新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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バハラタの町①

 

 

 

 魔物というよりも、『人』であった者達から逃げ切った一行の前方に、高い石壁に囲まれた町の佇まいが見えて来た。

 町の南には海が見え、東には海へと繋がる大きな川が流れている。その川から枝分かれしたように、町の中へと続く小さな川が見えた。

 

<自治都市バハラタ>

アッサラームと同じように、どこの国にも属さない都市。名産品である『黒胡椒』という巨大な資金源を持ち、国家との交渉も可能とする巨大都市である。

 

 しかし、今、カミュ達の目の前に見える町は、灯りも疎らで、華やかさの欠片もない。本来は、陽が落ちれば、町に住む多くの住民達の夜の営みが始まっている筈なのにも拘わらずだ。

 

「ずいぶん静かだな」

 

「そうですね」

 

 静まり返る町の様子にリーシャが声を漏らし、それにサラが神妙な表情で返答する。ただ、サラの傍に近寄って来たリーシャに対し、サラの手を握っていたメルエがあからさまに顔を顰めた。

 

「…………リーシャ…………いや…………」

 

「な、なにっ!? なぜだ!?」

 

 リーシャから逃げるようにカミュの下へと走り去るメルエに、心からの動揺を表すリーシャが叫ぶ。しかし、メルエは更に逃げるように身を隠した。

 カミュを盾にするように隠れてしまったメルエは、リーシャの呼びかけにも顔を出さない。

 

「……何か臭うな……」

 

「……リーシャさんからですね……」

 

「な、なに!?」

 

 自分が『臭い』と言われた事に驚いたリーシャは、自分の衣服の臭いを嗅ぐが、それ程の異臭を放っている訳ではない。だが、確かに、リーシャを基点として、先程カミュ達の意識を飛ばす程の威力を誇った死臭が漂っていた。

 

「…………リーシャ…………いや…………」

 

「くそっ! どこからだ?……カミュ! どこだ!?」

 

 カミュの背に隠れて自分の方へと呪詛を投げかけるメルエに、リーシャはパニックに陥っていた。

 理不尽としか言えない言葉をカミュにぶつけるリーシャを、サラは唖然として眺め、カミュは大きく溜息を吐き出す。

 

「……アンタの盾からではないのか?」

 

「なに!?」

 

「あっ!」

 

 カミュの呟きに、慌てて自らの左手にある<鉄の盾>を見るリーシャであったが、立ち位置的にリーシャより早く、その盾を見る事の出来たサラは驚きの表情を浮かべ、すぐに嫌な物を見たように顔を顰めた。

 また、カミュの後ろに隠れるメルエは、その盾を見た瞬間に、完全に身を隠してしまう。

 

「こ、これは!?」

 

 リーシャが自らの盾を見て、驚きの声を上げる。だが、他の三人は、誰一人口を開こうとしない。そればかりか、カミュですら、嫌そうに顔を顰め、微妙に距離を取り始めた。

 まるで、何かに怯えるように後ろに下がるメルエを見て、サラもリーシャから距離を取り始める。

 

「……お前達……」

 

 盾を見たリーシャは、その盾の惨状よりも他の三人の対応にショックを受けた。メルエに至っては、もはや顔すらも見せてくれない。

 リーシャの盾に付いていた物は『腐肉』。

 <腐った死体>の攻撃を盾で受けた際に付着したのだろう。腐りきった肉体は脆く、しかも自身の肉体が壊れる事に苦痛を感じない者の攻撃の為、盾で受け止めたその腕の肉がごっそりとこびり付いたのだ。

 

「リ、リーシャさん……私達は、さ、先に宿屋に行っていますね」

 

「ちょっ、ちょっと待て!」

 

 サラの言葉は、サラらしからぬ冷たい言葉。

 その表情は引き攣った笑顔を見せ、その身体は、今やメルエと並ぶ程後方へ下がっていた。

 リーシャの伸ばす腕を避けるように更に後ろへと後退して行くサラを見て、リーシャの瞳に絶望の色が浮かぶ。

 

「……宿屋に入る前に、その盾だけは洗った方が良さそうだな……」

 

 サラの言葉に焦りを見せるリーシャに、追い討ちをかけるカミュ。その言葉に、流石のリーシャも肩を落とした。

 もはや、メルエはカミュの後ろではなく、サラの後ろに移動し、リーシャから遠く離れてしまっている。

 

「……アンタは、メルエを連れて、宿屋で宿を取っておいてくれ」

 

「私がですか!?」

 

 軽く溜息を吐いたカミュは、腰に下げていた革袋をサラへと渡す。手に、ずっしりと重い革袋を受け取ったサラは、革袋とカミュを見比べながら驚きを表していた。

 

「…………いく…………」

 

「メ、メルエ~~~~~~」

 

 戸惑うサラに対し、一刻も早くこの場を去りたいメルエが、先を促すようにサラの衣服を引っ張った。

 灯りも疎らな夜の町の入り口に、リーシャの哀しみの声が響き渡る。

 

 

 

 サラがメルエを連れて宿屋の宿を取り、リーシャは近くの川で盾にこびりついた腐肉を洗い落としてから、護衛のように付いてきていたカミュと共に、宿へと入る事となる。

 その頃には、サラもメルエも湯浴みを済ませ、眠りに落ちていた。

 リーシャを待っていようと思っていたのだろう。寄り添うようにベッドの上で毛布も掛けずに横になっている二人を見て、リーシャは笑みを浮かべた。

 そんな二人の脱いだ衣服を自分の物と一緒に洗い、ついでとばかりに、着替え終えたばかりのカミュの衣服も奪う。それら全てを洗い、干し終えた後、ようやくリーシャも眠りに就いた。

 

 

 

 翌朝、昨晩洗った衣服が乾くのを待ち、着替えてから一行はバハラタの町を歩き始めた。

 町は、昨晩感じた物が偽りでない事を示すように、静まり返っている。大都市とはいえ、アッサラームとは違い、バハラタは夜の街ではない。故に、朝陽が昇ったこの時こそ、『黒胡椒』で賑わう商業都市の本領を発揮する筈なのだ。

 

「何か、考えていたものとずいぶん違いますね」

 

「何かあったのだろうか?」

 

 町の中を見渡したサラが、自分の頭の中にあったイメージとのギャップを口にし、同じ様に不思議に思っていたリーシャが、疑問を口にする。周囲を見渡すと、昨晩よりも人は多いが、相変わらず活気がない。

 重い腰を上げ、ようやく店を開くように活動を始めた人々の表情にあるものは、『戸惑い』と絶望にも似た『諦め』。それは、町の住民全ての表情に表れていた。

 

「……まずは、武器屋へ向かう……」

 

「えっ!? またですか!?」

 

 そんな町の住民の表情を見て、逆に戸惑いを見せるリーシャとサラの横を通り抜けるカミュの言葉に、サラは軽い抗議にも似た声を上げた。

 

「……メルエの顔を見てから、同じ事を言ってくれ」

 

「…………サラ………きらい…………」

 

 抗議にも似た声を上げるサラに対し、どこか情けない声を出すカミュの発した言葉を受けて、サラはカミュの足元へと視線を移す。 

 そこにいたのは、新しい町での買い物を楽しみにしていた一人の少女。

 ポルトガの城下町では何も買い与えられなかった事を、本当に残念に思っていたメルエは、不満を漏らすサラに対し、いつものような可愛らしい拒絶の言葉を溢した。

 

「い、いえ。メルエ?……私は、そのような意味で言った訳ではありませんよ?」

 

「…………」

 

「そ、そうですね。まずは、メルエの装備を整えないと!」

 

 自分の弁解の言葉に対しても疑惑の視線を向けて来るメルエに、サラは大いに慌てる。

 実際、メルエの装備は、現状を見る限り、最高の物を揃えている筈。それは、サラは勿論、リーシャやカミュに至るまで理解していた。

 それでも、この幼子の我儘を許してしまう辺りが、幼子と接する機会が極端に少ない生活をして来た三人の甘さなのかもしれない。

 

「ふふふ。サラのお許しも出た事だし、メルエの買い物へ向かおうか」

 

「…………ん…………」

 

 そんなサラとメルエのやり取りを優しい顔で見ていたリーシャの呼びかけに、表情を笑顔に戻したメルエが大きく頷く。ほっと胸を撫で下ろしたサラが最後尾となり、宿屋の向かいの位置にある『武器と防具』の絵が描かれた看板を掲げる店へと入って行った。

 

「いらっしゃい!」

 

 木戸を開けて中に入ると、店主らしき人間の威勢の良い声が聞こえて来るが、リーシャは入ってすぐの場所に立てかけられている、ある物に目を奪われた。

 

「お、おい……カミュ、これは……」

 

「お客さん! 目が高いね。それは<鋼鉄の鎧>と言って、うちにある物の中でも最高の鎧だ。鍛えてある分<鉄の鎧>よりも丈夫だし、その分軽くもなっている。間違いなく、お勧めの品だよ」

 

 立て掛けられていた鎧に釘付けになっているリーシャが、鎧から目を離さずに発した言葉に、店主が素早く反応を返す。その表情は、営業的な笑顔が張り付いているが、どこか妙な雰囲気を滲ませる物だった。

 

「カミュ、これは良いんじゃないか?」

 

「……メルエの表情を見てから、もう一度言ってみてくれ」

 

「…………むぅ…………」

 

 店主の言葉を聞き、カミュへと伺いを立てるリーシャに、カミュは溜息を交えて、先程サラに対して発した言葉を再び口にした。

 リーシャが、カミュの話の中に出て来る少女へと視線を移すと、そこには頬を膨らませ、上目遣いに睨むメルエがいる。

 今度は、リーシャが慌てる番となった。

 

「い、いや。これはな……わ、わたし達の装備も充実させなければ、メルエを護る事が出来ないだろう?」

 

「…………」

 

 しかし、リーシャの弁解に対し、メルエは『ぷいっ』と顔を背けてしまう。

 そんな様子に、カミュはもう一度、深く溜息を吐いた。

 

「親父、この鎧は、調整はきくのか?」

 

「お、おお。まぁ、鋼鉄(はがね)だから少し時間はもらうが……半日……いや、明日の朝までには調整しておくさ」

 

 カミュにしても、今着ている<みかわしの服>では、装備として心許なかったのも事実。故に、リーシャが熱望している鎧を購入する方向で話を進め始めた。

 その事に対し、先程以上に頬を膨らませたメルエには視線を向けないようにしてはいたのだが。

 

「では、俺とコイツの分を頼む。あとは、この()に合うものは何かないか?」

 

「ありがとう。じゃあ、試着してみてくれ。それと……その娘か?……う~ん、そうだなぁ。その娘は魔法使いなのかい?」

 

「…………ん…………」

 

 カミュが自分の事を話し始めた事を感じ、メルエは目を輝かせ、店主の問いかけに対して杖を掲げて大きく頷いた。

 そんなメルエの様子に、店主は柔らかな笑みを浮かべたものの、少しの間考える為に唸り出す。

 

「……!!……そうだ! この盾なんてどうだ?」

 

「……盾……?」

 

 カミュにとって、店主の答えは予想を大きく超えた物だった。

 それは、リーシャやサラも同じで、カミュと同じ様に、どこか間の抜けた声を出す。メルエに至っては、首を大きく傾けていた。

 

「ああ。まぁ、魔法使いが盾というのも変に感じるかもしれないが、この盾は特別でな。ほら、お嬢ちゃん。この盾を左手に嵌めてごらん?」

 

「お、おい!?」

 

 店主がメルエに盾を差し出すのを見て、リーシャが抗議の声を発する。店主が取り出した盾は、メルエには大きすぎたのだ。

 楕円形に近い形のそれは、中心より少し上に宝玉が嵌め込まれており、その大きさはメルエの身体の半分を覆い尽くしてしまう程の物であった。

 

「なに、大丈夫さ。支えておいてやるから、左腕に嵌めてみな」

 

「…………ん…………」

 

 リーシャの心配を軽くあしらって、店主はカウンターから出て、メルエへと近づいて行く。初めて身に着ける盾という物に、興味を示したメルエは、言われるがままに左腕を店主へと差し出した。

 店主が盾の裏側にある取っ手をメルエの左腕に嵌めて行く。その大きさと裏腹に、それ程重い物ではないのか、店主が軽く支えているにも拘わらず、メルエはしっかりと左腕で盾を装備し終えた。

 

「なっ、なに!?」

 

「えっ!? ど、どういう事ですか?」

 

 装備し終えたメルエの左腕にある盾を見て、リーシャとサラは驚きの声を上げた。

 メルエの左腕に嵌められた盾が、その瞬間に柔らかな光に包まれたのだ。

 驚きの声を上げるメルエの腕の中で、光に包まれた盾は、その形状を大きく変化させて行く。光と共に、収縮されて行くように縮んで行った盾は、やがてメルエの腕にしっかりと収まる程の大きさへと変化し終えた。

 

「……凄いな……」

 

「持ち主によって、その形状を変化させる。故に、<魔法の盾>。力のない魔法使いにも装備できるように術式が組み込まれているらしい。まぁ、その分、数も少ない貴重品ではあるがな。それに、この盾は、抗魔力もあるんだそうだ。魔法に対する防御力も、他の盾とは比べ物にならんぞ」

 

 感嘆の声を上げるカミュに対し、どこか得意気になって話す店主。しかし、その話の内容は、十分な物であった。

 自分の腕に装備された盾を見て、とても嬉しそうに微笑むメルエ。

 このパーティーの中で、盾を持っていなかったのは、メルエだけだったのだ。故に、皆と同じ様な物が持てた事が、メルエは嬉しかった。

 

「で、でも……貴重品であるならば、それなりのお値段では?」

 

「そ、そうだな。そんな余裕は私達にはないぞ?」

 

「…………むぅ…………」

 

 そんなメルエの喜びも、店主の言葉を聞いていたサラの問いかけと、リーシャの答えによって急速に萎んでいってしまう。

 

「いや、貴重とは言っても、定期的に仕入れられるからな。2000ゴールドにはなるが、法外な値段ではない筈だ」

 

 その値段は安くはない。このバハラタという町の宿代が一人頭20ゴールド程度だとしても、三か月は宿で暮らせる程の金額である。

 国家の支援を固辞し続けて来たカミュ達一行にとっては、かなりの金額になる事は間違いがない。

 

「……先程の鎧は?」

 

「ん?……ああ、<鋼鉄の鎧>か? あれなら2400ゴールドで良いさ」

 

 しかし、比較の対象として<鋼鉄の鎧>の値段を聞いたカミュへの店主の答えは意外な物だった。あれだけ、神秘的な盾にも拘わらず、唯、鉄を鍛えただけの<鋼鉄の鎧>より安いのだ。

 それは、仕入れる物か、自分で作る物かの違いなのかもしれない。それでも、メルエの盾とリーシャとカミュの分の鎧で、合わせて6800ゴールドとなる。

 それは、やはり、旅を続けるカミュ達にとっては高価な物だった。

 

「……それなら、先程の話通り、鎧を二つとその盾を貰おう……」

 

「おう。ありがとうよ。じゃあ、寸法を見るから、一度試着してみてくれ」

 

 購入を決めたカミュに、精一杯の営業的な笑顔を向けた主人は、リーシャとカミュの試着具合を見るために、何やら道具を取り出していた。

 リーシャは、目を輝かせながら、その鎧を手に取る。買い与えられる事が決まった事にメルエは笑顔を浮かべ、自分の手にある盾をサラに見せる為に近づいて行った。

 一度寸法を合わせた後、カミュはここまでの道中で倒して来た魔物の部位を道具屋に売る為に出て行った。

 ゴールドを支払う為にはカミュの帰りを待つしかない。必然的に、リーシャとサラ、そしてメルエが武器屋の中に残る事となる。

 

「この町は、いつもこんな感じなのか?」

 

「ん?」

 

 カミュが戻るまでの間、寸法を見て貰っていたリーシャが、町に入ってからの疑問を何気なく店主へと尋ねる。リーシャの鎧の具合を見ていた店主が顔を上げるが、その表情がわずかに曇った。

 

「そうですね。この町は、商業都市と聞いていましたけれども」

 

「あ、あんた達、町長に雇われた人じゃないのか?」

 

「どういう事だ?」

 

 リーシャの問いかけに乗るように口を開いたサラに、店主は訝しげな視線を向け、若干失望に近い声を出した。

 そんな店主にリーシャの疑惑は強まる。

 

「おかしいと思ったんだ。 盗賊一味の討伐の為に雇った割には、女子供だけだし」

 

「な、なに!?」

 

 店主が口にした言葉は、リーシャの逆鱗に触れる物だった。

 『女』であるというだけで、騎士として蔑まれる事は、リーシャにとって我慢ならない物の一つ。それは、今も昔も変わりはない。

 

「リ、リーシャさん!」

 

「…………だめ…………」

 

 激昂しそうになるリーシャを、サラとメルエの二人掛りで止めに入る。

 そこでようやく、店主も自分の口にした事の意味を理解した。

 

「す、すまない。そ、そういう意味で言った訳じゃないんだ」

 

「ならば、どういう意味だ!」

 

 本来ならば、サラや幼いメルエの力で抑えられるリーシャではない。それが、語気を荒げるだけで済んでいるのは、リーシャが自ら感情を抑えているためであろう。

 

「こ、この町は、そちらのお嬢さんが言うように、商業都市として栄えた自治都市だった。それが私達、町民にとっての誇りでもあったんだ」

 

「……」

 

 リーシャの怒りから逃れる為に、店主は語り出す。このバハラタという、一国家にも負けぬ程の権勢を誇った町の現状を。

 それは、リーシャやサラにとって、身に詰まされる物であった。

 

「それが、数ヶ月前に突如現れた盗賊達にめちゃくちゃにされた。この町の基盤となる『黒胡椒』の売買で得た利益の大半の金を要求されている」

 

「……盗賊?」

 

 店主の話の中に出てきた一つの単語が、サラの頭のどこかに引っかかった。

 それは、サラの心の中の忌まわしき記憶を呼び起こさせる単語。

 

「そのようなもの、突っぱねれば良いではないか!?」

 

「断ったさ! 町長を中心に、町民全員で断固として拒否した。だが、その度に、町を荒らされる。その内、この町に旅人はおろか、『黒胡椒』を仕入れに来る商人まで寄り付かなくなった。資金源が減っても、要求は減らない。俺達に何をしろって言うんだ!」

 

 『理不尽な要求は断れ』というリーシャの言葉は、店主の悲痛な叫びによって遮られた。

 それは、力ある者が言える言葉だと。

 それは、余所者だから言える言葉だと。

 そんな店主の想いに、リーシャとサラの口は固く閉じられてしまった。

 

「町長が、周囲から傭兵等を雇って、盗賊討伐を依頼もした。それも、全て返り討ちだ。あいつ等のアジトは掴んだが、それも無駄だった。町の周りには、盗賊達に殺された傭兵どもの死体が転がり、夜な夜な歩き回るという噂が立ち始め、ますますこの町に足を運ぶ人間が少なくなる……」

 

「……そんな……あの魔物は……」

 

 昨晩サラ達が遭遇した<腐った死体>は、この数ヶ月で死んだ者達だと言う。それが、どれ程の無念を持って死んで行ったのかを考え、サラの気持ちは沈んで行った。

 町を護る為に雇われた者達の目的は、正義感からなのか、それともその報酬が目的なのかは解らない。

 何れにせよ、彼等が無念の内に死んで行った事だけは事実であろう。

 

「アンタ方が久々の客人だ。もう、この町も終わりかもしれない。町から人も消え、『黒胡椒』の生産も儘ならなくなるのも時間の問題だ」

 

「……その……盗賊の名は?」

 

 強い焦燥感を覚えながらも、力む身体を抑え、サラは疑問を口にする。

 それは、盗賊という単語を聞いたときからサラを襲っている不安。

 

「名?……その名前を聞いて、どうするんだ?……アンタ方がこの町を救ってくれるのか?」

 

 対する店主の言葉は、純粋な疑問というよりは『諦め』。

 唯一の男性であったカミュがいない今、店主の前にいるのは、戦士のような姿をしているとはいえ、若い女性と、見るからに子供と思われる二人。

 とてもではないが、何人もの傭兵を葬って来た盗賊達を討伐出来るとは思えなかったのだ。

 

「何が言いたい?……私達には出来ないとでも言うのか?……私達は……」

 

「……そこまでにしておけ……」

 

 店主の態度に、静かな怒りを燃え上がらせたリーシャの言葉は、後方の入り口から掛かった、勇者と呼ばれる青年の声に阻まれた。

 魔物の部位を売却し終えたカミュが、そのままリーシャの横を抜けて、カウンターの前に立つ。『先程までの会話を聞かれていたのでは?』と、店主は多少の怯えを見せるが、何も言わずにゴールドをカウンターに置いて行くカミュを見て、安堵の表情を見せた後にゴールドを数え始めた。

 

「……確かに……<鋼鉄の鎧>は明日の朝までに仕上げておくから、明日にでも取りに来てくれ」

 

「……行くぞ……」

 

 店主の言葉に対し、興味なさ気に頷いたカミュは、身を翻して店を出て行った。

 その後を、自分の左腕を掲げながらメルエが続き、どこか釈然としない思いを残したまま、リーシャとサラが歩き出す。

 

 

 

「くそっ! 何なのだ、あの店主は!」

 

「……リーシャさん……」

 

 店の外に出ても、リーシャの怒りは収まらない。実は、『女』として侮られた事よりも、サラやメルエの凄さを知りもせずに店主が馬鹿にした事を対して、リーシャは怒りを露にしていた。

 サラは既に、リーシャが見て来たどの僧侶よりも『人』を救って来た。

 どんな僧侶よりも、自分自身の事を悩み、現実と理想の歪みに苦しみながらも、必死に前を向き、そして歩いている。

 この若い僧侶をリーシャは誇りに思い始めているのだ。

 そしてメルエは、この町に住むどの人間よりも辛く苦しい過去を持ちながらも、今、様々な物を貪欲に吸収しようと動き始めている。

 それは、成長を続けるパーティーの中でも群を抜いており、例えそれが、『皆に置いて行かれないように』という理由であったとしても、自分自身で未来を掴む為に必死になっている証拠に他ならないのだ。

 そんな二人を、何も知らない人間が侮った事実。

 それは、肉親を嘲笑されたのに等しい程の怒りを、リーシャの中に生み出した。

 

「……傍から見れば、女と子供のいる旅人だ。それに、町の武器屋に認められる必要はないだろう?」

 

「くそっ! サラやメルエは唯の子供じゃない! 私や、それこそカミュ、お前よりも優れているんだ!」

 

「……リーシャさん……」

 

 溜息と共に吐き出されたカミュの言葉に反論するように、怒鳴り声を上げるリーシャを見て、サラは心底驚いた。

 てっきり、自分を『女』として侮られた事に怒りを覚えているのだと考えていたのだ。それは、カミュも同じだった。

 

「……アンタは……」

 

「な、なんだ!? カミュ、お前は腹立たしくなかったのか!?」

 

 どこか呆れたように、それでいて、いつもよりも優しい表情を浮かべるカミュを見て、リーシャは思わず噛み付いた。

 そんなリーシャの剣幕に、カミュは苦笑を浮かべ、一つ溜息を吐き出す。

 

「……メルエや、その僧侶の実力はアンタや俺が知っている。それ以上に何が必要だ?」

 

「カ、カミュ様……」

 

 再び盛大な溜息を吐いた後に呟いたカミュの言葉を聞き、サラはもう一度、驚愕の表情を浮かべる事となる。

 カミュの言葉、それはある意味でリーシャの言い分を全面的に肯定した事を示す。そして、サラを旅に必要な人間として認めたという事になるのだ。

 

「……それで?」

 

「な、なんだ?」

 

 会話を一段落させたカミュは、もう一度、リーシャへと視線を戻す。まるで、『まだ、何か言いたい事があるのだろう?』とでも言いた気に。

 しかし、その視線を受けたリーシャは、カミュの意図する事が理解出来ないでいた。心の機微に敏感なリーシャも、カミュの少ない言葉で全てを理解する事は出来なかったのだ。

 

「……盗賊とは、あの<シャンパーニの塔>にいた人達でしょうか?」

 

 戸惑うリーシャの代わりに、口を開いたのはサラ。武器屋の店主の話を聞いたその時から、自分の胸の中で渦巻いている不安を吐き出した。

 

「……さあな……」

 

「し、しかし……もし、あの盗賊であったのならば、この町の惨状に対する責任の一端は、私達にもあるという事になります!」

 

 サラの不安の一つはそれだった。あの塔で、カミュ達は盗賊団の頭を取り逃がしている。その結果、盗賊団は生き残り、再び悪事を重ねているのだとしたら、その責任はカミュ達にあると言っても過言ではないのだ。

 

「……言っておくが、俺はそこまで責任を負うつもりはない」

 

「……そんな……」

 

 いつの間にか、カミュの表情は、いつものような無表情に戻っていた。

 それは以前によく見た、冷たく突き放すような物。

 そんなカミュの表情に、サラの身体は自然と強張りを見せる。

 

「アンタがどう考えるのかは知らないが、俺は、この世の全ての凶事を背負える程の存在ではない」

 

「……それでも……それでも、町の人達は苦しんでいます!」

 

 無責任にも聞こえるカミュの言葉は、サラの中の何かに火を点けた。

 カミュとサラが醸し出す不穏な空気に、今まで自分の左腕を嬉しそうに眺めていたメルエも顔を上げる。

 

「それこそ、俺には関係のない話だ」

 

「カ、カミュ様!」

 

 サラを冷たく見下ろし、突き放すような言葉を放つカミュに、今度はサラが噛み付く。それは、アリアハンを出た頃ならば、日常茶飯事であったやり取り。

 しかし、最近はめっきり影を潜めていたものでもあった。

 

「カミュ様は『勇者様』です。私は……私は、そう信じています」

 

「……」

 

 ただ、サラは信じ始めていた。

 あの夜、リーシャがサラに語った内容を。

 それは、カミュが『勇者』であるが故に起こる『必然』というもの。

 

「カミュ様の最終目的は『魔王討伐』。私はその旅で、出来る限りのお手伝いをします。ただ、その旅の途中で苦しんでいる人達も救う事が出来るのならば、出来る限り救いたいのです」

 

「……」

 

「……カミュ……」

 

 いつもと同じだと思われていた二人のやり取りは、微妙な変化を見せ、違う方向へと動き出す。それでも、変わらぬ無表情なままでサラを見下ろすカミュの名を、リーシャが小さく呟いた。

 

「……誰に何を依頼された訳ではない。話はそれからだ……」

 

「カミュ様!」

 

 暫しの沈黙の後、カミュが呟いた言葉に、サラが喜びの声を上げた。

 決して、カミュは肯定した訳ではない。しかし、盗賊の討伐を依頼されれば、それを考慮する余地がある事を示唆したのだ。

 

「……だが……これだけは覚えておけ。今回は、メルエを救った時とは違う。アンタには相当な覚悟が必要になる筈だ」

 

「……覚悟?」

 

 しかし、最後に呟いたカミュの言葉の意味が、サラには理解出来ない。

 何故、自分に『覚悟』が必要なのか。

 何故、この町の人を救う事が、今までのものと違うのか。

 それが、サラには全く理解出来なかったのだ。

 

「……カミュ……」

 

 だが、リーシャは違った。サラの心に歩み寄ったようなカミュに対し、顔を緩めたのも束の間。

 何かを警告するように呟いたカミュの言葉に、思い当たる物があったのか、一瞬顔を顰めた後、何かを悟ったように、そして何かを思いつめたように、表情を引き締めた。

 

 再び町を歩き出した一向は、バハラタという町の姿を改めて見る事となる。

 町の大通りに人影は少なく、疎らに歩く人々の顔は、総じて生気を失っている。この町に漂う全てに絶望したような空気は、このバハラタという町を完全に変貌させていた。

 

「遂に、町長の孫娘が攫われたらしい」

 

「えっ!? いつ?」

 

「昨日らしい……陽が落ちる前だとよ」

 

「この町も、もう終わりか……出て行く準備をしたほうが良さそうだな」

 

 そんな物悲しい雰囲気が漂う町の片隅で、これまた不穏な臭いが漂う話が聞こえて来た。先頭を歩くカミュは気にも留めずに歩くが、後ろを歩くサラはその内容に顔を顰める。

 町人の話が真実だとすると、これまで、町を荒らされた事はあっても、人が攫われた事はなかったのかもしれない。しかし、盗賊達の要求している事に全面的に答えない町に業を煮やしたのだろう。

 そして、町の長である者の孫娘を攫ったというのだ。

 

「カミュ様!」

 

「……サラ……今の私達は、何もできない」

 

 焦る気持ちだけが先立つサラは、前を歩くカミュへと声を上げるが、それを止めたのは、サラが最も頼りとする女性だった。

 

「リ、リーシャさん……ですが!」

 

「サラ。私達には何の情報もない。盗賊達を討つにしても、そのアジトも分からない。今は情報を集めるのが先だ」

 

 リーシャの言う事は尤もな話だった。

 『何かをしなければ』という気持ちばかりが焦り、今のサラには現状が見えていない。それをリーシャは指摘したのだ。

 そして、サラは不承不承に頷くしかなかった。

 

「……はい……」

 

「……サラがどう考えているのかは分からないが、おそらくカミュは、その為に動いているんだろう」

 

 しかし、その後にリーシャが口にした言葉は、驚愕の事実であった。故に、サラは下げかけた頭を弾かれたように上げる。

 リーシャを見つめるその瞳は驚愕に彩られ、不自然に感じる程に揺れ動いていた。

 先程のカミュの言葉を聞けば、決して積極的ではない事が窺える。しかし、リーシャはそれを真っ向から否定したのだ。

 

「えっ!?」

 

「装備を整えた私達には、この町での用事は『黒胡椒』しかない筈だ。だが、カミュに店を探して歩いている様子はない」

 

 リーシャのその言葉に、ようやくサラもカミュが歩きながら周囲を意識している事に気がつく。

 基本的に、カミュは目的地へと迷わずに突き進む。それは、アリアハンを出た時から、町の中であろうと、広野であろうと変わりはなかった。

 だが、今のカミュは何かを探して歩いているというよりは、周囲の人間を観察しているようにすら思える様子なのだ。町人の会話を気にも留めていないように感じたのはサラだけであった。

 事実、カミュのマントの裾を握って歩いているメルエですら、いつもと違う様子のカミュを小首を傾げながら見上げている。

 

「……サラ……私からも一つ言っておく」

 

「は、はい」

 

 そんなカミュの後姿を呆然と見ていたサラの頭の上から、静かな声が響いた。

 慌てて顔を上げたサラが見た物は、いつもとは違う真剣な目をしたリーシャだった。

 リーシャが真剣な瞳をする事が初めてだと言う訳ではない。しかし、このような瞳をサラは一度見た事がある。

 

「今回に限っては、私はサラの行動に異議を唱える事もしないが、同時にカミュの行動や言動を止める気もない」

 

「えっ!?」

 

 サラは、目の前にいる姉のように慕う女性の発する言葉の意味が全く理解出来なかった。

 カミュの言葉は、いつも端的でその全てを推し量る事が難しい。しかし、サラがリーシャの語る内容を理解出来ないというのは、あの時以来だった。

 

 それは、メルエを救った時。

 

 『今のサラの言葉が、おそらくこれから先、サラを大いに苦しめる事になるだろう』というリーシャの言葉が、サラには理解できなかった。

 しかし、その後、リーシャの言っていた通り、サラは自分の発した言葉に苦しめられる事となる。いや、それは今も尚、サラを苦しめているのだ。そして、それはこれから先もサラを大いに苦しめる事になるだろう。

 リーシャが、敢えてサラに告げるという事は、おそらくそういう事なのだ。 

 今回の件で、サラがカミュの行動を止めなければならない場面が出て来る可能性があるという事。しかし、その時にリーシャは味方にならないと釘を刺されたのだ。

 

「さあ、行こう」

 

「……リ、リーシャさん……」

 

 リーシャはそれ以上何も話そうとはしなかった。それが、尚更にサラを不安にさせる。

 暫しの間、呆然とリーシャの背中を見ていたサラであったが、徐々に小さくなるリーシャの背に我に返り、その後を追って駆け出した。

 

 

 

「あら珍しい。貴方達は旅人なのね。ようこそバハラタへ」

 

 町を一周するように歩いていた一行の横をすれ違おうとした女性が、カミュ達の姿を見て、足を止めた。

 元来、この町の全ての住人が彼女のような者なのだろう。商業都市として栄えている町にとって、物を買いに来る人間は歓迎する者であり、全てはそのような旅人達のお陰で成り立っていると言っても過言ではない。

 故に、旅人を歓迎するのだ。

 

「この先には、『聖なる川』があります。そこで身を清めなさると、きっと良い事があるでしょう」

 

 そんな一言を残して、女性は軽く頭を下げた後、カミュ達の前から離れて行った。

 カミュ達が、町の外で見た、町に入り込んでいる細い川。それは、この町より遥か北東にあるから流れる川の分流であり、古来より、このバハラタでは<聖なる川>と呼ばれ、住民達を色々な意味で護って来た川である。

 飲み水になるだけでなく、その川の水には魔除けの効果もあると云われており、丈夫な子を授かるという逸話まで存在する。また、このバハラタの名産である『黒胡椒』の栽培も、この川の水なしでは成し得ない物であった。

 

「……」

 

 女性の言葉に一瞬顔を顰めたカミュではあったが、何も語ろうとはせずに、女性が指し示した<聖なる川>の方向へと歩を進めた。

 

 

 

「グプタ! 待つんじゃ!」

 

「タニアは私が助けます!」

 

 一行が<聖なる川>の畔へ近づくと、一人の老人と若者の言い争う声が聞こえて来た。

 若者の行動を諌める老人と、血気に逸る若者というような構図がピタリと嵌る。その二人の様子に、暫し呆然としてしまったリーシャとサラを余所に、カミュは無言で二人へと近づいて行く。

 リーシャ達と同じ様に、言い争う二人の剣幕に驚いていたメルエは、慌てたようにカミュのマントの裾を握り直し、遅れないように早足で歩き出した。

 

「今、人を雇う準備をしている。それまで待つのじゃ!」

 

「タニアは私の恋人です! そんな見ず知らずの傭兵崩れ等に頼るつもりはありません!」

 

 話を聞く限り、この老人がバハラタの町長なのだろう。

 そして、おそらくこの若者が、攫われた町長の孫娘の恋人。

 孫娘を救う為に傭兵を雇おうとする老人と、自ら、恋人を救おうとする若者。

 両者の言い分は平行線だった。

 

「……すみません……」

 

 そんな中、何に遠慮する事もなく、カミュが割り込んで行く。

 後方から慌てて近づいて来たサラは、そんなカミュに驚いた。

 

「はっ!? これは、旅のお方……お見苦しいところを見せてしまったようで」

 

「……いえ……」

 

 カミュの存在に気がついた老人は、町長としての体裁を繕い直す。それは、バハラタという巨大都市の長としてあるべき姿。

 例え、自分の孫が誘拐されたといえども、彼はこの巨大都市の住民を束ねる者。それは、一国の王に値するものであり、今のこの老人の姿は、それを凌駕する程に気高い。

 

「……どうかなされたのですか?」

 

 カミュが老人へと問いかけたときには、カミュの後ろには三人の仲間が立っていた。

 傍から見れば、女と子供。しかも、老人に問いかけているのは、先程老人と言い争いをしていた若者よりも更に年若い少年と言って良い程の男。

 しかし、長きに渡り、この巨大都市バハラタを纏め上げて来た老人には、一目でその者達の纏う空気が、一般の者達とは違う事が理解出来た。とても自分の何分の一程しか生きていない者が纏う空気ではない。

 

「貴方達は?」

 

「旅の者です。『黒胡椒』を求めてこの町に入ったのですが……」

 

「そうですか。申し訳ない。この町で、今『黒胡椒』を取り扱えるのは、私の店だけです。しかし、この状況では……」

 

 カミュ達の返答に、老人は申し訳なさそうに俯いた。

 彼が町長となり得た理由の一つ。

 それが『黒胡椒』である。

 若い頃に、『黒胡椒』の栽培に成功した彼は、その財力を生かし、国家との交渉などを行って来た。そして、一国家とも対等に渡り合える彼を町の住民は担ぎ上げたのだ。

 

「……旅のお方……このような事をお頼みするのは、筋違いだという事は重々承知した上でお頼み申す」

 

「……」

 

 突如、姿勢を正した老人をカミュの冷やかな瞳が見つめている。カミュは黙して何も語らない。返事も返さなければ、その頼みを聞く事を了承した訳でもない。唯、黙って老人を見つめているだけだった。

 

「私の孫娘が、盗賊共に攫われたのです。どうか……どうか救っては下さらぬか?」

 

 サラは、自分の望んでいたように依頼をする老人を見て、実際は驚いていた。

 ノアニールとは異なり、自分達は『勇者一行』だとは名乗っていない。それなのにも拘わらず、女と子供が混じる自分達に依頼をするという事は、冷静に考えてみると、明らかに異常なのである。

 サラは自分達がどれ程の苦難を歩いて来たのかという事実に気が付いてはいないのだ。

 『カミュやリーシャに護られているだけで、自分は足手纏いになっている』と感じているサラには、自分がどれ程成長しているのかが実感出来ていない。

 見る者が見れば、このパーティーの経験と決意は自然と察する事が出来る程のもの。もはや、カミュ達はその域に片足を踏み込んでいたのだった。

 

「そのような、見ず知らずの旅人に頼る必要はありません! 私が必ずタニアを救って見せます!」

 

「あっ! グプタ!」

 

 そんなサラの思考は、こちらを向いた老人の後方から掛かった若者の叫びによって弾けた。

 サラが顔を上げた時には、その若者は駆け出しており、一直線に町の出口へと向かって行く。その後姿を唯呆然と見つめる事しか出来ない老人。その背中は先程まであった、町長としての威厳の欠片もなく、サラにはとても小さな物に映った。

 

「ああ……グプタまで行ってしまうとは……どうすれば良いのじゃ……」

 

「……盗賊のアジトは、分かっているのですか?」

 

 そんな老人に救いの手を差し伸べたのは、サラの予想外の人物だった。

 この町の惨状を『関係のない事』として吐き捨てた人物。

 サラは、自分が望んだ事なのにも拘わらず、その不思議な光景を呆然と見つめていた。

 

「救いに行って下さるのか!? 盗賊達は、川を渡った先にある洞窟をアジトとしておる。そこに孫娘も捕らわれている筈です」

 

 既に盗賊達のアジトを知っている老人を見て、カミュは一つ頷いた。

 この老人が『人を雇う』と言った言葉は本当だったのだろう。そして、この老人の瞳に宿る強い光が、その時には自身も乗り込むつもりであった事が窺えた。

 

「……分かりました……ただ、私達の防具が明日の朝に仕上がる筈ですので、出発は明日の朝となるでしょう」

 

「そ、そんな……武器屋の主人には、私の方から話をしておきます。昼過ぎには出来上がるようにさせますので、どうか、出発を早めてくださらぬか?」

 

 そんなやり取りを見ながら、リーシャはサラとは違う事を感じていた。

 『勇者であるが故の必然』。

 それが、リーシャの頭から離れないのだ。

 このバハラタに入るのが、あと一日遅ければ、あの若者は死んでいたのかもしれない。

 昼過ぎにここを出れば、旅慣れた自分達であれば、あの若者に追いつく事も可能である。例え、追いつけなかったとしても、盗賊達に殺される前に救い出す可能性は高いだろう。

 もし、ポルトガから船が出ていたら、自分達はこの町を訪れてはいない。

 そんな偶然が重なった結果。

 それが、カミュが『勇者』である事の証明なのかもしれないという思いが、リーシャの中で、一段と強まっていった。

 

「……分かりました……装備が整い次第、出発致します」

 

「おお! ありがとうございます。では、私は早速、武器屋に掛け合って参ります」

 

 カミュの返事を聞き、泣き出しそうな程に喜びを表した老人は、そのまま武器屋へと早足で向かっていった。

 

「カミュ様! ありがとうございました」

 

 老人が見えなくなってから、サラは、カミュへと深く頭を下げた。

 その声に振り向いたカミュは、そんなサラの様子を冷たく見下ろし、リーシャは何処か哀しげに見ている。

 三人の様子を不思議そうに見ているメルエが、頻りに首を傾けている中、カミュが口を開いた。

 

「……覚悟は決めておけ……」

 

「は?」

 

 たった一言。

 カミュが発した、その一言に、サラは間の抜けた声を出す。

 未だに理解出来ない、カミュの言う『覚悟』が指す物。

 それは、この先でサラを大いに苦しめる事となる。

 

 

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございます。

ようやくバハラタです。
この章の佳境へと突入します。

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