奴隷の少年が国を興す物語(仮)   作:克原絵馬

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※おしらせ。
更新は週一、二回程度にします。
すでに書き溜め分が、1年分くらいはあります。


10 迎撃と殺人 <1>

 大湖と大草原の間に位置する「オーガの領域」。その中でもルイの一党が進むのは、(いにしえ)から『百の丘』と呼ばれる場所である。

 その名の通り、起伏の激しい山や丘が連続して並ぶ土地であった。

 

 この山や丘に隠れるようにして、『レジスタンスの隠れ里』が存在するという。

 

 夜通し歩いたルイたち一行は、この辺りで一番高い丘の頂で休んでいた。

 

 夜を徹して進んでいたため、さすがのドワーフたちも疲労の色が濃い。

 子供のルイに至っては、疲労困憊と言った様子で、倒れ込んだまま動くこともままならない様子だ。

 

 ここに来るまでも色々あった。

 もっとも驚いたのは、オーガの死体が転がっていたことだろう。

 

 無数の矢や剣による傷がついており、また高く売れるオーガの角も切り取られていた。

 おそらくは、レジスタンスの構成員によって、倒されたのだろう。

 

 その他にもオーガの寝床を見つけ、慌てて逃げ出すこともあった。

 

 木の上で警戒をしていたタマラが、するすると降りると、声を低めて警告した。

 

「こっちにむけて誰か来るわよ」

「レジスタンスか? 人数はどれくらいだ?」

「レジスタンスじゃない。南側からくる。全員馬に乗って七人いる」

 

 タマラの指差す方を、オーステル老は見てみたがよく分からなかった。ドワーフは夜目が効くが、遠見は得意ではない。

 

「ルイよ、どうするね?」

「今、考えてる。距離はどのくらい?」

「オクラス河を渡ったところよ、およそ二十キロメートルくらいかしら」

 

 いつの間にかルイは胡座をかいており、頬に手を当てて考え込んでいる。

 

「いったん、車座になって。これまでの情報整理と、これからの行動を皆で相談したい」

 

 各々に承諾し、ルイの周りに集まった。タマラだけは、眼を追手から離さず警戒を続けている。

 

「まず、馬に乗っている彼らは、追っ手と考えていい。ダヤン監獄では馬は常備されてなかったから、異端審問官つきの聖騎士たちか、湖都レーゼルの警備のどちらかだろう」

 

「つまりは、スウェンがとっ捕まったてぇことだな」

 

「残念ながら。可能性を考えていたのに、『オーガの領域』に行くと漏らしたのはまずかった。ごめん」

 

「過ぎたことはしょうがないさ。ルイに腹案はあるのかい?」

「戦って勝つことはできない。追跡されたら追いつかれる。とすれば、隠れて進むか、惑わすか」

「隠れて進むは、分かりますが、惑わすというのは?」

 

 リエンツの質問に、ルイは直接的には答えなかった。

 

「武装に、馬に、相手はこっちよりすべてが揃っていると思ってる。そこがつけ目だ」

 

 ===

 

 異端審問官のセトと、聖騎士三名、そしてルイとオーステルを知る者として獄長のファーゴ、そして、湖都レーゼルの警備兵二名。

 

 追跡隊は、この総勢七名であった。

 

 オーガの領域といっても、広大である。たった七騎ですべてを探しようがない。

 

 セトは、レジスタンスの隠れ里があるという情報から、『オーガの領域』の中でも神聖教国にほど近い『百の丘』方面であると当たりをつけた。

 異なる場所の可能性もあるが、そうなっては探しようがなく、気にしても仕方がない。

 

 結局、一日目は、何の成果も得られず終わった。

 起伏が多く、視線がよく遮られるのだ。思った以上に時間をとられてしまい、距離を稼げなかった。

 

 二日目、三日目も成果なく終わると、セトの胸中に疑念が湧き上がってきた。

 

 ルイは、あのドワーフ女に嘘を伝えたのではないか。そして、見当違いのところを、まさに自分たちは探しているのではないかという疑念である。

 誰も通らぬ『オーガの領域』を指定したことなど、怪しいではないか。

 

 四日目、東西に伸びる道を見つける。

 舗装されておらず、自然に踏み鳴らされてできた道である。

 

「『オーガの領域』に道とは…、どう思われますか?」

「情報によれば、レジスタンスの隠れ里がこの辺りにあるはずだ。レジスタンスに通ずる道とみて、いいのではないか」

 

 聖騎士の質問に、そうセトは答えたのだが、レーゼルの警備兵が顔をこわばらせながら反発した。

 

「お、恐れながら、異端審問官どの、これはオーガの通り道ではございませぬか。人が通らぬ道となれば、それしか……」

 

 セトはその細い目で、警備兵を見つめた。どことなく爬虫類を思わせる視線は、警備兵の恐怖を煽った。

 異端審問官に睨まれては終わりである。

 だがオーガに襲われても終わりなのだ。警備兵は勇気を総動員して、翻意を促した。

 

「異端審問官どのを否定するわけではありませんが、奴隷たちがここにいるとしても、どうせオーガに食われてしまう、かと、存じます。たかが、奴隷ていど……いえ、悪しき者であれば、神が裁きを与えるのでは、ありませんか?」

 

 警備兵は逃げ腰になりながらも、最後まで言い切った。

 

「人が努めてこそ、神も我らを慈しまれよう。最初から神の裁きを期待してはならぬ」とセトは諭したが、彼自身、悩みどころではあるのだ。

 

 そもそもスウェンが嘘を吹き込まれたとしたら、ここにレジスタンスの隠れ里もないことになる。

 警備兵の言う通り、オーガの通り道である可能性も十分にあるのだ。

 さらにいえば警備兵のみならず、聖騎士も及び腰になっている。

 

 結局、この日は道をそれて野営を行うことになった。

 

 日も明けきらぬ翌朝のことである。

 不寝番をしていたファーゴが、遠くの丘の頂きに人の姿を見つけた。

 豆粒のような大きさだが、白い奴隷服を着た何者かが、そばにある林から出て何やらを拾っている。

 

「……ルイだわァ。あそこにルイがいる」

 

 同じく不寝番をしていた聖騎士も、人影の存在を認めた。

 

 すぐに全員を起こし、馬に鞍を置く。

 だが、その白い人影は奇妙なことに、手をふるような動作をした後、尾根の向こうに消えてしまった。

 

 セトは、起こされるとすぐに指示を飛ばした。

 

「クナイ、ファーゴ、すぐに人影を追え! 準備ができ次第、我らも続く!」

 

 不寝番をしていたファーゴと聖騎士はそれだけ準備も早く整っていたのだ。徒歩の奴隷が、騎馬から逃げられるはずもない。

 功名心に逸り、取る物も取り敢えず、馬を駆る。

 

 だが、尾根を越えた先で見たものは、奴隷などではなかった。

 オーガだ。人に倍する体躯を誇る人食いの化け物だ。

 

「わ、うわぁ!」

 

 言葉にならぬ呻きをあげて、二騎は馬首を巡らす。

 だが、聖騎士に比べ、ファーゴは馬に慣れていなかった。借りた馬だというのもあっただろう。うまく馬を動かせなかった。

 

 オーガは怒涛の勢いで突進し、逃げかけた馬の尾を掴んだ。もう片方の手で、馬の脚を掴む。

 信じられぬ膂力で、ファーゴを馬ごと投げ飛ばした。

 

 着地した衝撃で馬は足を折った。折れた足から飛び出た骨が運悪く、内蔵を傷つけた。ファーゴも投げ飛ばされ、意識を失う。

 

 オーガはそれには目もくれず、聖騎士の後を追った。

 

 オーガが怖れられているのは、強さもさることながら、その習性にある。

 オーガは、生きたまま人を喰らうのである。そして、食いきれぬ分は、生きたまま保存するため、足を折るのだ。オーガの寝床には、死にきれぬ人が助けを呼ぶ悲鳴がこだまするという……。

 

「オーガだ! オーガがいるぞー!」

 

 聖騎士は、大声で警告した。

 そこまでは良かったのだが、彼は冷静さを失っていた。根源的な恐怖から、人のいる野営地へと馬を向けてしまったのだ。

 オーガは聖騎士を追うことで、野営地を見つけてしまっていた。

 

 野営地では、まだ鞍を乗せてない馬もおり、当然物資も積み込んでいない。セトは彼らを守るために、戦いを決断した。

 

「私が時間を稼ぐ! すぐに逃げられるようにせよ! エルラン、ともに来い!」

 

 矢継ぎ早に指示を出し、長剣を鞘走らせる。手綱を片手で操りながら、オーガとすれ違いざま、長剣を横薙ぎに振るう。

 

 長剣は手の甲を軽く傷つけただけに終わったが、オーガは猛り狂った。

 怒りのままに、オーガの豪腕が振るわれる。

 セトは馬を巧みに動かし、その攻撃をかすらせもしない。

 

 その刹那、オーガの背中に矢が突き刺さった。オーガが振り返ると、聖騎士エルランが、すでに次の矢を番えている。

 放たれた矢が腹部に刺さりこんだが、オーガは痛がる様子も見せない。

 

 オーガの後ろに回り込む格好になったセトが、怪物の死角から脇腹に剣を突きこんだ。

 剣先が肝臓に達し、オーガはついに痛みから雄叫びを上げた。

 

 痛みに我を忘れ、オーガは無茶苦茶に腕を振り回す。至近に風圧を感じ、セトは背筋が冷えるのを感じた。

 

 さらにまずい事に、セトは剣を失ってしまっていた。オーガの分厚い筋肉に阻まれ、剣を引き抜けなかったのだ。

 刹那でも剣を諦めるのか遅かったら、今頃はむちゃくちゃに振り回された豪腕に、セトの頭は潰されていただろう。

 

 セトは次の剣を求めたが、それよりオーガの行動は早かった。脇腹に刺さった長剣を抜き去ると、そのまま投げ飛ばしたのだ。

 

 あっと思う間もない。勢いよく回転した剣は、レーゼルの警備兵の胴に突き刺さった。警備兵は自分に剣が生えていることを、信じられないような目で眺め、次の瞬間には血を吐いて絶命した。

 

(──警戒を怠ったか)

 

 セトは自分への苦い怒りを覚えた。武器を持たぬセトの代わりに、エルランと、もうひとりの聖騎士が弓と剣でオーガの気を引いている。

 

 これまでセトは、オーガを十分に警戒していたつもりだった。

 巨躯のオーガといえども、馬の速度には追いつけない。日中は常に馬上にいるようにしていたし、オーガが寝ているはずの夜も、見晴らしの良い場所に野営し、必ず不寝番を二人たてていた。

 

 まさに野営地を発つ前の、この時機でなければ、対処は容易だったはずなのだ。

 

 死んだ警備兵から剣を抜き取り、血糊を拭き取って鞘に収める。残った警備兵はすでに馬に乗り、いつでも逃げ出せる格好である。

 

「撤収の時間だ! エルラン、ベクター、問題はないか?」

「問題ありません!」

「よろしい! ひとまず『百の丘』を出るぞ!」

 

 セトたちは、馬を駆ってオーガから逃げ出した。

 オーガは雄叫びを上げながら、セトたちを追いかけたが、やがて追いつけないと分かると諦めて引き返していった。

 

 そして、殺された警備兵と、ファーゴ、それにファーゴの馬を無造作に掴むと、寝床へと引きずっていった。

 

 ===

 

 その少し前のことだ。

 

 どこか現実感が喪われた心地で、ファーゴは目を覚ました。

 馬と一緒に投げ飛ばされたことを思い出したが、もはやどうでもよかった。

 

 異端審問官に脱獄が露見した時点で、どうしようもなかったのだ。

 たとえ逃亡奴隷を捕まえたところで、ダヤン監獄の監獄長の任は解かれるだろう。うまくいっても、教皇府に送られ、暗い部屋で文書整理をして余生を過ごすことになる。

 

 積極的に死にたくはないため、異端審問官に協力はしたが、それだけだった。

 

(くだらない人生だったわねェ…)

 

 意識が靄がかったように、はっきりしない。オーガが自分を食べるまで、どのくらい時間がかかるのだろうか。

 

(最後に見るのがオーガになるのよねェ、最悪だわぁ。せめて美しいものを見たかった…)

 

 ファーゴは疲れを感じ、目を閉じた。オーガなど見たくもなかった。

 

 どのくらい時間がたったか分からない。

 駆け寄る足音が聞こえた。

 

 その足音は軽く、オーガとは思えない。重いまぶたを薄く開けると、ファーゴを覗き込む顔が見えた。

 

 濡れ羽色のおかっぱ髪に、深い藍色の瞳。人形のように整った顔は、ファーゴもよく知っていた。

 

(──ルイ)

 

 人形のように整った顔は、なお人形のように表情を変えずに、じっと見つめ返してくる。

 

(あぁ、ああ。神は私を見捨てなかった。神よ、深甚に思います)

 

 涙が流れた。首筋に熱いものを感じる。

 最期に美しいものを見れたことを神に感謝しながら、ファーゴは息絶えた。

 

 ===

 

 ファーゴが死んだのを見届けて、ルイは立ち上がった。

 ルイの手には、血に塗れた包丁が握られている。

 

 ルイが行ったのは、『慈悲の一撃』であった。

 

『慈悲の一撃』とは、助からぬ戦傷者にとどめを刺すことを言う。

 まだ息があったファーゴは、そのままにしておけば、オーガによって生きたまま食われることになったであろう。

 それは、ただ死ぬよりも残酷なことだ。

 

 ルイは危険と知りつつも、オーガが戻ってくる前に、ファーゴにとどめを刺したのであった。

 

 頸動脈を包丁で切りつけたため、返り血が白い貫頭衣に飛び散っている。

 ルイには、これが象徴的なものに思われた。

 

 国を興すということは、綺麗事だけではやっていけない。

 ルイの目指す国の形は、神聖教国のような差別主義、不公正、不自由の逆をいくものである。

 

 しかし、理想を唱えたところで万人が賛成してくれるわけではない。

 不公正があるということは、一方で不当な利益を得る人間がいるのだ。差別もまた、差別する側に溜飲をさげさせる効果がある。

 彼らにとってみれば、これまでずっと享受できていた「権利」なのだ。

 

 正そうとすれば、流血は避けられない。

 かといって、流血を厭わなければ良いというものでもない。神聖教国は『神の正義』を唱えながら、嬉々として流血をもたらしてきたのではなかったか。

 

「正義」に酔い、流血を求めることを、ルイは決してするまいと思った。

 

 流血を求めず、流血を厭わず。

 そうすることが自分にできるだろうか。

 

 はじめて人を殺したルイは、自らの双肩に重荷があることを知った。

 

「ルイ!」

 

 上方から声をかけられて、ルイは顔を上げた。

 タマラが馬に乗って、手を差し出している。

 

「早く乗って。オーガが戻ってくるわ」

 

 思ったより長く立ち尽くしていたらしい。ルイはタマラに手を引かれて、鞍上に座ることができた。

 タマラが手綱を引き、ルイは後ろでタマラを抱きとめる格好である。

 

 この馬は、殺された警備兵の持ち馬だった。

 オーガに襲われて逃げ出した馬をタマラはなだめ、自分の持ち馬としたのである。

 なお抜け目ないことに、警備兵とファーゴの荷物も馬にくくりつけていた。

 

 馬を速歩で進めながら、タマラは、後ろに座るルイに声をかけた。

 

「ファーゴは苦しまずに逝けたと思うわ」

「……」

「ねぇ、こんな話を知ってる? ある人が、善の善なる者を探そうとして、神様に、人が犯した悪事を見る目を授かるの。

 そうして、一度も悪事をしたことのない人物を見つけるのだけど、その人はどんな人だったと思う?」

「……赤ん坊だね」

「そう。立派な人でも何でもなく、お母さんのおっぱいを吸ってる赤ん坊だったのよ。……人は生きていくうちに、悪事をせずにはいられないわ。でも、その分、善行も行ったらいいじゃない」

「『慈悲の一撃』は正しかった?」

「…間違いじゃなかった。私はそう思う。いつでも一番良い結果、なんてことはないんだから、その時々で、できることを一生懸命やればいいのよ」

 

 お腹に回されたルイの手が、タマラをぎゅっと締め付けた。背中にルイの頭が押し付けられる。

 

「……ありがとう」

 

 小さく、ルイが言った。

 

 




う ・ ん ・ ち ・ く

あとがきに何も書かないのも勿体ないので、ちょっとしたウンチクを不定期で、今回から書いていこうと思います。

今回の舞台である「百の丘」は、『カルスト地形』となっています。

カルスト地形では、土地に水に溶けやすい岩石(石灰岩など)が豊富に含まれています。

そのため、長い年月の間に雨などにさらされると、溶けにくい場所は残り、溶けやすい場所は穴が開きます。
そういった地形侵食の結果として、たくさんの凹凸が生まれて、今回の舞台のような丘が連続したような地形になるんですね。

チョコレート・ヒルズなんかで検索すると、カルスト地形の一例を見ることが出来ますし、今回の舞台のイメージがつきやすいと思います。
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