──夜が静かに更けていく。
ハイラル城下町の外れにある小さな宿屋の一室。蝋燭の炎が揺れ、窓の外では虫の音が微かに響いていた。
ベッドの上ではリンクがすでに寝息を立て、ナビィもその枕元で淡く光を灯しながら眠りについていた。
蒼牙は窓辺に腰を下ろし、夜風を感じながら黙って月を見つめている。鎧のない姿の彼は、どこか人ならぬ静けさを纏っていた。その静けさは、夜そのものを吸い込むようだった。
「……やはり、あの闇。あれはただの呪いではない」
低く呟きながら、蒼牙は掌を見つめる。そこには微かに金色の紋が浮かび上がり、すぐに消えた。その時ザルバからホラーの気配を感じ取った。
『蒼牙、ホラーの気配だ。それも近くだ』
「……どうやら休ませる時間すらないようだな」
蒼牙は魔戒騎士としての使命を果たすように部屋にリンクを残し、宿を後にした。
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ホラーが出現する数分前……
一人のハイリア人の女性が食堂から出て夜吹く風を浴びながら帰路へと向かっているところだった。
「うーんっ、少し……飲みすぎちゃったかしら?」
足元が少しふらつきつつも自宅へ歩いてると”ジャリッ……ジャリッ……”と金属が物と擦りあう音が響いた。
「……何かしら、今の音?」
音の正体を確かめようとその音のする方に歩みを進める女性。しかし、それが彼女の人生を終わらせる地獄の一歩だと気づかずに……。
すると女性の左足が何かの穴に嵌ったかのように引っかかる。
「えっ……な、何っ!?」
何とか嵌った左足を引っ張り出そうとするも、中々抜けない様子。そんな彼女に影からこの世界にとって異物の闇の住人”素体ホラー”が女性の前に表す。
「ヒッ……!?ば……化け物……!」
彼女からして陰から現れた化け物こと素体ホラーは恐怖でしかなかった。真っ黒な体に白く濁った瞳、クモの脚のように前方に曲がった2本角、カラスのような翼に鋭い爪と牙、そして先が矢尻のように尖った尻尾と、ステレオタイプな悪魔のような姿をしている。
そのホラーが女性に近づくや否や、奇声をあげながらもその女性に憑依するのだった。その時の女性は悲鳴の声を上げる暇もなかった。
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一方の蒼牙はザルバが察知したホラーの気配をたどっていた。
「ザルバ、このあたりか?」
『ああ、間違いない。このあたりだ』
ホラーの気配はここで間違いないことをザルバは告げる。するとふらっと一人のハイラル人の女性がやってきた。蒼牙は現れた女性のことをより警戒を強めた。ホラーの気配を察して駆けつけたら救うべき人間がすでに憑依されていることはざらだからだ。
「あらっ、坊やがこんな所で何をしてるのかしら?こんな時間じゃあ家で寝ているはずよ?」
「……それもそうだな。しかしな、お前からは人ならざる者の気配を感じる」
蒼牙は魔戒の炎”魔導火”を出す魔導具の一つ”魔導ライター”を取り出して魔導火を着火する。その魔導火を見た女性の瞳は白く濁り、魔導文字が浮かび上がった。この女性はホラーに憑依された存在であると。すると女性の態度が一変し、蒼牙を天敵であるような目で睨みつけた。
「へぇ……坊やって、魔戒騎士なのね?」
「ああ、お前たちホラーにとっての天敵だよ」
そう蒼牙が告げるとその女性は口から鎖を飛ばしてきた。その鎖に反応して蒼牙は紙一重に躱す。鎖は再び女性の口へと戻っていった。まるで女性が鎖の巻き取りの要になっているかのように。
「坊やに付き合ってあげるほど暇じゃないのよ。まだ人間を一人も食ってないもの」
「食わせると思っているのか?」
「いいえ、別に?ただ……貴方みたいな坊やが邪魔なだけ!!」
女性はそう言った後、驚異の身体能力で飛び上がり、屋根の上に着き、その場で逃走した。無論蒼牙は見逃すわけもなくその女性を追いかけた。
そこからは屋根から屋根へと飛び渡る追いかけっこだった。女性が次の屋根に飛び移り、蒼牙もその屋根に飛び移ろうとしたときに女性の手から鎖が出て、まるで生き物のように動いて蒼牙に向かっていく。蒼牙はその鎖を掴み、巻き取って女性に蹴りや鎖越しの拳といった格闘術で攻撃するも女性は器用に受け流し、隙あらば頭突きや蹴りなので反撃する。
しかし、格闘においては蒼牙が一枚上手だった。女性に一発の拳が入ると、まるで金属を叩いているかのように響き、女性は鎖を掴む蒼牙を振り払い、鎖をもとの身体に戻し再び逃走する。
『憑依したハイリア人をあそこまで操れるとはなあ……。蒼牙、本気を出した方がいいぞ?』
「わかってる……」
そう言って蒼牙は女性が逃げる場所を予測し、先回りするのであった。ここで逃がす訳にもいかないという意思の表れなのだろう。
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蒼牙を上手く撒いたと確信した女性に憑依したホラーはホッと息を落ち着かせ、今後のことを考えていた。
「漸く、撒けたわね?……フゥッ。さてっと、最初はどんな人間からいただこうかしら?」
最初の人間はどんな奴を食らうか考えていると足音が響き渡った。その足音の正体は先回りしてきた蒼牙だった。
「先ほど言ったはずだ。食わせると思っているのかと?」
「……案外しつこい坊やね?」
また逃げても先回りされると判断した女性は蒼牙にある提案を申し出た。
「……ねぇ坊や?私から少しばかり提案があるのだけど、良いかしら?」
「提案だと?」
「そうよ。ホラーを狩る魔戒騎士にとって有益な情報よ?だから、私と手を組まない?」
女性がそう提案するが、蒼牙の答えは決まっていた。魔戒剣を引き抜き、刃を女性の首筋に向けた。
「言いたいことはそれだけか?」
「……ほんっと、ムードの無い答えね」
すると女性は歯で魔戒剣を咥え、引っ張って蒼牙との距離を詰めて拳を叩きこむ。蒼牙は突然の行動に虚ろを突かれ拳をもろに受けるが、すぐさま体勢を立て直し魔戒剣による剣術と格闘術で応戦する。
双方が拮抗する中、女性は流石に埒が明かないと判断したのか本来の姿で戦うことにした。
「本当はこの身体、気に入ってたんだけど……、魔戒騎士相手じゃあ仕方ないわね!」
そう言って女性は今度は背中から鎖を出し、それを自分の体に纏わせるように鎖を操った。そして鎖が纏うのをやめると、そこには女性の姿はなく、憑依したホラーがいた。その姿は鉄の処女を擬人化させたような姿をしており、目の下に血管のような模様が入った女の顔をしている。
『こいつはホラー”イシュターブ”だ。奴の操る鎖には注意しろ!』
「ああ、あいにく俺は鎖で縛られる趣味はないからな」
ザルバのホラーに関する情報を得て、構えなおす蒼牙。イシュターブは両腕から鎖を生き物のように操って蒼牙に攻撃する。蒼牙は魔戒剣を駆使してイシュターブの攻撃をいなす。しかしそこにイシュターブ本人の攻撃が加わり、蒼牙は距離を取らされる。イシュターブは今度は確実に殺さんと鎖の仮面が顔に閉じ、甲高い金属音が夜を裂いた。
蒼牙もここで蹴りをつけようと魔戒剣を上に掲げ円を描き、鎧召喚のゲートを作り出す。そしてゲートから眩い光が溢れ出す。そこから牙狼の鎧を纏い、黄金騎士牙狼が現れた。獣の咆哮の幻聴が響く……
「ハイラルの民を食らう貴様の陰我、俺が断ち切る……!」
蒼牙の宣言後、イシュターブは生成する鎖を操って蒼牙に向けて放つ。しかし蒼牙の牙狼剣に弾かれ、一気に間合いを詰められる。とっさに鋭い鎌を生成させ、牙狼剣を受け止める。力的に蒼牙の方が上だった。しかしイシュターブは勝てぬと悟ったのか自爆で道連れにしようと口から鎖を生成し、蒼牙とイシュターブを追うように鎖を展開した。
『やばいっ、道連れにするつもりだぜ!』
だがそんなことはさせまいと、蒼牙は力いっぱい鎖を打ち破る。そしてイシュターブに隙ができたことを見逃さず蒼牙は牙狼剣でイシュターブを一刀両断した。
あとに残されたのは、イシュターブが出現するきっかけになったゲートの鎖だった。それも力を失い、黒い霧となって四散するのだった。
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──そのころ。
ハイラル城の奥、純白の寝室。
ゼルダは夢を見ていた。
暗闇の中、三つの光が浮かぶ。それぞれが金・緑・青の輝きを放ち、やがて一つの大きな三角形を形づくった。
しかし次の瞬間、光の中央に“影”が現れる。巨大な獣のような、男のような、形を定めぬ闇。
その闇は嘲るように手を伸ばし、三つの光を覆い尽くした。
「──あれは……誰?」
夢の中のゼルダは必死に手を伸ばす。しかし光は闇に飲まれ、世界が崩れ落ちる。
その中で一筋の光が彼女の前に現れ、光が集まって形を成す。その姿は蒼牙が纏う黄金騎士牙狼の姿だった。しかしその気配は、どこか異質──炎のごとき紅い瞳が闇を裂く。蒼牙の鎧と違いを入れるなら海のように蒼い瞳ではなく、炎のように紅い瞳の黄金騎士だった。
「黄金の……狼の騎士……?」
『ハイラルの姫よ……時が来たら、勇者と黄金騎士を導け。彼らと共に、運命を超えよ──』
ゼルダは息をのんで目を覚ました。
月明かりがカーテンの隙間から差し込み、頬に淡く当たっている。
「……勇者……?黄金騎士……?」
震える唇でつぶやく。胸の鼓動は早く、夢の残響がまだ体を離れなかった。
窓の外に広がる夜の城下町。そのどこかで、まだ見ぬ“少年”が眠っている──
そう、確信するような不思議な感覚があった。
ゼルダはそっと胸に手を当て、祈るように瞳を閉じた。
「どうか……光が、彼を導きますように」
──翌朝。
陽の光が宿の窓を照らし、鳥たちの声が響く。蒼牙は既に起きて支度を整えていた。リンクが目を擦りながら起き上がる。
「おはよう……ソーガ」
「ああ。支度しろ。今日、ハイラル城に向かう」
その言葉に、リンクの瞳が輝いた。昨日の出来事が胸に蘇る。ゼルダの笑顔、あの約束。
「うん、行こう!」
蒼牙は小さく微笑み、立ち上がる。ここからは本当の始まりなのだから……
──続く。