新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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~カンダタ~

 

 

 

 彼に親はいない。

 

 いや、人間として生を受けたからには、父親と母親は存在するのだろう。しかし、この男は、物心ついた頃にはスラム街でゴミを漁る生活をしていた。

 娼婦が客の子を身篭り、出産と共に捨てたのかもしれないし、魔物等に親を殺された孤児だったのかもしれない。ただ、彼が自我を持ち始めた時には、世界という枠組みは、彼にとってとても厳しい物だった。

 

 眠る場所もなく、廃屋や建物の影で眠り、昼間は町の人間が捨てたゴミを漁り食い繋いだ。

 その頃には、既に魔王の登場によって魔物が凶暴化しており、町には孤児があふれていた。

 国領にある町や村の孤児達へ手を差し伸べる国はなく、町の至る所で倒れ付す死体が転がり、空腹の為に身動きすらも出来ない子供達が壁に背をもたれて死んで行く有様。

 

 毎日毎日、その日を生きる為に、ゴミを漁り、物を盗んだ。

 町に出ては、人ごみに紛れて財布を盗み、店に並ぶ品物に手も掛けた。

 時には、同じ様に飢えに苦しむ子供と争い、叩きのめして食料を奪った事もある。

 そこまでの想いをして、彼は生き残って来たのだ。

 

 『俺は、何の為に生まれてきたのだろう?』

 

 そんな疑問を繰り返しながらも、空腹を訴える身体。幼い彼には、その訴えに応える為に、行動するしかなかったのだ。

 その内、碌な栄養も取っていないにも拘らず、彼の身体は年齢以上の成長を見せる。

 同年代の子供達から比べても、明らかな異質。

 身体は大きく、力も強い。

 そして、それは彼の食糧確保を容易にして行く。

 

 大人と争っても負ける事のない力。

 盗みを行い、捕まったとしても、それを振り払う事の出来る力。

 彼は、生まれながらの素養として、それを持っていたのだ。

 

「ほら、これを食えよ」

 

「えっ?」

 

 そして、彼は自分と同じ様に、スラム街で生きる子供達の分まで食料を調達するようになる。

 最初は、唯の気まぐれだった。たまたま、果物を売っている店から掴んだ物が一人で食すには多かっただけ。それを、寝床への帰り道の端で座り込んでいる子供に与えただけだった。

 

 それでも、与えられた側から見れば、彼は英雄となって行く。

 誰にも『優しさ』を受けた事のない孤児達が、初めて受けた『好意』。

 それは『感動』となり、『憧れ』に変わって行った。

 

「お兄ちゃん」

 

 次第に自分をそう呼び、ついて回る人間が増えて来る。

 そこで初めて、彼は自分に名がない事に気付くのだ。

 そして、彼は自ら己の名を名付けた。

 遥か昔に、貧しい者達の英雄となっていた義賊の名を。

 私腹を肥やす者達から私財を盗み、貧しい者達に分け与えたと云われる者の名を。

 

 その名は『カンダタ』

 

 

 

 

 

「また、おめぇらか……」

 

 椅子に座っていた大男が、ゆっくりと立ち上がり、カミュ達の方へと身体を向けた。

 カミュ達とカンダタとの間に、視界を遮る障害物はない。自然と、カミュとカンダタの二人の対峙という構図が出来上がって行く。

 

「……身代金目当ての誘拐か……アンタも落ちたな……」

 

「……」

 

 カンダタの目が細められる。カミュの顔に浮かぶのは、明らかな『失望』。それは、カミュがカンダタという人物を買っていた事を証明していた。

 しかし、カンダタの視線は、カミュの表情には向いていない。カミュ達と対峙した時、カンダタは驚きの余り、不覚にも声を上げそうになったのだ。

 それは、<シャンパーニの塔>で自分達を追い詰めた人間が現れたというようなものではない。いや、むしろそれは、カンダタ自身も何処かで予想していた事だった。

 彼が驚いた物は、そのようなものではなかったのだ。

 

 それは、カミュ達が纏う空気。

 先頭に立ち、自分をじっと見据える青年の顔は、あの塔で対峙した時とは比べ物にならない程に精悍な物に変わり、厳しく張り詰めた雰囲気を纏っている。そして、それなのにも拘わらず、何処か穏やかな印象すら受けるのだ。

 全てを否定し、刺々しい空気を纏っていた者ではない。とても強い意志を持つ男の顔。

 

 その後ろに控える女戦士の顔もまたカンダタを驚かせた。

 あの塔では、自身の誇りと何かに板ばさみになっているような、迷いが見えた瞳は、今は強い光を放っている。それは、単純な『怒り』という感情ではない。

 何かとても強く、そして深い信念に基づいた光。

 

 その足元にいる少女からは、長年『魔法使い』と対峙して来たカンダタでさえ、遭遇した事のないような魔力を感じる。

 本来、カンダタは魔法が使えない為、魔力を感じ得る事はない筈であるが、それでもこの身を刺すような危機感は、経験豊富なカンダタだからこそ理解出来る物なのかもしれない。

 

 最後に控えている僧侶。あの塔では、間違いなく一番足手まといになると考えた人間であった。

 それは今も変わりはない。ここで戦闘になれば、この僧侶が確実に足を引っ張るだろう。しかし、今はまだ揺らいでいる彼女の瞳の奥に、何かがある事はカンダタに見えていた。

 それが何なのかまでは理解出来なかったが。

 

「……悪いが、アンタ方にはここで死んでもらう……」

 

「……ほう……」

 

 先頭に立つ青年が持つ、抜き身の剣には、赤黒い血液が付着していた。

 自分の記憶にある一行との違いに驚きはしたが、瞬時に気持ちを切り替えたカンダタは、その剣に付着する物の意味を理解する。

 

「外の奴等を殺したのか?」

 

「……ああ……」

 

 カンダタの質問に、表情も変化させず返答するカミュ。

 その返答に、カンダタの目は、更に細められた。

 

「『人』を殺すなんて、僧侶様のする事とは思えねぇな?」

 

「!!」

 

 カンダタは、意図的に最後尾にいる人間に声をかける。

 予想通り、その少女は、カンダタの言葉に身を竦ませ、身体を強張らせた。

 一行の調和を崩すという目論見は成功したようだった。

 

「……外の連中を殺したのは、俺一人だが?」

 

「……そうか……」

 

 しかし、一人の青年の答えが、カンダタの目論見を粉砕する。

 そして、この時、カンダタは全てを悟った。

 この青年の『覚悟』を、そして『哀しみ』を。

 そして、この年若い青年に課せられた『使命』を。

 

 <シャンパーニの塔>で彼らを目撃した時、カンダタは彼らをロマリアからの討伐兵だと考えた。

 しかし、それにしてはパーティー編成が奇妙過ぎる。年若い、まだ少年と言って過言ではない青年が一人。その他は全て女。そして、その内一人は、明らかな幼子。

 そんな一行を不思議に思うよりも、カンダタは『ロマリアもここまで落ちたか』と考えた。

 しかし、剣を交えて、その考えは浅はかだった事を知る。

 彼らの実力は本物だった。

 青年の剣は、粗削りだが光る物があり、女性剣士の腕は、カンダタが相対したどの国の『騎士』よりも上だった。そして、幼子と思っていた子供が唱える魔法は、カンダタが見て来た『魔法使い』の中でも常軌を逸していたし、最も足手纏いだと思った僧侶の唱える補助魔法は気の抜けないものだった。

 

 故にカンダタは不思議に思ったのだ。

 『これ程の者達が、何故ロマリア等の下に付いているのか?』と。

 

「そうか……そういう事だったか」

 

 その謎が今解けた。

 彼らが再び自分の前に現れた事によって。

 ロマリアが雇った兵士だとすれば、この場に現れる訳がない。それを、海を渡ったのか、それとも山を登ったのかは知らないが、この東の大陸に姿を現したという事は、彼らは別の目的のために旅をし、その途中で依頼を受けたという事なのだろう。

 これ程の実力を備えた者達の旅。

 それは……

 

「……」

 

「まさか、お前みたいなガキがな……そりゃ、俺も歳を取る訳だ……」

 

 カンダタの自白のような言葉に、一同を取り巻く時間が止まる。彼の周りにいる部下までもが、カンダタが何を言い出したのか解らずに固まっていた。

 一度微かに笑ったカンダタは、再び顔を上げ、じりじりと立ち位置を動かして行く。明らかにカミュ達を警戒したようなその動きに、カミュ達もそれぞれの武器を構え、カンダタとある程度の距離を保ちながら、時計回りに立ち位置を動かして行った。

 カンダタの子分達は訳が分からないながらも、カンダタの大きな背中の後ろで同じように動いて行く。そして、その位置が最初の位置に比べ、180度変わった時、ようやくカンダタは動くのを止め、口を開いた。

 

「てめぇら……後ろの扉から逃げろ。」

 

「えっ!?」

 

 カンダタの言葉に後ろを移動していた子分達全員が呆気に取られた表情に変わる。天下の盗賊と言われ、数々の猛者を打ち破って来た自分達の棟梁が、突如として弱気な発言をしたのだ。

 カミュ達に警戒感を与えながら、移動したその先は、先程カミュ達が潜って来た扉。それは、この部屋の唯一の入り口であり出口でもある扉であった。

 カンダタはこの為だけに、ここまで移動を続けたのだ。

 

「……行け……」

 

「な、なんでだ? 俺達も一緒に戦う!」

 

 ハルバードを手に構えながら、振りかえる事なく指示を出すカンダタに、子分の一人が反論する。その声を切っ掛けに、子分達が次々と勇ましい言葉を口にした。

 しかし、子分達の頼もしい言葉にもカンダタは振り返らない。

 

「……今のコイツ達には、束になっても敵わねぇ。お前達はここから逃げ、盗賊家業から足を洗え。小さな農村にでも行けば、耕す土地ぐらい残っているだろうさ」

 

 今カンダタの後ろにいる部下は、全部で七人。それは、カンダタ一味の幹部であり、今では最後に残った一味。

 実際、<シャンパーニの塔>での出来事を切っ掛けに、カンダタ一味から離れる者が続出した。

 

 飛ぶ鳥を落とす勢いだったカンダタ一味は、一度の挫折もなく、国家を脅かす組織となったのだ。

 しかし、そんな一味がある一行に負けた。しかも、年若い女達と戦って負けたという噂が流れ始め、カンダタ一味はロマリア大陸でその権勢を著しく失ったのだ。

 そんな中、カンダタが根城としていたロマリアから、多くの兵団が討伐に出て来た。それは、昼も夜も関係なく、一味は次第に疲弊して行く。そうなれば、自分の欲の為に付いて来た者達、中でも『楽をして暮らして行きたい』と願っていた者達は、次々と一味を去って行った。

 

 夜逃げ同然に、朝にはいなくなっていた者。

 律儀にカンダタに話をして出て行った者。

 様々ではあったが、一味は全盛期の三分の一にも満たない数へと減って行った。

 残ったのは、カミュが殺したような、人を殺す事に快楽や愉悦を感じる者達。

 そして、今カンダタの後ろにいる幹部七人だけであった。

 

「今更、そりゃないだろ! 俺達は、ずっとアンタと一緒にやってきたんだ!」

 

「そうだ。罪を償う時は、一緒の筈だ」

 

 カンダタは、後ろから掛る言葉に、口元を緩めた。

 後ろにいる彼らこそ、彼が『カンダタ』という名を名乗る事になった原因。

 あのスラム街で自分の下に集まって来た最初の子分達。

 生きる為に物を盗み、生きる為に人を傷つけ、時には殺した事もある。

 それでも、皆でその罪を背負い、生きて行こうと決意した仲間だった。

 

「……お前らは、俺の子分だ。子分を護るのも、上にいる人間の務めだ。もう、俺達のような盗賊が生きて行ける時代は終わるんだ。これからは真っ当に生き、今までの罪を償って行きな」

 

「くっ!」

 

「俺達だって、あんたと同じだ。今更、真っ当に生きる事なんて出来やしない」

 

 カンダタの言葉の意味は理解出来ない。

 しかし、その『覚悟』は理解出来た。

 自分達が敬って来た男は、ここで死ぬつもりなのだと。

 

「!!」

 

「くっ!」

 

「……逃がすとでも思っているのか?」

 

 そんな主従の間に割って入って来る者。

 とても冷たく、抑揚のない瞳を持つ男。顔には血液が付着し、カンダタが手に持つハルバードで防いだその剣は、血と脂で異様な光を放っている。

 カンダタを斬りつけるというよりも、その後ろにいる子分達を標的としているような瞳に、子分達は言葉を失った。

 

「……逃がせないとでも思っているのか?」

 

「!!」

 

 カミュの剣を受けた態勢のまま、静かに言葉を紡いだカンダタは、そのハルバードを振り上げ、カミュの剣を上へと弾く。

 その力に剣と共に後ろへと弾かれたカミュの横から一陣の風が吹き抜ける。

 

 <鉄の斧>を構えたリーシャである。

 

 しかし、カミュを吹き飛ばしたカンダタは、その反動を利用し、ハルバードを大きく振り抜いた。

 回転と共に横合いに振り抜かれたハルバードは、駆け寄って来るリーシャの身体に向かって吸い込まれて行く。咄嗟の判断で、<鉄の盾>を構えたリーシャは、その盾でカンダタのハルバードを受け止めた。その威力で踏鞴を踏むが、吹き飛ばされも倒れもしないリーシャに、カンダタは若干の驚きの表情を見せる。

 

「やはり、腕を上げたみたいだな。お前ら! さっさと行け!」

 

 リーシャに少し微笑んだカンダタは、表情を戻した後に、後ろにいる子分達へと叫んだ。

 緊迫した空気に凍りついていた子分達は、その叫びに我に返り、眉尻を下げた表情のまま一度カンダタの背中を見つめた後、扉を抜けて駆けて行った。

 

「アイツ達は、汚れ仕事はしてねぇ。盗みはしたが、人は殺してねぇ」

 

「……そんな言い訳が通用すると思っている訳ではないだろう?」

 

 出て行く子分達を苦々しく見ていたカミュに、カンダタは言い訳のような言葉を発し、そんなカンダタをカミュは冷たく見下ろした。

 これ程に大きくなった組織の幹部が盗み以外をしていない訳がない。それが生きる為の自己防衛手段だとしても、人を傷つけ、人を殺める事があった筈なのだ。

 

「まぁな。だが、それは、お前達も同じだろうが」

 

「……俺だけだ……」

 

 例え、相手が盗賊であろうと『人殺し』は『人殺し』。

 そう言うカンダタに静かに答えたカミュの言葉に、カンダタは薄く微笑む。

 

 『こいつも同じ』

 

 罪を全て被ろうとする想い。

 それは、自分もこの年若い青年も同じなのだと。

 

「まさか、お前らのようなガキが、世界を救おうとする勇者様一行だとはな」

 

「……」

 

 カンダタは全てを察していた。

 カミュ達が『魔王討伐』という使命を受けて旅をしている事。それが『人』を救う為の旅である事。そして、その使命の『重み』にではなく、『意義』に対して苦しんでいるという事まで。

 

「お前が救う『人』の中には、俺達のような人間は入っていなかったという事か」

 

「何を言う! お前達のような人間が救われるか!」

 

 カミュの目を見ながら口を開いたカンダタに眉を顰めるカミュの代わりに、横合いからリーシャの言葉が飛んだ。

 カミュの想いを肌で感じ始めているリーシャにとって、カミュという若き『勇者』を盗賊等と同列に並べられる事は耐えられない屈辱であったのだ。しかし、当のリーシャ自身は、自身の怒りの根底にある想いには気付いていない。

 

「違いねぇ。だがな……国を担う人間達が救われるのも、俺からしてみりゃどうかと思うがな」

 

「なに!?」

 

 続いたカンダタの言葉に、リーシャは完全に頭に血が上った。

 宮廷に上がっていたリーシャにとって、決して良い思い出のない人間達ではあったが、それでも盗賊如きに名を辱められるという事が頭に血を上らせる。

 

 

 

 

 

 しかし、カンダタの言い分は的を射ていた。

 彼は、国に密やかな住処をも奪われた人間だからだ。

 

 その日の食料を盗み、奪って過ごした幼年時代を抜けたカンダタ達は、成長した後は、それぞれ些細ながらも仕事を始めた。それは、店番であったり、畑仕事の手伝いであったり、物運びだったりと様々であったが、日々の食料を手に入れるささやかな賃金を得ていたのだ。

 

 そんな穏やかな日々は、唐突に終わりを告げる。

 

「兄ちゃん! ここに兵士が入って来た!」

 

「ああ?」

 

 子分の一人が齎した情報。それは、このスラム街に国の兵士が入って来たという物だった。

 カンダタ達は、その日の食料を手に入れる為の金は日々の仕事で稼いではいたが、住処を調達するまでには至ってはいない。故に、彼らの住処はスラム街のままだった。

 身寄りのない子供達で固まって暮らす、数少ない屋根のある場所。そこは彼らにとって、唯一のオアシス。

 

 それが一瞬の内に消え去った。

 

 魔王登場により、国は疲弊して行く。

 疲弊すれば、その分割りを食うのは国民。

 そんな結末がこのスラム街であったのだが、国はそれを良しとはしなかった。

 

 国の象徴である城の麓である城下町では、スラム街の存在は他国に国の内情を晒す事になる。故に、まるでスラムに住む人間はロマリア国民ではないとでも言うように、排除に動き出したのだ。

 スラム街に入って来た兵士達は、スラム街にいる人間の性別は関係なく、城下町の外へと放り出す。その中で若い女がいれば『奴隷に』と引っ張って行き、抵抗する男がいれば、容赦なく刺し殺した。

 成長したとはいえ、まだ幼いカンダタ達になす術はなく、その行為を行う国の要人と兵士が魔物にさえ見えるものであったのだ。

 

 そして、ロマリア城下町にはスラム街が無くなった。

 

 町を追い出されたカンダタは、子分達を護る為に魔物と戦い、力をつけて行った。いつか来る復讐の時を待つように。

 その間に、『魔王討伐』という目標を掲げ、一人の青年がアリアハンを出立する。その噂を聞いたカンダタは、その青年が自分と変わらぬ歳である事を知り、鼻で笑っていた。

 

 『何の為に、誰の為に旅へ出るのか』と。

 

 国の要請で出立した英雄が護る物は、国の威信と要人達。

 そんな人間が世界を救ったところで、自分達のような人間に救いはない。

 案の定、その青年は途中で命を落とし、その援助の為に国庫からの財を吐き出した国は、更に国民を痛めつける。

 次第にカンダタの周りには、人が集まっていった。

 英雄では救えぬ、その手から零れた人間達が……

 

「仕方ねぇ。俺に付いてきな。俺らは『義賊』。弱い者の味方だ」

 

 自分を英雄とは思わない。

 英雄が救えない者を救おうと意気込む訳でもない。

 ただ、自分を頼りにして来る人間を切り捨てられなかった。

 

 そうして立ち上げた『カンダタ一味』。

 初めは、その意気込み通り、貴族や豪商を相手に盗みを行い、貧しい町で金を使い落して行く。だが、組織が膨れ上がって行く程、その想いは揺らぎ始め、見えなくなって行った。

 

 そして、ようやく晴らせた恨みの一つ。

 ロマリアの『金の冠』の強奪。

 それが、一味の衰退の始まりだった。

 

 肥大し、見えない隙間が生じていた組織が崩れるのは脆かった。

 カンダタが知らぬ商売を行う者達は多く、それを咎め粛清していった時、残ったのは最初から自分の傍にいる七人だけだったのだ。

 

 

 

 

 

「……アンタがどんな育ちで、どんな人間なのかに興味はない。ただ……全て、俺が背負おう……」

 

「……カミュ……」

 

「……カミュ様……」

 

 色々な想いを宿して発したカンダタの言葉は、彼の半分も生きていない青年が正面から受け止めた。

 その瞳に嘘はない。彼は、心からそう思っているのだろう。

 そして、カンダタは笑った。

 

「ふはははははっ! 俺達の命をお前が背負うのか!? その頼りない背でか?……お前の背に何が背負える?」

 

「……」

 

 カンダタは、問いかけるように、試すようにカミュを見つめる。

 カミュは黙して何も語らない。

 しかし、カンダタは解っていた。

 『既にこの青年は何かを背負い始めている』と。

 それは、おそらく彼の後ろにいる者達。

 そして、カンダタには見えない何か。

 それを背負い始めたこの青年は、これから先数多くの『無念』、『期待』、『希望』、『憎しみ』を背負って行くのだろう。

 その先にある自身の感情を押し込め、他人の感情を背負う。それがどれ程に哀しく、どれ程に苦しい物か。それをこの青年は既に知っているのかもしれない。

 何故かは解らないが、カンダタはそう感じた。

 

「……ありがとよ……じゃあ、始めようか」

 

「……ああ……」

 

 先程のカンダタの一撃で粉砕された机が無くなり、広々とした空間が広がった中で、カミュとカンダタが構えを取る。そこには、誰も入り込む事など出来はしなかった。

 例え、リーシャであろうと。

 

 英雄の手から零れた者達を必死で護り続けて来た『勇者』と、その英雄が救う事の出来なかった者達を救おうとする『勇者』の戦いが今始まる。

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

カンダタ一味の結末を描く前に、どうしてもこのカンダタという男を描きたかったんです。
「悪」として斬り捨てられる側の主張。
それは、決して許される事ではない。
それでも、立場によって善悪は異なる物。
そんな一幕を描きたく思いました。

ご意見、ご感想を心よりお待ちしています。


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