「わあ。
タマラが感嘆の声を上げた。
隠れ里の中には、多くの家が立ち並んでいた。
石造りのものがあれば、木材によるものもあり、またテント張りのところもあった。
このテントは、タマラの一族が使う『ゲル』というものらしい。
ルイたちは早朝に隠れ里に訪れたのだが、井戸の周りでは洗濯物を洗う人々がおしゃべりに興じ、中央の石造りの家からは槌音が響いている。
荷車で荷物を運ぶ人や、皮のなめし作業を行っている人もいる。
隠れ里と言うが、そこはすでに活気あふれる街であった。
案内されたのは、ひときわ大きなゲルだった。
およそ、五十人ほども寝泊まりできるだろう大きさである。
とはいえ、大きな机やその周囲に椅子があることから、おそらくは会合や寄り合いを行うために使われる場所だろう。
そこで待っていたのは、タマラと同じような褐色銀髪の人族女性だった。
銀髪を片側だけおろし、もう片方は後ろに流している。
「シンラさん、お久しぶりです」
「……ルイちゃんなの?」
(ルイちゃん!?)
仲間の困惑をよそに、ルイとシンラは話を続けていく。
「大きくなりましたね。私も歳を取るわけです……。それで、後ろの方々は?」
「彼らは、僕の夢に付き従ってくれる仲間たちです。名前は……」
「待って。その前に、何も言わず、上着を脱いでください。あ…ひとまずは男性陣だけで」
「分かりました」
そういって、ルイはさっさと半裸の状態になってしまった。
彼が率先して脱いだからには、オーステル老やリエンツも、脱がざるを得ない。
「ありがとうございます。女性は差し障りがあるでしょうから、こちらへ」
そういって、衝立の向こうに女性を案内する。
衣擦れの音が聞こえた。一通り終わったらしい。
「ありがとう。皆さん。私達レジスタンスは、不当に蔑まれる者の味方です。庇護については確約いたしましょう」
「それは感謝しよう。だが、上着を脱がせたのはなぜかね?」
不躾な行為に気分を害していたオーステル老が、静かに訊いた。
「本当に、奴隷だったかどうかを見ました。長年食うや食わずの生活をしている奴隷であれば、肋が出るほどやせ細っているはず。その点、皆さんに問題はなかったようですね」
「スパイであることを警戒したってことかい。まぁ、当然の用心ではあるな」
そう言って、オーステル老は無礼を水に流すことに決めた。
「互いに積もる話もあるでしょうが、せっかくなので、食事をしながらにしましょうか」
そう言って、ルイたちには席を勧める。
シンラ他、数名のレジスタンスの人々と、ルイの一党は自己紹介をしあった。
しばらくすると、料理が運ばれてきた。
山雉のシチューに、ミートパイ、フライドポテトにマッシュポテト、羊肉と野菜の炒めもの、ヤギのチーズ、パン、紅玉果などである。
また、ルイとタマラには果実水が、ドワーフたちにはエールが運ばれた。
エールを前にしたドワーフの喜びようは、大変なものだった。
奴隷生活では、酒なんて全く出てこなかったのだから、久しぶりの甘露だろう。
「それでは、皆さんの自由と輝かしい未来を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
シンラが乾杯の音頭をとった。
湯気立つ料理にお腹がなりそうなほどだったが、ルイとタマラは、下品に見られないよう、せいぜいゆっくりと食べた。
一方で、ドワーフの方といえば、全く気にする素振りもなく、旺盛な食欲を発揮している。
ドワーフの作法では、よく食べ、よく飲むこと自体が、相手に素晴らしい歓待であると示すことになるのだ。
逆に、あまり食が進まない様子を見せると、相手が用意した食事や酒がまずいと伝えるようなもので、大変失礼な行為に当たるのだった。
元奴隷たちの事情を察してくれたのだろう。
シンラが水を向けたのは、ある程度食事を取り、ルイ達のお腹が満たされてからだった。
「ところで、ルイ殿が会見を求めたのは、いかなる理由からですか?」
「僕は、シンラさんに二つの協力を頼みに来たのです。一つは、僕の仲間のことを。もう一つは僕の夢のことを」
「ふむ…。聞きましょう」
「その前に、僕のことを仲間にはまだ話してません。できれば、話すための時間をもらえますか? その上で僕から離れる場合には、レジスタンスで庇護を与えてもらいたいのです」
「……分かりました」
考え込むような表情で、シンラは首肯した。
ルイの仲間たちも、ようやくルイの過去を聞けるとあって、真剣な表情である。
「僕の父、ニカイドー・ヨーは『異端審問官』だった」
「異端審問官…ッ!」
周囲の顔色が変わった。
奴隷たちにとって、怨敵にも等しい存在だ。タマラも、オーステル老も、リエンツも、カルーラも全員が異端審問官によって、獄に繋がれたのだから。
そして、被差別者出身が多いレジスタンスもまた、顔色を変えた。シンラを除いて。
「まぁ、話を聞こうじゃあないかね」とオーステル老が仲間をなだめ、レジスタンスの長シンラも「ニカイドー・ヨー殿は、私にとって大恩ある方です。心配ありません」と伝えて、その場はおさまった。
ざわめきが一段落するのをまって、ルイは仲間たちに頭を下げた。
「僕自身、恥じるものはない。詳しい話はこれからするけれど、それでも納得いかないこともあると思う。そのときは、シンラさんに身を寄せてほしい」
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「最初に、僕の知識が豊富なことが気にかかってたと思う。これは単純に、父さんの蔵書と、母さんの手ほどきで学んだ」
「異端審問官の蔵書? 異端審問官は異端のもの…、芸術や技術、学問を忌避し、取り締まる側の存在では?」
「その通り。父も当初は、異端審問官の
ただ、一幅の絵をみてから変わったらしい。
その絵は僕も見たことがあるけど、緑溢れる庭園で、一人の少女が一匹の幻獣と戯れている絵だった。異端審問官からすれば、宗教的題材ではない時点で異端であり、汚らわしく焼き捨てるべきものだった。
でも、とても幸せな絵なので、つい家に持ち帰ってしまった。そうして眺めているうちに、異端審問官の仕事に段々と疑問を持つようになったらしい」
ルイの目には、絵画を眺める父の姿が焼き付いている。母が亡くなってからは、父は時間が空くとよく絵画の前に佇んでいた。
そのときの父は話しかけられる雰囲気ではなく、ルイは戸口で立ちすくんでしまったことを覚えている。
その絵画も、すでに焼き捨てられてしまった。
「そこからも紆余曲折があったらしいけど、父は異端とされる芸術や、学問書、技術書を密かに集めるようになった。
異端審問官として悪事は取り締まっていたけれど、そうではないもの…例えば、職人が技能を極めようとして取り寄せた他国の技術書とか、庶民が娯楽のために読む物語本なんかは見逃すようになった」
「そして、僕が生まれた。物心ついた頃には、レジスタンスの人シンラさんも訪れるようになってた。
……そういえば、積み木をプレゼントしていただき、ありがとうございました」
シンラに向かって、礼を言う。
「……どういたしまして。幼児のころに贈った物を、今感謝されるのも、なんだか微妙な気持ちになりますね。
まぁ、そういうわけで、ニカイドー殿には相談にのってもらっていたのです。
異端審問官がどういう部分に着目し、どう行動するのか。
これはレジスタンスの運営に大いに役立ちましたし、またニカイドー殿には、金貨一万枚もの資金を提供してもらったりもしました。
今のレジスタンスがあるのも、ニカイドー殿の協力あってのことです」
シンラがそう言うと、レジスタンス側は安堵したようだ。上手くとりなしてもらえて、ルイも密かに安堵した。
「レジスタンスの隠れ里の場所がわかったのも、シンラさんが遊びに来てくれたからなんだ。父さんと隠れ里について、よく話し合っていたのを聞いてたからね」
「ん? ちょっと待ってください。この場所はニカイドー・ヨー殿から、聞いたのではないのですか?」
「父は、レジスタンスについて、一言も漏らすことはありませんでした。
父とシンラさんが話していたときに、隣で僕も、積み木で遊んでいましたよね。そのときのことを覚えていたのです」
「幼児だったではないですか!? 確かにルイちゃんをあやしながら、話すこともありましたが! その時のことを覚えていたと?」
「はい。まぁ、記憶力は良い方らしいので……」
シンラは飲みかけのゴブレットをテーブルに置いたが、その音はいささか大きすぎた。
「子供から秘密が漏れることがある、というのは聞いてました。だから、少年少女がいるような場所では、レジスタンス活動の話はしませんでした。
けれど、積み木で遊ぶ年頃の幼児にも、気をつけなければならないなんて……」
料理の皿がなければ、いまにも机に突っ伏しそうな勢いである。
オーステル老は咳払いをして注意を集めると、シンラを慰めた。
「ええと、シンラさん。ルイが特別、傑物なんだとおもうぜ。ダヤン監獄から六十人が脱獄したのも、ルイが主導したからこそだ」
「六十人!? 何があったんですか?」
ルイは仲間の捕捉を受けながら、脱獄計画とその経緯について説明した。
「なるほど……。でも、ちょっと疑問があります。ドワーフは手先も器用で、魔法にも優れてます。そのドワーフを差し置いて、なぜルイちゃんが錠外しを習得できたんですか?」
「錠の基本的な構造を知っていましたから。今使われている錠は、父と懇意にしていた錠職人が設計したものでした。その縁で、基本的な構造については知っていたんです」
これはいささか謙虚にすぎた言葉である。
娯楽が少なかったルイは、職人の置いていった錠前を
錠外しの技を習得できたのも、その時の経験が大いに役に立っていた。
「ドワーフの代表として言わせてもらうがよ」とオーステル老は言った。
「シンラさんも言ってたが、なまじっか魔法に優れている分、ドワーフが作る錠には魔法の仕組みが使われている事が多い。で、魔法なしの錠だと勝手が違ったってのがある。
それに錠外しに成功したやつは、他にも居たんじゃねぇのかな。ただ、そいつは、きっと一人で逃げることを選択したんだと思うぜ」
「なるほど…そういうものかもしれません」
シンラは考えこみつつも頷いた。