転生したのもお前のせいだなイシュメール!!   作:ピークォドタウン在住

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ちょっと短く。


09/流れ、漆黒の中へ

 

 

 白い世界が割れていく。

 

 虚空から巨大な瞳が覗く。

 

 何の感情も無いそれに視線を向けられただけで命を手放してしまいそうになる威圧感。

 

 生物としての格が違う。時代が時代ならばきっとこう呼ばれただろう。

 

 悪魔、あるいは――神。

 

「は、は、ははは」

 

 ……それでも、蒼白の鯨を前にして怖気づく者はいなかった。

 

「私は帰ってきたぞ、アルゴー。お前の心臓に銛を突き立てる為に」

 

 眠りから目覚めた蒼白の鯨が何かアクションを起こすよりも前にイシュメールは叫ぶ。

 

「――総員! 戦闘態勢! 神秘障壁を起動しろ! エンジンの点火を急げ! 船の操縦は私がやる!」

 

 イシュメールの声に従って全員が動き出す中、先生とアスナがイシュメールへと近づいていく。

 

「“見た感じ傷が一つも付いてないって事はハープーンの攻撃は効かないかすぐに回復するだろうけど、どう戦おうか?”」

 

「そもそも戦う相手じゃないよね?」

 

 先生は疑問を、アスナは確信を以てイシュメールに話しかけ、イシュメールもまた操舵室に向かいながら頷きを返した。

 

「私が知る限り奴の攻撃方法は大まかに分けて4つです。突進、跳躍からの押し潰し、噛み付き、そして鯨油吐き、この内突進と鯨油吐きはオデュッセウス号の神秘障壁であれば複数回は耐えられます。対して噛み付きと押し潰しは確実に船が破壊されるでしょう。……ですが私達の目的は正面張って蒼白の鯨と戦う事ではありません。奴に喰われたピークォド号を探す事。つまり」

 

『噛み付きを誘発し、腹の中に自分から入っていく』

 

 アスナとイシュメールの言葉が被る。

 先生もまたそれに納得し、ふと新たに湧いた疑問をイシュメールに投げ掛ける。

 

「“そう言えば蒼白の鯨の特色海域って何だろう、ピークォド号との戦闘では使ってなかった気がするけど”」

 

「……推測になりますが、現状では使ってこないと思います。恐らく海域を変化させる様な甘い物ではないでしょう。今は気にしなくて良いと思います」

 

 操舵室へと辿り着いたイシュメールが、先生達へと向き直る。

 

「奴は賢いです、船の速度に合わせて船体を食いちぎる様に口を閉じるでしょう。だから噛み付きを誘発するまでは最高速度を見せません。……要するに戦闘が始まれば必ず来るだろう他の幻想鯨の妨害を振り切る事は出来ないという事です。蒼白の鯨が口を開くまでどれだけ耐えられるかは貴方達に掛かっています。どうかご武運を」

 

 先生は頷きを返し、アスナと共に甲板へ戻った。

 そこには戦闘態勢を整えた生徒達が集まっていた。

 

「“ホシノ、ユメ”」

 

「こりゃ骨が折れそうだねぇ」

 

「皆はしっかり守るからね!」

 

 砂漠の守護者たる二人は堂々と。

 

「“サオリ、アツコ”」

 

「ここに」

 

「正念場って奴だね」

 

 蒼薔薇を冠する者達は冷静に。

 

「“ネル、アスナ”」

 

「全員海に叩き落してやるよ」

 

「はいはーい!」

 

 一学園の最強に位置する彼女らは気炎を上げて。

 

 誰一人恐怖は無く、目の前の蒼白を見上げた。

 

「“ミサキ、ヒヨリ、カリン、アカネ、トキの五人はイシュメールの補助及び後方警戒に移ってるけど、主戦場はこの甲板になるだろうね。――この船を守り抜くよ”」

 

 全員が力強く返答を返すと同時に、オデュッセウス号に神秘障壁が展開される。今までの海戦では使われなかったそれはより濃い神秘による不可避の攻撃から船を守る為の物。エネルギーの消耗は激しいが、使うなら今だろう。

 

 神秘障壁が展開されたのを見た蒼白の鯨の眼に敵意が宿る。眼前の吹けば飛ぶような小舟が、己を害さんとする事を認めたのだ。

 

『■■■■■■■■■■!!!!!!』

 

 蒼白の鯨の咆哮と共に、海中から白く蝕まれた幻想鯨が多数出現した。

 ざわざわと荒れ始めた曇天を切り裂く様に、先生の声が響く。

 

「“行くよ皆! 戦闘開始!”」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 蒼白の鯨が遊泳を開始し、オデュッセウス号を沈める為に複数の幻想鯨がこちらに向かってきた。

 

 背に巨大な枯れ木の様な触手を生やし、そこから伸びる半透明の紐に吊るされた人魚を従える絞首樹鯨が甲板へ向けて吊るされた人魚を解き放つ。

 同時にフジツボの様な穴の開いた突起をびっしりと生やした巨大な両腕を持つ大穴掌鯨が神秘障壁を破らんと船尾から迫る。

 

「“アロナ、後方の支援任せられる?”」

 

『お任せを、大穴掌鯨に関する情報は既にインプット済みです。蒼白の鯨の動向に気を配りながらカリンさん、アカネさん、トキさん、ミサキさん、ヒヨリさん、イシュメールさんをサポートします』

 

「“お願い、私はこっちに専念するね”」

 

 先生とアロナの会話が終わると同時に甲板に大量の絞首樹鯨の人魚が着地する。

 僅かに蒼白に包まれている人魚達が生徒を視認すると、長い首に掛かった臓物の様な紐を揺らしながら彼女達に殺到するが――

 

「――ごめんね、温存とかしてられないから!」

 

「真正面からの突撃は受け止めろって言ってるようなもんだよねぇ」

 

 ホシノとユメが先頭の人魚の攻撃を受け止め、ユメは大盾を上に跳ね上げて人魚の頭を弾きがら空きの喉を愛銃に付けた銃剣で貫き、ホシノは攻撃をいなして体制を崩した人魚の側面をアンカーハープーンで切り裂いた。

 

「ハッ、遅ぇよ!」

 

「うーん? 血に触んない方が良いかもー!」

 

 幻想鯨程ではないにしても人魚に対しても銃弾の通りは悪い。だが幻想鯨と比べ遥かに軽い人魚には彼女達の放つ弾丸の衝撃は看過できない程に重い物だ。

 人魚の群れを駆け抜けるネルとアスナが船体への攻撃を行おうとする個体に牽制の銃撃を放ち、隙を晒した人魚へ眼球狙いのゼロ距離射撃やハープーンによる攻撃で的確に数を減らしていく。

 

「やけに脆いな……これも白化とやらの影響か?」

 

「……後ろの皆、大丈夫かな」

 

 サオリとアツコの役割は遊撃として他四人のサポートをする事だ。先生が全体的な戦況を把握し二人に介入を指示して生徒達の負担を少しでも軽減させる。

 時には先生が指示する前に人魚の撃破を行い先生の負担の軽減も行っていた。

 

 シッテムの箱の中では二つの画面が展開されており、片方ではアロナが頑張って船尾での戦闘をサポートしていた。

 戦況としてはこちらが優位に立っている。空中から、或いは海中から人魚の増援がやってくるが、こちらの掃討速度の方が早い。

 

「“――?”」

 

 ふと嫌な予感がして、先生はシッテムの箱から目を離して絞首樹鯨の背に生えた紐の様な触手が蠢いた。

 視線をシッテムの箱ではなく直接戦場へ向け――

 

「“――全員頭上をハープーンで切り裂け!”」

 

 先生の声が届くと同時に六人全員が、自分の首から天へ伸びる触手の様な半透明な紐を切り裂いた。

 直後、天から伸びる紐が実体化し勢い良く吊り上げられ、何も掛からなかったからかゆっくりと消滅した。

 

「“予備動作無しの首吊り……心臓に悪い。アロナ、そっちの皆にも注意を払って。多分あの紐が実体化してからだと遅い”」

 

『は、はい!』

 

 対処すべき事柄が増えていく中でアロナと共に的確な指示を重ねていると、オデュッセウス号が一際大きく揺れた。

 

『――船尾を大穴掌鯨に掴まれました! 体表から人魚がどんどん出てきてます!』

 

 バチバチと船の耐久力を上げている神秘障壁が軋む音がする。絞首樹鯨に大きな動きは無い。蒼白の鯨もまた。

 先生の判断は一瞬だった。

 

「“交代だアロナ、船首側の指示を頼む”」

 

『わ、分かりました!』

 

 先生は絞首樹鯨の人魚と戦闘中の生徒達に指揮する者が変わる事を伝え、急いで船尾へ向かう。

 大穴掌鯨に船を掴まれるという事は、当然ながら船のスピードを上げる事が不可能だという事。何故か蒼白の鯨の動きが鈍いが、この状態で蒼白の鯨から攻撃を受ければ確実に沈む事になる。

 その前に最速で引き剥がさなければならない。

 

 

 

 

 

 

“流れは変わる。蒼白は動かない”

 

 

“ただ、己が力を振るうまでも無いという慢心故に”

 

 

 

 

 

 船尾に辿り着いた先生は即座に戦況の把握を行う。アロナの指示を見ていたが、戦況は拮抗、に見えるが僅かに劣勢といった所だろうか。

 アカネとミサキが船に備え付けられたハープーンランチャーと自前の武器で人魚達を牽制し着々と仕留めていく。一際大きな人魚達はヒヨリとカリンの二人で腕や目を狙撃して行動阻害のサポートに徹していた。

 最も多く人魚を屠っていたのはトキだった。今回の為に新たに作られた格納機能付きパワードスーツ、アンミ・ディターナはアビ・エシェフ程巨大でも兵装が豊富な訳でも無い。ただ全身を覆う程度の装甲と自分の腕の様に扱えるサブアームが四本付いているだけだ。

 トキは自らの両腕と合わせて六本のハープーンを持って戦場を駆けまわり人魚を狩り、大穴掌鯨への攻撃を加えていた。性能テストは行ったが消耗が激しく短期決戦向きだと言っていたそれを起動するのはそれだけ押されているという事でもある。

 

 これについてはハープーンを十全に扱える前衛を船首側に厚く配置した先生の不手際だろう。

 移動しながらの戦いとなる以上、船尾は追いかけてくる幻想鯨や人魚との戦いになるだろうから後衛による牽制こそが重要だと判断したが、戦力のバランスを偏らせるべきでは無かった。

 

「“トキ! 人魚と大穴掌鯨を繋ぐ紐を全部切り裂いて!”」

 

「――ッ、はい!」

 

「“ミサキはそのまま全体の牽制、アカネは炸裂弾に切り替えてトキが切った紐の根元の穴に打ち込んで!”」

 

「分かってる!」

 

「お任せください、ご主人様!」

 

「“すまないけどヒヨリとカリンはトキの分も頑張って貰うよ。ミサキの牽制を抜けた人魚とトキが相手してた大型の人魚の妨害だ”」

 

「分かった。私が大型の相手をする」

 

「こ、ここで頑張らないとみんな沈んじゃうんですよね!? あんなに苦しくて辛い事は絶対させません!」

 

 自省の暇すら惜しいとばかりに指示を出す先生と、それに応える生徒達。

 大穴掌鯨は本来の鯨に似た身体に巨大に発達した掌の様な胸鰭と全身にフジツボの様な穴が開いた鯨だ。

 全身の穴から体内に飼っている人魚を繰り出すが、掌の穴から出す人魚だけは大穴掌鯨と臍の緒の様な紐で繋がっている。紐無しの人魚よりも強いが、繋がっている紐を切れば大きなダメージを与えられるのだ。紐が弱点なら、その紐の伸びる穴の中もまた。

 

 ミサキとヒヨリ、カリンが全体を制圧し、トキが数十に及ぶ大穴掌鯨の紐を全速力で切り裂いていく。当然それを許す大穴掌鯨では無いが、的確に撃ち込まれてくアカネの炸裂ハープーンランチャーにより徐々に船を掴む力が弱まっていく。

 

『今なら行ける、船のスピードを少し上げます! 全員備えて!』

 

 イシュメールの船内放送が響くと同時に宣言通りオデュッセウス号のスピードが徐々に上がっていく。

 尚もしがみ付く大穴掌鯨だったが、遂に全ての人魚と繋がる紐が切り裂かれ、炸裂弾を撃ち込まれた事で苦悶の声を上げながら大穴掌鯨は引き剥がされた。

 

 船尾方面の甲板に残る人魚も程なくして狩り尽くし、アロナからの報告で船首方面の甲板に投げ込まれた絞首樹鯨の人魚も殲滅し終えたと聞かされた。

 これで一先ずの落ち着きは見せたが、まだ蒼白の鯨の周りには別の幻想鯨がいる。まだ暫くはこの終わりの見えない戦いが続くだろう。

 

 先生として心折れる訳にはいかないが、こう思ってしまう。――蒼白の鯨はいつ動く?

 

 

 

 

 

 

“流れは変わる。蒼白は痺れを切らす”

 

 

“小舟を自らの牙で引き裂く事にした。あの船と同じ様に”

 

 

 

 

 

 誰よりも早くそれを察知した者が大きく声を張り上げる。

 

「――来るッ!!」

 

 アスナの声だった。

 

 あれからたった数分、それだけの戦闘で疲弊が蓄積していく中で響いたアスナの声に、だれもが蒼白の鯨を見る。

 蒼白の鯨は大きく口を開け、鋭く尖った牙と漆黒の口内を見せながらこちらへ向かってくる。

 

 それをこそ待ち望んでいたはずだったのに、それを見た瞬間恐怖に包まれてしまう。

 もしあの牙に喰われればこの船など容易く千切れてしまうだろう、あのピークォド号の様に。

 いや、そもそもあの中から生きて帰る事が出来るのか? どれだけ大きかろうと行き着く先は胃袋だ。

 もしかしたら自分達は自ら死に向かっているんじゃないか? ピークォド号の船員達だって生きている保証は――

 

「“――ッ! ふざけるなよ、決めたんだろう。イシュメールと一緒に皆を救うと、誓ったんなら違えるな”」

 

 震える足を殴り、先生はイシュメールと通話を繋げる。どうにも妙だ。恐怖を増幅させられている様な奇妙な感覚だった。

 

「“イシュメール。事前の作戦の通りに行くなら、これが最初で最後のチャンスだ。そうだよね?”」

 

『えぇ、蒼白の鯨の体内に入るにはあの噛み付きを喰らう直前に最高速で突っ込む必要があります。しくじればそのまま海の藻屑、どうにか躱せてもオデュッセウス号の最高速度を覚えた蒼白の鯨によって今度こそ沈められるでしょう。――大船に乗ったつもりで掴まっていてください。絶対に成功させて見せます』

 

「“その言葉が聞けて良かった。――皆、衝撃に備えて”」

 

 船の速度に合わせて蒼白の鯨の顎が閉じていく。戦闘の際に見せた速度と全く同じ遊泳速度、船を潰すのに十分でありもはや蒼白の鯨の牙から逃れる事は不可能だろう。

 されど目的は蒼白の鯨の腹に入る事。逃げる素振りを見せていたオデュッセウス号がすぐさま口内へ向けて方向転換し、――最高速へ。

 

 一瞬気を失いかける程の圧力を感じたが、船全体に張られていた神秘障壁が拡張され、海を滑るように進むオデュッセウス号の空気抵抗を減らす様に楕円型に再展開された事で圧力が掻き消える。

 尚もスピードを上げていく中で、ふとイシュメールの声が聞こえた気がした。

 

「お前の暗闇をもう一度見たらどんな気持ちになるか、何度もずっと考えてたよ」

 

 蒼白の鯨が口を閉じる速度を上げるが、もう遅い。

 

「そこまで複雑じゃ無かったな、……久しぶりだなゴミカス鯨野郎。もう、次は無い!」

 

 口が閉じられ、オデュッセウス号は光の無い闇の中に飲み下された。

 船に乗る者達の意識も、また同じように掻き消えていく。そうして。

 

 13人の船乗りは。

 

 恐怖を振り払い。

 

 未来を掴む為に。

 

 

 

 ――漆黒の中へ。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

……ーい、おーい聞こえてる?

 

 ザラザラという音と共に聞き覚えのある声が先生の耳に届く。

 声を認識し、意識を覚醒させ、ようやく自分が船の甲板の上で倒れ込んでいる事を自覚した。

 

『あー、あー、こちらオルガ、応答せよ。……っかしーな、声は届いてる筈なんだが……』

 

「“……大丈夫、聞こえてるよオルガ”」

 

 懐からオルガに貰った通信機を取り出すと同時に手放さなかったシッテムの箱を見る。

 どうにもアロナの様子がおかしい。頭痛でもあるのか頭を抱えながらしゃがみ込んでいる。

 アロナが不調になる事があるのかという疑問は置いて、しばらく声を掛けないでおく事にしてオルガとの会話に意識を戻す。

 

『おー! そりゃ良かった! いやぁ理論上は大丈夫だろうと分かっちゃいたが実験成功だな。この通信機は特色の鯨の体内であっても効力を発揮する有用な物だ』

 

「“……そう、みたいだね”」

 

『ん? あぁ、死にそうな目にあった先生達に実験成功だとか言うべきじゃなかったか、すまん。……って事に腹を立ててる訳じゃなさそうだな』

 

 先生は、通信機を耳に当てながら辺りを見渡していた。

 待ち望んだ蒼白の鯨の体内というのがどういうものかを見る為に。

 

 周りで倒れていた生徒達が少しずつ起き上がり、その誰もが困惑と驚愕の声を漏らす。

 

『言え、何があった』

 

 先生は、まず自身の目と頭を疑った。次に夢を見ている可能性を思い浮かべ、直ぐに棄却した。

 だから、そう、これが純然たる事実である事を理解せざるを得なかった。

 

「“鯨に飲み込まれた先が奇妙な海だった、なんて言ったら信じる?”」

 

 辺りには胃壁の様なものは無く、水平の彼方が見える程に広大な海が広がるばかり。

 

 ただ先程までいたキヴォトスの海と明確に違う点を挙げるならば。

 

 海がある程度の巨大な区画毎に切り分けられ、色分けされている、という点がこの海の異質さを物語っていた。

 

『――あぁ、信じるとも。その言葉で理解したとも』

 

 どうあれ、尋常の生物の体内とは決して思えないその場所は。

 

『よく聞け、そこは蒼白の鯨、白く蝕むアルゴーの――』

 

 ただ一人を除き決して知り得る事の無い未知、或いは海が法を敷くという神秘、或いは規則の理解を許さない終わりの無い恐怖。

 

『――特色海域だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――こちらオルガ、様子はどうだい?』

 

「予定通り、アルゴーはオデュッセウス号を呑み込みました。後は彼らに託すしかありませんね」

 

『あぁ、こっちでも確認は取れてる。流れを見て最も生還率の高いルートに誘導できて良かったよ、特色に遭遇した時はどうなる事かと思ったけどね。さて、ここらで前提条件を再確認しておこうか』

 

「特色の鯨が有する特色海域。他四体と違い蒼白の鯨、白く蝕むアルゴーのみそれが確認できませんでした。ピークォド号が二回も遭遇し、そのどちらにおいてもアルゴーにとっての外敵と判断されていたにもかかわらず。並の幻想鯨を遥かに超える外皮の硬度、闇の様な口腔内等僅かに持ち帰られた情報から推測するのであれば一つ可能性が思い浮かびます」

 

『すなわち、アルゴーは自身の体内に特色海域を発生させる。そしてこの推測は私が流れを見た限り最も確度の高い予測であった。だからこそエイハブはまだ死んでいないと考え、体内器官の破壊によって特色海域を解除し外皮に攻撃が加えられる様になるという攻略法に思い至った。だがそれには一つ問題がある、体内に特色海域を展開する事、それ即ちアルゴーの最も得意とする戦場こそが体内に他ならないという事。これは、アルゴーの鯨油の性質から見ても何ら不思議ではないだろう』

 

「翻って、ここから先の敗北条件は大きく分けて二つ。一つはアルゴーの体内に侵入した彼らが恐怖に呑まれて白化が進行し、心臓を破壊する前に全滅する事。そしてもう一つは何らかの心変わりによって海の奥深くへと逃げられる事。私の仕事は後者、全霊を以てアルゴーを海上に押し留めて心臓の破壊と同時に脳天を貫く事になります」

 

『……改めて考えてもやっぱおかしいって。良くもまぁ一人で立ち向かおうと思ったよなぁ』

 

「貴女が言ったのではありませんか、下手に人数を連れていけばアルゴーの手駒が増えるだけだと。それに、先生達が命を掛けているのです、私も命を掛けずして何が生徒会長ですか。……信じて下さい。私、一人での魚釣りは得意ですから」

 

『はは、そうだったな。――私も出来る限り最善の流れを汲み取るが、運が悪ければそのままお陀仏だ、しくじるなよ? 幸運を祈る、ウテナ。……いや、“サンチャゴ”』

 

 その言葉を最後に、通信機からオルガの声が途絶える。

 荒れ狂う嵐の中、眼前にてこちらを見据える巨大な鯨を前にしてサンチャゴと呼ばれたウテナは微塵も恐怖を抱かぬまま通信機を懐に入れ、小舟の上で漆黒の銛を構えた。

 

「……“サンチャゴ”、その名前で呼ばれる日が再び来るとは思いませんでしたね。ですがまぁ、悪くない気分です」

 

 全てを貫かんとする殺意が渦巻く銛を蒼白の鯨に向け、ウテナは――サンチャゴは叫ぶ。

 

「――魚釣りの時間ですよ、起きなさい! “ヘミングウェイ”!」

 

 サンチャゴの言葉に呼応して、漆黒の銛を囲む様に複数のヘイローが現れる。

 

『■■■■■―――――!!!』

 

 海を震わせるような蒼白の鯨の咆哮と共に、蒼白に侵食された多数の幻想鯨がただ一人へ向かい迫る。

 

 嵐の中の長い戦いが始まった。

 

 




絞首樹鯨
・亀や鰐の様な爬虫類らしい姿を持ち、背中に枯れ木の様な触手を生やしている。
・触手による攻撃で仕留めた相手を人魚に変えて触手の首輪を付けて枯れ木の触手にストックする性質を持つ。
・成長した個体は何の前触れもなく相手の首元に首括りの触手を生成し、実体化と共に命中した相手を即座に人魚へ作り替える攻撃を持つ。
・枯れ木の触手にストックした人魚の数が少ない程攻撃的となり、多い程温厚となる。この事から自らの触手を人魚で着飾る事を目的にしているのではないかと推測される。

大穴掌鯨
・全身にでこぼことした穴と巨大な腕の様な器官を有する幻想鯨。
・全身の穴から人魚を繰り出し、自身は船にしがみ付いて船を沈める。
・取り付いた際、腕の穴から強力な人魚を出して敵を腕に近づけさせない様にするが、この人魚は大穴掌鯨と紐の様なもので繋がっており切れば双方にダメージを与えられる。
・ダメージが一定まで蓄積すると大穴掌鯨は自然に船から手を放すので、数の暴力に負けない実力さえあれば比較的対処は容易。

“サンチャゴ”
・遠海ウテナが生徒会長となる前の通り名。
・特製の小舟による単独の鯨狩りを得意としており、オデュッセイアの生徒達をして異常者と恐れられていた。
・幾度とない全てを貫くナグルファルの襲撃にて、大衝角をへし折った唯一の生徒。
・オデュッセイア海洋高等学校において、神秘の扱いに三番目に優れている。

蒼白の鯨 白く蝕むアルゴー
・五大特色の中で唯一、特色海域を内部に展開する特色の鯨。
・特色海域の名は、蒼白太湖。
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