転生したのもお前のせいだなイシュメール!!   作:ピークォドタウン在住

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書いといて何だけどエイハブエミュ難しすぎる。


02/集う船員、再演準備

 

 

 ――逃げる。

 

「何処に逃げた!」

 

「血痕が残ってる、向こうだ!」

 

 ――逃げる。

 

「もう物資もあまり残ってないだろう」

 

「最後まで警戒を緩めるな!」

 

 ――逃げる。

 

「残念だよ、お前ならスクワッドに入る事だって出来ただろうに」

 

 ――逃げて、何になるのだろう。

 

 全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ。

 

 心に錨の様に重く突き刺さるその言葉が、私の足を苛んで行く。

 痛い事も、苦しい事も、大人に従う事も、命を奪う事も。

 何もかもが嫌になって、私は逃げ出した。それをマダムが許す筈も無く。ただ、奪ってきた私が奪われる側になったというだけの事。

 

 トリニティ自治区の閑静な裏路地に出た。

 

 道幅は広いものの時間帯が深夜という事もあり人通りは一切無い。

 あった方が不幸だっただろう。失われる命がそれだけ増えていたという事だから。

 

 これまでの疲労と積み重なった絶望から足がもつれ、転んでしまった。

 手元に残っているのは十発も弾丸が残っていないショットガンとスタングレネードが幾つか。追手の軍勢を相手にするには余りにも心許ない。

 

「……チッ、外れとは言えトリニティ自治区か、深夜でも長居すれば余計な騒動に発展するな……。計画の妨げにならぬ様に迅速に命令を遂行しなくてはならない。――分かるな? 黒浪エレナ」

 

 背後からガスマスクを着けた少女たちがこちらに銃口を向けながら歩いてきた。

 

「もう、嫌になったんだ。マダムの命令に、従うのも、人を、殺すのも」

 

「何もかもが遅すぎたな。それは戦闘訓練を受ける前にマダムに言うべきだった。お前の有用さを示す前であれば容易く殺してくれただろうさ」

 

「死にたくだって、なかった。守る者も、生きる導も、ないままに、ただマダムの為に、死ぬ為に生きるのが、私は嫌だった」

 

「全ての選択肢を拒むなら、結局お前は死ぬしかなかったさ。遅かれ早かれな」

 

 追手の隊長に向けてスタングレネードを投げようとしたが、即座に腕を撃ち抜かれ不発に終わった。

 そのまま身体に何発も銃弾を受け、裏路地の地面に倒れ伏した。

 

「――全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ。お前の抵抗もまた、虚しいものだったな」

 

 隊長が手にするスナイパーライフルが私の額に突き立てられる。

 

「この銃に込められているのはマダムが新たに開発した弾丸だ。名は処刑弾、弾丸内に込められた神秘がヘイローの神秘を削り、私達生徒の身体に容易に傷を付けられるようになるらしい。まだ研究中との事だが、これの実地試験も私の任務だ。どれだけ撃てばお前は死ぬのだろうな」

 

 隊長が冷たく私を見下ろし、引き金に指を掛け――

 

 

 

「ほう、面白い弾丸だな?」

 

 路地に響く足音がそれを押し留めた。

 

「……何者だ」

 

「気まぐれに深夜の散歩に出かけたしがない船長だ、15年経った今でも真夜中に路地を散歩出来るというのが新鮮でね。――私からもその誰何を返させてもらおうか」

 

「……どこにでもいるただのチンピラだよ、命が惜しければ引き返して家に帰る事だ。夜更けの散歩は何が起こるか分からないからな」

 

 船長と名乗った彼女は、隊長の言葉に鼻を鳴らし、獰猛に笑いながら背負っていた銛とスナイパーライフルを手に取った。

 

「ただのチンピラがそのような人殺しの気配を漂わせるものか、答えは否だ。私の航路に犬風情が口を出すな。……あくまでチンピラというのならそこの死にかけの子供と、お前の言っていた弾丸を奪っていこう。どうせお前達もやってきた事だろう?」

 

「ハァ……、やれ」

 

 隊長のその言葉に従って彼女の仲間が船長に向けて大量の弾丸を浴びせる。彼女が隊長の言葉に従わなかった時点で碌な結末を迎える事は無いだろう。

 

 だが、どうしてか。

 彼女の揺るがぬ瞳は、そのようなありきたりな悲劇を跳ね除けてしまうのではないかと思わせる力があった。

 

「遅い!」

 

 彼女が前傾姿勢で駆け出し、銃弾を銛で弾いていく。

 隊長が驚いた様子で私から彼女へとスナイパーライフルを向け直す前に、部下の一人の元に彼女が辿り着く。

 

 銛の根元に火が灯され、急速に加熱されていく。

 彼女が、部下の一人に赤熱化した銛を突き刺した。その銛は易々と皮膚を突き破り、肉の焼ける匂いと苦悶の絶叫が路地に広がった。

 

「な、なんだお前、何で躊躇なく人を刺せる!?」

 

「下らん事を聞くんだな? 痩せ犬如きに情けを掛ける訳が無いだろう、……いや? 恐怖で自らの心を覆いながら盲目に親に従い続けるお前達はまるで人魚の様だな、ならば等しく私の狩りの対象だ!」

 

 彼女の言葉に気圧された様に、隊長を除いた全員が後退る。隊長もまた焦燥に駆られた様に身を震わせている。

 

 ……今なら。

 

「――う、あぁあ!」

 

 残るスタングレネードを全てばら撒き起動する。

 過たず隊長を含めた数人に命中し、その身を痺れさせた。

 

「がッ、き、さまぁ!」

 

「ハッ、良い生への執着だ! そうだ、死にたくないと叫ぶなら武器を取れ! 顔を上げろ! 戦う意思を絶やすな! どれだけ傷つこうと四肢が捥がれようと敵を討て! 生にしがみ付き続けろ!」

 

 彼女の、船長の言葉が胸に響く。

 

「死にたく、ない」

 

「そうだ、叫べ! 生への渇望を! お前の望む未来を!」

 

「――私は、もうマダムの元に、いたくない!」

 

 心の奥底から活力が湧いてくる。ショットガンを握りしめ、立ち上がった私は追手の隊長に向き合う様に船長の前に立った。

 諦念と絶望に冷めていった心に火を灯してくれた彼女を守れるように。

 

「素晴らしい啖呵だったな。お前が望むなら指示を出そう。上から恐怖で抑えつける様な命令ではなく、お前の行くべき道を指し示す羅針盤の様に」

 

「指示を、船長。私は、貴方を守る」

 

「……もういい、両方この場で殺せ!」

 

 隊長の叫びに呼応する様に部下たちが動き出す。銛で貫かれて蹲っていた者も同様に。

 それに相対する形で私達もまた駆け出した。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「クレハ、急患だ」

 

「ん、帰って早々何を――って何だソイツ大怪我じゃないか! 病院連れてけよ!」

 

「色々あってな、トリニティの病院では足が付きそうだからここまで連れてきた。こいつを治療したらオデュッセイアに連れ帰るぞ。鯨用の新しい武器になりそうな物も手に入ったしな」

 

「……つまり訳アリの船員候補って事だな? 今に始まった事じゃないから詳しくは聞かないでおくよ」

 

「好奇心の赴く儘に根掘り葉掘り聞こうとしないのはお前の長所だな、クレハ」

 

「うるさい奴が嫌いだって知ってるからな。んじゃまぁ応急処置だけでもしておこうか、……トリニティに精製鯨油を納品しに来ただけなのに何で厄介事が舞い込んで来るかなぁ」

 

「そういう星の元に産まれているのさ、それに悪い事ばかりでもない。鍛え上げれば良い銛使いになるだろう」

 

「へぇ? ちょっと興味出てきたな。ところで、ピークォド号に乗るんなら新しい名前は決めてるのか?」

 

「……新しい、名前?」

 

「あぁ、ピークォド号の船員で特に優秀な奴は通り名が付けられるんだ。船の上では家名が自分を守ってくれないし、子供の身分が海で通用する訳でも無い。自分が自分の身をしっかり守れるように二つ目の名前を付けるのさ」

 

「優秀な、奴に、新しい、名前が……」

 

「こいつの通り名は考えてある。銛の扱いを一通り覚えて、鯨を狩れるようになったなら――」

 

 

 

「――クィークェグ、それがお前の新しい名前になるだろう」

 

 

 

『……黒浪エレナ、もう人を殺したくないからと、戯言を宣うお前が私を殺さなくても、処刑弾を奪われた私はマダム直々に殺されるだろうよ』

 

『私はお前の様に逃げる事も選べない。全ては虚しい、私の死だってアリウスで時間と共に色褪せてなかった事になる』

 

『お前は言ったな、守る者も、生きる導も無いままに、死ぬ為に生きるのが嫌だったと』

 

『私達はマダムが全てだった』

 

『例え恐怖で縛られようと、マダムこそが私達が守る者で、私達が生きる導だったんだ』

 

『例え主を変えようと、お前がアリウスの生徒だった事に変わりはない。お前の心には今もまだマダムの言葉が深く入れ墨の様に刻まれている』

 

『無理にほじくり出そうとすれば今度は心に醜い傷痕ばかりが残るだろうよ。この謂える事のない呪いから』

 

『お前は、逃げられない』

 

 

 

「……船長、私は、船長の役に立つ。役に立って、クィークェグの名前を、心に刻む」

 

「ハッ、良い啖呵だ。船の上では私の事をエイハブと呼べ。――期待しているぞ」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 ピークォド号、甲板にて。

 

 海に出ず、メガフロートの港で停泊していながらもエイハブは学校に戻らず、水薬パイプを咥えながら海を眺めていた。

 風も波も穏やかである筈だが、エイハブが海の奥を見る目は鋭いものだった。

 

「エイハブ船長、今日の訓練完了したぞ」

 

 一人だった甲板に副船長が歩み寄る。

 

「ご苦労、スターバック。見込みのある者はいたか?」

 

「この前拾った黒浪エレナ、あの子の才能は凄いな。ハープーンなんて持つの初めてだろうに中々堂に入ってる、船長の言ってたクィークェグの名前を与えられるのも近いなありゃ」

 

「だろうな、アイツには才能がある。だがスターバックが使うような長く鋭い銛はアイツには合わないだろう。スタッブが使う様なアンカーハープーンが適している筈だ」

 

「そう言うと思ってアンカーハープーンの訓練もやったよ、船長の言う通り最前線で幻想鯨の注意を引きつける才能があった」

 

「ハッ、言うまでも無かったな副船長?」

 

「何年の付き合いだと思ってるのさ。後は中等部から入部した子が一人、ハープーンの扱いはてんでダメだがハープーンランチャーの扱いはかなり筋が良い。スタッブの推薦で入ったらしいが、臆病な所さえ直せば名前を付けられても良いくらいだ」

 

 スターバックのその言葉にエイハブは思う所があったのか暫く空を眺めながら水薬パイプを燻らせていたが、思考がひと段落したのか再び海へと視線を戻す。

 

「把握した。その内訓練生の様子を見に行こう」

 

「あぁ、皆気合が入るだろうな。――それで船長? なぁんで水薬パイプなんて吸ってるんだ? どっか怪我してるんなら学校の保健室にでも……」

 

「必要ない」

 

 スターバックの心配をエイハブは一蹴した。

 確固たる理由あっての事であったが、どうにも納得していなさそうなスターバックの気配を背中越しに感じ取り、肺に溜まった水薬の煙を吐き出しスターバックへと向き直る。

 

「というよりも私がこの場を離れたくないのだ。この学園で鯨、……幻想鯨の気配に敏感なのは私だというのは誰もが知る通りだが、どうにも嫌な風が吹いている」

 

「それって……まさか!?」

 

 スターバックが顔を蒼褪めさせ、無意識にハープーンを強く握る。

 幻想鯨が現れて数年が過ぎエイハブの手によって抗う手段を手に入れたが、その中でも未だに恐怖の象徴と呼ばれる幻想鯨がいた。

 

「――特色がくる」

 

 エイハブのその言葉と共に、遥か彼方から暗雲が訪れる。

 

「おいおい、いきなりじゃないか。――特色だ! 総員出航用意!」

 

 スターバックが携帯電話に大声を上げるのを尻目にエイハブは望遠鏡を覗き込む。

 未だ遥か遠くに見えるその影は、あらゆる障害を破り裂く様に螺旋を描く大衝角と全ての光を呑み込む様な漆黒の体色だった。

 

「スターバック! 漆黒の鯨、全てを貫くナグルファルだ!」

 

「な、よりによって……。追加情報! 漆黒の鯨だ! 防衛線27番用意!」

 

「まぁ、ここまで来ようとするのは真紅か漆黒のどちらかだろうさ。ピークォド号も出るぞ、スターバック」

 

 エイハブが獰猛に笑う。

 その姿を見て、焦燥に駆られていたスターバックが落ち着きを取り戻し始めていた。

 

「分かっちゃいたけど、特色相手でも怖がらないんだな船長」

 

「当然だ。これは未だ未熟な我らピークォド号の力を示す絶好の機会となる、我らの力があの蒼白の鯨にも通用するか、ヤツで確かめてやろうじゃないか」

 

 スターバックとエイハブの乗るピークォド号に船員達が集まってくる。周囲を見れば捕鯨部の他の捕鯨船も迎撃の準備を始めていた。

 エイハブがガスハープーンとスナイパーライフルを手に船員達へと告げる。

 

「――出航だ!」

 

 

 

 一早くメガフロートの港を出たピークォド号に続き、三隻の捕鯨船がナグルファルへ向かう。

 

「船員達よ! 間隔を開けて幻想機雷を投下しろ! 銛撃ち達はハープーンランチャーの最終整備を終わらせろ! 猶予は2分だ!」

 

『ハッ!』

 

「スターバック! ハープーンの研磨は既に終えているだろうな!」

 

「全員分終わってる! アイツの装甲だってぶち抜けるさ!」

 

「上出来だ!」

 

 近づくにつれてナグルファルの威容が明らかになっていく。

 二つ名の通り貫けぬものなど何もないと思わせる大衝角、背から尾にかけて天を衝かんばかりに伸びた背ビレ、王冠の様な巨大なヘイロー。

 

 そして、その巨体に似つかわしくない異様な遊泳速度に誰もが恐怖を抱いた。

 

「――恐れるな! 船員達よ!」

 

 ただ一人、エイハブを除いて。

 

「あれを討伐する必要は無い、私達の手で奴の航路を変えてやればそれだけで事足りる! 拘束弾を用意しろ! 私達の手で学園を守れ!」

 

 エイハブの号令で船員達から恐怖が消えていく。

 四隻の捕鯨船がナグルファルの側面に付き、全ての船が拘束弾を撃ち込んで減速を試みる。

 

「奴は己に群がる物の一切を潰すまで潜行する事は無い! スターバック、そして我が船員達よ! 奴の背に乗り込め!」

 

「行くぞォ!」

 

『ウォオオオ――ッ!』

 

 エイハブを筆頭に次々とナグルファルの背に乗るピークォド号の船員達。

 彼女達が振り下ろすハープーンは、ナグルファルの黒い装甲を僅かな抵抗を残して次々と切り裂いていく。

 中でもエイハブのガスハープーンによる傷跡は神秘の籠った爆発により大きく焼け爛れていた。

 

 幻想機雷の爆発と合わせてナグルファルに大ダメージを与える事となった。

 

『■■■■■■―――!?』

 

 ナグルファルが身を捩り、背中の甲殻の隙間から無数の人魚が現れる。

 頭部と両腕に鋭利な棘を有したそれらは四隻の捕鯨船と進行ルート上にあるメガフロートの防衛壁へと高速で射出されていく。

 

「怯むな! 人魚の射出は一度で大量には出来ない! ナグルファルの背に乗る私達が人魚を抑えて被害を最小限に抑えるぞ!」

 

 ナグルファルの背の上で船員達の声が轟く。

 

「スターバック! ナグルファルの頭部まで道を拓け!」

 

「分かってる! 潰すのは吸気口か!?」

 

「いや、――左眼だ!」

 

 エイハブはスターバックを伴いナグルファルの頭部へと向かう。

 スターバックがエイハブに襲い掛からんとする数多の人魚をハープーンで貫き、今にも跳び立たんとする人魚を切り落とす。

 全速力で駆け抜けながら処理を続けるスターバックによりナグルファルの背から現れる人魚は瞬く間に数を減らしていき、遂に二人はナグルファルの大衝角へと辿り着いた。

 

「大衝角に縄を掛けろォ!」

 

 エイハブの号令によってナグルファルの頭部に再度拘束弾を撃ち込まれ進行ルートが制限される。

 

『■■■■■ッ――!!』

 

「そうだ! 怒れ! 叫べ! そして私を敵と見定めろ!!」

 

 煩わしさから苛立ちの声を上げるナグルファルの頭部からエイハブが高く跳躍し、点火されたガスハープーンが降り注ぐ雨を瞬時に蒸発させる程に熱される。

 落下先には、エイハブを睨むナグルファルの左眼。血走るそれにガスハープーンの切っ先を向け、叫ぶ。

 

「――クハハッ、私の名は、エイハブだァアアア!!!」

 

 

 

 ――月――日、午後2時15分。

 オデュッセイア海洋高等学校保有メガフロートへ五大特色の一つ、漆黒の鯨、全てを貫くナグルファルが襲来。

 

 全長約120m、体躯に対して小柄な両腕とマカジキの様に巨大な背びれ、ドリルの様に捻れて伸び刺突どころか掘削すら可能な程巨大化した角の様な口吻を有している。

 全身に黒く尖った甲殻の様な物質を纏い、生徒の物とは比べ物にならない程のヘイローが頭上に浮かんでいる。背中に腕と頭部に鋭い角を有する人魚が多数生息しており、ナグルファルと共に行く手を阻む全てを貫いていく。

 恐らく敵意を持っての襲撃ではなくたまたま進行方向上にメガフロートがあっただけだと考えられるが、当然そのまま通す訳にもいかない為迎撃を開始。

 

 メガフロート防衛設備、衝撃吸収障壁と幻想鯨誘導装置を展開しハープーンランチャー30門による攻勢を試みる。

 捕鯨部の捕鯨船も一番船から四番船までが迎撃の為に出航し、ナグルファルの進行ルートに幻想機雷を投下。

 

 左右から挟む様にナグルファルの側面に配置、捕鯨船のアンカーハープーンランチャーによる拘束を開始。

 捕鯨部部長鯨伏シロナの号令の下、数人の生徒がナグルファルの背中に飛び乗りハープーンによる攻撃を試みる。

 

 捕鯨船の拘束と幻想機雷の爆発によってスピードが減少したナグルファルは背中の人魚をメガフロート、左右の捕鯨船、そして背中のピークォド号の船員達に向けて射出。

 人魚の特攻によって幻想機雷誘爆、衝撃吸収障壁小破、ナグルファルの左方に位置していた三番船、四番船大破。捕鯨船二隻の大破により拘束が緩みナグルファルの遊泳速度上昇。

 

 捕鯨部部長、鯨伏シロナの命令により捕鯨船一番船及び二番船が右方からナグルファルの頭部へ新たに拘束を行う。

 人魚の対処を船員に託し、鯨伏シロナは星指クレハを伴いナグルファルの大衝角付近に移動し、ガスハープーンによってナグルファルの左眼を破壊する。

 痛みから逃れる様にナグルファルの進行ルートが右に逸れ始める。

 

 ナグルファルのヘイローに変化を確認。

 

 周辺海域が黒色に変化し黒雲が宙に広がる。空から黒く鋭い雹が多数降り注ぐ異常気象が発生(特色のみ発生する現象らしく、後に特色海域と命名)。

 黒い雹により一番船、二番船の拘束が解かれ、衝撃吸収障壁大破。

 

 ナグルファルが再度加速を開始。進行ルートがメガフロートの中心を外れて進行上の一切を掘削、貫通し遠洋へ。

 

 捕鯨船、一番船小破、二番船中破、三番船大破、四番船大破。

 衝撃吸収障壁、46%破損。

 対幻想鯨兵装、62%破損。

 メガフロート、30%崩壊。

 

 死亡生徒及び人魚化生徒、0名。

 

 特色の鯨との突発的遭遇としては、捕鯨部と生徒会による想定被害を遥かに下回る結果となった。

 物的資源の損害は著しいものの、漆黒の鯨、全てを貫くナグルファルの撃退成功は、オデュッセイア海洋高等学校の更なる対幻想鯨技術向上に繋がるだろう。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 コツコツと床を靴で叩く音が廊下に響く。

 エイハブが一人、オデュッセイア海洋高等学校の校舎内を歩いていた。

 

 遠征から帰還したピークォド号の船員達は思い思いに休日を謳歌している事だろう。

 何頭も鯨を斃し、鯨油の採取を滞りなく終わらせた後となっては、気分転換に遊びに行くのも、或いは自室で泥の様に眠るのも仕方のない事だ。

 

 エイハブは四六時中船の上で鯨の事を考え続けるのもまるで苦にはならないが、他の者達はそうではない。

 今回の遠征は確実に船員達の精神を摩耗させていた事だろう。

 

 ――オデュッセイアの生徒達の心に再び深い傷を残したナグルファル襲来から数か月後。撃退には成功したもののメガフロートに甚大な被害を出し、復興の際に根本的な改築を余儀なくされる事となった。

 復興の助力を買って出たミレニアムとの共同研究によって、特定の物質に限り精製鯨油を遥かに上回る速度で同化し、また剥離させる事も出来る『共鳴叉』を開発し、有事の際には幾つもの船に分解して幻想鯨からの被害を減らす新生メガフロート港が完成した。

 

 共鳴叉の開発はミレニアムに諸手を上げて歓迎され、オデュッセイアに更なる財を齎し防衛設備や捕鯨部の武装がさらに良いものになっていった。

 結果として共鳴叉の材料である鯨油の需要が上がり、捕鯨部の遠征の頻度が上がったのである。

 

「思い返してみれば私が口を出した精製鯨油はともかく、一切の助言無しによく特異点に相当する物を作り出せたな……、血の滲む様な執念の果て、か」

 

 生徒会長へ今回の遠征の結果を報告し終えたエイハブは当てもなく校舎内を歩き続ける。きっと船員達はまだ船に帰ってきていないだろう。

 自分一人だけでも先にピークォド号へと帰ろうかと足を進めたエイハブは、程なくして足を止める。

 

「――そうか、やはりお前も……」

 

 エイハブの視線の先には、部活のメンバー募集の張り紙が張り出された掲示板の前に立つ女子生徒の姿があった。

 

「捕鯨部……、部員募集か」

 

 その女子生徒は中等部の制服を身に纏い胡乱な目で捕鯨部の募集要項を眺めていた。

 エイハブは再び歩き出し、その夕焼けの様な髪を持つ女子生徒の横に立つ。

 

「必要なもの、船酔いしない頑丈な身体一つ? ……これだけ?」

 

「もう一つ言うなら、甲板を掃除しろとモップを握らせた時に文句を言わない抱負も必要だろう」

 

 かつての焼き増しの様に、訝し気な少女に対しエイハブはそう言った。

 

「……誰ですか?」

 

 エイハブは、不思議な気分だった。自分から獲物を奪ったかつての船員に似た少女に、しかし不思議と怒りも憎しみも抱く事は無かった。

 

「誰よりも鯨を殺す事に執着する、気難しいただの生徒さ」

 

 この少女がかつての船員と違うと分かっていたから? 自らの人生そのものとまで殺意を抱いていた白鯨は既にあの時殺されたから?

 どちらもあるが、エイハブは純粋に興味を持っていた。

 

 まるで劇の再演の様に船員達が集まるこの運命に。かつて獲物を奪われ抜け殻となった自分は今度こそ蒼白の鯨を討つ事が出来るのか、それともまた奪われるのか。

 

 こちらを見上げる生徒に、いずれ自らの前に立つだろう運命に、エイハブは歯をむき出しにして笑った。

 

 




クィークェグ/黒浪エレナ
・元アリウス分校の生徒。実力はかなりのものでアリウススクワッド入りも夢ではなかった。
・マダムの命令に従うのが嫌になり脱走を試みるも捕捉され、始末されかける所をシロナに拾われた。黒髪褐色の恵まれた体躯を持ち言葉を区切りながら話す癖がある。
・彼女を取り逃した事でマダムがキレて探しているがまるで見つからないままエデン条約が差し迫ってきたので放置する事を決めた。
・一人称をあたいにしようとして止めた。

特色の鯨
・通常の幻想鯨を遥かに上回る力を持ち特徴的な体色をしている事から特色と呼ばれる存在。
・現在特色の鯨は蒼白、漆黒、真紅、紫紺、黄金の五体が確認されている。

共鳴叉
・リンバス本編で特に詳しい効果が語られないまま終わった為独自解釈を詰め込んだトンデモ発明品。
・指定した範囲の対象を継ぎ目なく癒着した上で効果範囲内にある物質を神秘の力で強化、保護する。
・対象が壁であれば本来の素材の何倍も堅牢な物に作り替え、船であればいくら繋げても問題なく運航可能に、保存容器であれば保存した時の鮮度を維持し続けどのような物でも超長期に渡って保存可能となり、オーパーツであれば破片を集めて1ランク上の物に修復出来る。
・プロムンさんもう少し特異点の情報くれませんか?





夕焼けの髪の女子生徒
・いずれエイハブと対峙する運命にある少女。
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