬鹿ではない。それであるならば、どこかが歪んでいる可能性はあるのだが、おそらくこの男は『人』なのであろう。

 

 放牧地を後にした一行は、町の北側にある、宿屋の別棟へと移動する。建物の二階部分が宿泊の部屋となっているようで、一階部分はテラスの様になっていた。

 二階部分に上がり、一人部屋の鍵をカミュが持ち、大部屋の鍵をリーシャが持って、一行はそれぞれの部屋へと分かれて行く。

 

「にゃ~ん」

 

「!!」

 

 カミュが部屋に入ると、先客がいた。

 小さな先客は、カミュが入って来た事に驚いたように、部屋の隅へと移動して行く。

 一瞬アッサラームで遭遇した出来事を思い出したカミュではあったが、カミュの存在を恐れるように部屋の隅へと移動していった小動物を見て、警戒を解いて行った。

 

「……すまない……先客がいるとは知らなかった。危害を加える事はない。ただ、ベッドだけは使わせてくれ。後は好きにして構わない」

 

「にゃ~ん」

 

 通常の客ならば、宿を取った部屋に、動物が入っている等、クレームの原因となる。しかし、カミュはその先客である小さな猫に対し、軽く頭を下げた後、その猫に部屋での就寝の許可を取ったのだ。

 カミュの言葉が理解出来たのか、その猫は一つ鳴き声を上げると、部屋の隅で丸くなった。その様子を見て、軽く微笑んだカミュは、衣服を脱ぎ、部屋着に着替えた後、ベッドに入る。

 そして、そのまま眠りに落ちて行った。

 

 

 

 眠ってからどれくらいの時間が経っただろう。アッサラームを出てから、ベッドで眠る事のなかったカミュは、熟睡と言って良い程に深い眠りに落ちていた。

 しかし、そこはアリアハンという一国が掲げる『勇者』。

 空が明るみ始めた頃に、先程まで一切なかった『人の気配』に気づき、意識を覚醒させる。

 ふと、目を開けると、窓から差し込む朝日が眩しく、その光に慣れるまで、部屋全体を見渡す事は出来なかった。

 

「!!」

 

 間違いなく『人の気配』である故に、手元に<鋼鉄の剣>を引き寄せ、いつでも抜けるように身構えていたカミュの目が慣れ、部屋全体を見渡せるようになる。

 そこにいたのは、間違いなく『人』。

 昨晩、猫が眠りについていた部屋の隅にある椅子に、一人の女性が座っていた。何かに怯えるように、そして、何かにひどく悲しむように座っている女性に、カミュは剣から手を放し、ベッドから降り、近寄って行く。

 

「……何時入って来た?」

 

「はっ!? も、申し訳ございません」

 

 突然響いたカミュの言葉に驚きを露わにした女性は、飛び上がるように椅子から立ち上がった。

 その様子に、害がないと判断したカミュは、部屋着のまま、女性の対面にある椅子に腰かける。まだ、陽が昇ったばかりである。リーシャ達が起き出すには、まだ少しの時間があるだろう。

 

「……いや、良い。ただ、アンタは何者だ? 部屋に鍵はかけておいた筈だが……」

 

「えっ!? あ、あの……」

 

 カミュの言葉に、女性は言いにくそうに口籠る。盗賊や娼婦のような類の人間ではないようだ。

 それが解っているだけに、カミュの声は比較的穏やかな物である筈だが、それでも女性は何かに怯えるように口を噤んでしまった。

 

「……アンタがどう考えているのか知らないが、俺は金を払ってこの部屋を借りた。それが、朝起きてみれば、見知らぬ人間がいるとなると、疑問に思うのは当然の筈だが?」

 

「……はい……」

 

 穏やかな口調で続けるカミュの言葉に対しても、女性の顔は俯いて行くだけ。

 これには、カミュもほとほと困り果てた。

 続ける言葉が見つからないカミュ。

 黙して何も語らない女性。

 時が止まったように、部屋には沈黙が流れる。

 

 だが、時は突然動き始める。

 それは、カミュの予測が間違っていた事を示す者。

 そんな者の来訪を意味していた。

 

「カミュ! 着ている物を出せ! 洗濯をす…………!!!!」

 

「きゃあ!」

 

「……鍵はかけていた筈だが……」

 

 突然開いた扉と共に、部屋へと乱入してくる一人の女性。

 部屋着のままで洗濯物を片手に入って来たのは、言わずと知れた女性戦士。

 しかし、その女性戦士の言葉は最後まで綴られる事はなかった。

 寝ていると思っていたカミュが起きていて、視線の先には、一人の女性。

 それがリーシャの思考を止めてしまったのだ。

 

「……アンタ、メルエからカギを取って来たのか?」

 

「はっ!? な、何のつもりだ! お前は、女性を部屋に連れ込んでいたのか!?」

 

 カミュが溜息交じりに洩らした言葉は、リーシャの怒声に掻き消される。憤怒の表情を目覚めさせたリーシャは、勢い良くカミュの下へと向かって行った。

 そんなリーシャの剣幕に、尚更怯えた女性は、カミュの後ろに隠れるように身を隠す。それがリーシャの怒りに、更なる油となって投入された。

 

「お前は何をやっているんだ! この旅が何の旅なのか解っているのか!」

 

「……人の話を聞け……」

 

 カミュの胸倉を掴むような勢いで迫って来るリーシャの迫力にも、カミュは溜息を吐くばかり。しかし、この場にその行為を諌める『僧侶』や、言葉少なに感想を漏らす『魔法使い』の少女はいない。

 

「良いだろう! 説明してみろ! 生半可な言い訳であれば、その首、ここで叩き落としてやる!」

 

 熱くなったリーシャを止める役目を担う人間がいない以上、彼女を落ち着かせるには、彼女が欲している情報をカミュが提供する以外に方法はない。何かを諦めたように溜息を吐くカミュは、一度目を伏せた後、リーシャに向かって口を開いた。

 カミュの中での一番の変化はこれかもしれない。

 アリアハンを出た頃であれば、『アンタには関係ない事だ』の一言で片づけていた事だが、今はそれを、溜息を吐きながらも一から説明するのだ。

 それは紛れもない変化。しかし、それにリーシャは気が付いていないのだろう。

 

「昨晩、この部屋の前で、俺はアンタ達と別れた筈だ」

 

「ああ。その後にこの娼婦を呼んだのか?」

 

 話を聞くと言っていたのにも拘わらず、リーシャはほとんどカミュの話を聞いていない。

 もはや、自分の頭の中で決定された事項を確認しているだけの様な物言いであり、そんなリーシャの言葉に、流石のカミュも顔を顰めた。

 

「……言葉に気をつけろ。俺は、アンタ達と行動している人間だ。しかし、この女性は違う筈。見も知らぬ女性を『娼婦』呼ばわりするとは、人間性を疑うな」

 

「ぐっ……ち、違うのか?」

 

 カミュの視線に自分が発した言葉が見当違いである可能性を感じたリーシャは言葉に詰まる。そして、そんなリーシャの問いかけに、無言のままでいるカミュを見て、自分の考えが間違っている事を知った。

 

「す、すまない。確かにカミュの言う通り、初見の人間を『娼婦』呼ばわりするなど、有るまじき行為だった。本当にすまない。許してくれ」

 

「あっ、い、いえ。良いのです。そう思われても仕方ありません」

 

 自分の考えが間違っている事を知ったリーシャは、素直に頭を下げる。先程まで上り詰めていた血液は、頭から下がって行き、その胸には後悔が占めて行った。

 頭を下げられた女性は、慌てたように手を振り、リーシャの頭を上げさせようとするが、途中で横にいるカミュの手が伸びて来た為、それは中断された。

 カミュの方へ視線を移した女性は、カミュと目が合う。その瞳は、まるで『気の済むようにさせてやれ』と物語っているようだった。

 

「……アンタ達と別れてからこの部屋に入り、すぐ眠りについたが、その時にはこの部屋に俺以外の人間はいなかった。鍵もかけたから、その後に人が入る訳もない」

 

「そ、そうか。私が入る時も鍵はかかったままだったしな」

 

 顔を上げたリーシャを見て、カミュは話の続きを始めた。先程、未だに眠るメルエのポシェットから持って来た<魔法のカギ>でこの扉の鍵を開けた経緯のあるリーシャは、カミュの言葉に一人納得する。

 

「……やはり……アンタは……」

 

「ん?……あ、ああ。サラもメルエもまだ眠っているからな。眠っている内に洗濯を済ませておいてやろうと思ったが、ついでにお前の物もとな……」

 

 珍しいカミュの視線を受け、リーシャが少したじろぐ。

 先程、この部屋に入って来た時の怒りなど、どこへやら。

 やはり、この二人だけでは、会話が一向に進まない。

 サラの調停か、メルエの横やりがなければ、会話が別方向へと進んでしまうのだ。

 

「……あ、あの……」

 

「ん?……ああ、そうだったな」

 

一行に前へと進まない会話に、女性が口を挟む。二人の会話が始まるキッカケとなった当事者である女性が口を挟むというのも、また奇妙な話ではあるが、カミュは、その女性の言葉で、リーシャとの会話を打ち切った。

 

「大変失礼だが、貴女は『盗賊』の類か?」

 

「……本当に失礼な物言いだな……少しは考えて話してくれ」

 

「う、うるさい!」

 

 会話を打ち切られたリーシャが、女性に対して、とんでもない質問をぶつける。

 リーシャの言葉に、カミュは先程の様な強い視線ではないものの、強度の呆れを含んだ視線を向け、溜息を吐いた。

 

「い、いえ! 滅相もありません。私はこの町に住む者です」

 

「そ、そうか。重ね重ね、すまない」

 

 自分の言葉を否定した女性に対し、再び頭を下げるリーシャ。

 基本的に盗賊の類だとすれば、素直にそれを認める訳がない。それでも、女性の言葉を素直に受け取ったリーシャは、言葉とは違い、その可能性を信じてはいなかったのだろう。

 

「……この女性に関しては、アンタより、俺の方が知りたいぐらいだ。昨晩は確かにこの部屋には誰も…………!!!」

 

「ど、どうした、カミュ?」

 

 リーシャの言動に再び溜息を吐いたカミュは、元の席に戻り座り直した女性を見ながら、話を戻して行く。しかし、昨晩の事を思い出そうとした時、カミュは何かを思いついたのか、部屋中に視線を巡らし始めた。

 そのカミュの様子を不思議そうに眺め、言葉をかけるリーシャ。

 反対に、女性の方は何処か哀しみを浮かべた表情を作っていた。

 

「……アンタ……あの猫か?」

 

「……はい……」

 

 カミュは、昨晩自分以外で、この部屋にいた生物を思い出した。

 そして、それが結論へと導く。

 それは、余りにも突拍子もなく、そして余りにも非現実的な答え。

 しかし、カミュには、それしか答えを導き出す事が出来なかった。

 そしてそれは、対面に座る女性の首が静かに縦に振られた事で現実となる。

 隣に立つリーシャは会話に付いて行けてはいない。その証拠に、『これほど驚きに彩られたカミュの顔も珍しい』と別次元の感想を抱いていた。

 

「私の名は、サブリナと申します。このポルトガに暮らす者です」

 

「……それが、何故猫に?」

 

「何?……猫?……おい、カミュ。何の事を言っているんだ?」

 

 自己紹介を始めたサブリナと名乗った女性に、カミュが核心を問うように口を開いた。しかし、会話に置いて行かれたリーシャが口を開いた事により、再び会話が中断される事となる。

 もはや慣れてしまったカミュではあったが、少し厳しい視線をリーシャに送った。

 

「……最後まで聞いて、解らなければ、説明してやる。今は黙って話を聞いていてくれ」

 

「ぐっ! わ、わかった」

 

 カミュに釘を刺されるように黙らされたリーシャは、悔しそうに顔を歪めながらも、大人しく一つ残っていた椅子に腰かける。『洗濯は良いのか?』と思わず聞きたくなったカミュではあったが、それを口にするとまた話が前へと進まなくなる為、思い留まった。

 

「……それで、何故、猫に?」

 

「は、はい。ある夜、私達は海辺に浮かぶ小島にある『恋人たちの憩い場』と呼ばれる場所で夜空に輝く星達を眺めていました」

 

「私達?……あっ、いや、すまない……」

 

 話の続きを促したカミュに一つ頷いたサブリナは、何かを思い出すように語り始めた。

 最初の一言に引っかかりを覚えたリーシャが疑問を洩らす。だが、即座にカミュの視線を感じ、口を閉じた。

 

「あの夜は、前日から続いた雨も上がり、澄んだ空気が広がる綺麗な星空でした。私とカルロスは愛を語らいながらその星空を飽く事なく見ていたのです」

 

「……」

 

 恋人の事でも想っているのだろう。

 サブリナの表情は『哀しみ』よりも『愛おしさ』に溢れていた。

 それを見たカミュとリーシャは、余計な口を挟む事をしなかった。

 

「しかし、そんな私達の幸せの時間は、夜空を飾る星達の中に見えた何者かによって妨げられました」

 

「……何者か?」

 

 今度はカミュが口を挟む。このカミュの疑問に、今まで『思い出』に浸っていた筈のサブリナは、表情を『哀しみ』へと変化させ、静かに頷いた。

 

「はい。光輝く星達の中に異様な光が見え、初めは『流れ星かな?』と思ったのですが、それは、私達へと次第に近づき、その異様な風貌が見えました」

 

 ここでひとつ話を途切り、サブリナは深く息を吸い込んだ。

 まるで、今から話す事への覚悟を示すかのように。

 

「それは見た事もない魔物でした。小さな体で、片手には大きなフォークの様な武器を持ち、私達の前に降り立ったのです」

 

「!!」

 

 サブリナの話に、カミュとリーシャは驚きを露わにした。

 それは、まさしくカミュ達がアッサラームで戦った魔物。

 そして、メルエの義母アンジェの命を奪い、ロマリアの兵士の命をも奪った魔物。

 

「魔物に怯える私を庇うように立ちはだかったカルロスへ向け、その魔物は大きなフォークの様な武器を掲げました。『殺される』。そう思った時に私達の身体を光が包み込みました」

 

「……呪いか……」

 

 驚いているカミュ達を無視し、話続けるサブリナの話は、カミュをある結論へと導いた。

 『呪い』

 それは、多種多様な物。

 有名な物で言えば、呪われた武具などがある。

 それを装備した者は、呪いの影響から様々な害を受ける。

 その他で言えば、イシスのピラミッドで遭遇した<黄金の爪>もその一部であろう。

 王家の呪いとも言うべき物がかかっており、それを手にした者を死ぬまで呪い続ける。

 

「……はい……ただ、カルロスは何ともなかったようです。私だけが猫の姿にされました。幸いカルロスは私を庇う為に背を向けていた事から、私が猫に変化された事に気がつかなかったようです。私は、猫の姿になった事で、カルロスの前から逃げました。あのような姿をカルロスだけには見せたくはなかった……」

 

 サブリナは、そのまま顔を俯かせ、嗚咽を漏らす。

 その様子をリーシャは痛々しく見ていた。

 

「……その魔物は、おそらく俺達が排除した。それでも呪いが解けないという事は、術者の影響を受けない呪いか……厄介だな……」

 

「そ、そうなのですか?……私は、一生このままなのですね……ああ、カルロス」

 

 カミュの呟きに、サブリナは絶望の表情を見せる。リーシャは、サブリナの表情を見て、カミュへと厳しい視線を投げかけた。

 『言い過ぎだ』とでも言うように睨むリーシャに、カミュは一つ溜息を吐く。

 

「しかし、男の方は無事だったのか?」

 

「……わかりません。羞恥の余り、あの場所を逃げ出した私には、その後の事は……しかし、カルロスは私と違い、姿を変化させられてはいませんでした。私達へ武器を向けた魔物も、奇妙な笑い声を残し、すぐに飛び立ってしまったので……」

 

「……殺された訳ではないと?」

 

 カミュの言葉に、サブリナは一つ頷く。男の方の身を訪ねたリーシャは、聞く事は聞いたが、その先が示す結論に到達する事は出来ていなかった。

 必然的に視線はカミュへと向かう。

 

「私は、ご覧の通り、太陽が昇れば人間の姿に戻ります。人間の姿になった時に、この町を隈なく探しましたが、カルロスの姿はありませんでした。もう、この町にはいないのかもしれません」

 

「……」

 

 がっくりと肩を落としたサブリナを、カミュは眺める事しか出来なかった。リーシャもまた、カミュの瞳を見て、自分達が解決出来る問題ではない事を知ったのだ。

 

「……話は解った……」

 

「あっ! 申し訳ありませんでした。旅の方にこのような話を……」

 

 話の終了を告げるカミュの言葉に、今さらながら自分の置かれた立場を理解したサブリナは、カミュとリーシャに頭を下げ、部屋を出て行った。

 残された二人に何とも言えない感情が残る。

 リーシャの胸にあるもの。

 それは魔物に対しての『憎悪』

 そして、何も出来ない自分への『もどかしさ』

 

「カ、カミュ……」

 

「悪いが、今の俺達には何も出来ない。ただ、あの女が言っていたカルロスという男は、間違いなくこの町にいる。それだけは確かだ」

 

 そんな自分の不甲斐なさと、何とか出来ないかという想いを瞳に乗せたまま、リーシャはカミュへと問いかける。

 『何か自分達に出来る事はないか?』と。

 しかし、カミュの口から出た言葉は、リーシャの願いを斬り捨てる物。ただ、その中にも、微かな希望は残されていた。

 

「なに?……恋人の方も、この町に残っているのか!?」

 

「……アンタは昨晩の話を聞いていなかったのか?」

 

「昨晩?」

 

 リーシャの問いかけに答えるカミュの言葉は、いつものように回りくどい。故に、リーシャには核心に迫る結論が導き出せなかった。

 

「……昨晩、あの放牧地にいた男が言っていた筈だ。『愛しのサブリナ』と」

 

「!!……で、では、あの男がカルロスなのか!?」

 

 カミュが結論を切り出した事により、ようやくリーシャもそこに至る事が出来た。

 そして、その現実に驚くと共に、『そうか……よかった』と薄く微笑むリーシャに、何故かカミュの表情も優しい物へと変わって行く。

 

「……ここからは、想像の域を出ないが……おそらく、あの男は女とは反対に、昼は馬の姿になっているのだろう……」

 

「な、なに!?」

 

 暫し、リーシャを見ていたカミュは、もう一つの結論を口に出す。それは、希望を見出していたリーシャにとって、再び心を沈めてしまうようなものだった。

 昼間に人間に戻れるサブリナという女性とは反対に、カルロスという男は夜に人間に戻ると言うのだ。それであれば、昼間に人間となる女性がいくら探したところで、昼間に動物になっている男の姿を見つける事など出来る訳がない。

 

「……宿屋の主人は、あそこにいるのは馬だと言っていた。つまり、あのオヤジは馬しか見ていないのだろう。あの放牧地へ人が入って行けば、あのカウンターからなら見えるだろうからな」

 

「では、あの男もサブリナと同じように、動物に変化する呪いをかけられたと言う事か?……それも、サブリナとは真逆に、日中に動物に変化する類のものだと?」

 

「……ああ……」

 

 カミュの考えは、リーシャの気持ちを更に沈めて行く。それでも、確認の為に問いかけるリーシャに、カミュもまた、何かを思いつめた表情で頷いた。

 生涯をかけて相手を想っている者同士ではあるが、この先どれ程の時間が経過しても、お互いの姿を見つける事は出来ない。それがどれ程に残酷な事であるのかをリーシャは理解し、途方に暮れてしまう。

 

「……カミュ……この話は……」

 

「……ああ……あの僧侶と、メルエには話す事はない」

 

 リーシャの最後の言葉をカミュは理解していた。

 この話を聞けば、サラの魔物への『想い』は更に強くなってしまうかもしれない。メルエにしても、純粋なだけに、どんな事を考えるのか予想が出来ない。

 故に、二人はこの話を胸に仕舞う事にした。

 

 二人が黙り込み、しばらくの時間が流れた時、不意にカミュの部屋の扉がゆっくりと開かれた。

 それは、本当にゆっくりと、遠慮がちに少し開かれ、それに気付いたカミュとリーシャが視線を向ける。

 カミュに至っては、警戒のために再び剣に手をかけていた。

 

「…………カミュ…………?」

 

 しかし、ほんの少し開かれた扉の隙間から見えた顔に、カミュは剣から手を離した。

 遠慮がちに中を除く瞳は、もはや見慣れた物。それは、カミュが唯一、自らこの旅に連れて行く事を決めた少女の瞳。

 

「……どうした、メルエ?」

 

「…………リーシャ…………いない…………」

 

 未だに扉を全部開ける事をしないメルエは、リーシャやサラに『男性であるカミュの部屋には軽々しく入ってはいけない』とでも言われているのかも知れない。

 いつものリーシャの行動を考えると、サラの言葉なのだろう。

 少しだけ覗いた場所に、カミュの姿を確認した為、それ以上扉を開かないメルエには、リーシャの姿は見えない。故に、カミュへと自分が目覚めた時に気が付いた事を告げているのだ。

 おそらく、リーシャと同じベッドで眠っていたのだろう。起きた時にリーシャの姿がない事を不思議に思い、そして不安になったのだ。

 故に、カミュの部屋へと向かった。

 

「メルエ? 私はここにいるぞ」

 

「…………!!…………」

 

 ほんの少し扉を開け、その隙間から中を覗いていたメルエは、中から突然聞こえたリーシャの声に驚き、ゆっくりと扉を更に開いて行く。

 完全に部屋の中を一望出来るぐらいまで、扉を押し開けたメルエは、カミュが座っていた椅子の横でこちらを見ているリーシャを見つけ、その表情を笑顔に変えた。

 

「…………リーシャ…………」

 

 扉を開け放したまま、『とてとて』とリーシャに向かって駆けて来るメルエをリーシャが優しく包み込む。それは正に母親の様な暖かさを持つものだった。

 笑顔で駆け寄るメルエは、リーシャの胸に飛び込み、しっかりとその背に腕を回して顔を上げる。

 

「どうした、メルエ?」

 

「…………リーシャ…………いな………かった…………」

 

 抱き締めたメルエに問いかけるリーシャが見た物は、若干頬を膨らませたメルエ。それは、自分が起きるまで、傍にいてくれなかった事を糾弾しているようにも見える。

 そんなメルエの表情に、リーシャは思わず苦笑を浮かべた。

 

「ふふ。カミュの服も洗濯してやろうと思ってな。カミュ、服を出せ。メルエ、一緒に洗濯をするか?」

 

「…………ん…………」

 

 メルエの頭を軽く撫でたリーシャは、カミュへ服を出すように指示を出し、共に洗濯をする事をメルエに提案する。そのリーシャの提案に、メルエは表情を笑顔に変え、大きく頷いた。

 普通、このくらいの歳の子供であれば、家事などをする事を嫌がるものだ。しかし、そんな常識は、この幼い『魔法使い』には通用しない。カミュ、リーシャ、サラの三人と共に何かをするという事が、メルエにとっての幸せの一部なのだ。

 中でも、幼い頃から行っている洗濯というものであれば、メルエが足を引っ張る事にはならず、本当の意味で共に行う事が出来る。それがメルエには嬉しかった。

 

「うん。では、私は主人に言って、洗濯道具を借りて来る。メルエはカミュの服を貰ってから下に降りて来てくれ」

 

「…………ん…………」

 

 リーシャの言葉に大きく頷いたメルエを見て、柔らかく微笑みながら、リーシャは階下へと降りて行った。

 リーシャの後ろ姿を見送った後、メルエがカミュへと両手を差し出す。それは、カミュの服を渡せという意味。

 そんなメルエに、カミュもまた苦笑を浮かべながら、昨晩着替えた服をメルエへと手渡した。

 ノアニールを出てから、何度か洗濯をして来たが、一度たりともカミュは自ら洗濯をする事はなかった。

 それは、何も、カミュが洗濯という行為自体を拒否した訳ではない。

 ノアニールの頃から、カミュの服を洗う事はメルエの仕事となっていたのだ。そして、何故か、メルエはそれを譲らない。

 

 

 

 洗濯道具を借りて来たリーシャと共に、別棟の外に出て洗濯を始めたリーシャとメルエをカミュはただ眺めている事しか出来なかった。

 本当に楽しそうに微笑みながら手を動かすメルエ。

 微笑むメルエに、優しい笑顔を浮かべながら、その顔にまで付いた泡を取ってやるリーシャ。

 それは、どこから見ても、家族が見せるような日常の一コマ。

 

 カミュは、幼い頃、アリアハンでそのような光景を傍目で見る事しかなかった。

 事実、カミュが母親であるニーナと洗濯をしたという記憶はない。だからこそ、メルエとリーシャの姿が微笑ましく見えるのだ。

 リーシャとメルエが赤の他人であれば、カミュはそれを鼻で笑っただろう。

 リーシャやメルエがどうでも良い人間であれば、カミュはリーシャの行為を『偽善』と感じただろう。

 だが、カミュにとって、もはやメルエは他人ではない。そんなメルエを笑顔にするリーシャという存在に、素直に感謝の念を持ち始めていた。

 

「リ、リーシャさん! た、大変です。衣服が……衣服が盗まれています……あれ?」

 

 そんな穏やかな空気は、部屋着姿のままで髪を梳かしてもいない僧侶の乱入で弾け飛ぶ。

 目が覚め、リーシャもメルエもいない部屋。更には衣服まで全て失われている。それに気が付いたサラは、大慌てで階段を下りて来たのだ。

 

「あははは。サラ、以前に私は言ったはずだぞ。女性がそんな姿で人前に出るものではないと」

 

「えっ!? あ、ああああああああああ!!」

 

 リーシャとメルエが手元で行っている事に気が付いたサラは、呆然とその行為を見ていたが、笑い声と共に発したリーシャの言葉に我に返る。

 確かに、メルエが加入する前のレーベの村で、サラはリーシャにそのような忠告を受けていた。そして、改めて自分の姿を見ると、部屋着は乱れ、へそが丸出しになっており、髪の毛は纏まっておらず、あらぬ方向に飛び散っている。

 同じ部屋着を着ていても、リーシャもメルエを身なりをきちんと整えているだけに、サラの姿の異常さは際立っていた。

 己の姿を確認したサラは、大声を上げ、部屋へと戻って行く。その姿にリーシャは盛大に笑い、メルエもまた、声を出して笑った。

 世界を救う為に旅を続け、様々な困難に立ち向かう者達の、ほんの僅かな休息。そんな穏やかな空気は、ポルトガの城下町を吹き抜ける海風に乗って、空を舞って行く。

 

 

 

 宿屋のカウンターに部屋のカギを返した後、カミュは昨晩訪れた放牧地へと向かう。その後ろ姿にサラやメルエは首を傾げるが、リーシャは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 

「ヒヒ――ン!」

 

「……やはりか……」

 

 放牧地に入ると、昨晩男がいた場所に、一頭の馬がいるだけ。それは、カミュの予想が間違っていなかった事の証明。

 まだ、この馬が昨晩の男である事や、昨晩の男がサブリナの言っていたカルロスという恋人である事は証明されてはいないが、リーシャは既にそれを事実として受け止めていた。

 何故なら、その馬はカミュを見つめ、哀しそうに一声鳴き声を上げたのだから。

 その悲痛な叫びが、リーシャの胸を打った。

 

 

 

 訳の分からないという顔をしていたサラとメルエを促し、カミュ達は放牧地を出た。

 向かうは、ポルトガ城。

 ポルトガの城下町は、西に長く伸びる。

 城下町と城との間には大きな港が存在し、そこには数船の漁船が繋がれてはいるが、朝の漁業を終えて戻って来たという様子ではない。

 

「やはり、ここにも魔物の影響はあるのですね」

 

「ああ、海には強力な魔物が住んでいるからな」

 

 港の様子を見て、サラが呟く内容にリーシャも同意を示した。

 『寂れている』

 それが正直な感想だろう。

 カザーブ等の村とは違い、城下町であるため、活気はある。しかし、それが、ポルトガ本来の活気ではない事ぐらい、余所者であるサラにも理解出来た。

 ポルトガ国のメイン収入である貿易が行われていない事が一目瞭然だからだ。

 ゼロではないだろう。しかし、頻繁に船が往来していない事は間違いがない。

 本来であれば、この様な昼近くであれば、船からの荷降ろしや、今朝獲って来た魚等を売る声等で、賑わいを見せている筈だろう。

 

「…………お魚…………」

 

「ん? メルエは魚が好きなのか?……よし。今度は私が魚を使った料理を作ってやろう。私の故郷アリアハンも海辺の国だ。魚料理も婆やにみっちり仕込まれたからな」

 

 少なからず水揚げされた魚達を売っている店を横目に見ていたメルエを見て、リーシャは笑いながら胸を張る。

 別段、メルエは魚を食す事が好きだとは言っていない。ただ、未だに生きている魚達を目にする事が少なかっただけに、物珍しさに声を上げたのだ。

 それでも自分を想って笑顔を向けてくれるリーシャに、メルエは嬉しそうに微笑み、大きく頷いた。

 

 

 

 港を抜けると、一行の前に大きな城門が見えて来る。貿易国ポルトガの全盛期の勢いを残す城の佇まいは、城門にもしっかりと残されていた。

 見上げなければ全貌が見えない程の大きな門。

 そして、鉄で出来ているであろう大きな扉には、細かい装飾が施されている。

 アリアハンの城門は、周囲は鉄であったが、扉自体は木で出来ていた。

 それが、ポルトガとアリアハンの国力の差を如実に表している。

 

「……アリアハンから参りましたカミュと申します。国王様への謁見をお願い致したく、お伺い致しました」

 

「アリアハンから?」

 

 門番をしている二人の兵士に軽く会釈し、カミュは名乗りと共に、アリアハン国王から拝領したカミュの身分を証明する証文を門番へと手渡す。それを受け取った兵士は、聞き慣れぬ国名に軽く首を傾げながらも、証文に目を通した。

 

「……確かに……しかし、どのようにしてこの国に……一度ポルトガを訪れた事があるのか?」

 

「……いえ。ロマリアの西にある関所を通って、ポルトガに入国させて頂きました」

 

「なに!?」

 

 兵士達の疑問、そして驚きは当然の結果であろう。

 この十数年間、ポルトガは陸の孤島となっていた。

 ポルトガから他国に行くとなれば、船で海を渡る以外は、ロマリアと接するあの川を渡らなければいけない。その関所は、十数年前に閉じられたままだったのだ。

 それが開かれた。

 それはロマリアが国交を回復させた事に他ならない。

 

「い、今、取り次いで来る。暫し、待たれよ」

 

 カミュの顔を驚愕の表情で見ていた兵士の一人が我に返り、城内へと入って行く。もう一人の兵士は、未だに驚きの表情を浮かべながら、カミュ達一行を一人一人眺めていた。

 暫くして、城門の前で待っていたカミュ達の下へ、兵士と共に文官らしき人間が現れた。

 おそらく、国王との謁見等の取次ぎをする者なのであろう。もう一度、アリアハン国王からの証文をカミュから受け取り確認した後、訝しげに四人に視線を向ける。

 その視線は決して心地よい物ではなかった。

 端的に言えば、『侮り』に近い視線。

 年若い青年と、三人の女性。

 その内一人は明らかな幼子だ。

 魔物が横行するこの時世であれば、文官の危惧は当然の物であり、国王の傍に仕える者ならば、なくてはならない猜疑心。

 それを理解しているからこそ、リーシャは不愉快な気分になりながらも何も言わない。メルエもリーシャが何も言わない事から、その文官の視線を避けるようにリーシャの背中に隠れた。

 

「……こちらは、イシス国女王様からの紹介状です。ご確認を……」

 

「何と! イシス女王様からの紹介もあるのか?」

 

 カミュ達を舐めるように見る文官に埒が明かないと感じたカミュは、先日イシス女王であるアンリから受け取った紹介状を文官へと手渡した。

 思いがけない名を聞いた文官は、疑いの瞳から驚きの瞳へと変化させて行く。素早く紹介状を広げ、その中身を確認した後、文官の表情は穏やかな物へと変わっていた。

 

「大変失礼致しました。ご無礼をお許しください」

 

「いえ。今の世では、貴殿の態度こそ、国を護る姿勢と考えます。お気になさらずに」

 

 深々と頭を下げる文官に、カミュも一つ頭を下げる。

 それは、一種の社交辞令。

 しかし、そんなカミュの言葉に、文官は軽い笑顔を作った。

 

「国王様との謁見の準備を致します。どうぞ、こちらへ」

 

「……ありがとうございます……」

 

 文官から、アリアハン国王の証文とイシス女王の紹介状を受け取ったカミュは、軽く頭を下げ、文官に導かれるままに城の中へと入って行く。その後をリーシャが続き、その手を握ってメルエが続いた。

 先程の文官の態度に若干腹を立てていたサラは、文官の変貌ぶりに頭が追い付かなくなり、また、最もあの態度に怒りを露わにすると思われていたリーシャが何も言わない事を不思議に思う。

 常に仮面を被り続け、こういう視線に慣れているカミュや、元々国家に属する立場であったリーシャの様な考え方は、平民の出であり、教会という、ある意味閉塞的な場所で育ったサラには出来なかったのだ。

 

 

 

「よくぞ参った。そなたが、英雄オルテガの息子カミュであるか?」

 

「はっ。ポルトガ国王のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」

 

 謁見の間には、玉座が一つ。その横に大臣らしき小太りの中年男が控えるだけ。

 その玉座に座っていた歳の頃三十代後半に見える若い国王が、床を見つめるように頭を下げるカミュへと声を落とした。

 

「ふむ。そなたの願いは?」

 

「はっ。この先の旅の為、ポルトガ国からの船での出港の許可を頂きたく」

 

 単刀直入なポルトガ国王の言葉に、一瞬カミュは驚き、声を詰まらせた。

 だが、今のカミュは仮面を被っている。

 そのまま何事もなかったかのように言葉を続けた。

 

「ほぉ……出港の許可とな?」

 

「はっ」

 

 一度顔を上げたカミュは、国王の瞳に何か違和感を覚える。ここまでの旅で、いくつかの国を回って来たが、このポルトガ国王の瞳は、他の王族の物とは一線を介していた。

 その理由こそ分からないが、カミュは何故か言いようのない不安感に襲われる。

 

「ふむ。しかし、今、この国の港からは定期船などは出ておらん。港を見て解ると思うが、貿易船なども年に数回。そなた等の希望には添えぬと思うが?」

 

「……では、次の貿易船とは……」

 

 予想はしていたが、それが国王自らの口から聞いた事により、カミュだけではなく、後ろに控える三人の表情にも僅かばかりの影が差した。

 カミュの問いかけに、気を悪くした様子もなく、ポルトガ国王は傍にいる大臣へ視線を送る。その視線を受けた大臣が、少し考えるような素振りを見せた後、口を開いた。

 

「先日、船が港から出たばかりでありますので、早くても一年後かと。しかし、ここ最近は海の魔物の凶暴化も進んでいますので、それも希望的観測に過ぎません」

 

「……だそうだ」

 

 もう一度視線を戻す国王の目には、明らかに落胆に肩を落とす勇者一行の姿が映った。

 『もしかすると、彼等の旅は、行き詰まっているのかもしれない』

 国王は、そう感じていた。

 

「ふむ。そなた等は、東の大陸へは足を運んだのか?」

 

「……いえ……まだにございます」

 

 突如掛けられたポルトガ国王の言葉に、カミュは何を言われたのかを理解するのに数秒を要さねばならなかった。

 カミュの否定の言葉に、ポルトガ国王は髭の生えていない顎を一撫でしてから、再度口を開く。

 

「別段、船がなくとも東の大陸には渡れよう」

 

「はっ。そのような噂を耳にしましたが、その道が見つかりませんでした」

 

 顔を上げて答えるカミュの目を、国王は見つめる。

 その瞳の奥にある何かを探し求めるように。

 

「ふっ。ノルドの奴か?……暫し待て」

 

 カミュの瞳を見ていた国王が一つ笑うと大臣に目配せをし、持って来させた文箱を開いて、何やら書き始める。

 下を向いたままのリーシャ達三人は、謁見の間で何が起こっているのかが解らない。ただ、今までのカミュと国王とのやり取りが、何かしら進展しそうだという事だけは理解出来る。

 国王の口調が変化している事には、リーシャだけが気づいていた。

 

「ふむ。これで良い。これをノルドの奴に渡してみよ」

 

「……はっ……」

 

 大臣経由で手渡された文を、両手を掲げて受け取ったカミュは、どこか気の抜けたような返事を返す。カミュの中で、このポルトガ国王が、今まで謁見した国王とは違うという事が確定された瞬間だった。

 

「よし。カミュと申したな。そなた等に命を申し渡す。東の大陸に行き、そこの名産である『黒胡椒』を持ち帰って来い。さすれば、このポルトガは国を挙げて、そなたを『勇者』と認め、支援する事を約束しよう」

 

「……はっ……」

 

 カミュの返答は、相変わらず、一国の国王の前で発する物ではなかった。

 どこか、釈然としない想いがあるのだろう。

 

「できぬか?……東の大陸は、ここの魔物より強い。しかし、そなた等の使命は『魔王討伐』の筈。魔物程度にそなた等の行動が止められたのであれば、『魔王討伐』など夢のまた夢ではないのか?」

 

 『なんて失礼な物言い』

 サラは、後ろで控えながら、そう感じていた。

 一国の国王が、世界を救う為に立ち上がった青年にかける言葉ではない。

 しかも、『黒胡椒を持ち帰れ』等、国王の我儘でしかないではないか。

 サラは、赤い絨毯を見つめながら、怒りを感じていた。

 

<黒胡椒>

それは、ある地方にしかない調味料。

その他の地方では、調理に使う調味料は塩が基本。

いや、正確に言えば、塩しかないのだ。

 

 サラにしても、その名は知っていても、実物など見たことはない。

 昔は、アリアハンに入港した商船がたまに持って来ていたが、その価値は、庶民が手を出せるレベルのものではなかった。

 その一粒は、黄金一粒と同価値とまで言われていたのだ。

 

「『黒胡椒』を手に入れる方法は、そなたに任せる。そなたが持ち帰った分、全てをこの私が買い取る事を約束しよう」

 

 その『黒胡椒』を一粒買うだけでも、黄金が一粒必要なのだ。そのような資金を与えもせずに、手に入れて来いなど、横暴にも程がある。

 元金がなければ、仕入れる事など出来ない事は常識の範疇。それすらも理解出来ない王族なのかとサラは憤った。

 しかも、カミュ達の使命が何であるかを理解しておきながら、自分の我儘を優先して命を下すなど、サラからしてみれば、最低の人種と映ったのだ。

 

 しかし、サラは気がつかない。

 そもそも、一国を担う王族に対し、そのような考えが浮かぶ時点で、もはや以前のサラではないのだ。

 『王族は人の守護を、<精霊ルビス>から委ねられた選ばれし者』という教え自体に、疑問を感じ始めている証拠であった。

 第一、カミュは既に、アリアハン国王から同じような命を受けているのだ。

 少ない資金、貧弱な物資での『魔王討伐』という命を……

 

「はっ。確かに承りました」

 

 カミュの返答は、先程よりもはっきりとしたもの。そんなカミュの声を聞きながら、リーシャは考えていた。

 憤るサラとは対照的に、リーシャは落ち着いている。それは、感じ方の違いに他ならない。

 リーシャは、このポルトガ国王の言っている事にどこか違和感を覚えた。

 この国王は、カミュ達の目的を確かに聞き、理解しているだろうし、これから先の旅に、船が必要である事も理解しているのだろう。その上で尚、自分達に東の大陸への道を示したのだ。

 

「では、そなた達が我が前に『黒胡椒』を持ち帰って来る事を楽しみにしているぞ」

 

「……必ず……国王様の御前に……」

 

 リーシャが感じた違和感は、カミュも同じ様に感じていたもの。

 そして、カミュは国王の言葉を受ける事にした。

 それは、この国王の瞳の色に何かを感じたからに他ならない。

 今まで見て来た王族の物とは違い、どちらかと言えば、自分達に近いその色に。

 

 

 

 カミュ達が謁見の間を去り、そこにまだ若い部類に入る国王と、大臣が残された。一つ溜息を吐いた国王に、傍に立つ大臣の顔に苦笑が浮かぶ。

 

「昔を思い出されましたかな?」

 

「……ふっ……俺には、『魔王』に挑む腕も度胸もなかったさ」

 

 大臣の言葉に、どこか哀しく、どこか優しい表情を浮かべたポルトガ国王は、謁見の間から見えるポルトガ港を眺めた。

 数々の品と、そして数多くの人が旅立った港。

 そして、今や何も送り出す事のなくなった港を。

 

 

 

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございました。

ようやくポルトガ城です。
ポルトガという国は、ゲームの中ではイメージ的にどうかな?という部類でしたが、この物語中のポルトガはどうでしょう……

ご意見、ご感想を心よりお待ちしています。

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