奴隷の少年が国を興す物語(仮)   作:克原絵馬

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11 迎撃と殺人 <2>

 一方その頃、セト率いる追跡隊は、オーガの追跡をようやく振り切ったところだった。

 

 聖騎士クナイに、セトが声をかける。

 

「クナイ、お主は人影を見たのだったな。その人影はファーゴが言うように、奴隷であったか?」

「そう言われますと…。ファーゴがルイと申しましたため、私もそのように見ましたが、今思えばオーガの人影だったかもしれませぬ」

「そうか…。たしか、ファーゴはルイに身の回りの世話をさせていたな」

 

 ファーゴは会いたいと願うあまりに、オーガの影をルイに幻視したのではないか。セトははっきりと口には出さなかったが、そう思ったのだった。

 

 結局、成果はなく、敗残をかこつ身となってしまった。

 

(してやられたか)との思いが、セトにはある。

 スウェンから聞き出した「オーガの領域」に行くこと自体が嘘であり、罠だったのだ。

 おそらくルイたちは、オーガの領域の反対の南に向かったか、あるいはオクラス河を遡上したのだろう。

 

 セトはまんまと踊らされて、危険地帯に赴き、警備兵とファーゴを失ってしまった。

 忸怩たる思いを噛み締めながら、セトは馬を湖都レーゼルへと向けるのだった。

 

 よしんば、本当にオーガの領域にルイがいたとしても、敗残の身では追跡は続けようがなかった。

 

 ===

 

 タマラの馬が進む道は、セト率いる追跡隊が見つけた道である。

 

 セトが推測したレジスタンスに通じる道でもなければ、オーガの通り道でもなかった。

 これは闇商人の交易路だった。

 

 闇商人とは、いわゆる密輸品を扱う行商人である。

 神聖教国で禁止されている芸術品や物語本、あるいは宝飾具や嗜好品などをこの道を通って運び、神聖教国の金持ちに売るのである。

 

 そして、『レジスタンスの隠れ里』は、闇商人の交易路を道標に、行き着けるはずであった。

 

 太陽の眩しさを感じながら馬を進めていくと、巨石が二つ、道を挟むように立ち並んでいるのが見えた。

 これが目印であった。この巨石を直線で結んだ北の方向に、『レジスタンスの隠れ里』はある。

 

 タマラが巨石に近づくと、ひょっこりとドワーフが現れた。

 オーステル老、リエンツ、カルーラである。

 

「皆、『レジスタンスの隠れ里』に先に行ったはずじゃ?」

 

 当然の疑問に、ドワーフを代表してオーステル老が答えた。

 

「そりゃあ、お前さんたちを待ってたのよ。隠れ里に行くのに、親分がいなければ締まらんだろ。それに……」

 

 自慢の銀髯をしごきながら、オーステルは馬に目を向けた。

 

「別れてからの事の成否も詳しく聞きたいしな」

 

 ===

 

「今回、異端審問官が『百の丘』にやってきた時点で、僕たちの勝利条件は『見つからずに逃げ切ること』に加えて、『レジスタンスの隠れ里が、オーガの領域にあると気づかれないこと』になった」

 

「なるほど」とリエンツは頷いたが、タマラは疑問を持ったようだ。

 

「そもそも、隠れながら進むだけじゃダメだったの?」

 

「レジスタンスの隠れ里は『百の丘』に入って、徒歩でも三日とかからない場所にある。

 異端審問官たちは場所を知らないから、もっと時間がかかるけど、それでもモタモタしてたら、見つかってしまう危険性があったんだ」

 

「そっか」

 

「そう。だから、その前に諦めさせる必要がった。

 何の成果もなく、痛い目にあえば『オーガの領域に逃亡奴隷が居る』というのは嘘だと思ってもらえる」

 

 ルイが考えたのは、オーガと追跡隊をぶつけさせることであった。

 というより、きらびやかな甲冑を纏った異端審問官相手には、それ以外に方法がなかった。

 

「これはタマラがいたからこそ、できた方法なんだ」

 

「へ? そうなの?」

 

「もちろん。騎馬がどういう道を通りやすいか、どういう野営地を選ぶかなんて、僕には分からなかったよ。

 見つからずに尾行できたのも、遠見と夜目の効くタマラじゃなきゃ、出来なかった。

 それに、投石紐(スリング)の腕前もすごかったね。オーガの顔に一発で当てたんだから」

 

「そうかな~。えへへ。子供の頃から、投石紐(スリング)で遊んでたからね!」

「タマラはすごい。大勲章ものだよ」

「もー、やめてよ」

 

 褒め倒されて、タマラは顔を赤らめてしまった。

 

 実際、危険を危険と思わせずに事を成せたのは、彼女のおかげだった。

 ルイの実行した作戦は、こうである。

 

 早朝、日が明けきらぬ頃が狙い目だった。

 昼行性であるオーガが目を覚ましておらず、異端審問官たちが、すぐには動けない時機。

 

 ルイが丘の上に立ち、異端審問官たちに姿を見せる。奴隷かオーガか見分けられず、かろうじて人型と分かる程度の距離でなければならない。

 

 異端審問官がこちらに気づき向かってきた時点で、ルイは身を翻して、丘の稜線を越える。

『百の丘』の名の通り、この土地は起伏が激しい。丘の稜線を越えれば、向こうからは見えなくなる。

 そして、そのまま近くにある林へと駆け込み、身を潜める。

 

 ルイが身を翻して合図を送ったのと同じころ、タマラは、オーガの寝床の近くの丘の頂きに発つ。

 

 オーガはこの土地一帯の王者であるから、隠れる必要もない。その巨体を広々とした大地に投げ出している。

 

 タマラは、オーガ目掛けて投石紐を回転させて、石を投げた。

 

 投石紐はその名の通り、石を飛ばすための長い紐である。一端に石を載せて、紐を回転させ、相当の速度が出たところで石を投げ飛ばすのだ。

 うまいこと当たれば、狼を一発で昏倒させることすらできる威力を持つ。

 

 タマラの投石が、オーガの顔面にあたった。

 

 オーガがこちらを視認したことを確認した後すぐ、タマラは同じように、丘を越えて視線を切り、林に駆け込んで隠れる。

 

 うまくタイミングを合わせれば、オーガと異端審問官が鉢合わせする格好となり、互いに潰し合うだろう。

 

 このタイミングを合わせるというのが、この作戦の肝要なところで、ルイが最も苦心したところだ。

 良い立地条件(異端審問官の野営地、丘、林、丘、オーガの寝床の順番)となるまで、何度も確認し、タマラと練習を重ねた上で、ようやく成功に漕ぎ着けたのだった。

 

 ルイがその策を話して聞かせると、感心の溜息が上がった。

 あらためて、困難を成し遂げた手腕に驚かされたのだ。

 

 この年端も行かぬ(わらし)が、どう生まれ、どう育ったのか。オーステル老ならずとも気にかかるところだとリエンツは思う。

 

 いずれにせよ、レジスタンスの隠れ里まで、後少し。そこで、ルイの来歴は明らかになるだろう。

 

 ===

 

『レジスタンスの隠れ里』は、周囲を丘陵に囲まれており、近づかなければわからないようになっていた。

 

 石造りの防壁が周囲に張り巡らされ、門は一つ。そして、門は開かれていたものの、複数の門番が警戒をしている。

 

 ルイの一党をみて、門番は剣の柄に手をかけた。

 

 なかなかに警戒心が強い。近づく前に名乗りを上げるのがいいだろうとルイは判断した。

 

「僕の名はルイ。そして彼らは僕の仲間だ。遠く、ダヤン監獄より逃げてきた。どうか、庇護と会見を求めたい」

 

 ルイの言葉を聞いて、片目が潰れた門番が前に出てきた。おそらく隊長格なのだろう。

 

「庇護を求めるというのであれば、むろん、与えよう。だが、我らとて物が湧き出る壺を持っているわけではない。あまり期待はしてくれるな。……それと」

 

 門番は片目に(いぶか)しそうな色をたたえて、ルイの一党を眺め渡した。

 

「会見とはどういう意味だ?」

「今後について、首領格の方とお話したいのです。シンラ殿はおられるでしょうか。 ニカイドー・ルイが会見を求めていると取り次いでいただければ、分かると思います」

「なぜ、シンラさまの名を……いや、わかった。そこで待ってくれ」

 

 片目の門番は、驚きを隠せないまま、隠れ里の中に入っていった。

 そして、ルイの仲間も驚きを隠せなかった。

 

「ねぇ、ルイって、家名持ちだったの?」

「まぁね。でも、家名なんてどうでもいい。捨てたも同然だし」

 

「なるほど。ニカイドー…。あなたの来歴が分かってきました」

「ちょっと、リエンツ。思わせぶりなこと言わないでよ」

「ははは。すみません。でも、すぐに分かりますよ。そうでしょう? ルイさま」

「そうだね」

 

 ルイは頷いたが、若干の緊張感を隠しきれていなかった。

 

「シンラさまがお会いになるそうです。こちらへ」

 

 こうしてルイの一党は、隠れ里の中に入ることになったのだった。

 




う ・ ん ・ ち ・ く

今回は『投石紐』です。

投石というのは、歴史ものでも大きく扱われている印象はありませんが、最も簡単な遠距離攻撃手段として、近代以前の戦争では大きな役割を果たしていました。

日本でも『印地打ち』なんて言葉ができるくらいには、昔ではよく知られた戦闘技能であったわけです。

中世ヨーロッパでも投石紐を使った大会を開いたりして、その技術の維持と発展に勤しんできた……というのをどこかで見た記憶があります。

この投石の利点は、戦ったことのない一般人であっても、容易に行えることでした。

ちょっと、自分に置き換えて考えてみてほしいのですが、ポンと剣を渡されて眼の前の敵を殺してこいと言われて、「はい、そうですか」とできるでしょうか?
もちろん、相手は当然武装して、こちらを殺そうとしています。

無理でしょう?

しかし、紐をブンブン振り回して石を投げる程度なら、一般人でも簡単にできます。

敵が眼前にいないぶん恐怖も少ない。

狙いがつけにくい弱点もありますが、近代以前では集団で攻めてくるのが普通なので、それほどの弱点にはなりません。
それに、これは一般人にとって利点でもありました。
人というのは元来、人を殺すのが恐ろしいものです。しかし、狙いがつけにくいということは、直接人を殺すのではないということになり、その恐ろしさも薄れました。

さらに、投石紐を使った投石は、ちょっと洒落にならないほどの威力になります。
野球のボール大の石が剛速球で飛んできたと想像したら、その感じがわかるでしょう。

こういった諸々の理由から、投石紐は近代以前の戦いでは重要な武器の一つでした。
この作品で登場させたのは、そういった歴史背景を取り込むことで、その感じを出したかったのです。
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