奴隷の少年が国を興す物語(仮)   作:克原絵馬

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15 武器の新調

 

 ルイの一党は、鍛冶屋へと足を向けた。

 

 異端審問官から奪った荷物を売却して、装備を整えるためである。

 

 ひときわ大きな石造りの建物が、隠れ里にある唯一の鍛冶屋だ。

 扉を開けると、むわっとした熱気が吹きつけた。眺め渡すと、十数人もの鍛冶職人がそれぞれ腕をふるっている。

 

 フイゴを使って炉の炎を盛んにさせ、熱した鉄を金床(かなとこ)の上で叩き、冷たい井戸水で焼入れをする。

 皮のなめし作業なども行われており、隠れ里の装備を一手に引き受けているようだ。

 

「おっ、君が噂のルイくんだね。どしたい?」

 

 革の前掛けを着た人族の女性が話しかけてきた。金髪だが乱暴にまとめているせいで、まるで藁を頭に乗せているように見える。

 彼女は、自分が鍛冶頭であると語った。

 

「職人ってのは皆愛想ないヤツばっかりだからね。鍛冶頭といっても、まっとうに話ができるヤツってだけで選ばれたんだ。それで不用品の売却と装備の一新だっけか」

 

 鍛冶頭は品を検め、銀貨二十枚で買い取ろうと言った。オーステルが「そんなところだ」と言うので適正価格なのだろう。

 

 その銀貨二十枚と、追っ手の財布から奪った半銀貨十枚 (銀貨換算で五枚)で装備を整えようとしたが、これが実に悩みどころだった。

 

 着古しの服であれば、銀貨一枚で買える。

 だが、武器や防具となると桁が跳ね上がるのだ。一番安い数打物の胴鎧ですら、銀貨十枚はする。武器も同じくらいには高い。

 

 現状の持ち金では、一番安い武器防具を二つ買ったらおしまいである。

 

 どうするか悩んでいたところで、ルイは目を奪われた。

 鍛冶頭の机の上には、湾曲した刀身がむき身のまま置かれていたのだ。

 

「鍛冶頭、それは?」

「これかい? 他所から来た人には珍しいだろ? 曲刀の一種でカタナというんだ。ちょうど、(こしらえ)を作り直していたところさ」

「手にとっても構いませんか?」

 

 鍛冶頭から承諾を得られたので、ルイは恐る恐るカタナを手にとった。

 思わず「ほぅ」と溜息がこぼれる。

 

 全体の姿は、緩やかに弧を描いており、まるで銀月の端をなぞったようだ。

 刀身には白い部分が波打っており、海の波濤のように見える。刃文と呼ぶのだそうだ。

 さらに角度を変えてよく見ると、刃文と地鉄の境目が霧がかったように白く(けぶ)っている。

 地鉄の部分も、風を表すかのように波打ち逆巻く線がうっすらと見えていた。

 

 あまりに美しく惹き込まれて、ルイは()めつ(すが)めつ、じっくりとカタナを眺め尽くした。

 数分経っただろうか、名残惜しげにカタナを戻す。

 

「良いものを見させてもらいました。これは鍛冶頭が作られたのですか?」

「そうだ、と言いたいんだけどね。じつは違う。古来から伝わる名刀で、銘を『ビゼンオサフネ』というんだ。

 ……この域に達するカタナは、私含め誰も作れていないんだ。私が作っているのは鞘だけさ」

 

 ルイは物欲が強い方ではない。だが、このカタナだけは強烈に欲しいと思ってしまった。

 

「売り物でしょうか」

「うーん……。道具は使われてこそ、というのが私の信念だからね。売れないこともない。

 ただし! 大金貨七枚! それ以上はびた一文まけられないよ。今じゃもう作れない名刀なんだ。

 それに腕の方も良くなくっちゃ売れないね。少なくとも……」

 

 試し切り用の巻藁に歩み寄ると、鍛治頭はカタナを構えて、つい、と振り下ろした。

 巻藁は見事に両断され、上辺が軽い音をたてて床に転がった。何気なくみえるようで、その実、隔絶した技量である。

 

「最低でもこのくらいは出来てもらわなきゃ、カタナが可愛そうってなもんさ」

 

「大金貨七枚と言えば、私の価値と同じですね」

 

 いつの間にか近寄ってきたリエンツが、そんなことを耳打ちしてきた。自分を異端審問官に引き渡せと、使嗾(しそう)するかのようである。

 

「下らないことを。リエンツの価値は大金貨七枚に収まらないさ」

「高く買っていただいてるようで。ところで鍛治頭さん、安いカタナだとお幾らでしょうか?」

「手間がかかってるからね。他の武器より大分高くなるよ。今ある最安値でも銀貨三十枚だね」

 

「それはそれは。太古の昔、聖人を裏切った代価が銀貨三十枚だったとか。ルイさま少々お待ちを」

 

 リエンツは止める間も無く、どこかへ行ってしまった。

 どうする事も出来ず鍛治頭とルイが談笑していると、さほどもしない内にリエンツが仲間を連れて戻ってきた。

 

「皆と相談しましたが、ルイさま以外は現状の武器でかまわないそうです。カタナを買ってはいかがです?」

「僕だけ利を受け取ることになる。それに、それほどの資金(かね)はないぞ」

「警備兵の長剣があります。徒歩では扱いにくいので、売って資金にしたほうが良いでしょう。裏切りの代価が銀貨三十枚なら、信頼の代価も同額かと」

「ふーん。良い仲間たちじゃあないか。……前は、別の武器を使ってたのかい?」

「武器というほどのものは何も……」

 

 ルイは、これまで武器を手にしたことはない。せいぜい、ミーラフェンが持ってた包丁を護身用として持っていたくらいである。

 

「そっかー。カタナは他の武器とは違うよ。達人なら鉄すら真っ二つだけど、素人じゃあ藁束を切るのにも苦労する。

 カタナは、力ではなく技で切るんだ」

 

 鍛冶頭は、カタナを取り出してきた。さきほどの『ビゼンオサフネ』ではなく、最安値のカタナである。

 

「習熟するのは大変だけど、武器の中じゃ軽い方だからルイくんでも持てるだろう。

 ただし! 『使える』までに大変な苦労をするよ。どうする? 仲間の思いとともに、このカタナを受け取るかい?」

「聞き方がずるいな……。皆、本当に受け取って構わないか」

 

 一同に不満の色がないことを見て取ると、ルイはカタナを抜いた。

『ビゼンオサフネ』には格段に落ちるものの、それでも他の武器にはない美しさを感じた。

 

「ありがとう、皆。大事にさせてもらうよ」

 

 こうして、ルイの獲物はカタナに決まったのだった。

 

 ===

 

 ルイの一党が持つ武器は、以下のようになった。

 ルイがカタナを持ち、オーステル老が棍棒、リエンツが直剣、カルーラが戦斧である。

 ルイ以外は、監獄の看守たちから奪ったものだ。

 

 タマラも直剣を持っていたが、騎馬の民として槍を使っていたことから、直剣を売って槍に買い替えている。

 槍の値段は銀貨三枚。カタナに比べ十分の一の価格であった。それだけカタナが高いことが分かる。

 

 このときの話し合いで、仲間のドワーフ達の出身も分かった。

 オーステル老は『槌の一族』出身であり、リエンツが『火鋏(ひばさみ)の一族』出身、カルーラが『炉の一族』出身である。

 

 ドワーフの国はこの大陸に三つある。

 同じドワーフでありながら、仲間がそれぞれ別の国の出身であったことに、一行は不思議がりつつ面白がりもした。

 

 鍛冶屋を出てからは自由時間とした。

 

 夜通し歩いてレジスタンスの隠れ里にたどり着き、首領シンラと会見し、さらには鍛冶屋で武器防具を見て回ったのだ。

 皆疲れていた。ただ、まだ日が残っていて(やす)むには早いということで自由時間となった。

 

 ルイは隠れ里の中を歩くことにした。一回りもすれば、日も落ちる頃合いだろう。

 

 唯一ある門の近くには厩舎が建てられていて、馬、家畜の驢馬(ろば)山羊(やぎ)や羊が収容できるようになっている。

 

 門からまっすぐに、目抜き通りが伸びている。道幅が広く、通りの左右に様々な仕事場があるようだ。

 門に近い順に門番達の駐屯所、牧人や狩人の会館、建築家の会館と続いていく。

 

 もう少し進むと、目抜き通りを十字に横切る大きな通りに出くわした。

 この十字路には、神聖教国の都市と同じように市場が常設され、女性たちが果物やエール、工芸品などを売っていた。

 

 その近くには、宿屋を併設した食事処もある。宿屋があるということは、隠れ里と言っても人の出入りはあるらしい。

 織物業の会館も市場の近くにあった。

 

 目抜き通りを外れ、横に進むと住宅街となる。

 住宅街と言っても、畑や果樹園に囲まれて家々が点在している様子だ。

 家の外に椅子を出して、麦わらやスパルト草を編んでいる老婆が見える。

 

 金毬桃(ゴールデンナッツ)や、紅玉果(ルビーフルーツ)の果樹が植えられ、また馬鈴薯(じゃがいも)の栽培も盛んなようだ。

 

 隠れ里の人口は、およそ千人前後だろう。

 人族が最も多く、獣人がその次に多い。エルフとドワーフは数少ないようだ。

 

 女性が多いのは、神聖教国が男尊女卑でもあることが関係しているのだろう。異種族を差別するのと同じように、彼らは女性を卑しいと見るのだ。

 異種族差別も、男尊女卑も、同じ根のものが別の現れをしたに過ぎないとルイは考えている。

 

 統治者にとって、人を生まれながらの身分で分けるのは禁断の甘い蜜なのだ。

 

 階級を固定してしまえば、階級間で互いに協力することがなくなる。

 力を持つ者は、自己の立場を守るために、下位の者が力を持たないように収奪する。下位の者は、収奪された鬱憤を晴らすため、更に弱い者から収奪していく。

 当然ながら弱い者は不満を持つが、強い者はそれを恐れるがゆえに支配を強め、力を持たぬよう、ギリギリまで収奪していく。

 

 階級を定めることで収奪を制度化しているのである。民は自分の既得権益を守るために、そして反抗をさせないために、下位の者を収奪し続けるだろう。

 結果として、国民自体が国の統治体制を強化するのだ。

 統治者にとって、これほど楽なことはない。

 それは時代を経るに従い文化となり、誰もが当然のものとして収奪が行われるようになっていく。

 

 なるほど、たしかに有効には違いない。

 だが、それによって得するのは、社会階層の上部にいる一部の人間たちだけなのだ。

 

 そして、その一部の者達も、長い目で見れば大きな損をしている。

 

 なぜなら固定化された階級は、新しい何かを生み出さないからだ。

 上位の者は変化を望まない。なぜなら、新しい産業、新しい商品、新しい技術、そういった変化は既得権益を脅かすものだからだ。さらには変化によって下位の者が力をつけるのを警戒するからでもある。

 上位者は自分の地位を守るために、新しい何かを採用することはないだろう。

 

 さらに、生産量が増えることもない。

 下位の者はいくら努力しようと、あるいは効率化しようと収奪されるばかりだから、積極的に働こうとはしなくなるからだ。

 上位の者はそれを嫌い、下位のものを働かせようと鞭を振るうことになる。

 

 もっといえば、身分によって生業が固定されるため、才能とやる気のある人物がその芽を潰されることになる。

 

(僕の思い描く国は、神聖教国の逆だ。階級を固定せず、成果が本人の手に残り、才能とやる気のある者がその力を十全に発揮できる国……)

 

 そのためには真実を尊び、平等でありながらも、なお揺るがぬ統治体制を作らねばならない。

 

 自由でありながらも、無法にならないこと。

 競争を是としながらも、公正であること。

 変革を是としながらも、平和であること。

 

 相反する要件を満足できるかは、ルイの器量一つにかかっているのだろう。

 

「ルイ、どうしたの? こんなところで」

 

 見上げると、褐色肌の女性が銀髪を押さえて立っていた。タマラだった。

 

「ちょっとね。町並みを見ながら、考え事をしてたんだ」

「ふーん」

 

 タマラはルイのとなりに腰を下ろした。

 そこは小高い丘で、窪地にある畑や家々がよく見えた。

 

「けっこう、見晴らし良いもんね。……はい」

 

 手渡されたのは紅玉果(ルビーフルーツ)だった。割ってみると、赤い果皮のなかに汁気の多い果肉が入っている。

 

「あげる。おばちゃんの手伝いをしたら、くれたの」

 

 そう言いながら、タマラは果実をひと齧りした。

 それに倣って、ルイも一口齧ってみた。甘酸っぱい果汁が口に広がっていく。

 

「美味しい」

「そうでしょ。わたしの故郷には無かったから新鮮だわ。……あのさ、ルイ」

「うん」

「自分なりに考えたんだけど、わたしも皆みたいにしたほうが良いのかな?」

「皆みたいって?」

「なんていうか、そう、忠誠を誓うってやつ。わたしはルイのことが好きよ。友達として助けたいと思う。でも、それだけじゃダメなのかなって」

 

 リエンツやオーステル老の振る舞いをみて、タマラも思うところがあったらしい。

 

「ダメじゃない。タマラはタマラらしく居てくれたほうが嬉しい」

 

 ルイは紅玉果(ルビーフルーツ)をもう一口齧った。咀嚼して瑞々しさを味わいつつ、言葉を選んで話していく。

 

「僕は王になりたいけれど、偉くなりたいとか、尊ばれたいわけじゃないんだ。

 僕が『王』の仕事についているから命令を出すし、『臣下』も、その仕事についているから命令をきくという形にしたい。

 つまり、『貴賤』を無くして『務め』だけがある形にしたいんだ」

 

「……」

 

 タマラの脳裏には、死んだ両親のことが浮かんだ。父は族長だったが、確かに偉ぶったりはしてなかった。

 父も母も姉も兄も各々の仕事をして、厳しい自然の中で精一杯生きてきたのだ。

 

「それにね、オーステル老も、リエンツも、カルーラも、もちろんタマラも、本心からそれぞれの形で僕に力を貸してくれてる。

 建前とか義務とかじゃなく、本心から力を貸してくれたほうが僕はずっと嬉しい」

「そっか」

 

 嬉しいと言ってくれたのが嬉しくて、タマラは銀色の髪の毛をもてあそんだ。

 

 そろそろ日も落ちかけ、あたりが赤く染められてきている。二人は立ち上がり、仲間が待つ宿舎へ歩き出した。

 

 赤く色づく道に、二人の影が長く伸びていった。

 




う ・ ん ・ ち ・ く

今回は、収奪的な社会制度についてのお話です。
あるいは、共産主義的に搾取されている社会と言っても構いません。

収奪的社会とは、固定化されたピラミッド型の階級社会で下位の人間の成果物の大部分を、上位の人間が奪うことで成り立つ社会です。

近代以前の国家では、こういうタイプの社会のほうが支配的でした。

実例を挙げると、江戸時代の徳川幕府です。
徳川幕府は日本の歴史上ではもっとも収奪的でした。

家康は「百姓は生かさず殺さず」と言ったことで有名ですが、この発言から見ても家康が下位の者に力を与えないように収奪していたことがわかります。

百姓にギリギリの生活をさせて反乱を防ごうとしたことに加えて、自分に味方する者に高い地位を与えて利益供与することで、彼らが収奪的階級社会を保護するように仕向けてもいます(譜代、外様とか)。

余談ながら、家康は戦国時代の初期では超武闘派で賢いイメージはあんまりなかったのですが、秀吉が台頭したころから急に頭良くなったように思えるんですよね。
家康が能ある鷹で爪を隠していたというよりは、側近に優秀な人材を招き入れて、その人の言に従ったのではないかという気もします。

話が逸れたので戻します。

収奪的社会には、利点もあります。(というか利点がなければ近代以前で支配的になりません)
利点とは、社会の安定性が高いということです。ガチガチに固まった階級社会を崩すのは容易ではないってことですね。
事実、日本の歴史上で徳川幕府はもっとも長く続いています。

ただ、欠点もあります。
収奪的社会は、技術革新が起きにくく、経済発展もしにくいのです。

徳川幕府は鎖国をしていたために、黒船という外圧でてんやわんやになってしまいました。
戦国時代では、日本の銃の所持数は世界でも有数だったのですが。内にこもって技術革新を怠ったがゆえの結果でした。

もちろん、あまりに単純化した話ではありますが、概要としてはご理解いただけるのではないかと思います。

このあたりを詳しく知りたい方は、『国家はなぜ衰退するのか』という本を読んでみてください。
このウンチクも、『国家はなぜ衰退するのか』に多くの知見を得ています。

さらなる余談。これらの知見を元にボードゲームを作っているんですが、売れるでしょうか。
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