奴隷の少年が国を興す物語(仮)   作:克原絵馬

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16 シンラの受難

 

 ルイの一党は、レジスタンスの首領シンラの食客となった。

 特に務めがあるわけではないが、役に立たぬと思われれば、恩人の息子といえども放り出されるだろう。

 ルイの一党としては、それまでに自分の価値を証明したいところだった。

 

 とはいえルイは、仲間にまずは無理せず体を養うように申し伝えている。奴隷生活が長いほど、その辛苦は気づかぬうちに身を蝕んでいるものだからだ。

 

 それでも少しずつ、この頃のルイたちは番兵たちに混じって、戦闘訓練を行うようになっている。

 

 他の時間は、仲間によって過ごし方が違う。

 

 ルイであれば、治療院で治療術士の手伝いをしつつ治癒術を学ぶか、シンラについて隠れ里の(まつりごと)を学ぶかしている。

 

 タマラは馬と呼吸を合わせるために、隠れ里の周囲を巡ることが多い。それ以外はルイと同じように治癒術士の手伝いをしている。

 オーステル老やカルーラは、主に鍛冶屋の手伝いをしている。

 リエンツも、ほぼオーステル老と同じだが、不意に姿を消しては市場で売り子をしていることがある。

 

 この頃のリエンツは、顎髭を綺麗に編み込み短く切りそろえていた。といってもドワーフ基準の短さであって、喉元が隠れるくらいには長さがあるのだが。

 若いドワーフたちには、これが攻めたファッションに見えるらしい。顔立ちも悪くなく、口も達者なこともあって、隠れ里で人気になっているようだ。

 

 ルイも、その顔立ちの良さと凛とした立ち振舞いから、密かに隠れ里の女性たちに人気がある。

 だが、そのことにルイ自身は気づきもしていなかった。子供の頃からこの顔立ちだったのだ。周囲の視線は元から『そういうもの』だと思い込んでいる。

 

 ===

 

 シンラが扉を開けると、よく見知った少年がいた。

 

「ルイ殿、どうしました? こんな夜更けに」

「お休みのところすみません。実は、折り入って相談したく……」

「まぁ、お入りなさい。 ちょうど湯を沸かしたところです。茶を淹れましょう」

 

 レジスタンスの隠れ里に身を寄せてから三週間ほどだ。相談事も出てくるだろうと、シンラは快くルイを招き入れた。かつての恩人の忘れ形見である。否やはない。

 

 温かい茶を飲んで一息ついたところで、シンラは話を促した。

 

「実は最近、白っぽい膿のようなものが、股間にこびりついている事があるのです。また、寝起きに陰茎が腫れていることもあって……」

 

 シンラは、あやうく茶を吹き出すところだった。

 

(この子は深刻な顔で言っているの?)

 

「え、えーと、なぜ、それを私に?」

「アジャラーさんに相談しましたが、自分より詳しい人がいるから、シンラさんに相談するようにと」

 

(は、嵌められた……!)

 

 シンラの胸に去来したのは、その一語であった。

 

 からかってないのは、少年の真剣な眼差しで分かる。

 となれば治癒術頭であるアジャラーが、悪戯心を発揮して私のところに寄越したのだろう

 

 アジャラーはシンラにとって気の置けない友人だったが、同時に、人が困るのを見て楽しむ悪癖がある。悪ふざけを愛しすぎている人間であった。

 

 いまさら他の治癒術士に頼れとも言えない。

 アジャラ―に治癒術を教えたのはシンラ自身なのだ。シンラは首領であると同時に、レジスタンスで最高の治癒術士なのだから。

 

(それにしたって、大人顔負けの知識を持つルイ殿が、『アレ』について知らないなんてことがあるの?)

 

 ちらりと少年の方を見ると、ルイは真剣な表情で答えを待っていた。時間を稼ぐために、(マグ)を手に取りお茶を飲む。

 

 ……たしかに『アレ』について学問的に習ったことはない。

 なんとなく周囲の人から教わって、いつのまにか知っている知識である。

 

 ルイの綺麗な顔は真剣そのものだった。からかってやろうとか、面白がってる雰囲気は微塵もない。

 

(たしか、子供の頃は病弱で同年代の子供と遊ぶこともなく、ずっと本を読んでいたって言ってたわね。その後は、異端審問官の父に帯同していた、と)

 

 そういう来歴なら、世間から知識を得る機会はなかっただろう。異端審問官と一緒に行動していたなら、性的な話題はまったくなかったに違いない。

 

 ……半ば自己逃避で思考をしていたが、返答を伸ばすのも限界だった。

 

「その、白い膿というのは、寝起きについているのですか?」

「はい! そうです。深刻な病であってもどうか、言葉を飾らずに教えて下さい」

 

 今更ながらに、招き入れたことを後悔してしまう。

 妙齢の女性が、少年に対して、性について教える……下世話な人間が好きそうな状況になってきた。

 

「病気ではありませんよ、ルイ殿。む、むしろ、健康の証といいましょうか……」

 

 平静を装いつつ、シンラは世間一般が知っているであろう知識について、講義する羽目になったのだった。

 

 ……翌日、アジャラーに「昨夜はおたのしみでしたか?」と言われ、曲刀の柄に手をかけたことは完全な余談である。

 




裏 ・ 設 ・ 定

この世界における魔法について。

作品世界を作り上げるとき、SFなら未来技術、ファンタジーなら魔法の扱いをどうするかが作品の書き手の悩みどころだと思います。

自分は同じ背景世界でない限り、同じ魔法の仕組みを使おうとはしないのがちょっとしたこだわりです。

この物語における魔法の仕組みは、ずばり『模倣(トレース)』です。

この世界では、自然の現象をつぶさに観察し、感じ取り、ありありと想像できるようになることで、自然現象を魔力で起こせるようになります。

たとえば、魔法で風を吹かせようと思うとき、風が吹く様子を体全体で感じ、またどういうときにどのような風が吹くのかを予測できるほどまで風をよく知ることで、風を吹かせるようになります。

そうして風を吹かせるようになった後で、風の強さを変えたり、風の吹く方向を変えたりというように応用していくのが魔法の習得方法です。

ただ、すべての人がそんな事をやる時間はないので、魔法を使える先達に魔法を実践してもらって、その魔力の動きを真似る、模倣するのが一般的です。

そして、自然現象を模倣するのが魔法なので、自然現象として認識できないことは魔法でもできません。
つまり、『時を止める』とか『分身する』とかですね。

なお、作中で《治癒》の魔法が使われていますが、これは神聖教国が持つレガリア『聖杯』から湧き出す治癒のポーションが源流となっています。

治癒のポーションによって怪我などが癒える様子をつぶさに観察し、模倣することで、魔法の《治癒》が使えるようになりました。

そういった経緯から、《治癒》の魔法が使えるのは神聖教国の司祭階級以上に限られています。
レジスタンスの首領シンラは、神聖教国の司祭だったので《治癒》が使えて、他の人達にも教えることができるというわけです。

また『聖杯』によらない治癒ポーションの作成も神聖教国が独占しているので、この大陸における列強各国から一目置かれている状態です。

なおタマラは囚人奴隷の中で一番殴られたり、傷つけられたりしているのと、治癒ポーションを使われたことも多いため、治癒術についてはかなり上手になっています。
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