転生したのもお前のせいだなイシュメール!!   作:ピークォドタウン在住

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お待たせしました。
船旅って書くの難しいんだな……。


06/海戦、掲げ穿つ銛

 

 

「“――これは?”」

 

「私達が作り上げた革命的発明品の一つ、幻想通信機だ。詳しい事は企業秘密だが、共鳴叉の技術の応用で遠く不安定な海上でも通信が可能になる代物でね、これの画期的かつ独創的な所は電波の補強に神秘を用いる事で通常電波が遮断されている場所であっても神秘の浸透率によってある程度の障害物は透過して電波を通す事が出来るんだ。これは肉体が高濃度の神秘で構成されている幻想鯨であっても例外ではなく理論上は幻想鯨の体内でも通信可能になる筈だ。更に神秘の共鳴の特性上生徒のヘイローを通信の中継地点に出来、途中に何人かの生徒を配置するだけで電線やら通信塔やらを立てずとも長距離通信が可能になるだろう。この技術をもう少し研鑚すれば深海探査を始めとしたあらゆる分野に深く貢献する――」

 

「“……”」

 

「……うぇっほん。要するにこれを持って作戦開始時に私と通信を取ってほしいって訳だ。作戦が成功したならあんた達だけで事に当たらないといけない訳だが、ここまで来て私が学校で待ってるだけなのも何か嫌だしな。イシュでも分からない事があれば私に聞いてくれ、答えられるかは……分からんけど」

 

 最高レベルの神秘を持つホシノやユメの近くで起動すれば問題なく通信出来るだろうさ。そう言ってオルガから手渡された端末を眺める。

 サイズ感としてはシッテムの箱より一回り小さいくらいか、これに先程オルガが言っていた機能が詰まっているのだとすれば、成程確かに一分野においてミレニアムを遥かに凌駕するという前評判も真実なのだろう。

 

 武装や船などの技術ばかりを見てきて今一実感が湧かなかったが、如何にもミレニアムの領分とでも言うべき代物を見て漸く、先生はオデュッセイアの執念というべきものを深く理解した。

 

「“分かったしっかり使わせてもらうね”」

 

「あぁ、話し相手にしかなれないけど、頼んだ」

 

 オルガの言葉に先生は頷き、約束する。

 

「“必ず捕鯨部の皆を助けてくるよ”」

 

 そう言って先生は話がしたいと言って連れられてきたオルガの自室を後にした。

 乗船前の、なんて事の無い一幕である。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 オデュッセイア海洋高等学校本校からオデュッセウス号が出航してから暫く。

 

 先生は甲板の上で通信機を手に持ちながらシッテムの箱を取り出す。

 シッテムの箱の中には半ば崩壊した教室の中で空色の髪の少女が難しい顔をしながら椅子に座っており、困惑の表情を浮かべて通信機を見つめていた。

 

「“どう? 同じ機能をシッテムの箱に付けられたりする?”」

 

『……むむむ、再現性はありますが今すぐは難しいです。神秘の共振システムの解析にかなり時間がかかりますね、精製鯨油や共鳴叉の情報が欲しいです』

 

「“そっか、ありがとう。この件が終わったらオルガに頼んでみようか”」

 

『そうしましょう! それでは私はバリア用の電力貯蓄に戻りますね』

 

「“お願い、アロナ”」

 

 先生のその言葉でシッテムの箱は暗転し、シッテムの箱と通信機を懐に仕舞い込んだ先生は船内へと戻る。

 波も少なく快晴の為、オデュッセウス号は順風満帆な航路を進んでいた。

 

 この船の舵を握るイシュメールの元へ顔を出そうかと考える先生の元にアツコが歩み寄ってくる。

 

「あ、先生。先生も船の中の探検?」

 

「“私はイサナ……イシュメールの所に行こうかなと思ってたけど、アツコは面白い物でも見つけた?”」

 

「うん、食糧庫で見た事無い保存食があったよ。トキとヒヨリがつまみ食いしないようにアカネさんが食糧庫の鍵を持っていったけど」

 

「“あはは……、かなり余裕をもって詰め込んでくれたとは言え消費しすぎるのは良くないからね”」

 

 私も付いてくと言って先生の後ろを歩くアツコを伴ってイシュメールの元へ向かう先生は道中で幾つか話を聞いた。

 例えばC&Cと仲良くなっている事だとか、ブルーローズの経営状況だとか、ユメとの交流だとか。

 

 クラップ蟹戦から距離が縮まった彼女達は船に乗った後の交流でしっかりと仲を深めたようだ。ネルなんかはサオリ相手にこの件が終わった後で模擬戦を申し込まれたらしい。

 どちらかと言えば接近戦を好むサオリはネルと頗る相性が悪い気もするが、あのベアトリーチェを相手に長時間耐えきった戦闘能力や視野の広さを考えれば悪くない勝負になるかもしれない。

 

 便利屋ブルーローズの経営は安定しているようで、ブラックマーケットでも重要な依頼を任されるようになってきたようだ。

 同業他社の便利屋68と依頼のブッキングなどで敵対する事もあるようだが事務所間での仲は良く、たまにユメと便利屋68の面々で夕食を共にすることもあるようだ。

 

「先生、この前皆で沢山本を買ったんだ。私は花の育て方の本でミサキは彫刻のやり方の本、ヒヨリは勉強のために小説を何冊も買ってたよ、自分で小説を書きたいんだって」

 

「“そっか、ミサキはちょっと意外だけど、そう言えばサオリから木の彫刻を貰った事があるって言ってたっけ。……サオリはどんな本を買ったの?”」

 

「サっちゃんは心理学とか医学とか色んな分野の難しい本を買ってたよ。ふふ、サっちゃんね、先生になりたいんだって」

 

「“――それは”」

 

「知ってる通りキヴォトスでは学校の先生の代わりに技術ノートや教育BDを使うから学校の先生なんてのはいない。だから、サっちゃんがなりたいのは困ってる子供に手を貸して道に迷った子供の進む道を照らす様な、そんな“先生”なんだよ」

 

「“……良い、夢だね。本当にそう思うよ”」

 

 サオリを始め、各々が自分の夢に向かって歩いている事が分かり先生はじんわりと熱を持つ目頭を押さえながらそう言った。

 

 そうこうしている内にイシュメールのいる操舵室に辿り着く。

 先生とアツコが中に入ると、イシュメールとアカネの二人が幾つかの計器の前で話し合っていた。

 

「あら、ご主人様。どうかなさいましたか?」

 

「“様子を見に来ただけだよ、順調に進んでいる様だから少し休憩を取りながら進んでも良いんじゃないかと思ってね”」

 

 舵を握りながら計器を眺めていたイシュメールは顔を先生の方に向けて言った。

 

「まぁ、共鳴羅針に反応はありませんし暫くは自動操縦でも大丈夫でしょう。ある程度アカネさんに操縦方法を教えられましたし」

 

 生物組織が僅かに付着した巨大な羅針盤を一瞥したイシュメールは何らかのボタンを押して舵から手を離した。

 肩こりをほぐす様に腕を回すイシュメールはふと思い至ったかのように先生に向かって口を開く。

 

「そう言えば今この船でハープーンを満足に使えるのって私とホシノさんとユメさんの3人だけですか? 他の人は特に訓練を受けてはいませんよね?」

 

「“そうだね、ハープーンに触れる時間も無かったし。ウテナから貰った資料やユメの話を聞いた限り幻想鯨の表皮さえ裂けば銃弾によるダメージも通るようになるらしいから突破口を開くのはユメとホシノの2人に任せようかと思ってたけど……”」

 

「付け焼刃に頼らず経験者に任せる、……大事な事ではありますけどここから先は何が起こるか分かりません、やっぱり取れる手段は多い方が良いかと。今から皆さんにハープーンの扱い方の基礎を教えたいと思うのですが構いませんか?」

 

「“うん、君が必要だと思ったのならすぐにでも取り掛かろうか。アカネ、皆に集合の連絡を取ってくれる?”」

 

「承りました」

 

 アカネが船内放送で甲板への集合連絡を出した後、武装倉庫へ向かうイシュメールの後ろを先生達は付いていった。

 

 

 

 波も無く、揺れの少ない甲板の上で幾つかの的が等間隔に並んでいる。その近くには様々な形状のハープーンが入った籠の姿。

 的の前にはイシュメールが立ち、生徒として他の全員が渡されたハープーンを興味深そうに眺めていた。

 

 全く触れた事のないC&Cや便利屋ブルーローズの9人は当然として、何故かホシノとユメも教えを受ける側に立っていた。

 

「いや、何でホシノさんとユメさんもそっちにいるんですか。教える方手伝ってくださいよ」

 

「いやいや、銛を握ったのなんてもう何年も前の話だからねぇ。現役捕鯨部のエリートから教えて貰える機会なんて滅多に無いから折角だし教えて貰おうかなぁって」

 

「私はほら、普通のハープーンの扱いとか全然教えられないから……」

 

 教わる側から動こうとしないホシノとユメの二人にイシュメールは溜め息を吐く。

 ハープーンを持ってあれこれ話す面々に向けて咳払いを一つ零したイシュメールは、手に持つハープーンで甲板を叩きながら口を開いた。 

 

「――ハープーンは数年前に我が校が開発した対幻想鯨近接兵装の一種であり、用途別に幾つかの種類に分かれています」

 

 イシュメールは自分が持つハープーンを水平に掲げる。

 

「基本形かつ万能のハープーン。返しの付いた鋭い槍先の様な三角形の刃を持ち、接触した神秘に同調し浸透する様に神秘を有する対象を――つまりは幻想鯨や人魚の外皮を銃弾よりも遥かに効率的に貫く事が出来ます。この設計理念及び機構は他のハープーンでも共通していますが、シンプル故に最も軽量の為我が校でも基本形のこのハープーンを背負う者が多いです」

 

 自分のハープーンを小脇に抱え、籠から別のハープーンを取り出すイシュメールは続けて説明を行う。

 

「派生型のハープーンの一つ、ペネトレイトハープーン。通常のハープーンから更に貫通力に特化したハープーンですね。刃が複雑な楔型であったり返しの数がハープーンの倍以上だったり形状に差はありますが、高い攻撃力と深い傷を付けるという目的が共通しています。複雑な裂傷は傷口の修復を阻害し、銃弾による攻撃を有効にします。ユメさんの銃の先端に付いているのもこのタイプですね」

 

 そう言ってイシュメールはペネトレイトハープーンを自分のハープーンと共に抱えて再び別のハープーンを籠から取り出した。

 

「もう一つの派生型ハープーン、アンカーハープーン。貫通力よりかは切れ味を重視した重量級のハープーンです。大きい返しと幅広の銛先、柄の後方に縄や鎖等が繋がっているのが特徴で鯨や人魚の身体を抉る様に突き刺して相手の行動阻害を目的としています。その役割から他二つのハープーンに比べて耐久性に秀でているので、幅広の刃を利用して相手の攻撃を防ぐ事にも使えるでしょう」

 

 大まかな説明を終えたイシュメールは三種のハープーンを持って丸太の様な的の前に立つ。

 

「用途に応じて大雑把に三種類のハープーンを説明してきましたが、扱うのに特殊な技術などは必要ありません。ただ銛先を揺らさず一直線に突き抜く、それが三種のハープーンに共通した扱い方になります。――こんな風に」

 

 その言葉と共にイシュメールは抱えていたペネトレイトハープーンとアンカーハープーンを上に放り投げ、自分のハープーンで丸太を貫いて蹴り飛ばす。

 降り注ぐ二本のハープーンを手に取ったイシュメールがアンカーハープーンを全力で投擲し、宙を舞う丸太に寸分違わず命中し二本目のハープーンが突き刺さる。

 そしてアンカーハープーンに繋がった縄を引き寄せ、イシュメールの元へと飛んでくる中空の丸太を迎え撃つ様にペネトレイトハープーンで貫いた。

 

 瞬く間に三本のハープーンが貫通した丸太はそのままバラバラの木片に成り果て、それをさしたる感慨も見せずに眺めたイシュメールはこちらに向き直って口を開いた。

 

「慣れればこんな遊びも出来ますよ」

 

「んな簡単に言うなよ!」

 

 ネルは本音を抑えきれなかった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 最初に先生を含めた全員で軽い基礎訓練を行ったが、誰もが想像していた様に真っ先に先生が脱落した。

 最軽量のハープーンでさえ先生にとって持ったまま動くには重すぎたのだった。

 

「“ご、ごめ……無理かも、ゴホッ……”」

 

「……まぁ、予想はしてましたけども。もう少し体力付けた方が良いのでは?」

 

「先生は山の様な書類を片付けつつ生徒からの依頼をこなしに遠出するっていう環境だから身体を鍛える暇が無いんですよねぇ……」

 

 次にカリンとヒヨリのスナイパーライフル組がしっくりこないという理由で脱落。

 

「近接戦はどうにも肌に合わないな」

 

「私達は前線には出ないのでいざという時の備えとしても少し重すぎますね……」

 

「自分の戦い方に合わない付け焼刃など害にしかありませんから構いませんよ、スナイパーライフルを持っているのなら仲間が付けた傷に追撃する役割があるのでハープーンは持たない方が良いかもしれませんね」

 

 それ以外のメンバーは三種類のハープーンを取り換えながら丸太を突いて自分に合った物を選んでいく。

 最終的にミサキ、アカネ、アスナがハープーンを。トキ、ユメ、サオリがペネトレイトハープーンを。ホシノ、アツコ、ネルがアンカーハープーンを手に取りイシュメールからコツを教わりながら思い思いに練習を行う。

 その中でも分かりやすく技量を伸ばしていったのがホシノ、ネル、サオリの三名だった。

 

 徐々に丸太に鋭い傷や孔を付けていく三人に、邪魔にならない所で三角座りしているヒヨリと先生が感想を口にする。

 

「“いいなぁ、かっこいいなぁ……”」

 

「楽しそうですねぇ……、サオリ姉さん昔から銃以外の物を戦闘に使うの上手かったんですよね。アリウスでの戦闘訓練でもゲリラ戦の考え方とかはサオリ姉さんに皆教わってたんですよ」

 

「“サオリは昔から頼れるお姉さんだったんだね”」

 

「頼りっぱなしで悪いくらいで……ミサキちゃんなんかちょっと目を離すとボロボロになっちゃうからサオリ姉さんも良く怒って、――あ」

 

 先生とミサキの視線が一か所に固定される。

 視線の先にあったのは今まさに話題に上がっていたミサキの手からハープーンが零れ落ち、ミサキの足が一切の抵抗なく切り裂かれる光景。

 

「“ミサキ!?”」

 

「――医療キットを!」

 

 驚愕や困惑が広がるよりも前に、イシュメールの鋭い声が響く。

 簡潔なその声に従い、手持無沙汰だったカリンが医療キットを持ってミサキの元へ走り寄る。

 

「大丈夫か、喋れるか?」

 

「――ッ、平気。慣れてるし、そこまで深くないから」

 

 カリンが迅速に靴を脱がしズボンを捲ると一切の歪みの無い一直線の切り傷が出来ており、出血量こそ多いもののミサキの言葉通り深い傷では無かった。

 基礎訓練を中断してテキパキと応急処置を行い、心配そうに見守る面々の前でミサキは感心したように足をぶらぶらと振って見せた。

 

「うん、もう痛くない。しばらく放っておいたら傷も塞がるでしょ」

 

「それを決めるのは貴女ではありません、傷を残さない様に安静にしていてください。それと今まで気づきませんでしたがその腕、先程の発言と合わせて察するに自傷の痕が残っていますね? 今回の仕事が終わったら病院まで付いてきて貰います。構いませんね?」

 

「うっ、……一応事務所持ってからは出来るだけ傷が広がらない様にはしたんだけど……」

 

 アカネから目を逸らしたミサキだったが、顔を背けた先にいたサオリとユメの二人からもいい機会だから一度病院に行こうと諭された事で折れる事になった。

 どことなく気まずい雰囲気を払拭する様にミサキが別の話題を口にする。

 

「それより、このハープーンって本当に鋭いんだね。こんなあっさり傷つくなんて初めてだったよ」

 

「対幻想鯨特攻とは要するに対神秘特攻ですからね。神秘を纏う生徒が相手であればそりゃすんなり傷が付きますよ。……ごめんなさい、もう少し安全に配慮すべきでしたね」

 

「いや、私が不注意だっただけ。次からは気を付ける」

 

「うんうん、包丁とかとは全然違うからねぇ。神秘量の多さとか関係ないから油断しないでね~」

 

 ホシノが人差し指の腹をアンカーハープーンで小さく傷つけて実演して見せる。キヴォトス最大の神秘と呼ばれる事もあるホシノであってもハープーンを止める事が出来ないという事実はハープーンを握る面々に緊張感を抱かせるのに十分だった。

 すぐに冗談めかしたようにホシノが続ける。

 

「ユメ先輩も昔バイトの時に振り回して足とか顔とか怪我してたからね~」

 

「ちょっとホシノちゃん、そんな事掘り返さないでよ~!」

 

 和やかな空気が戻りつつある中で、先生はふと考える。

 

 銃と、銛。先生の価値観で言えば、人の命を容易く奪う事が出来るのは銃だが、キヴォトスでは真逆となる。

 生徒の命を容易く奪い去れる武器を、オデュッセイアの殆どの生徒が背負っている。生徒同士の争いの為ではなく、ただ幾つもの船を沈めてきた幻想鯨を殺すその一心で。

 

 先生としては、きっと憎しみや怒りのままに生物の命を奪う行いを容認するべきでは無いのかもしれないが、オデュッセイアが受けてきた被害を実際に受けた訳でも無い大人の口からは決して出してはいけない、唾棄すべき絵空事になるだろう。

 きっと、ハープーンや幻想鯨について先生の立場で口出しする事は一つとして無いのだろう。だって、彼女達は既に自分達の力で立ち上がり、前を向き、道を切り開いている。

 

 教え導く者を必要としてはいないのだ。

 

 その事を、先生は喜ばしい事だと思っている。だからこそ、彼女達の歩みを妨げぬ様に今回の依頼は必ず達成させなければならない。

 もう一度決意を新たにする中で、先生はもう一つ頭の中に湧いた疑問に目を向ける。

 

 何故、エデン条約の襲撃に、いや、その前の百合園セイア暗殺に。

 アリウスは、ベアトリーチェはヘイロー破壊爆弾の代わりにハープーンを使わなかったのだろうか?

 

 サオリなら知っているだろうかと考えこそしたが、その疑問を口に出す意味など無いだろう。

 そう思い、先生は思考を取りやめて訓練を再開する生徒達の様子を眺めた。

 

 

 

 暫くの休憩として皆で昼食を取り、食堂で思い思いに休憩時間を過ごしている最中。

 

 全く同じタイミングでアスナとユメが同じ方角に顔を向けた。

 

「なにか来る……」

 

「幻想鯨の神秘だよ!」

 

 二人の声に反応し、即座に全員が立ち上がる。

 

「アスナ、どれくらい強そうか分かるか?」

 

「う~ん、私達の銃が効くなら倒せる?」

 

「ハッ、要するに早速ハープーンを使う機会が来たって訳だ」

 

「ユメ先輩、ここから相手の種類は分かる?」

 

「外に出ないと分からないかな……。でも熱とか電気とか変な神秘は感じないから厄介な相手じゃ無い筈」

 

「ではセオリー通りハープーンで外皮を裂き銃弾を傷口に打ち込む形で行けばいいんだな」

 

 訓練で用いたハープーンを先生とカリンとヒヨリを除いた全員が取りに行こうとするのをイシュメールが押し留める。

 

「待って下さい、まだ皆さんの練度はそこまで高くありません。ハープーンを持つのは私とホシノさんとユメさん、それとネルさんとサオリさんだけです。それ以外の方は船上兵装のハープーンランチャーやバリスタ等も用いた援護に回って下さい。先生、指揮は任せても良いですか?」

 

「“うん、任せて。幻想鯨の情報は出航前に頭に叩き込んでるから”」

 

 戦闘準備を整えた先生達は食堂から出て甲板へと向かう。

 遥か彼方、波を切り裂きながらこちらへ向かってくる巨大な影が一つ。

 

「周囲に人魚の姿は無し」

 

「体色は灰を基本として背に青の斑点模様が入ってます」

 

「首が三本に分かれてるねぇ」

 

「あの幻想鯨以外に神秘の反応は無し、敵は一匹だけだよ!」

 

「……まだ対処が楽な奴で良かった」

 

『先生!データと外見情報が一致しました!』

 

 先生の持つシッテムの箱の中からアロナの声が聞こえる。

 シッテムの箱を戦闘指揮モードに切り替えた先生はそのままアロナからの報告を聞く。

 

『青斑多頭種三形、三叉蛇鯨です!』

 

『■■■――■■――■■■■■――!!!』

 

 アロナの言葉と同時に三叉に分かれた長い首を海面から大きく上げ、奇怪な咆哮と共にこちらへ向かってきた。

 如何にも恐怖を煽るその姿に怯える者は誰もいない。

 

 先生は落ち着いた声で、開戦の合図を口にする。

 

「“落ち着いて対処しよう、――戦闘開始だ”」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 幻想鯨は既存の生物の枠組みから逸脱した異常存在である。

 かつてオデュッセイアとミレニアムの技術連携によって神秘の存在が明確となった時、幻想鯨の体組織の殆どが実体の無い筈の神秘によって構成されている事が明らかとなった。最早生物と定義すべきかどうか不明な存在だが、奇妙と言える点はその生態にも表れている。

 

 捕食した生命体を変質させ、人魚へと作り替える。長時間航海を続ける船を積極的に襲う。外皮に高濃度の神秘が流れており既存の兵器が通じない。

 そしてもう一つ。

 

 敵対者を捕食するか海の底へ沈めるまで、自身が海の中へ逃げる事は決して無い。

 

 最もオデュッセイアを苦しめた生態であり、オデュッセイアが幻想鯨に対抗できている大きな要因でもあった。

 

 

 

 オデュッセウス号のバリスタから拘束弾が放たれ、三叉蛇鯨の身体がオデュッセウス号に固定される。

 甲板から飛び出したイシュメールが三叉蛇鯨の背に着地し、自身が手にするハープーンを足元に深く突き刺した。

 

『■■――――!!??』

 

「“有効打が通ったようだね。ホシノ、ユメ、イシュメールに続いて追撃。カリン、ヒヨリは傷跡に狙撃を”」

 

 痛みで硬直する三叉蛇鯨の背にユメとホシノが向かう。次々に生まれる傷跡に二発の狙撃が命中し、荒れ狂う三本の首を残ったメンバーが対処する。

 

「――ッ! ほんっとに硬ェな! クラップ蟹の比じゃねぇぞ!?」

 

「やはりあの三人の様にハープーンで傷を作らなければ攻撃は通らないか」

 

「“ネル、サオリ、攻撃を誘発させるから頭周辺に傷を作れる? ミサキとアカネは頭を焼いて、それで隙が作れる”」

 

「分かった」

 

「かしこまりました、景気よく行きましょう」

 

 三つの頭部への銃撃や爆撃が一切通用しない事を確認した先生は二人にハープーンによる攻撃を指示する。アカネとミサキの二人による爆撃が三つの頭部に命中し、爆炎から逃れる様に一直線に甲板へと突撃してきた。

 愛銃からハープーンに持ち替えた二人はその突撃を回避し二本の首に深い傷跡を残した。

 

「うしっ、入った」

 

「もう一本は手つかずだな、どちらが取る?」

 

「“もう一本はイシュメールに任せるよ。アスナ、トキ、アツコ、イシュメールを守って”」

 

 三叉蛇鯨の拘束が限界を迎え、縄が千切れたと同時に背中をホシノやユメと共に傷だらけにしていたイシュメールが空高く跳躍。

 サオリとネルに傷を付けられなかった最後の首を、上空から急襲してきたイシュメールのハープーンによって甲板に縫い付けられた。

 

「動かないでね!」

 

「命令を遂行します」

 

「行かせない」

 

 首元に傷を負った二本の首がイシュメールへ喰らい付くのを、アスナやトキ、アツコが妨害する。

 その妨害によって出来た僅かな時間で、首に突き立ったハープーンを力任せに振り抜き、

 

「――まず一本」

 

 三叉蛇鯨の首の一本を切り飛ばした。

 

『■■■■―――■■――!!??』

 

 甲高い咆哮が轟く。今までとは違い、その声には悲鳴の色が混じっていた。

 

「やるじゃねぇか、貫くための物って言ってたのに強引に使いやがる」

 

「もはや優勢は決したと見て良いだろう、最後まで油断なく詰め切るぞ」

 

 怪物の首が落ちた程度で悲鳴を上げる様な者は、この場に誰一人としていなかった。

 背中を駆け回りながらハープーンによる傷を広げるホシノとユメ、その傷跡を狙い撃ち灰色の血を噴出させるカリンとヒヨリ、二本の頭を引き付けて外皮を裂いていくサオリとネル、船上兵装なども用いてサポートを行うアスナやアカネにトキ、ミサキとアツコ。

 そして戦場を駆けまわるイシュメールに、敵視を受けない場所から全体を俯瞰して戦況を支配する先生。

 

 クラップ蟹の時とは違い、この13人の頭の中には幻想鯨に関する情報がしっかりと詰め込まれている。

 情報を持ち、効果的な武装を持ち、鯨狩りのエキスパートまでいるのならば。

 

 この戦闘に負ける道理などありはしなかった。

 

 

 

「――お疲れさまでした。初めての鯨狩りの感想は如何ですか?」

 

 全ての首が断たれて絶命した三叉蛇鯨が海に浮かぶ。

 本来であれば幻想鯨の死骸から鯨油を汲み上げる仕事が残っているが、今回は先を急がねばならない為船体の損傷を確かめた後航海を続行する事となる。

 

「身構えてた割には大した事無かったな。まぁあれがまだ三本だったからってのもあるだろうけど」

 

「うへぇ、首が五本以上になると再生能力と毒まで持つようになるんでしょ? 考えたくないなぁ」

 

「ホシノさんとユメさんはともかく他の皆さんは初めての幻想鯨戦で良く冷静に対処出来ましたね、うちの捕鯨部でも及び腰になる人が多いのに……」

 

「恐怖が無い訳じゃないさ、それでも私達が動けるのは先生が後ろにいるからだ」

 

 サオリのその言葉に皆が同意を示す。

 

「先生の指揮は何というか、自分が自覚している以上に戦えるんだよねぇ。先生と一緒ならどんな敵でも戦えるって、そんな気がしてくるの。先生も私達が勝てる様に全力で指揮してくれてるしね」

 

「“うん、私は戦えないから、皆が自由に戦える様に場を整えるのが私の仕事だよ。ありがたい事に皆私と一緒なら怖くないって言ってくれるんだ”」

 

「確かにゲーム開発部の子達も……」

 

「怯える事無く立ち向かってきましたね、先生のおかげという訳ですか」

 

「あの子達は元からそこまで怖がりでも無い気がするけどなー」

 

 楽し気に会話を交わす先生達を前に、イシュメールは小さく呟く。

 

「……前に立って率いるのではなく、後ろから背中を支える。そういう指揮もあるんだ……」

 

 イシュメールの目が、ここではない何処かを映す。

 荒れ狂う海、揺れる船、耳を劈く鯨の声、けたたましい船長の声。

 

『――我らの目の前に、この世全ての悪がいる! 我らの銛を突き立てろ! 友を、家族を守りたいと願うなら、銛を掲げ声を上げろ!』

 

 恐怖を忘れた様に叫び声をあげる船員達、その中に混じる自分の姿。

 喉が張り裂けんばかりに、仲間達と競い合う様に声を荒げた。命じられるがままにハープーンを手に幻想鯨へと飛び掛かり、そして――

 

「――イシュメール?」

 

 ふと気づくと、イシュメールの顔を覗き込むネルの姿が目の前にあった。

 疑問と心配を帯びたネルの顔は、不自然な程には長い時間イシュメールが自分の世界に入り込んでいた事を表していた。

 

「……いえ、何でもありません。ただ貴方達が心強いと、そう思っただけです」

 

 船を動かしましょう、少しでも早く辿り着けるように。

 そう言ってイシュメールは操舵室へと戻っていき、後を追う様に先生達も船内へと戻っていった。

 

 空は未だ青く、波は尚も緩やかに。

 されど嵐の訪れは、そう遠くない未来にて。

 

 




青斑多頭種
・蛇の様な小さな鱗に全身が覆われ、ごつごつした突起を持つ胴体と背中の青色の斑模様が特徴的な幻想鯨。
・成長と共に長い首と蛇の様な頭部の数が増えていき、オデュッセイアの観測記録上では九本まで首が増えた姿が確認されている。
・五本目から再生能力と毒液生成能力を獲得し、以降首が増える度にその二つの能力が強化される。
・九本目に至った個体はハイドラと命名されている。
・近縁種に多腕種、多尾種などがいるが、どの種も限界まで成長しても特色の餌以上には成り得ない。



何度か書いては消してを繰り返してたらこんなに遅くなっちゃった。
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