奴隷の少年が国を興す物語(仮)   作:克原絵馬

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・自分の楽しみのためだけに、しこしこ書いてきた小説ですが、思うところがあって公開することにしました。
・たぶん、40万字は優に超えてます。(1年分の連載が可能なくらいの量)
・皆さんにも楽しんでもらえると嬉しい。



1 大女と小王 <1>

 

 看守が女を放り投げた。

 けたたましい金属音が響いて、檻の扉が閉まる。

 

「えらくやられたな。大女(ビッグレディ)

 

 言い返そうとして、タマラは顔をしかめた。口の中が切れて痛い。

 あらためて、ゆっくりと口を開いた。

 

「大女と呼ぶんじゃないッ! 矮小(ちび)ドワーフ。私は人間らしい扱いを望んでいるだけだ……ッ!」

 

「だから、看守に楯突いたのか」

 

 やれやれと言いたげに老ドワーフは肩をすくめたが、口調には面白がる雰囲気がある。

 

「そもそも、この国自体がイカれてるんだ。逆らったって、大河を堰き止めようとするようなもんだぞ」

 

「そんな事考えてない。動けない人にさらに鞭打つヤツが気に入らないだけだッ!」

 

 大女と呼ばれたタマラは、そもそもこの国の民ですらない。

 

 タマラは、ヴァルぺクラ大草原に生きる『騎馬の民』の娘である。父母と共に市場に訪れた際、聖騎士(パラディン)による『奴隷狩り』によって、ここダヤン監獄に連れ去られたのだ。

 

 無法の極みとしかいえぬ暴挙である。

 しかし、神聖教国においては、異教徒を教化する善行と見なされていた。

 

 ダヤン監獄──。

 神聖教国の民草に、この監獄を知る者はいない。

 何故ならば、このダヤン監獄は教皇府の財源を支える銀鉱山を擁しており、諸外国や民の野心を呼び込まぬようにと、秘密とされていたからである。

 

 収監される囚人も、政治犯、思想犯、異端、異教徒、亜人……。要するに、神聖教国にとって、死んでも痛痒を感じぬ者だけで構成されていた。

 

 神聖教国は彼らを使い捨てにし、銀鉱石を掘り出している。

 これはつまり、囚人奴隷は生きて釈放されないことを意味していた……。

 

 ===

 

 小さな王と呼ばれる囚人の噂をタマラが聞いたのは、いつのことだったか。

 

 美しい少年だという。

 しかも、ただ美しいわけではなく、目鼻立ちが整いすぎてどこか人形のような無機質さがあるのだとか。

 

 だが、噂になっているのは、その美しさではなく、奇矯な行動だった。

 せっかく自由行動を許されたのに、何時間も微動だにせず夜空を見上げているとか、日の出、日の入りをずっと眺めているのだとか。

 さらに、自分が王であると言って(はばか)らないのだという。それで小王(リトルキング)と呼ばれている。

 

 その見栄えの良さと突拍子もない行動が、監獄長のファーゴの目に止まり、『お気に入り』になったのだそうだ。

 

「神がかりの(わらし)ね…」

 

 タマラは、いい意味では言ってなかった。

 常人からかけ離れた奇矯な行動をする子供……つまり気が触れているか、知恵遅れなのだろうと思ったのだ。

 

(愛玩動物に用はないわ)

 

 タマラはそれっきり、関心を無くしていた。その小さな王と出会うその時まで…。

 

 ===

 

 その日、タマラは野ざらしの懲罰牢(ちょうばつろう)に放り込まれていた。

 

 この懲罰牢(ちょうばつろう)は、土肌に(じか)に置かれた鉄製の檻である。風雨を遮るものもなく、横になれる程の広さもないため、一睡もできない。

 さらには見せしめのために、衆目にさらされる。

 

 一晩、この中に閉じ込められれば、どんな人間も心折れると言われる。

 それだけに奴隷たちから、恐れられている懲罰であった。

 

 タマラ自身は心折れることはなかったが、時折吹く風が生傷がこたえてはいた。

 

「君が、大女(ビックレディ)か?」

 

 ふいに、涼やかな声が聞こえた。

 目を凝らすことで、かろうじて声の主のシルエットが浮かぶ。子供のようだ。

 子供にしては落ち着いた声だったが、それだけにタマラには閃くものがあった。

 

「そういうあなたは、小王(リトルキング)ね」

 

「……よくわかったね」

 

 声が少し弾んでいる。奇妙にも、正体を見破られて喜んだようだ。

 

「けれど、ルイ、と呼んでほしいな。小さいと言われることは好きではないし、まだ王でもない」

「なら私もタマラと呼んで。大女と呼ばれるのは好きじゃない」

「……ふふ。互いにあだ名を嫌っているのか。おんなじだな」

 

「それで? あのオカマ野郎から外出の許可を得たからって、こんなところに来ても面白くないでしょう」

「バカを言うな。あの監獄長に許可などもらっていない。これは僕の自由意志だ」

 

(どういうこと? 脱獄してきたとでもいうの?)

 

 タマラは訝しんだ。

 

「お察しの通り、枷を外して、牢を抜け出してきた」

 

 闇の中でシルエットが両手を広げた。

 

 確かに、星明かりでようやく見える両手に手枷が見えなかった。それに枷には鎖がついていて、音を出さずには動けないはずだ。

 

 少なくとも、枷を外しているのは本当らしい。

 

「……枷を外せたんなら、どうして逃げない」

「むしろ、逃げるために、ここに来たんだ」

「どういう意味?」

「つまり一人じゃなくて、みんなで、抜け出そうってことさ」

「ハン、お優しい王様ごっこは他所でやってくれ」

 

 吐き捨てるように言ったが、童は引かない。

 

「そうはいかない。ここから抜け出すためには、最も要領の良い者と……」

 

 言いながら、ルイは自分の小さな胸板を指で指す。

 

「……そして、最も無謀な者が必要なんだ」

 

 そう言って、指をタマラに向けた。

 

「無謀」

 

 けなされたと思ったが、タマラは気分が悪くなかった。ずばり言い当てられたという痛快さがあった。

 

「ああ、無謀だね。でも、会ってみてよかった。タマラは無謀だけどもバカじゃない。それに心が真っ直ぐだ」

 

 かかっていた叢雲が流れ、月明かりが大地に差し込んだ。

 

「ねぇ、タマラ。僕と友達になってくれないか?」

 

 手を差し伸ばした小さな王は、男女どちらとも判別のつきかねるような、肩口で切り揃えたおかっぱ髪の美しい童だった。

 

 ===

 

 あくる日。

 教会堂に朗々とした声が響き渡っている。

 

「神は言われました。亜人は邪欲なりと。彼らは生まれつき強欲で、施しを与えられれば与えられるほど、果てなく欲しがります。

 そのくせ、自分で努力せず、いつも他人のものを(うらや)んでどうにかして掠め取ろうと狙っているのです」

 

「教え(さと)しても反発し、悪さを認めません。悪いと認識する知能がないのです。多少の知恵がある者も、屁理屈をこねて正当化をするばかりです」

 

「所詮、亜人は、人に似て非なるもの。(ほどこ)しも(さと)しも、役には立ちません。ですが、そんな彼らにも救いはあります」

 

 司祭(プリースト)にして監獄長のファーゴは、いったん沈黙してから続けた。

 

「我らが監視し、神の威光に奉仕させるのです。不善ばかりの亜人たちを、私達が管理することで善を為さしめましょう。

 それこそが、神の慈悲、ひいては我々の聖なる責務なのです……」

 

 神聖教国の監獄では、週に一度、訓戒を行うよう定められている。ダヤン監獄では、司祭(プリースト)の階位を持つファーゴがその任に当たっていた。

 

 その内容は『亜人』を一方的に貶め、管理せねばならないと説くものであった。

 

(くだらない。毎週飽きもせず、よくやる)

 

 ルイは、熱弁をふるう監獄長のために冷水をコップに注ぎながら、心中で吐き捨てた。

 

 神聖教国の『亜人』たちは、そもそも財産を持つことが認められていない。

 なにもかも欠乏していれば果てなく欲しがるのは当然だし、まっとうな手段でお金を稼げないのだから、盗みを働こうとするのも当然である。

 

 教え諭すという下りも、失笑ものだ。説教するといえば聞こえがいいが、『亜人』に自分の主張を押し付けるだけなのだから、当然、反発するだろう。

 たとえ理屈立てて反論したところで、彼らは屁理屈による自己正当化としかみない。

 もとから話し合いをしようと思っていないから、当然、聞く耳を持たないのだ。

 

 要するに『亜人』と差別的に呼ばれる異種族は、日々の暮らしにあえぐ下層民に、さらに下がいると見せつけるための生贄でしかない。

 

(自分から肥溜めに落としておいて、汚いヤツと笑うようなものだ。汚くしているのは自分たちなのにな)

 

 そう思いつつも、ルイは内心を悟られることなく、監獄長の補佐としての仕事をこなしていく。

 幸か不幸か、奴隷生活で、表面上は卒なくこなすスキルを手に入れてしまったようだ。

 

 訓戒が終わり、看守たちは定められた義務として、スローガンを唱和する。

 

「亜人は人にあらず」

「亜人に施せば、さらに奪われる」

「亜人を諭せば、恨まれる」

 

 その声を背に浴びながら、ファーゴは自室へと下がった。

 供をいいつけられたルイも、一緒に。

 

 ===

 

 監獄長の部屋は、監視塔の最上階にある。

 その窓の(ひさし)の陰から、ファーゴ所長は眼下を眺めた。

 

 グヤン監獄は、採掘を行う奴隷の園だ。

 鉱山の入り口を取り囲むように建物が点在している。その一つ一つが雑居房となっており、看守が二人体制で出入り口を見張っていた。

 

「まったく、汚いわねェ」

 

 最近では口癖になりつつあるセリフを吐いて、所長は窓から吹き込む土埃をはらった。

 

「見てみなさい、あの矮人(ドワーフ)たちを。 汚いヒゲに鼻つまみの体臭だわ。精神の醜さは外見に現れるものよねェ」

 

 司祭ファーゴはだらしない腹を揺らしながら、少年ルイを抱き寄せた。

 

「その点、あなたは美しいわね、ルイ」

「ありがとうございます」

 

 硬い表情でルイは答えたが、ファーゴは気にしない。

 

「小王と呼ばれているのも、納得だわ。男らしさも女らしさも、まだ見えてこない未分化の美しさよねェ」

 

 ルイは何も言わず、透き通った目でファーゴを見つめ返す。

 

 濡羽色の髪に、白皙の肌、深い藍色の目。食事を満足に与えられていないため、少しやせているが、それでもファーゴの審美眼にかなう美しさだった。

 なかでも、透き通った瞳こそ、ファーゴがもっとも気に入っている点だ。

 

 過去の『お気に入り』たちは、その瞳にへつらい、あるいは、反抗心の色を浮かべてしまっていた。だが、ファーゴが欲したのは、美しい無垢なる人形である。

 彼にとって、そのような感情は不要のものであった。

 

「いい子ねェ。心映えが美しいから、外見(そとみ)も美しくなるのよ。そのまま、いい子にしていればお願いも聞いてあげるし、心闇の浄化も早まるわぁ」

 

 神聖教国では、犯罪者や奴隷は、その心に闇を抱えているとされる。

 それは神聖教の用語で『心闇』とよばれ、このダヤン監獄も『労働によって心闇を浄化する』という名目で運営されているのだ。

 

 つまり、監獄から釈放されるときは心闇を浄化したときとなるわけで、ファーゴは釈放の早まりを示唆してみせたのである。

 

「けれどね、あなたにとって、良くない噂が流れているのよねェ」

 

 ルイに酒をもってこさせ酌を受けながら、何気ないふうにファーゴは言った。

 だが、その目は油断なくルイを見つめている。

 

「それは、なんでしょう?」

 

 本気でわからないとでも言うように、ルイは小首をかしげる。

 

「奴隷の一人がね、あなたが奴隷たちを扇動して、脱獄を企ててるっていうのよォ。ダメよねぇ、心を浄化せずに出ていくのはァ…。あなた、そんなこと考えてるゥ?」

 

 ルイの頬を指の背でなぞりながら、ファーゴは反応を注視した。

 

「めっそうもない。僕は正しい心でもって、監獄(ここ)から出ていくつもりです。そして王様となるのです」

 

 ルイに動揺は微塵もない。

 嘘をついているようには、ファーゴは思えなかった。

 

 ===

 

 ファーゴは結局、ルイのお願いを聞いてやることにした。

 

 といっても夜に星を見たい、朝や夕方に風を感じたいといった、いつもの可愛らしい願い事ばかりだ。

 看守をつけて、監視塔の屋上にルイを行かせてやる。

 

 王様になりたいという言葉も、ファーゴは子供らしい戯言だと思っている。

 神聖教国に王などいない。神の代理人にして、地上における神威の執行者たる教皇を戴くばかりである。

 世間を知らない無垢な、そして少しばかり愚かな子供というのが、ファーゴのルイに対する評価であった。

 

「やっぱり、北緯36.2度だ」

 

 丸めた紙から目を離して、ルイはつぶやいた。

 その丸めた紙には、お手製の分度器がつけられており、さらには石をつけた紐がぶら下がっている。

 

 かねてから星空を眺め続けたのは、童心からではなかった。きらめく星々のなかで、動かない星を見つけるのが目的だったのだ。

 動かない星、つまりは北極星(ポールスター)である。

 

 北極星(ポールスター)は惑星の自転に左右されず、ずっと北を示し続ける特性を持つ。

 

 そして、その特性によって、惑星の緯度を知ることができる。航海士の知識をルイは知っていた。

 

 ルイが作ったのは、六分儀である。

 丸めた紙から北極星を見つめると、垂直におろした糸が分度器に接触し、北極星の高度を示す。そこから90度を引けば惑星の緯度が導き出せるのだ。

 これは丸い玉の上にたち、極軸から伸びる線の消失点との角度を求めると考えれば、わかりやすいだろう。

 北極点に立てば天頂に北極星が輝き、赤道に立てば地平線に北極星が輝くことになる。

 

 とはいえ、手製の分度器、しかも一度も試したことがないルイは、万全を期すため何度も計測を繰り返し、平均を取ることで、より正確な緯度を測っていたのだった。

 

 朝夕の空を見つめていたのも、そこから東西を知るためであった。

 

 今度は、舐めた指を空に突き出してみた。風が指にあたって、冷えていく。

 

(やっぱり。昼は東から西に風が吹いて、夜には西から東に風が吹いてる……。神聖教国は、大陸の東岸に位置する国家。緯度も考え合わせれば、ここから西の山を抜ければ、大湖があるはず)

 

 ルイの思考を正確に追うためには、大気大循環と、大陸の東岸・西岸における気候の違い、また局地風の仕組みを知る必要がある。

 しかしながら、仔細を省いて言えば、局地風の仕組みを知るだけでことは足りるだろう。

 

 局地風の原理はさほど難しくない。

 太陽光によって、大陸も海も温められれる。大陸は熱しやすく冷めやすいのだが、逆に、海は熱しにくく冷めにくい。

 

 そのため、太陽光が当たる日中は大陸のほうが温かくなるため、海から陸地に向かって風が吹くことになる。

 一方で夜間は、海のほうが冷めにくい……つまり相対的に海のほうが温かくなるため、陸から海に風が吹くことになる。

 

 ダヤン監獄では、昼に東よりの風、夜に西寄りの風が吹いていた。

 

 局地風の原理から考えると、ダヤン監獄の西側に水があるのは、間違いない。

 大陸東岸に位置する神聖教国において、当然ながら海があるのは東側である。これは、ダヤン監獄が海岸沿いから離れていることを意味する。

 

 そして、お手製の六分儀から、ダヤン監獄は北緯36度に位置することが分かっている。

 神聖教国で、北緯36度付近に位置し、東側ではなく、西側にある水の場所……。

 ルイは脳内の地図から、大湖を見つけ出していた。

 

 大湖は神聖教国の領土最西端から南にかけて存在している湖で、その名の通り、海と言っていいくらいの広い湖だ。

 

 そして、水があるところには人が住み着く。

 

 湖、あるいは流れ込む川の近くを歩いていけば、集落が 必ず見つかるだろう。

 奴隷を受け入れてもらえるかどうかは分からないが、人のいないところに逃げたところで、オークやゴブリンの餌食となるばかりだ。

 

(それに、父さんが話していたことが正しければ……、オーガの領域にレジスタンスが居を構えているかもしれない。それに隠れ家も……)

 

 ルイは目元をゴシゴシとこすった。

 優しい父との思い出を、不意に思い出したからだ。

 たくましい腕で抱き上げてくれたこと、誕生日に焼いてくれた蜂蜜入りのアーモンドケーキ、お風呂上がりにワシワシと髪をかき回して水気をはらってくれたこと……。

 

 忘れようとすればするほど、断片的に父との思い出が浮かんでくる。

 

(……泣くものか。もう子供じゃない。ここから抜け出して、国を(おこ)す!)

 

 涙をごまかすように、監獄西の要塞門を睨みつけた。

 近い未来に脱獄者で殺到するだろう門は、今は闇に沈みこんでいる。




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