蒼牙はザルバの導きのもと、リンクと共に“番犬所”へ通じるという秘密の入口を探していた。
本来そこは、魔戒騎士か魔戒法師でなければ踏み入ることすら許されぬ場所。
だがザルバの示す方角は、意外にも──時の神殿前だった。
神殿の前に並ぶ六つの石碑。
本来ならばこの地に立つゴシップストーンは四基のはずだ。
ふたつ多いその異変に、蒼牙は眉をひそめる。
「これは……ゴシップストーンか?」
彼の言葉に、隣のリンクも息をのんだ。
「それにここって……ゼルダが言ってた、“時の神殿”だよな!」
だが、なぜザルバはここを案内したのか──その答えを問う前に、魔導輪が鈍く光る。
『蒼牙。魔戒火をゴシップストーンに向けろ』
「魔戒火を……?」
蒼牙は懐から魔戒ライターを取り出し、静かに炎をともした。
翡翠色の魔戒火がほのかに揺れ、幽かな風に合わせて淡く石碑を照らす。
その光が触れた瞬間、ゴシップストーンが震え、低く唸るように共鳴を始めた。
次の瞬間──石碑の背後に淡い金光の魔法陣が浮かび上がる。
『……やはり、ここがこの世界流の“番犬所の門”らしいな』
ザルバの声が低く響く。
蒼牙は小さく頷き、躊躇うリンクに向けて言った。
「行くぞ。怖じ気づくなよ」
「お、おう……!」
ふたりが足を踏み入れた瞬間、魔法陣が光に包まれ、景色が一変した。
そこは、闇と光が共存する異空間だった。
深淵の黒を基調に、円環状に連なる白い柱と彫刻が並び、まるでギリシャのコロッセオのような荘厳さを放つ。
皿に盛られた果実、漂う花の香り、天井に浮かぶ光球が七色の輝きを投げる。
その中央、段差の上のクッションマットに寄りかかり、白い衣装をまとう銀髪の少女が静かに彼らを見つめていた。
『この匂い……黄金騎士・牙狼か?』
その声音を聞き、蒼牙の表情が引き締まる。
「……貴様、ガルムか?」
『ああ。もっとも、お前が知る“私”とは少し違うがな』
少女──神官ガルムは微笑み、蒼牙から視線を外し、隣の少年をじろりと見た。
まるで獲物を値踏みするように。リンクはガルムの視線に少したじろいだ。
『ふむ……これが“時の勇者”か。思ったより青臭い小僧だな。まあ、可愛いところもありそうだが?』
「なっ……!? ソーガ、あいつ、なんか腹立つ!」
「あまり真に受けるな、リンク。ガルムが相手となると、そういうものだ」
蒼牙が苦笑すると、黄金の指輪──ザルバが淡く輝いた。
『ガルム、お前さんが呼んだのは“からかい合い”のためではないだろう?
指令を伝えに来たのだ。──そうだな?』
魔導輪ザルバの声音は冷ややかだった。
『その通りだったな、ザルバ。……で、今回の任務なのだが』
ガルムは頬杖をつき、くつろいだ様子で薄く笑うと、ゆっくり語り始めた。
『カカリコ村で伝染病が流行っている。そこに一人の旅医者が現れ、診察や治療を行っていたそうだ。だが──その“診断”を受けた者たちは、翌日には消息を絶っている。一日に一人ずつ、だ。……ああ、なんと悲劇なことか……』
そう言いながら、ガルムは芝居がかった仕草で涙を流した。
リンクが思わず心配そうに声をかけようとしたそのとき、蒼牙が低く言い放つ。
「……下手な芝居はよせ。要点だけを言え」
ガルムは小さく肩をすくめ、つまらなそうに笑った。
『ザルバといい、牙狼といい、つまらん連中だ。そこの小僧の方がまだ素直で可愛いというのに。
──指令は単純だ。そのカカリコ村で失踪している患者の捜索。
もし“ホラー”の仕業なら、討滅せよ。魔戒騎士、古よりの使命だ』
ザルバが静かに頷く。蒼牙は目を閉じ、息を整えた。
「カカリコ村、か……。偶然にも、次の目的地と一致したな」
蒼牙はガルムを一瞥し、背を向けた。
リンクもその背を追う。
異空間の光が収束し、二人の姿はゆっくりと闇の門に消えていった。
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番犬所を後にした蒼牙たちの前で、ようやくナビィが羽音を立てた。
リンクは彼女が異様に静かだったことを思い出し、首を傾げた。
「大丈夫か、ナビィ? 番犬所に行ってから、一言も喋らなかったけど……?」
「えっ? ああ……ごめん、リンク。
あの“ガルム”って神官、なんか怖かったの。人の命を軽んじてる感じで……。
ホラーを討つためなら街ひとつ滅ぼすことも、魔戒騎士を捨て駒にすることも厭わない、そんな冷たさを感じたの」
蒼牙は小さく頷いた。
「奴もホラー討伐のためなら世界を救う前提で街の一つ、魔戒騎士を使いつぶすことすら厭わないだろう。あくまで自分の語りたいことしか口にしないからな」
ナビィが羽を震わせた。
話題はそこで打ち切られ、蒼牙たちはデスマウンテンへ向かう準備のため、城下町へ足を運んだ。
昼下がりの城下町。
蒼牙たちは道具屋や雑貨屋を回り、旅の支度を整えていた。
蒼牙が食料を買い込み、リンクが採取した薬草や作物を売り払っていると、ふと少年の足が止まる。
「……ソーガ、見て!」
視線の先、露店の檻の中にいたのは──小さな竜の幼生体だった。
緋色の鱗に、翠に澄んだ瞳。震えるように鳴いている。
「一匹七十ルピーだって……高いけど、見捨てられないよ」
リンクは懐の財布を握りしめ、唇を噛む。
蒼牙はしばらくその姿を見つめ、静かに尋ねた。
「リンク、お前はどうしたいんだ? 一応言っておくが、その竜を旅には連れて行けないぞ」
「わかってるよ……。ただ、このまま放っておけないんだ。
連れて行くんじゃなくて、外へ帰してやりたいんだ」
その真っ直ぐな眼差しに、蒼牙はわずかに微笑んだ。
「……いいだろう。お前の判断に任せる」
蒼牙は代金を払い、竜の子を買い取ると、城門を抜けて平原へ向かった。
風がやわらかく吹き抜ける丘の上。
リンクは檻の扉を開け、小さく言った。
「さ、行きな。もう自由だよ」
だが、竜の子はリンクの手を噛んだ。
「いってぇっ!? 何すんだよっ!?」
『そりゃ、人間の都合で振り回されたんだ。その竜が人を警戒しないわけないだろう』
ザルバがぼやくように言い、蒼牙は小さく笑う。
「……まあ、これも学びだな。生き物には、それぞれの怒りがある」
リンクは手を押さえながらも、微笑んだ。
解き放たれた竜の子は、風を切って空へと舞い上がり──やがて、森の奥へと姿を消した。
だがその背後で、小さな影がこっそりと二人の後を追っていた。
その瞳には、どこか懐かしさと、微かな絆の色が宿っていた。
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昼下がり。
川辺で昼食を取ることにした蒼牙たちは、焚火の上でハイラルマスを焼いていた。
焼けた魚の香ばしい匂いがあたりに広がる。
「うまっ! やっぱり獲れたては最高だな!」
リンクは勢いよく焼き魚にかぶりつく。
蒼牙は一匹だけ食べ、静かに息をついた。
「……ザルバ、感じるか?」
『いや、ホラーじゃねぇ。──どうやら、さっきの竜が戻ってきたらしいぜ』
「えっ!? あの子、まだ帰ってなかったの!?」
ナビィが驚いて声を上げた。
見ると、竜の子がリンクの背後から顔を覗かせていた。
どうやら焼き魚の匂いに釣られたらしい。
「お腹、空いてるのか? ほら、これ食うか?」
リンクは魚の身をちぎって差し出すが──竜の子はそれを無視し、丸ごと一匹くわえて逃げた。
「あっ、こらっ! 返せーっ!」
「……っ! リンク、後ろだ!」
蒼牙が叫んだ瞬間、背後の茂みから獣骨の魔獣が飛び出した。
牙が閃く、その時──竜の子が振り向き、喉奥から緋色の炎を吐き出した。
轟音。
魔獣は骨ごと焼き尽くされ、黒い灰だけが残った。
「リンク! 無事か!?」
「あ、ああ……助かったよ。お前……オレを助けてくれたんだな」
リンクの言葉に、竜の子は小さく首を傾げた。
そして──震える声で言葉を紡ぐ。
「り……りんく。りんく」
「しゃ、しゃべった!?」
「すごい! 本当に言葉を覚える竜がいるって聞いたけど、初めて見たわ!」
「……喋る竜種か」
『まったく、面白いもんに出会ったもんだな』
竜の子はさらに、たどたどしい舌で「そうが」「ざるば」「なびぃ」と仲間たちの名を呼んだ。
リンクは優しく頭を撫でる。
「ありがとう。もう大丈夫だ。……でも、ここから先は危険なんだ。だから──」
リンクの声が、少しだけ震えた。
竜の子はその言葉の意味を理解したように、一歩、後ずさる。
やがて、空を見上げると翼を広げた。
風が鳴り、緋色の鱗が陽を受けて輝いた。
リンクは静かに手を振る。
「……元気でな」
「……りんく、だいすき」
その一言を残し、竜の子は空へと飛び立った。
青い空にその姿が小さく消えるまで、誰も口を開かなかった。
『……別れってやつは、何度経験しても慣れねぇな』
「……ああ。でも、あいつはもう“自由”を掴んだ」
蒼牙の言葉に、ナビィが小さく微笑んだ。
そして三人は、再びカカリコ村への道を歩き出した。
背に受ける風はどこか優しく、竜の子の息吹がまだ残っているように感じられた。
──続く。