新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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~バーンの抜け道~

 

 

 

「カミュ。このままあのホビットの所へ向かうのか?」

 

「……いや、武器屋に寄る……」

 

 鉄で出来た重い城門が開かれ、カミュ達一行は城下町へと踏み出す。城門が重い音を響かせながら閉じられると、その前に門番の兵士が二人立ち、再びポルトガ城に静けさが戻った。

 町へと続く港を歩きながら、リーシャはカミュへと今後の方針を尋ね、その問いにカミュが間髪入れずに答えを返す。

 

「そうか。私の盾も新調しなければならないしな。ん?……サラ、どうした?」

 

「えっ!? あ、いえ……なんでもありません」

 

 カミュの答えに満足そうに頷いたリーシャであったが、ふと隣を歩くサラの様子が変である事に気づき、声をかけた。実際、サラは謁見の間からここまで、パーティーの最後尾を歩き、一言も言葉を発していない。

 サラが何かを考え込み、悩んでいる時の行動である事は、ここまでの旅でリーシャには解っていた。

 サラは、城門前での文官の態度に始まり、謁見の間での国王の発言に複雑な想いを持っていた筈。それは、サラの心に刻みつけられている『教え』と相反する物。

 『何故、自分はここまで憤りを感じるのか』

 しかも、それは人類の保護者であると教えられた王族に対して。

 それがサラを悩ませる。

 

「サラ?……行こう」

 

「あっ! は、はい」

 

 その悩みは、目の前でにこやかな表情で声をかけて来る女性戦士も含まれていた。

 『何故、自分はこれ程までに憤りを感じるのに、沸点が低いと言っても過言ではない筈のリーシャがここまで穏やかなのか?』

 サラは、それに疑問を感じ、そして、その事実が自分の『精霊ルビス』に対する信仰心の薄れなのではないかという恐怖に襲われる。

 サラは『精霊ルビス』への信仰が、自分にとっての唯一の物だと信じている。

 いや、その事を今、リーシャやカミュに話せば、彼等は鼻で笑うだろう。

 しかし、サラはそれに気付かない。

 疾うの昔に、自分の中での優先事項が変化している事実に。

 

「…………メルエも…………」

 

「あはは。アンの服以上の装備品はここにはないと言ったろう?」

 

 買い物に行くという事実を知ったメルエが、この城下町に辿り着く前に発した言葉を繰り返す。自分を物欲しげに見上げてくるメルエに、リーシャは声を出して笑い出してしまう。そんなやり取りをしている内に、一行は港を通り抜け、城下町へと入った。

 昨晩に訪れた集合店舗へと向かうと、宿屋や武器屋に道具屋が犇めく様に揃うその場所は、陽も高くなったためなのか、人で溢れていた。

 

「……ここに置いてある盾で、一番良い物は?」

 

 数ある店の中で、カミュが立ち寄った場所は、集合店舗の中でも一際小さな武器と防具の店。カミュが向かった先が、何故このような小さな店なのか、リーシャもサラも理解出来なかった。

 他に大きな店が近くにある。そこは客も多く、品揃えも良いように見えた。それでも、カミュはその店を一瞥しただけで、迷わずにこの店に向かって歩いて来たのだ。

 

「ん?……おお! いらっしゃい。盾か?……そうだな……やはり、この<鉄の盾>だろうな。少し重さはあるが、その分防御力は高い」

 

「……そうか。合わせてもらえるか?」

 

「もちろんさ。装備してみて、具合を確かめてくれ!」

 

 店主がカウンターに置いた<鉄の盾>をカミュは手にとってみる。小さな店で、来客も少ない割に、その<鉄の盾>は埃も被らず、その光沢を誇っていた。

 それは、この武器屋の主人が手入れを怠っていない事の証明。

 

「……これを二つくれ……」

 

「ありがとう! 2400ゴールドになるよ」

 

 カミュはカウンターにゴールドを置き、主人はそのゴールドを確認した後に、カミュとリーシャの具合を聞き、調整の為、奥へと入って行った。

 

「……この盾はアンタが使え……」

 

「えっ!? これを私がですか?」

 

「お、おい。カミュ、その盾は……」

 

 奥へと入って行った主人を見送った後、カミュはその手に持っていた<うろこの盾>をサラへと手渡した。

 カミュから盾を受け取ったは良いが、サラはカミュのその行為に戸惑っている。それは、おそらく、少し顔を歪めているリーシャが考えている事と同じ物が原因なのであろう。

 

「……誰から貰った物であろうと、盾は盾だ。その盾よりも良い物があれば、そちらに替える。後生大事に貧弱な装備のまま旅を続けて、死ぬつもりはない」

 

「ぐっ!」

 

 リーシャが考えていることを理解したカミュが、先に釘を刺した。

 カミュが持っていた<うろこの盾>は、ロマリア国王から賜った物。

 一国の宝物庫にあった程の物である。

 それをカミュは、『貧弱な装備』と吐き捨てたのだ。

 

「……アンタには、<鉄の盾>は重すぎる。<うろこの盾>ならば、防御力の割に軽く、扱い易いだろう」

 

「あ、は、はい……ありがとうございます」

 

 一瞬、血が頭に上りそうになったリーシャではあったが、続いたカミュの言葉を聞き、その血は急速に下がって行く。カミュの言葉の中に、サラの事を考えている節が多分に見受けられたからだ。

 確かにサラの細腕では、<鉄の盾>を装備する事は出来ないだろう。例え、手につける事が出来ても、それを掲げて、魔物からの攻撃を防御する事は難しい。

 そして、この辺りの魔物の攻撃でさえ、もはや<青銅の盾>では心許ない事は、リーシャが持つ盾の有り様が物語っている。しかも、これから先の旅となれば、更に強い敵と遭遇する事はまず間違いはない。

 

「さぁ、出来たぞ。もう一度、手に嵌めてみて、具合を確かめてくれ」

 

 リーシャが、複雑な想いでカミュとサラのやり取りを見ていると、奥から主人が戻って来た。

 持っている二つの<鉄の盾>をカミュとリーシャにそれぞれ渡し、二人が具合を確かめている様子を真剣に見守っている。少しでも具合が悪ければ、再び直すつもりなのであろう。

 

「……俺の方は、これで大丈夫だ……」

 

「私も大丈夫だ」

 

 具合を確かめ終わった二人が、不備がない事を告げると、主人は人の良さそうな笑みを浮かべ、『そうか』と一言呟いた。

 

「……この二つの<青銅の盾>を引き取ってくれるか?」

 

 手に<鉄の盾>を装備し終えたカミュは、リーシャとサラの持っている<青銅の盾>を指差し、主人に尋ねるが、主人はその盾を一瞥し、苦い表情を作った。

 

「う~ん。そっちの盾は引き取れるが……悪いが、アンタの方の盾は、買い取る事は出来ないな……まぁ、処分して良いと言うのであれば、ゴールドは支払えないが、引き取らせて貰うよ」

 

「これは、ダメか……」

 

 サラの方の盾は、正直無傷に等しい。カンダタの斧の攻撃を受けた事もあるが、微かに傷らしき物が付いているだけである。

 それに対し、リーシャの盾は、もはや原型を留めてはいない。所々が欠け落ち、表面は傷だらけになっている。それは、何も、ポルトガ城下町に辿り着く前に遭遇した<ドルイド>が放った<バギ>だけが原因ではない。

 彼女は、ここまでこの盾で、自分だけではなく仲間達を護って来た。

 <ギズモ>の放つ<メラ>からサラを護り、同じ様に<さまよう鎧>の剣撃からもサラを護った。

 アッサラームに向かう途中では、<暴れザル>の暴力からメルエの命を護っている。あの時、咄嗟にこの盾を<暴れザル>の拳と自身の身体の間に滑り込ませた事によって、リーシャもまた命を繋げたのだ。

 『買い取る事は出来ない』とまで言われた<青銅の盾>の姿は、言うなればリーシャの身代わり。彼女のここまでの行動を意味するものだった。

 

「……それで良い。悪いな。売り物にならない物を引き取らせて」

 

 リーシャの盾の経緯を知っているからこそ、カミュは一言も不平を口にしない。暫し、しみじみと盾を見つめていたリーシャは、<青銅の盾>を一撫でした後、カウンターへ置き、同じようにサラも自分の盾をカウンターに置いた。

 

「いや、こちらこそ、すまないな。ん?……そう言えば、アンタ達は兜を被っていないんだな?……頭を護るのも重要だぞ?」

 

「……何か、良い物があるのか?」

 

 カミュ達一行を見て、主人は何かに気が付き、その内容を口にする。その内容通り、カミュ達一行は頭を護る物を装備してはいない。サラは僧侶帽、メルエは<とんがり帽子>を頭に乗せているが、それは敵からの防御を考えての装備ではない。

 

「これなんて、どうだ?」

 

「……これは?」

 

 主人が取り出した物は、小さな兜。

 頭頂部をすっぽりと覆うように、頭に乗せるようなものだった。

 

「それは<鉄兜>さ。鉄で出来ているだけに、多少の重さはあるが、女性でも被れる重さだし、結構防御力もある」

 

「……<鉄兜>か……おい、アンタが被ってみろ」

 

「えっ!? また私ですか?」

 

「…………サラ…………ずるい…………」

 

 主人から<鉄兜>を受け取ったカミュは、それを再びサラへと手渡す。

 カミュにしてみれば、メルエには無理だろうが、サラであれば、もしかすると可能かもしれないという考えだったのだが、ここまで黙って買い物を眺めていたメルエは、再びサラに物が与えられる事に不満を漏らし、頬を膨らませていた。

 

「……オヤジ……この()に合う物は何かないか?」

 

「う~ん。子ども用の物はなぁ……」

 

 メルエの言葉と表情に苦笑しながら、カミュは主人へと声をかけるが、主人の言葉は期待に沿うようなものではなかった。

 その言葉に、メルエは肩を落とし、リーシャの足元に戻って行く。何とも言えない罪悪感がカウンター付近を支配した。

 

「あ、あの……少し重いですが、動く事に支障を来す程ではありません」

 

「……そうか……ならアンタはそれを被れ」

 

「…………サラ…………ずるい…………」

 

 皆の空気が固まっている中、<鉄兜>を被ったサラが、その具合を口にする。サラの言葉に、カミュはそれを装備するように指示を出し、リーシャの足元から少し顔を出したメルエが再び不満の言葉を洩らした。

 

「えっ!? で、でも、私には、この帽子が……」

 

「サラ。ここから先は、自分の身を一番に考えるんだ」

 

 僧侶である自分の身の証である<僧侶帽>を脱ぐ事に抵抗感を持ったサラが、<鉄兜>を脱ごうとするが、それは隣に立つリーシャによって止められた。

 ここから先の魔物相手では、それこそカミュの言う通り、貧弱な装備では命を落としかねない。それは、リーシャも良く理解していたのだ。

 

「……でも……」

 

「……それ程に嫌ならば、その<鉄兜>を覆うように<僧侶帽>を被れば良い?」

 

「おっ! そう言う事なら、手伝うぞ。少し形状は変わってしまうかもしれないが、時間をもらえれば、手直ししてみよう」

 

 納得が行かずに肩を落とすサラに対して発したカミュの提案に、意外なほど武器屋の主人が乗り気を見せる。

 彼にしてみれば、久しぶりの上客なのかもしれない。<鉄の盾>というこの町で一番上等な盾を、即決で二つ購入し、そのまま<鉄兜>も店主の提案を受け入れる形で購入しようとしている。

 ただ、この主人は、根っこから人の良い人間なのであろう。自分の提案を一も二もなく受け入れるカミュ達に対し、ふっかけたり、粗悪品を売りつけたり等という事を考えてもいなかった。ただ、ただ、久しぶりに現れたやりがいのあるお客に対し、目を輝かせている。

 『自分ができる可能な限りのことを提供し、満足して旅に出てもらいたい』

 そんな、商人としての本来の輝きに満ち満ちていた。

 

「その兜、私も貰おう。ほら、サラ手直しをしてもらえ。カミュはどうする?」

 

「……俺はいい……」

 

 それでも、決心がつかず、悩むサラをリーシャが後押しする。

 そのついでに、カミュへも伺いを立てるが、カミュはその首を軽く横に振った。

 

「…………むぅ…………」

 

「……今回はメルエに新しい物はないが、次の町ではきっと何かあるだろう……」

 

 リーシャがサラと共に武器屋の主人の方へ行ってしまった為にカミュの下へと移動したメルエは、カミュのマントの裾を握りながら不満気にむくれていた。

 そんなメルエの頭を一撫でしたカミュは、苦笑を浮かべながら慰めの言葉をかける。もし、その言葉をリーシャやサラが聞いたのなら、少し驚いた表情を見せたのかもしれないが、メルエにとってはカミュがそう言う言葉を言ってくれる事に違和感はない。

 少し拗ねたような表情をしながらも、こくりと頷いた。

 

「ありがとう。また、寄ってくれ」

 

 主人の気の良い声に見送られ、カミュ達は武器屋を後にする。装備品を充実させ、新たな大陸への準備を済ませた一行は、城下町を抜け、平原に出る為に歩いた。

 その途中で、未だに膨れているメルエをサラが慰めるが、逆効果になってしまった事は、また別の話。

 

「……一度、アッサラームの近くまで戻る……」

 

 城下町を出たカミュ達は、海風が吹く平原に立っている。潮風は強く、未だにその匂いに慣れないメルエが、若干顔を顰める様子が可笑しく、サラは微笑んだ。

 カミュの言葉に、一行はカミュの下へと集って行く。一度訪れた先が目的地である場合、彼等は歩く必要などない。それぞれがカミュの一部を掴んだのを確認すると、カミュが詠唱を開始した。

 

「ルーラ」

 

 四人の身体をカミュの魔法力が包み込み、上空へと浮き上がらせる。

 暫し上空に停止していた四人の身体は、方角を決定したように、南東へと進路をとり、消えて行った。

 

 

 

 アッサラームの町の近くに降り立った一行は、そのまま町に入る事をせずに、北東へと進路をとって歩き出す。

 基本的に<ルーラ>という呪文の効力は、街や城等にしか発揮する事はない。それは、『人』の頭の構造故なのか、洞窟や塔などは、一度訪れた事のある場所であったとしても、<ルーラ>によってその場所に移動する事が出来ない。

 陽が落ち始めていた事もあり、ノルドが住む洞窟を覆うような森の中へ入った所で、カミュ達は野営をする事となる。

 カミュの<トヘロス>の呪文が、周囲を神聖な空気で包み込み、その中で火を熾して眠りに付く。見張りは、カミュとリーシャで交代しながら行うが、魔法の効力がある以上、余程の事がなければ、魔物が近寄る事もない。

 最近では、カミュの傍よりもリーシャの傍で眠る事が多くなったメルエの髪を梳きながら、リーシャは一人夜空を見上げる。

 

 『アリアハン大陸にいた頃より、確かに私達の視野は広がった』

 

 夜空を見ながらリーシャが思う事。

 それは、自分達の成長。

 特にサラの視野の広がりは、顕著だった。

 しかし、果たしてそれが良い方向に向かっているものなのか。それがリーシャには解らない。決して悪い物ではないと感じてはいるが、サラの様な僧侶にとって、その職務を遂行するに当たり、今の心理状態が正しいものなのかと問われれば、リーシャは即答出来ない。

 自分にしても、宮廷騎士としての誇りは失っていないが、その視点に微妙なズレが生じている事は自覚している。

 

 『私達がこの先の旅で見て行く物は、どのような物なのだろう?』

 

 そんな恐怖にも似た感情がリーシャの胸の中で広がり始めている。

 誰しも自分が変わって行く事を自覚する事は怖い物だ。そして、この先の時間で、その変化の度合いが更に大きくなって行くという可能性が高ければ、それは恐怖となる。

 今のリーシャがそうなのかもしれない。

 

 『魔王討伐』

 

 それが、彼女等の最終目的である事に変わりはない。それは、この先も揺らぐ事はないだろう。

 ただ、それは何のためなのか、そして、そこに向かうのが誰のためなのか。

 それは変化して行くのかもしれない。

 リーシャは、自分の膝元で眠るメルエのあどけない表情を眺めながら、そう考えた。

 月は明るく、森に茂る木々たちの間から一行を照らす。それは、彼等の未来へ続く明るく照らす光のようであった。

 

 

 

 翌朝、朝食を取り終えた一行は、ノルドの洞窟の前へと歩き出す。

 もはや、カミュの唱えた<トヘロス>の効果は切れていたが、遭遇した魔物達は、カミュ達の放つ何かを敏感に感じ取り、戦わずに逃げ出す事が多かった。

 逃げる魔物に追い打ちをかける事は、誰一人しない。サラであっても、その姿を苦々しく眺めるだけで、魔物の背に魔法をぶつけるような真似はしなかった。

 何かを耐えるように、拳を握り締めるサラの背中をリーシャが軽く叩き、一行は歩き出す。

 

「…………サラ……いたい…………?」

 

「えっ!? あっ……大丈夫ですよ。ありがとうございます、メルエ」

 

 サラの苦痛を表すような表情に、メルエが心配そうに声をかけ、その手を握った。

 自分の手を突如包み込んだ暖かさに、サラは偽りではない微笑みを浮かべ、メルエと共に歩き出す。その姿にリーシャもまた、微笑みを浮かべた。

 

 

 

「なんじゃ?……また来たのか? ここにはそんな道はないと言ったろう?」

 

 洞窟に入り、奥に進んだ所にある居住区に入りこんだカミュ達を、その小さな男は待っていた。

 発する言葉の刺々しさと反し、その表情はどこか優しく、四人を迎え入れる。

 

「……こちらを……」

 

「……」

 

 自分達の前まで移動して来たノルドに対し、カミュはポルトガで貰った王の文を手渡した。

 半ば予想はしていたのだろう。ノルドは、別段疑いの眼差しを向ける事なく、その文を受け取り、中を開いた。

 暫く文に目を通したノルドは、一つ目を瞑り、息を大きく吐き出す。

 

「……やはり、アンタは、思った通りの『人』だったな……」

 

 その瞳は真っ直ぐカミュを射抜いている。カミュはその視線を受け止めてはいるが、その真意は掴めていない。

 ノルドの考えていたカミュの『人物像』。

 それは、おそらくこのパーティー以外の人物は、すべからく感じるものなのかもしれない。

 

「他ならぬポルトガ王の頼みとあらば、致し方なし。さぁ、ついて来なされ」

 

 暫し、カミュの瞳を見つめていたノルドは、意を決したようにその口を開き、一度メルエに優しげな微笑みを浮かべた後、その横を通り過ぎ、居住区を出て行った。

 

「……カミュ……」

 

「……行くぞ……」

 

 予想外の急展開に戸惑うリーシャの視線を受けたカミュは、一度全員の顔を見渡し、ノルドの後を追って歩き出す。その後をそれぞれの顔を見合わせた三人が続いて行った。

 

「ふむ。そこで、待っていなされ」

 

 居住区を出た先にある、大きな石の壁の前に立っていたノルドは、出て来たカミュ達を確認すると、その足を制止させた。

 ノルドの声に何かを感じた四人の足が止まる。

 『何が起きるのか?』と不安な表情を浮かべるサラに反して、メルエの目は期待と好奇心に輝いていた。

 メルエの好意的な視線と、他の三人の訝しげな視線を受け流し、ノルドは助走を取るように数歩後ろへ下がり、そのまま石の壁に向かって突進していった。

 

ドシ―――ン!!

 

 小さなその肩を石壁にぶつける音が洞窟内に響き渡る。それは、相当な衝撃なのか、石壁は軋み、洞窟の天井からは小石や砂がパラパラと降りかかって来た。

 

ドシ――――ン!

 

 先程よりも大きな音を立て、ノルドが石壁に体当たりをする。

 石壁はきしみ、『ビシッ』という音を立て、大きな亀裂が生じた。

 余りの出来事に口を開けて、呆然と佇むリーシャとサラ。

 期待と好奇心が、憧れや羨望に変わって行くメルエの瞳。

 カミュは唯、目の前で起こっている事を素直に受け入れていた。

 

ドシ―――――――ン!

 

 止めとばかりに、大きな助走をとって、走り出した小さなノルドの身体が石壁と接触した瞬間、あれ程強固な壁であった石壁が、亀裂が出来た箇所を中心に粉々に弾け飛んだ。

 以前、アリアハン大陸を出る時に<魔法の玉>を使用した時のように、壁が瓦礫へと変わって行く。

 

「さぁ、行きなされ。これが<バーンの抜け道>への入口だ」

 

<バーンの抜け道>

彼等ホビット族の英雄とも言えるバーンが作ったと云われる抜け道。それは、高くそびえ立つ険しい山々の間をくり抜く様に作られ、東の大陸と西の大陸を結ぶ唯一の陸路である。この道は本来、バーンと同じホビット族しか知らず、その一族が護っている物であった。

 

「…………すごい………すごい…………」

 

 呆然とするリーシャやサラとは別に、メルエは感動に目を輝かせ、ノルドの近くへと駆け寄って行く。

 今度はノルドが驚く番だった。

 ホビット族という異種族に嫌悪や侮蔑を露わにする人間を数多く見て来た。その中に、稀にノルドの友であるポルトガ王やカミュのように、差別する事なく接する人間はいるが、これ程純粋な好意を向けて来る者は、彼の人生の中で初めての経験だったのだ。

 

「…………すごい…………」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

 ノルドと同じぐらいの視線の高さから、尊敬に似た眼差しを向けてくるメルエに、ノルドは大いに戸惑った。

 彼は、ホビット族の中での異種であった。

 バーンの末裔という事もあり、同種から迫害される事はなかったが、その巨大な力は恐れの対象となったのだ。

 本来、同じエルフ族で括られる<ドワーフ>とは違い、力が強い訳でもないホビット族の中で、山々を切り裂き、洞窟を掘る力を有し、それを封鎖する岩壁を破壊する事が出来るノルドは自然と同種から孤立して行った。

 そんな中で出会ったのが、未来のポルトガ国の玉座に座る事を約束されていた一人の青年である。

 彼の瞳は優しく、暖か。

 人間からは侮蔑や嫌悪の視線しか受けて来なかったノルドが、そんな中で出会ったのが、未来のポルトガ国の玉座に座る事を約束されていた一人の青年であった。

 人間に対し、良い感情を持っていなかったノルドにとって、ある意味恐怖の対象であった『人』という種族への見方が変わった瞬間でもある。

 

 しかし、今それ以上の暖かな瞳を受けている。

 それは、ノルドと同じ高さの視線。

 ノルドの十分の一も生きていない程の少女。

 

「ふふ。メルエ、その御仁にお礼を」

 

「…………ん…………ありが………とう…………」

 

 戸惑っているノルドを見て我に返ったリーシャが、メルエのはしゃぎ様に微笑み、感謝の意を表すように告げる。リーシャの言葉を受けたメルエが一つ頷いた後、ノルドに向かって頭を下げるのと同時にリーシャも、小さな大人に向かって頭を下げた。

 その二人の様子に、ノルドの戸惑いは、拍車をかける。

 

「い、いや。良いんだ。頭を上げてくれ」

 

「……いえ。本当にありがとうございました……」

 

「あっ! す、すみません。本当にありがとうございます!」

 

 両手を振って、リーシャ達の行動を止めようとするノルドの言葉を遮って、一番近くにいたカミュまでもが頭を下げ、全員がノルドに感謝する姿に、遅まきながら我に帰ったサラも慌てて頭を下げた。

 サラの姿を見たノルドは、もはや戸惑う事を止めた。

 彼等は、そういう『人』なのだ。

 ノルド自身が多く見て来た『人』の姿が、『人』の全てではない事は、若き日のポルトガ王や、カミュの父親であるオルテガを見て知っていた。しかし、その後十数年間、『人』と接する事を避けて来たノルドは忘れていたのだ。

 

「……では……」

 

「あ、ああ。東の大陸に入れば、ここよりも強力な魔物が住むという。このバーンの抜け道は、魔物の侵入を防ぐ役割もしている。気を付けて行かれよ」

 

 カミュが再び、頭を下げた事で、ノルドの頭は完全に覚醒した。この抜け道を護る本来の意味を告げ、注意を促す。

 それに対し、もう一度頷いたカミュは、そのまま抜け道の奥へと進んで行った。その後をサラ、そして最後にリーシャとその手を握るメルエが続く。最後に通り過ぎるメルエが、リーシャの手を握っている反対の手をノルドに軽く振った。

 その事に、軽い驚きを示したノルドではあったが、ゆっくりと顔に微笑みを作り、ノルドもまた、メルエに対し軽く手を振り返す。ノルドの行動を見てにこやかに微笑む少女を見て、ノルドは自分が数十年、いや百余年の間、この抜け道を護って来た意味を理解した。

 

「この時の為に……この世界に生きる全ての者達の希望の為に……この抜け道があったのかもしれんな……」

 

 カミュ一行の背が奥へと進み、見えなくなってから呟いたノルドの言葉は、洞窟内に反響し、静かに消えて行った。

 

 

 

 ノルドが開いてくれた<バーンの抜け道>は、魔物の気配など一切無く、澄んだ空気に満ちていた。

 通常は、洞窟内などは魔物が好んで住み着くのだが、この洞窟は違っていた。それが、ホビットのようなエルフ族の特性なのか、それとも、何か術式が組まれているのかは解らないが、カミュ達一行は何の障害もなく、東の大陸への道を歩いて行く。

 

「あっ! カミュ様、あれは?」

 

 それ程距離を歩く事なく、前に進む道が途切れた。

 緩やかに下る道ではあったが、一本道であった為、道を誤る事等はなかった筈。それは、サラが見つけた何かによって証明された。

 

「……梯子か……」

 

「上るのか?」

 

それは、壁に立てかけられるように立つ一つの梯子。

 それは、上部へと続いていた。

 

「……一つ聞きたいのだが、ここまで来て、これを上らないという選択肢がアンタの中には存在するのか?」

 

「ぐっ……いや、すまない」

 

 リーシャの呼びかけに、心底呆れたように溜息を吐いたカミュの声が、リーシャに心に突き刺さる。確かに、一本道を歩いて来た先にあった梯子であれば、その先にあるのは、ノルドを信じるのならば、東の大陸へと繋がる出口しかあり得ない。

 

「あっ! ま、まずは、カミュ様が先に行ってください」

 

「?」

 

「そ、そうだな。カミュ、お前が先に行け!」

 

 何かに気が付いたように、突然声を出したサラに、カミュは首を傾げるが、サラの様子に何かを感じ取ったリーシャが、カミュを先に行かせる後押しの声をかける。

 よくよく見れば、サラの装備している<みかわしの服>は、リーシャとは違いスカート状になっていた。真っ先に上れば、サラの下着が露になってしまう。

 女性特有の羞恥心をリーシャは理解したのだ。

 

「……わかった……」

 

 リーシャの剣幕に、カミュは意味が理解出来ないながらも、素直に頷いた。

 もう一人、全く意味を理解出来ないメルエは、大きく首を傾げながら、その様子を眺め、先に行こうとするカミュに柔らかな笑顔を向けていた。

 メルエに一つ頷いたカミュを先頭に、一行は梯子を上って行く。だが、梯子の上に光は見えない。本当に出口へとつながっているのか疑い始めた時、カミュの手が固い何かに当たった。

 それは、自然の鉱物ではない硬さ。

 

「……木の蓋か?」

 

「カミュ! 何かあったのか?」

 

 上に行くカミュが止まってしまった事によって、後方から上り始めていた三人の動きも停止してしまった事に、リーシャが疑問を投げかけてくる。

 その言葉にカミュは何も返さず、自分の行く手を遮った蓋らしき物を確認していた。

 

「カミュ様、大丈夫ですか?」

 

 明かりが途切れ、手元すらも怪しくなった事もあり、すぐ後ろから上って来ていたサラにもカミュがしている事は解らない。故に、カミュへと声をかけるが、その時、サラの目に急激な明かりが飛び込んで来た。

 余りの明るさに目が眩み、思わず梯子を掴んでいた手を離してしまいそうになる。

 

 それは、地上の光。

 太陽が昇り切り、大地を照らす明かりが、光の届かない洞窟内を照らしたのだ。

 

 カミュが予想した通り、それは、木で出来た蓋の様な物だった。

 カミュが力を込めて、それを上部に押し上げる。長年、誰一人開ける事のなかった扉なのだろう。まるで地面と結合してしまったのではないかと錯覚を起こす程に重い扉が、『メリッ』っというような剥がれる音を立てながら開いた。

 

「……手を取れ」

 

「あっ!? あ、ありがとうございます」

 

 差し込む光に慣れるまで時間のかかったサラの目に入って来たのは、既に上り終えたカミュが差し出す手。サラは突如出されたその手に驚き、戸惑った。

 以前のカミュであれば、このような行為は考えられない。手を差し伸べるカミュの表情に、何の感情も浮かんでいない所は、アリアハンと全く変化はない。しかし、最近は、サラにもカミュの変化は認識出来る程までになっていた。

 理想や思想。全てに於いて、サラとは交わる事のない程にかけ離れた『勇者』という存在。

 それは、サラが信じていた『勇者像』とは全く違う存在であり、未だに相容れない部分は多分に残されている。

 おそらく、この先の旅でも、彼とは対立する事は多いだろう。それでも、少しずつ、自分達の目的が一つに定まり始めている。

 サラはそんな気がし始めていた。

 

「…………サラ…………はやく…………」

 

「あっ!? ご、ごめんなさい」

 

 カミュの手を呆然と眺めていたサラに、後ろから不満の声が聞こえた。 

 それは、サラのすぐ後ろを上って来ていた、このパーティー最年少の『魔法使い』。

 上を見上げ、頬を膨らませている表情は、初めて会った時には考えられない程、豊かな物であり、それこそ、彼ら全員の変化の原因となっているものなのかもしれない。

 

「ふふふ。メルエ。そうサラを責めるな」

 

 その小さな少女の後ろから上って来た、アリアハンの女性戦士の表情も柔らかい。

 サラ、メルエと順番にその手を取って、引き揚げたカミュの手が、最後にリーシャへと伸びる。自分へ伸ばされた手を見て、一瞬驚きの表情を浮かべたリーシャであったが、すぐに、小さな笑みを浮かべ、その手を取った。

 

 

 

 最後のリーシャが大地に降り立った後、カミュはもう一度木の蓋を閉める。そして、その上を草木で覆い、更に大きな石を乗せた。

 その行為が、魔物が入り込まない為の物だと理解したリーシャとサラは何気なく見ていたが、メルエは石を押すカミュを手伝うように、一緒になって石を蓋の上へと押していた。

 

「ふふふ。カミュ、ここからどの方角に進むんだ?」

 

 石を押し終わり、満足そうにカミュへと笑顔を向けるメルエに微笑んでいたリーシャが、この後の進路についてカミュへと尋ねるが、その問いかけに、地図を開いたカミュは短く答えるのみだった。

 

「……南だ……」

 

 カミュの言葉少ない返答に、もはや慣れてしまっていたリーシャやサラは、一つ頷き、進路を南にとって歩き出す。

 <バーンの抜け道>の出口は、西の大陸と東の大陸を隔てる険しい山脈を抜けた山道にあった。故に、一度山道を抜けてから、進路を南に取る必要性があり、一行はカミュを先頭に山道を下って行く。

 

 

 

「カミュ!」

 

「……ああ……」

 

 一行が傾斜の緩やかな山道に入った頃、最後尾を歩くリーシャの声が響く。同じように、リーシャが感じた気配を感じ取っていたカミュが、背中の剣を抜きながら頷きを返した。

 それは、以前遭遇した事のある様な気配。姿は見えずとも、自分達を見つめているような視線をカミュやリーシャは感じたのだ。

 カミュの行動に、マントの裾を握っていたメルエが素早くサラの後ろに移動する。もはや、戦闘時のメルエの定位置となりつつあるその場所で杖を構えるメルエの表情は厳しく、魔法使いとしての顔になりつつあった。

 

「カミュ様! 来ます!」

 

 カミュ達から少し遅れは取ったが、同じ様な視線を感じ取ったサラは、その気配が急速に近づいて来る事をカミュへと告げ、背中の槍を構えた。

 

「!!」

 

 サラの言葉に斧を握る手に力を込めたリーシャの目の前の景色が一瞬歪んだ。

 怯んだリーシャの頬を熱気を含む空気が通り過ぎたかと思うと、歪んでいた景色に変化が見える。熱気を含む空気が急速に収束し、その形を形成していった。

 

「盾を構えろ!」

 

「!!」

 

 その光景に見とれていたリーシャは、カミュの叫び声に我に返り、咄嗟にポルトガで新調した<鉄の盾>を前方に向けて構える。リーシャが盾を構えるのとほぼ同時に、その盾を強い熱気が包み込んだ。

 鉄で出来ている盾を通じて、自分の左手に伝わって来る熱さに、苦痛の表情を浮かべながら、リーシャはカミュ達がいる場所へと移動する。自分の身に何が起きたのかが理解出来ていないリーシャではあったが、まずは状況把握のため距離を取ったのは戦士としての経験なのかもしれない。

 

「カミュ様、あれは?」

 

「<シャンパーニ>の近くで遭遇した魔物に近いが、異なる物と考えた方が良いだろうな」

 

 カミュ達の下に戻り、熱された盾を下ろしたリーシャが見た姿。

 それは、以前<シャンパーニの塔>に向かう途中で遭遇した<ギズモ>によく似た魔物。煙の様な姿に、中央に映る目と裂けたような口。

 

「…………ベギラマ…………」

 

 以前<ギズモ>と遭遇した際、<ギズモ>を倒したのはサラだった。それは、魔法をある意味自分の存在価値と考えているメルエには屈辱だったのだ。

 故に、誰かが仕掛ける前に、リーシャが戻ってすぐ、メルエは手に持つ杖を目の前に浮かぶ二体の魔物に向け、呪文を唱えた。

 

「なに!?」

 

「!!」

 

 しかし、ここまで数多くの魔物の命を奪ってきた最強の灼熱呪文は、まるで魔物の身体に吸収されていくように掻き消えた。

 それは、イシス砂漠で遭遇した<火炎ムカデ>を彷彿とさせるものだった。

 

<ヒートギズモ>

ギズモと同様、その繁殖方法及び、生態は解明されていない。霧の様な煙の集合体であるギズモと異なり、その身体は熱気を帯びた空気によって形成されている。その熱気は人間の身体を容易く焦がす程のものであり、それを象徴するかのように、形成された煙は赤々とその温度を露わしていた。自らの熱を外に放出するかのように、<火の息>を吐き出し、敵を焦がす魔物。故に、その身体に火炎や灼熱の魔法は効力を発揮しないのだ。

 

「…………うぅぅ…………」

 

 再び、自分の魔法が効かない敵を前にし、メルエは悔しそうに唸り声を上げる。目の前に敵さえいなければ、和やかな空気が流れる一コマではあったが、未だ敵は無傷。

 

「メルエ、悔しがるのは後だ! メルエは氷結の魔法も使える筈だろ!」

 

「…………ん…………」

 

 悔しそうに唸るメルエを窘め、前を向かせる声はリーシャのもの。握っている斧を構えたまま、視線を向けずに掛るリーシャの声に、メルエは小さく頷いた。

 

「カミュ! あの魔物は、武器では倒せないのか!?」

 

「……解らない……ただ、形状を保っている限り、その核となる部分があるのは間違いないだろう。そこを叩けば、何とかなるかもしれない」

 

 以前遭遇した<ギズモ>は、全てサラの唱えた<バギ>によって一掃している。一度剣を振るった事もあったが、霧の様な存在を撒き散らしただけに終わっていたのだ。

 

「……だが……あの系統は、メルエやその僧侶に任せた方が無難だろう……」

 

「は、はい。任せて下さい!」

 

「…………メルエ………やる…………」

 

 リーシャの問いに、自分の考えを語ったカミュであったが、それはあくまで可能性の話である事を付け加えた。続いたカミュの言葉に、任された事の喜びを感じ、胸を張って答えるサラであったが、何かに対抗意識を剥き出しにしたメルエに阻まれる形となる。

 

「メルエ!」

 

 その時、もう一度<ヒートギズモ>が裂けたような口を大きく開き、小さな火球を吐き出す。それが、メルエに向かっている事に気が付いたリーシャが、再び盾を構えてメルエの前に立ちはだかった。

 

「…………ヒャド…………」

 

 <鉄の盾>で火球を受け止めたリーシャの足元から、狙い澄ましたような冷気が、未だに口を開いている<ヒートギズモ>に寸分の狂いもなく突き刺さる。

 <鉄の盾>に阻まれた熱気は霧散し、代わりに迸る冷気が唸りを上げた。

 

「グモォォォォォォ!」

 

 <ヒートギズモ>の熱された身体に突き刺さる冷気。

 それは、熱と冷気の闘い。

 水を蒸発させ、氷さえ溶かす<ヒートギズモ>の身体をメルエの放った冷気が包み込む。

 

 勝者は、冷気だった。

 通常の魔法使いが唱える<ヒャド>であれば、こうはいかなかったかもしれない。しかし、メルエが唱えた<ヒャド>は<ヒートギズモ>を形成する熱気を帯びた空気を包み込み、それを凍らす事で固定させた。

 凍り付いた<ヒートギズモ>は、空中を漂う事が不可能になり、重力に従ってそのまま地面へと落ちる。落下のスピードと、地面の固さによって、落ちた瞬間に凍り付いた<ヒートギズモ>は粉々に砕け散った。

 

「よし! よくやった、メルエ!」

 

「私も、負けられません。バギ!」

 

 自分の足元で、杖を構えていたメルエに、軽く視線を送るリーシャに、メルエが頷いた。

 その様子を見ていたサラが、今度は自分の番とばかりに、もう一体残っている<ヒートギズモ>に向かって片手を上げ、呪文の詠唱を開始する。しかし、サラの唱えた真空呪文は、<ヒートギズモ>を完全に消滅させるに至らなかった。

 熱された空気を切り裂き、確かにその体積を減少させたのだが、<バギ>ではその威力が不十分であったのだ。

 

「……くそ……」

 

「はっ!?」

 

 若干自分の身体を削り取られた<ヒートギズモ>は、怒りを露わにし、その口をサラに向けて大きく開く。サラがそれに気付いた時は、既に火球が吐き出された後だった。

 迫り来る火球に目を瞑りそうになるサラの目の前に突如現れた影。

 リーシャと同じようにポルトガで新調した<鉄の盾>を前に掲げ、後ろにいる人物を護るように立ちはだかる大きな背中。

 それは、『勇者』らしからぬ『勇者』。

 

「メルエ!」

 

「…………ん…………ヒャド…………」

 

 盾を前方に構えながら、小さな『魔法使い』へと声をかける。メルエは一つ頷き、再びリーシャという大きな背中に護られながら、<ヒートギズモ>に向けて杖を振るった。

 再び放たれた、熱気を帯びた空気さえも凍りつかせる程の冷気。それは、<火の息>を吐き出した余韻に浸っていた<ヒートギズモ>を正確に射抜く。

 

「やぁぁぁぁ!!」

 

 メルエの<ヒャド>によって徐々に凍りついて行く<ヒートギズモ>を象る熱した空気を、リーシャの斧が一閃する。

 冷気によって凍りついていた部分が、粉々に弾け飛び、<ヒートギズモ>から生命という炎を奪い取った。

 

「……いつまでも、同じ呪文が通用すると思うな」

 

「は、はい……申し訳ありませんでした」

 

 魔物の脅威が去り、盾を下ろしたカミュが、一度振り向きざまに放った言葉は、サラの心を抉った。

 自分を護ってくれたという事に感謝の意を表そうとした矢先の言葉だっただけに、サラはただ謝る事しか出来ない。

 カミュにしても、ここ最近のサラの成長を認めている節がある事はリーシャには解っていた。故に、カミュにとっては何気ない一言だったのであろう。

 ただ、基本的に、このパーティーの中で劣等感を少なからず抱えているサラにとって、リーダー的存在であるカミュから告げられた言葉は、意外な程に重かったのだ。

 

「…………ん…………」

 

「えっ!? あ、は、はい。ありがとうございます。メルエ、凄いですね」

 

 そんな自分の世界に陥っているサラに対し、帽子を取ったメルエが近づいて来た。

 最近のメルエは、リーシャやカミュからの労いだけでは満足せず、サラに対しても労いを要求するようになっていたのだ。

 以前は、自分に対して、どこか線を引いているような感があったメルエが、無防備な姿を晒して来る事に嬉しさを感じていたサラだが、この時のサラの表情はどこか引き攣りを見せる。頭を撫でられながらも、サラの様子を不思議に思ったメルエは、しばらくの間小首を傾げていた。

 

 

 

 山道を下りきり、一行は山々を取り囲むような森の中に入る。木々が生い茂り、果物や昆虫などが豊かなこの森には、数多くの小動物が生息していた。

 生まれて初めて見る昆虫や小動物に、目を輝かせたメルエが、所々で立ち止まり木々を見上げるため、一行の進行速度は明らかな遅れを見せる。最初は、そんなメルエの行動を窘めていたリーシャであったが、窘められる度に、とても哀しげな表情を見せながら、振り返り振り返り進むので、カミュへと伺いを立てるしかなかった。

 一息溜息を吐いたカミュが、一つ頷いた事により、メルエが立ち止まり見上げた時は、暫しの休憩を挟む事となった。

 その為、一行は陽が高い内に森を抜ける事は出来ず、当然のように森の中で野営を行う事となる。

 

「メルエ。私と薪になる枯れ木を取りに行きましょう」

 

「…………ん…………」

 

 サラの呼びかけに、近くにいた『りす』から視線を外し、小さく頷いたメルエは、サラの手を取り、森の中へと入って行く。その後ろ姿を一人の女性が心配そうに眺めていた。

 

 

 

 食事も取り終え、火の番をしているリーシャ以外が眠りに就き、サラとメルエが拾って来た薪を火にくべながら、リーシャは夜空を見上げた。

 木々の葉の隙間から差し込む月明かりが、ささやかな明るさが眠っているメルエの顔を映し出している。その様子に微笑むリーシャの視界に、もぞもぞと蠢く姿が入って来た。

 『魔物の襲来か?』と、傍にある斧に手をかけるが、それはリーシャのよく知っている人物。毛布を掛けながら眠っていたサラであった。

 

「どうした?……眠れないのか?」

 

「えっ!? あ、いえ。少し、用を足してきます」

 

 リーシャが起きているとは思わなかったのかもしれない。

 通常、野営の際に見張りとして起きているのはカミュとリーシャの二人だけ。サラやメルエは、目を瞑った後は、差し込む朝陽の眩しさで目を開くまで、目覚める事はないのだ。

 

「そ、そうか。ついて行こうか?」

 

「いえ。大丈夫です」

 

 サラの言葉に、多少の戸惑いを見せたリーシャであったが、夜の森という危険から、付き添った方が良いかを尋ねる。サラはそれにも首を横に振り、そのまま、森の中へと入って行く。

 しかし、リーシャはサラが何かを持って森の中に入って行った事に気が付いていた。

 

「……本来なら……そっとしておいた方が良いのだろうな……」

 

 サラが消えて行った方向を眺めながら一言呟いたリーシャは、そのまま<鉄の斧>を持ち立ち上がった。

 カミュの<トヘロス>がかかっている以上、この場所は基本的に安全ではあるが、強力な魔物であれば、<トヘロス>が作り出す結界に似た物を越えて来る。

 一瞬逡巡を見せたリーシャであったが、『もし魔物が入り込めば、カミュが目を覚ますだろう』と考え、サラが消えて行った方向に歩き出した。

 

 

 

 サラはすぐに見つかった。

 それ程離れていない場所で、座り込んでいるサラを見て、リーシャは本当に用足しに出て来ただけだったのかと考えたが、見えないながらもサラの周囲を取り巻く雰囲気を感じ取り、もう一歩近づく。

 

「サラ。何をしているんだ?」

 

「!!……リ、リーシャさん?」

 

 突如後ろから掛けられた声に、飛び跳ねるように振り向いたサラは、暗闇に浮かぶ人影と聞き覚えのある声からその人物を予想した。

 徐々に近づいて来る人影は、サラの予想通りの人物。

 姉のように厳しい所もあれば、母のように優しい部分もある、サラにとって憧れであり、指針となり得る存在。

 

「魔法の契約か?……何も今でなくても良いだろうに」

 

「いえ。私は未熟ですから……」

 

 サラの隣に座ったリーシャは、隣に座るサラを中心に描かれた魔法陣を見て、溜息を吐く。

 確かに、魔法の契約であれば、このような夜中でなくても良い筈。しかし、それをサラは物哀しい表情を作り、否定した。

 

 自分が未熟者だからと。

 自分が足を引っ張っているのだからと。

 

 そんな事を溢す、このもう一人の妹の様な存在に、リーシャは言わなくてはいけなかった。

 彼女の存在意義を。

 そして、彼女の事を認めている人間がいる事を。

 

「サラ。強くなる為に、今よりも成長する為に、こうやって魔法の契約をするなとは言わない。だがな……焦るな」

 

「……リーシャさん……」

 

 寝ていた場所に<僧侶帽>を置いて来ていたサラの頭に手を乗せ、リーシャは苦笑を浮かべた。濃い蒼色をした癖のない髪の毛は、リーシャの手を受けて乱される。

 だが、髪が乱される事を気にする余裕もない程、サラの気持ちは沈んでいた。リーシャを見上げる瞳は、自信を失い、潤みながら揺らぐ。アリアハン教会から持ち出した『経典』を持つ手は、小刻みに震えていた。

 

「昼間のカミュの言葉を気にしているのか?」

 

「……」

 

 問いかけに、無言の肯定を返すサラ。そんなサラに、リーシャの苦笑は強くなった。

 『あの捻くれ者め』と、ここにはいない青年に呪詛を唱えながら、リーシャはもう一度サラへと視線を戻す。

 

「気にするな。アイツは、ああいう言い方しか出来ないだけだ」

 

「……」

 

 先程とは違い、若干興味を引いたように視線を向けるサラに、リーシャは軽く微笑む。

 慈しむように、そして勇気を与えるように。

 それでもサラの顔に笑顔は戻らない。リーシャが言っている事が、只の慰めに聞こえているのだろう。

 

「サラの成長を一番感じているのは、おそらくカミュだ。サラがカミュを救った。それはカミュもしっかりと受け止めている」

 

「……そうでしょうか……もしかしたら、要らぬお世話だったのでは……」

 

 その証拠に、リーシャの言葉を聞いた後に口を開いたサラの言葉は、リーシャの話す内容を全く信じていない物だった。もはや被害妄想と言っても良い程に自身を卑下している。

 そこに自信の欠片も見えず、リーシャは孤児であったサラの根底にある物を見た気がした。

 

「ふふふ。私と同じ疑問を持つのだな?……私もそう思って、カミュを問い質した。その時、カミュは、はっきりと『感謝している』と答えたぞ」

 

「えっ!?」

 

 リーシャの言葉に自信なさげに俯いたサラは、続けられた言葉に驚き、弾かれたように顔を上げる。

 そこに見えたのは、本当に暖かい笑顔。

 その顔を見た時、サラは自分の胸の中を蝕んでいる内容は、全てリーシャに気付かれている事を感じた。

 

「サラ?……私達は、何度もサラに助けられている。私も、メルエも、そしてカミュも。サラがこの旅に同道してくれていなければ、私達は疾うの昔に命を落としていただろう」

 

「……そんな……」

 

 『サラがいなければ』、『サラがいたからこそ』。

 この言葉を素直に受け入れる事が出来る程、サラは自分に自信を持っている訳ではない。それでも、先程よりも心が動いている事も確かであった。

 

「大袈裟ではないぞ。サラがいなければ、私が殴られた後、メルエは殺されていたとカミュから聞いている」

 

「!!」

 

 あのアッサラームへの道中、一行が遭遇した<暴れザル>によって齎された危機。それは、全滅の危機と言っても過言ではないものだった。

 そんな中、一行を救ったのは、サラが放った魔法<ラリホー>。その後、あのカミュが、サラに向かって丁寧に頭を下げた。

 それが今、サラの頭の中で鮮明に思い出される。

 

「確かに、攻撃魔法では、サラはメルエに遅れを取るかもしれない。だが、攻撃魔法があれば、補助魔法等はいらないのか?」

 

「……そ、それは……」

 

 サラは口籠ってしまう。何故なら、彼女の中では、自分が明確に役に立ったと思える場面が浮かんで来ないからだ。

 回復呪文でカミュの命を救った事はある。

 メルエを危機から救った事もある。

 しかし、メルエが唱える派手な攻撃呪文を見てしまうと、一発で形勢を変えてしまう程の呪文を自分が持っていない事を嫌でも感じてしまうのだ。

 

「違う。サラの回復呪文、そして補助呪文、それらがあって初めて、私は前線に出る事が出来る。『怪我をしても、サラが癒してくれる』、『硬い敵でも、サラが事前に何とかしてくれる』と思うからこそ、私は前に立てる。それは間違いか?」

 

「……リーシャさん……」

 

 自分でも気付かぬ内に、サラの瞳から何かが零れ落ちていた。

 サラの瞳から、止めどなく溢れる熱い水。

 それは嬉し涙なのか、それとも、リーシャにこのような事を話させてしまった事への悔し涙なのか。

 

「『焦るな』と言っても、サラは行動するのだろうな?……だが、無理はするな」

 

「……はい……」

 

「私達の傷を癒すのも、私達の闘いを楽にするのも、サラの仕事だ。私は、そんなサラを頼もしく思っている。おそらく、メルエも……そしてカミュもな」

 

 そう結ばれた言葉に、サラはゆっくりと頷く。そして、その後一向に上がらないサラの顔をリーシャが胸に抱いた。

 抑えるような嗚咽は、次第に大きさを増し、今まで溜めていた不安を吐き出すようにリーシャの胸を濡らして行く。表情にも、態度にも出した事のないサラの不安は、ようやく表に出る機会を与えられ、発散される事となった。

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

「……はい……ぐずっ……」

 

 しばらくの間、リーシャの胸で泣いていたサラがようやく顔を上げる。

 腫れぼったく赤くなった瞳が、サラの溜まっていた不安の大きさを表していた。

 

「……リーシャさん……」

 

「ん?……なんだ?」

 

 サラの涙を拭ってやったリーシャは、何かを問うように上げられたサラの顔を見つめた。

 言い辛そうに、そして何かを考えるように歪んだサラの表情に、まだ不満が溜まっているのかもしれないと考える。しかし、そんなサラの口から発せられた言葉は、リーシャの予想を遥かに超えた物だった。

 

「……リーシャさんは、カミュ様を認めているのですね……」

 

「ん?……あ、ああ」

 

 自分の予想を超えた問いかけに、リーシャは戸惑いながら、ゆっくりと頷いた。

 サラは不思議そうにリーシャを眺め、その視線を受け止めてリーシャは口を開く。

 

「確かに……アリアハンを出た時よりも、カミュという存在を認めているのだろう。ここまで旅をして来て、私はカミュが『勇者』だと認める事にした」

 

「……それは、初めから……」

 

 開かれたリーシャの口から出た言葉に、サラは驚いた。

 カミュが『勇者』である事など、当初から解っていた事だ。

 リーシャが仕えるアリアハンという一国家が認めているのだから、当然であろう。

 

「いや。私は、アリアハンを出る時は、カミュを『勇者』とも『オルテガ様の息子』とも認めてはいなかった。あんな捻くれた人間がそんな筈はないとな」

 

「……」

 

 リーシャの激白。それは、サラを絶句させた。

 『勇者』でもなければ、『英雄の息子』でもない。それであるならば、彼女は誰と旅をして来たと言うのだろう。

 サラにしてみれば、カミュが『英雄オルテガ』の息子であり、その意思を継ぐ『勇者』であるからこそ、その考えや価値観に抵抗を感じても付いて来たのである。それを根本から覆すリーシャの言葉に、サラは驚いたのだ。

 

「だが、ここまでの旅で、カミュが成して来た事は、語り継がれている『勇者』と呼ばれる者達の残した偉業から見ても、遜色はない物だ。そして、それは何もカミュ一人の力ではない。周囲の人間や、そのタイミング。それは、カミュが『勇者』だからこそ掴む可能性なのではないかと思う」

 

「『勇者』ならではの……」

 

 サラにとっても、リーシャの語る内容は、予想の遥か斜めを行っている物だった。

 『勇者』という定義。

 それをサラは考えた事すらなかった。

 サラが教えられて来た『勇者像』。

 それがサラにとって全てだったのだ。

 

「ああ。カミュの考え方は、未だに理解出来ない部分が多い。理解したくもない物もある。ただ、ここまでのカミュの行動に、私は非を唱える事は出来ない。あの盗賊に関する処置を含めても……」

 

「……あ…あ……」

 

 サラは思い出す。

 自分の身体を固めた、あの恐怖を。

 『人』が成す行為だと思えない程に、冷酷で酷いもの。

 それをリーシャは容認すると言うのだ。

 

「確かに、あの行為は酷い。ただ、カミュの怒りは理解出来るんだ。そして、私やメルエが感じた物と同じ『怒り』を、カミュも感じていたという事で、『カミュも人なのだ』と感じた」

 

「……それは……」

 

「『人』の救世主とされる『勇者』ではあるが、その『勇者』もまた『人』なんだ、サラ」

 

 リーシャの言葉は、本当にここまでの旅でリーシャが肌で感じた内容。

 『勇者』という種族ではなく、『人』が選び出した人間の呼称だという事。

 それに対し、サラは言葉が出てこなかった。サラにしても、『勇者』が『人』ではないと考えていた訳ではない。だからこそ、<ピラミッド>内であれ程懸命になったのだ。

 しかし、カミュを自分と対等の存在だと思った事もなかった。リーシャは、生まれた家の格式こそ違うが、同じ人間である事は理解している。そして、最近では、王族に対してですら畏怖を感じなくなりつつあるサラにとって、唯一の畏怖の象徴。

 それが『勇者』であるカミュだったのだ。

 

「私は、カミュが魔王討伐に向かって歩く中で起こる事を見届ける義務がある。時にはそれを諌め、時に対立する事もあるだろう。それでも……私はあの年若い『勇者』の全てを否定する事は止めた」

 

「……リーシャさん……」

 

 サラとは違い、リーシャはカミュを自分と対等の『人』である事を認めたのだ。いや、アリアハンを出た時からの口調を考えれば、それは当然の事なのかもしれない。それでも、サラはその事実に驚いた。

 カミュに旅の仲間として見て欲しいと願っていたサラは、いつしか自分さえも、カミュを仲間とは見ていなかった。

 その事実を突き付けられたのだ。

 

「サラ。ああ見えて、カミュは少しずつサラを認め始めているぞ。サラがメルエと薪を拾いに行く時も、それにあの<ピラミッド>でも、サラを信じていた。カミュを全面的に認めてやれとは言わない。だが、そろそろ、カミュという人間を見ても良い頃だと、私は思う」

 

「……リーシャさん……」

 

 サラへと語るリーシャの顔は、慈愛に満ちていた。自分はこれから先に続く果てしない旅路の中で、一体どれ程、この女性に導かれるのだろう。

 人を導く事を生業とする僧侶が、一戦士に導かれるというのも奇妙な話。いや、『人』と言うものは、こうやって、年長者に導かれ成長して行くものなのかもしれない。

 

「……リーシャさんは、いつ頃からカミュ様の事を……」

 

「ん?……なんだ?」

 

 しばらく呆然とリーシャを見つめていたサラが、呟くように洩らした言葉が聞き取れず、リーシャは思わず聞き返す。

 そして、続く言葉を聞いて、身体を振るわせ始めた。

 

「や、やはり! レーベの村を出た頃から、カミュ様とそういうご関係になられていたのですね!」

 

「……サラ……」

 

 自分が以前考えていた事が、やはり正しかったのだという盛大な勘違いを始めたサラは、先程からは真逆の笑顔をリーシャに向けた。

 しかし、その言葉を聞いたリーシャは、そのまま顔を俯かせ、肩をふるわせ始める。

 

「……やはり、サラには攻撃面でも役に立って貰わなくてはいけないな……せっかく起きたんだ……夜明けまで時間もある。さあ、背中の槍を構えろ。朝まで稽古をつけてやろう」

 

「ふぇ!? な、なぜですかぁぁぁ!?」

 

 

 

 翌朝、ボロボロになったサラと、自分の汗を爽やかに拭くリーシャの姿が野営場所で確認される。追い打ちのように、途中で交代の為に起きたカミュに色々と小言を言われ、サラはその場で気を失ってしまった。

 その為、一行の出発は、昼を大幅に越えた頃となる。

 

 

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございました。

ようやく東の大陸へ上陸です。
東の大陸と言えば……

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