奴隷の少年が国を興す物語(仮)   作:克原絵馬

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12 レジスタンスの隠れ里 <1>

 

「わあ。移動式住居(ゲル)があるわ」

 

 タマラが感嘆の声を上げた。

 

 隠れ里の中には、多くの家が立ち並んでいた。

 石造りのものがあれば、木材によるものもあり、またテント張りのところもあった。

 

 このテントは、タマラの一族が使う『ゲル』というものらしい。

 

 ルイたちは早朝に隠れ里に訪れたのだが、井戸の周りでは洗濯物を洗う人々がおしゃべりに興じ、中央の石造りの家からは槌音が響いている。

 荷車で荷物を運ぶ人や、皮のなめし作業を行っている人もいる。

 

 隠れ里と言うが、そこはすでに活気あふれる街であった。

 

 案内されたのは、ひときわ大きなゲルだった。

 およそ、五十人ほども寝泊まりできるだろう大きさである。

 

 とはいえ、大きな机やその周囲に椅子があることから、おそらくは会合や寄り合いを行うために使われる場所だろう。

 

 そこで待っていたのは、タマラと同じような褐色銀髪の人族女性だった。

 銀髪を片側だけおろし、もう片方は後ろに流している。

 

「シンラさん、お久しぶりです」

「……ルイちゃんなの?」

 

(ルイちゃん!?)

 仲間の困惑をよそに、ルイとシンラは話を続けていく。

 

「大きくなりましたね。私も歳を取るわけです……。それで、後ろの方々は?」

「彼らは、僕の夢に付き従ってくれる仲間たちです。名前は……」

「待って。その前に、何も言わず、上着を脱いでください。あ…ひとまずは男性陣だけで」

「分かりました」

 

 そういって、ルイはさっさと半裸の状態になってしまった。

 彼が率先して脱いだからには、オーステル老やリエンツも、脱がざるを得ない。

 

「ありがとうございます。女性は差し障りがあるでしょうから、こちらへ」

 

 そういって、衝立の向こうに女性を案内する。

 衣擦れの音が聞こえた。一通り終わったらしい。

 

「ありがとう。皆さん。私達レジスタンスは、不当に蔑まれる者の味方です。庇護については確約いたしましょう」

「それは感謝しよう。だが、上着を脱がせたのはなぜかね?」

 

 不躾な行為に気分を害していたオーステル老が、静かに訊いた。

 

「本当に、奴隷だったかどうかを見ました。長年食うや食わずの生活をしている奴隷であれば、肋が出るほどやせ細っているはず。その点、皆さんに問題はなかったようですね」

「スパイであることを警戒したってことかい。まぁ、当然の用心ではあるな」

 

 そう言って、オーステル老は無礼を水に流すことに決めた。

 

「互いに積もる話もあるでしょうが、せっかくなので、食事をしながらにしましょうか」

 

 そう言って、ルイたちには席を勧める。

 シンラ他、数名のレジスタンスの人々と、ルイの一党は自己紹介をしあった。

 

 しばらくすると、料理が運ばれてきた。

 山雉のシチューに、ミートパイ、フライドポテトにマッシュポテト、羊肉と野菜の炒めもの、ヤギのチーズ、パン、紅玉果などである。

 また、ルイとタマラには果実水が、ドワーフたちにはエールが運ばれた。

 

 エールを前にしたドワーフの喜びようは、大変なものだった。

 奴隷生活では、酒なんて全く出てこなかったのだから、久しぶりの甘露だろう。

 

「それでは、皆さんの自由と輝かしい未来を祝って、乾杯!」

「乾杯!」

 

 シンラが乾杯の音頭をとった。

 

 湯気立つ料理にお腹がなりそうなほどだったが、ルイとタマラは、下品に見られないよう、せいぜいゆっくりと食べた。

 一方で、ドワーフの方といえば、全く気にする素振りもなく、旺盛な食欲を発揮している。

 

 ドワーフの作法では、よく食べ、よく飲むこと自体が、相手に素晴らしい歓待であると示すことになるのだ。

 逆に、あまり食が進まない様子を見せると、相手が用意した食事や酒がまずいと伝えるようなもので、大変失礼な行為に当たるのだった。

 

 元奴隷たちの事情を察してくれたのだろう。

 シンラが水を向けたのは、ある程度食事を取り、ルイ達のお腹が満たされてからだった。

 

「ところで、ルイ殿が会見を求めたのは、いかなる理由からですか?」

 

「僕は、シンラさんに二つの協力を頼みに来たのです。一つは、僕の仲間のことを。もう一つは僕の夢のことを」

「ふむ…。聞きましょう」

 

「その前に、僕のことを仲間にはまだ話してません。できれば、話すための時間をもらえますか? その上で僕から離れる場合には、レジスタンスで庇護を与えてもらいたいのです」

「……分かりました」

 

 考え込むような表情で、シンラは首肯した。

 ルイの仲間たちも、ようやくルイの過去を聞けるとあって、真剣な表情である。

 

「僕の父、ニカイドー・ヨーは『異端審問官』だった」

「異端審問官…ッ!」

 

 周囲の顔色が変わった。

 奴隷たちにとって、怨敵にも等しい存在だ。タマラも、オーステル老も、リエンツも、カルーラも全員が異端審問官によって、獄に繋がれたのだから。

 

 そして、被差別者出身が多いレジスタンスもまた、顔色を変えた。シンラを除いて。

 

「まぁ、話を聞こうじゃあないかね」とオーステル老が仲間をなだめ、レジスタンスの長シンラも「ニカイドー・ヨー殿は、私にとって大恩ある方です。心配ありません」と伝えて、その場はおさまった。

 

 ざわめきが一段落するのをまって、ルイは仲間たちに頭を下げた。

 

「僕自身、恥じるものはない。詳しい話はこれからするけれど、それでも納得いかないこともあると思う。そのときは、シンラさんに身を寄せてほしい」

 

 ===

 

「最初に、僕の知識が豊富なことが気にかかってたと思う。これは単純に、父さんの蔵書と、母さんの手ほどきで学んだ」

 

「異端審問官の蔵書? 異端審問官は異端のもの…、芸術や技術、学問を忌避し、取り締まる側の存在では?」

 

「その通り。父も当初は、異端審問官の()()な仕事を全うしていた。

 ただ、一幅の絵をみてから変わったらしい。

 

 その絵は僕も見たことがあるけど、緑溢れる庭園で、一人の少女が一匹の幻獣と戯れている絵だった。異端審問官からすれば、宗教的題材ではない時点で異端であり、汚らわしく焼き捨てるべきものだった。

 でも、とても幸せな絵なので、つい家に持ち帰ってしまった。そうして眺めているうちに、異端審問官の仕事に段々と疑問を持つようになったらしい」

 

 ルイの目には、絵画を眺める父の姿が焼き付いている。母が亡くなってからは、父は時間が空くとよく絵画の前に佇んでいた。

 そのときの父は話しかけられる雰囲気ではなく、ルイは戸口で立ちすくんでしまったことを覚えている。

 

 その絵画も、すでに焼き捨てられてしまった。

 

「そこからも紆余曲折があったらしいけど、父は異端とされる芸術や、学問書、技術書を密かに集めるようになった。

 異端審問官として悪事は取り締まっていたけれど、そうではないもの…例えば、職人が技能を極めようとして取り寄せた他国の技術書とか、庶民が娯楽のために読む物語本なんかは見逃すようになった」

 

「そして、僕が生まれた。物心ついた頃には、レジスタンスの人シンラさんも訪れるようになってた。

 ……そういえば、積み木をプレゼントしていただき、ありがとうございました」

 

 シンラに向かって、礼を言う。

 

「……どういたしまして。幼児のころに贈った物を、今感謝されるのも、なんだか微妙な気持ちになりますね。

 まぁ、そういうわけで、ニカイドー殿には相談にのってもらっていたのです。

 異端審問官がどういう部分に着目し、どう行動するのか。

 これはレジスタンスの運営に大いに役立ちましたし、またニカイドー殿には、金貨一万枚もの資金を提供してもらったりもしました。

 今のレジスタンスがあるのも、ニカイドー殿の協力あってのことです」

 

 シンラがそう言うと、レジスタンス側は安堵したようだ。上手くとりなしてもらえて、ルイも密かに安堵した。

 

「レジスタンスの隠れ里の場所がわかったのも、シンラさんが遊びに来てくれたからなんだ。父さんと隠れ里について、よく話し合っていたのを聞いてたからね」

 

「ん? ちょっと待ってください。この場所はニカイドー・ヨー殿から、聞いたのではないのですか?」

 

「父は、レジスタンスについて、一言も漏らすことはありませんでした。

 父とシンラさんが話していたときに、隣で僕も、積み木で遊んでいましたよね。そのときのことを覚えていたのです」

 

「幼児だったではないですか!? 確かにルイちゃんをあやしながら、話すこともありましたが! その時のことを覚えていたと?」

 

「はい。まぁ、記憶力は良い方らしいので……」

 

 シンラは飲みかけのゴブレットをテーブルに置いたが、その音はいささか大きすぎた。

 

「子供から秘密が漏れることがある、というのは聞いてました。だから、少年少女がいるような場所では、レジスタンス活動の話はしませんでした。

 けれど、積み木で遊ぶ年頃の幼児にも、気をつけなければならないなんて……」

 

 料理の皿がなければ、いまにも机に突っ伏しそうな勢いである。

 オーステル老は咳払いをして注意を集めると、シンラを慰めた。

 

「ええと、シンラさん。ルイが特別、傑物なんだとおもうぜ。ダヤン監獄から六十人が脱獄したのも、ルイが主導したからこそだ」

 

「六十人!? 何があったんですか?」

 

 ルイは仲間の捕捉を受けながら、脱獄計画とその経緯について説明した。

 

「なるほど……。でも、ちょっと疑問があります。ドワーフは手先も器用で、魔法にも優れてます。そのドワーフを差し置いて、なぜルイちゃんが錠外しを習得できたんですか?」

 

「錠の基本的な構造を知っていましたから。今使われている錠は、父と懇意にしていた錠職人が設計したものでした。その縁で、基本的な構造については知っていたんです」

 

 これはいささか謙虚にすぎた言葉である。

 娯楽が少なかったルイは、職人の置いていった錠前を(いじくり)りまわし、その構造を調べ上げていたのだ。

 錠外しの技を習得できたのも、その時の経験が大いに役に立っていた。

 

「ドワーフの代表として言わせてもらうがよ」とオーステル老は言った。

 

「シンラさんも言ってたが、なまじっか魔法に優れている分、ドワーフが作る錠には魔法の仕組みが使われている事が多い。で、魔法なしの錠だと勝手が違ったってのがある。

 それに錠外しに成功したやつは、他にも居たんじゃねぇのかな。ただ、そいつは、きっと一人で逃げることを選択したんだと思うぜ」

 

「なるほど…そういうものかもしれません」

 

 シンラは考えこみつつも頷いた。

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