迷いの森の薄暗い空気は、いつまでも出口を与えてくれなかった。蒼牙はマスターバイク牙狼型を走らせながら、ただただ同じ木々の風景が繰り返されるのを見て舌打ちする。
「……チッ。どうやら“迷いの森”って名前は伊達じゃねぇな」
『言っただろう? ここは“選ばれた者”以外は出口に辿り着けない。普通なら一生さまようだけだ』
ザルバの声に蒼牙は短く息を吐く。だが次の瞬間には冷静な判断を下していた。
「確かに。ホラーがはびこってる以上、ここで迷ってる時間は命取りだ。出口を見つけて、コキリの森に急ぐぞ」
蒼牙がコキリの森へ急ごうとした瞬間、森全体がざわめき、不気味な靄が木々の隙間から溢れ出した。靄は狼型の魔物にまとわりつき、その肉体を内側から食い破るように侵食していく。
骨の軋む音、肉が裂ける音──。やがて姿を現したのは、皮膚の半分が腐り落ちた異形の獣だった。背中からは触手のような影がのたうち、黄金色の瞳が蒼牙を射抜く。
『……ホラーだ! この世界の魔物を依代にしてやがる!』
ザルバの叫びに、蒼牙は腰の魔戒剣を抜いた。刃が月光を受けて淡く煌めき、空気が張り詰める。
「……クソッ、出口探す前に面倒な。だが、ホラーが相手なら寧ろ好都合だ」
次の瞬間、ホラーが咆哮と共に飛びかかってきた。腐敗した顎が蒼牙の頭を食いちぎらんと迫る。
「遅ぇ!」
蒼牙は横に身を翻し、魔戒剣を薙ぎ払った。刃は確かに怪物の胴を裂いたはずだったが、黒い靄がすぐに傷口を覆い塞ぎ、肉が蠢いて再生する。
『蒼牙! この森に満ちる闇を取り込んでやがる! 中途半端な斬撃じゃ倒せんぞ!』
「なら、迷ってる暇はねぇな!」
蒼牙は地面を蹴り、剣を逆手に構える。修業で叩き込まれた動作が無意識に体を導く。鋭い踏み込み、流れるような一閃──。
ホラーの触手が鞭のように襲いかかる。蒼牙はそれを最小限の動きでかわし、斬撃を叩き込んだ。刃が影の触手を断ち、腐臭を放つ黒い血が飛び散る。
だが、ホラーは怯まない。切り落とした触手の根元から新たな影が芽吹き、倍以上に膨れ上がって襲いかかってきた。
「……なるほどな。普通の敵と違ってキリがねぇ」
その瞬間、ザルバの声が鋭く響いた。
『蒼牙、心を燃やせ! 牙狼の鎧を呼べ! この世に満ちる闇を斬れるのは黄金の力だけだ!』
蒼牙は大きく息を吐き、魔戒剣を高く掲げる。刃先で力強く円を描くと、その軌跡が金色の光を生み出し、空中に輝く魔法陣を刻む。
円の中心が揺らぎ、黄金のゲートが出現。そこから奔流のような光があふれ出し、蒼牙の全身を包み込んだ。
眩い光が収束すると同時に、重厚な甲冑が次々と蒼牙の体を覆っていく。狼を彷彿させる兜が装着される瞬間、瞳が蒼牙の名の通り蒼い輝きを宿し、黄金の鎧が完成する。
”黄金騎士 牙狼”
迷いの森にて、その威容が降臨した。
ホラーは狂気の咆哮を上げ、影の鞭を振りかざして突進する。
蒼牙はその声に呼応するかのように胸の奥から雄々しい咆哮を放った。
「──オオオオオオオッッ!!!」
その叫びに呼応するように、黄金の鎧が眩く輝きを放つ。まるで鎧そのものが吠えているかのように、低く響く狼の遠吠えが森に木霊した。
蒼牙は全身の力を解き放ち、剣を振り抜く。黄金の閃光が奔流となって闇を裂き、突進してきたホラーの肉体を一刀のもとに断ち切った。
絶叫とともに黒い靄が四散し、やがて空気に溶けるように消えていく。
……静寂。
先ほどまで狂気と殺気に満ちていた森が嘘のように沈み返り、葉擦れの音さえやけに鮮明に聞こえる。
『……やるじゃないか、蒼牙。最初の一戦にしては上出来だ』
指にはめられたザルバが、低くも愉快そうに声をかける。
蒼牙は深く息を吐き、剣を下ろした。鎧が煌めきとともに霧散し、ふたたび黒髪の少年の姿へと戻る。
「……あぁ、だが全然気が抜けねぇな。今のもほんの始まりに過ぎない気がする」
黄金の残光が森に溶けるのを確認し、蒼牙は再びマスターバイク牙狼型に跨った。
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マスターバイク牙狼型を走らせいると迷いの森を抜けた先、開けた空間に小さな集落──コキリの森が広がっていた。
「……ここがコキリの森か」
集落は静かだった。だがその静けさは穏やかさではなく、不安に満ちている。木の陰から顔を覗かせるコキリ族たちの表情は恐怖と緊張で硬く、誰一人として外に出てこようとしない。
蒼牙は目を細め、その様子を観察する。
『……妙だな。あいつら、外敵に怯えてる目じゃない。むしろ、仲間の誰かが“中に”いるから動けずにいる……そんな感じだな』
ザルバの言葉に蒼牙も同意した。確かに、森の民たちは何かを待ち構えているように見える。やがて小さなコキリの一人が勇気を振り絞るように声を上げた。
「……リンクなら……今、デクの樹サマの中に……」
その言葉で、蒼牙はすべてを理解した。
この森の中心にそびえる巨木──デクの樹。その内部で、すでに戦いが始まっている。
「……やっぱりそうか。あいつが中に入ってるなら……悠長にしてる暇はねぇな」
蒼牙は剣を握り直し、デクの樹の巨大な根元へと歩みを進めた。
入口となる大樹の口は、静かに開かれている。だがそこから漂う瘴気は、先ほど斬り伏せたホラーの気配にも似た、重苦しい闇の匂いを孕んでいた。
『どうする、蒼牙? ここに入れば、ただの“侵入者”扱いだぞ』
「関係ない。俺の目的は、ホラーを討つことだ。……それに、あの少年が中にいるなら守る理由も十分にある」
短く言い放ち、蒼牙はマスターバイク牙狼型をデクの樹の口へと走らせ、内部へと踏み入れた。
冷たい空気が全身を包み、背後で木々がざわめく。
こうして、蒼牙の新たな戦いは、ゼルダの伝説の物語と重なり合いながら動き出した。
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時を少し遡る。
蒼牙がコキリの森へと辿り着く、そのわずか数分前──。
リンクとミドナ、そして妖精ナビィは、デクの樹の口から内部へと足を踏み入れていた。
内部は腐敗した木の匂いと、どこか生温い空気が充満し、暗がりの中を小虫が無数に飛び交っていた。
「……ここ、本当に“樹の中”かよ。生臭ぇし、気味が悪い」
「我慢なさいよ。奥に“元凶”がいるはずよ。さっさと片づけなきゃ、森そのものがやられるわ」
軽口を交わしつつも、リンクの足取りは慎重だった。妖精ナビィが小さな光を放ち、暗闇をわずかに照らす。
やがて、奥へと進んだ瞬間──。
天井からズルリと巨大な影が落下してきた。八本の節くれだった脚、甲殻に覆われた巨体。そして血のように赤い巨大な眼球。
「──ゴーマッ!」
ナビィが叫ぶと同時に、甲殻寄生獣ゴーマが咆哮を上げた。
リンクはすかさず腰のパチンコを構え、弾を込めて撃ち放つ。乾いた音とともに弾が飛び、甲殻に当たって弾かれる。ゴーマは怒り狂い、長い脚を振り下ろして襲い掛かる。
「くっ……硬すぎる!」
次々と撃ち込むも、甲殻には傷一つつかない。ナビィが必死にゴーマの周囲を飛び回るが、弱点を見つけられない。
「リンク、残りは一発よ!」
ナビィの声に、リンクは歯を食いしばった。焦燥が走る。
その瞬間──ミドナが苛立ち紛れに地面の石を拾い上げ、やけくそ気味にゴーマへと投げつけた。
「くそっ、当たれぇッ!」
カン、と軽い音を立てて石はゴーマの眼球に直撃した。巨体が大きくのけぞり、眼を抑えて絶叫する。
「──見つけた! リンク、目だ! あいつの弱点は目だよ!」
ナビィが叫ぶ。
リンクは最後の弾を装填し、深呼吸ひとつ。狙いを定め、全身の力を込めて放つ。
──パチンッ!
弾は一直線に飛び、開かれた眼を貫いた。ゴーマの動きが硬直し、絶叫を残して全身が黒い靄となって崩れ落ちる。
「……や、やったのか?」
「今ので倒せた……のよね?」
ミドナとリンクは息を呑みつつ、残骸を見下ろす。だが、黒い霧が晴れた後に残ったのは──小さな一匹の虫だった。
「な、なんだよこれ……これがゴーマの正体……?」
リンクが呆然とつぶやいた、その時だった。
闇の空気が揺らぎ、ドロリとした黒い影が集まり始める。
それはやがて人型のように蠢き、虫の上へと覆いかぶさった。
『……力を、欲するか……?』
耳障りな声とともに、虫の体が膨張し、再び甲殻を纏いはじめる。小さな虫は悲鳴を上げる間もなく闇に飲み込まれ、再び巨大な魔獣の姿へと変貌していった。
「ま、待って……あいつ、復活してる!?」
「違う……これは別物よ! 闇が憑依して……化け物に造り変えてる!」
第二のゴーマが咆哮を上げ、リンクたちに迫る。
しかしリンクの手元には、もう弾は残っていなかった。
「くっ……もう弾が……!」
万事休す。
振り下ろされる脚が、リンクとミドナを叩き潰そうと迫る──。
──その瞬間、轟音が内部を揺るがした。
黄金の残光を引き裂くように、一台の異形のマシンが壁を突き破って突入する。
マスターバイク牙狼型。
そのハンドルを握るのは、白を基調とした重厚な衣を纏った少年──蒼牙だった。
衣の両肩と胸元には、黄金の三角形のマークが左右対称に刻まれており、その存在感は闇に抗う光の象徴そのものだった。
衣の揺らめきは、ただそこに立つだけで森の闇を切り裂き、場の空気を一変させる。
バイクは獣のような咆哮を上げてゴーマに体当たりし、巨体を弾き飛ばす。
リンクたちは土煙の中で目を見開いた。
「な、なんだ……あいつ……!?」
現れた黄金の守り手は、まだ言葉を発していない。
ただ、闇に対峙する者の眼差しだけを宿していた。
──続く。