奴隷の少年が国を興す物語(仮)   作:克原絵馬

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17 オーガ討伐戦 <1>

 

 ルイたちが体作りに専念した後のことだ。

 十分に体を養ったと判断したルイは、オーステル老と相談の上、実践的な訓練を課すことになった。

 ルイに知識はあっても経験は足りない。その点でオーステル老を頼りにできるのはありがたかった。

 

 訓練の内容はこうである。

 

 馬に乗ったタマラが偵察して、勝てそうな魔物の群れを見つける。

『百の丘』はオーガが君臨する土地だが、オーガしか居ないわけではない。狼や蛇の他に、小鬼(ゴブリン)食屍鬼(グール)、たまに邪妖精(インプ)などが現れた。

 オーガが近くにおらず勝てそうな群れを見つけると、タマラはその群れにちょっかいを出して一部をおびき寄せた後、全員で斬りかかるのである。

 

 当然、群れ全てを引き連れてしまうことも多かったし、一度戦えば、誰かしらは倒れた。

 半壊して、慌ててレジスタンスの番兵に助けを求めたこともある。

 

 こうした無茶は、異端審問官から奪った荷物の中に治癒ポーションが多かったこと、またルイの一党がレジスタンスを手伝う中で、曲がりなりにも治癒術を身に着けたからこそ出来たことである。

 

 とはいっても、治癒術は傷の治りを早めるものに過ぎない。

 

 隠れ里で戦闘を行って傷を負うと、完治するまでは隠れ里にこもる。

 そして完治すると、また隠れ里の外へ赴き魔物を追うのだ。

 

 この訓練は金策にもなった。

 狼の毛皮は良い値段で売れたし、肉も取れた。蛇皮も売れた。特に、インプの器官は魔力回復ポーションの原料となるため、高く売ることができた。

 

 危険な訓練ではある。

 だが、奴隷としての経験があるルイたちだ。明日を切り拓くための行動と思えば、苦しくても続けることが出来た。

 それでも弱音が出てきたときは、オーステル老があるときは一喝し、あるときは慰撫した。

 肝が座ったオーステル老がいることで、皆、どことなく安心して魔物を狩り続けることが出来たのだった。

 

 そうした生活を送っていたある日のことである。

 

 このときも隠れ里を出て、ルイたちは魔物の群れを追っていた。

 

 ルイの一党の中で、カルーラだけが鎧を着込んでいる。

 これまでの金策で、ようやく鎧を買うことが出来たのだ。カルーラが一足先に鎧を手に入れたのは、彼女が一番前に出て危険を引き受けるからである。

 傷などお構いなしに前に出ては、戦斧で敵を薙ぎ払う。

 もっとも活躍し、もっとも傷が多いのがカルーラだった。

 

 

 タマラが腕を横に伸ばした。

 

 魔物を見つけた合図だ。

 一行が止まると、タマラは慣れた様子で投石紐を振り回し、ゴブリンに向けて石を撃ち出した。

 

 わずかに風切り音がなり、鈍い音とともにゴブリンの頭蓋骨が陥没した。

 

 投石紐を使った投石はこれほどの威力を持つ。地に倒れた仲間を見て、ゴブリンは騒ぎ出し、タマラを見つけると襲いかかってきた。

 

 

「ゴブリン九体! 縦列!」

 タマラが群れの実数と隊列を素早く伝える。

 

 慌てることなく、タマラは馬首を翻して丘の陰に隠れた。ゴブリンが丘を越えてきたときには、すでにルイたち一党が待ち構えていた。

 

「カルーラ、左へ突撃!」

 ルイが、カルーラへ指示を出す。

 

 ゴブリンが、タマラにまっすぐ向かってくる。

 そのゴブリンの先頭集団をかすめるようにして、カルーラは突進し、その後に、ルイ、リエンツ、オーステルが続く。

 

 天空から見れば、ゴブリンが真っ直ぐ列をなして襲ってくるところにカルーラたちが突進し、ゴブリンの隊列を斜めに遮る格好となった。

 

 カルーラは突進しながら、戦闘のゴブリンを斧で斬りつける。慌てて下がり、バランスを崩したところに、ルイ、リエンツ、オーステルが斬りつけ、あるいは殴りかかって、仕留める。

 

 後続のゴブリンも同じように、四人で取り囲み、叩きのめす。

 一時的に一対多数の状況を作り出し、確実に数を減らしていくのだ。

 

 といっても、できるのは最初の数匹までだ。その後のゴブリンは本能に従って一箇所に集まるため、このままでは乱戦になってしまう。

 

「タマラ、突撃!」

 

 鋭くタマラへ号令する。

 タマラは馬を駆けさせ、槍をゴブリンに突き刺す。人馬の質量と速度が槍の一点に集まり、ゴブリンは胴体を串刺しにされた。

 

 仲間たちは掛け声が上がった時点で、突撃に巻き込まれぬように退避している。タマラはゴブリンの群れを駆け抜け、さらに回り込んで再度突撃をかける。

 このとき周囲に目を光らせ、別の魔物や獣が接近していないかを探るのもタマラの役目だ。

 

 徒歩の四人は、突撃で算を乱したゴブリンに対して多対一で仕留めていく。

 

 なお、ルイたちはレジスタンスの隠れ里を背にして戦うようにしている。形勢不利とみれば逃げ込めるし、そうでなくても、後背から襲われる心配が多少なりとも少なくなるからだ。

 

 これが数多の戦いを進めていく中で、ルイたちが編み出した戦法の一つであった。

 

 常であれば、掃討戦に移る頃合いだったが、今日は違った。

 遠く、風に乗って背後から、剣戟の音や人々の怒号が聞こえてきたからだ。

 

「タマラ、戦闘音へ偵察!」

 

 ゴブリンの持つ棍棒をいなした隙に、ルイは号令を発する。タマラは音のする方へと駆け出し……、そして叫んだ。

 

「オ、オーガ! 隠れ里の門番さんと、オーガが交戦中!距離至近!」

 

 事態は知れた。だが、状況は悪化している。

 

「おのれ、さっさと逃げ出せ!」

 

 棍棒を振るいながら、オーステル老が呻く。

 

 現在、ゴブリンとは混戦になっている。逃げ出そうとしたら後ろから攻撃されるだろう。

 それが分かるから、ルイたちは逃げ出せない。ゴブリンどもは状況がわかっていないのか、唸り声をあげながら、襲いかかってくるばかりである。

 

「タマラはオーガを警戒! 残った全員でゴブリンを先に討つ!」

 

 こうなったら、是非もない。ルイはゴブリンを先に片付けることを選択した。

 ……だが、その指示は遅かった。

 

 地面が揺れる。

 背後から、オーガの咆哮が聞こえた。

 

 ルイは正面のゴブリンに集中していて状況がわからない。いったん散開させようと思った瞬間、衝撃が身体を貫いた。

 

 カタナが手を離れたのが、分かった。

 青空が一瞬見え、意識が途絶えた。

 

「……ッ!」

 

 タマラは馬上で、一部始終を見た。

 オーガが猛り狂って、ルイたちを殴り飛ばすのを。

 

 いや、その手には番兵が握られていた。番兵ごと薙ぎ払うのを殴るといっていいのかどうか。

 

 ルイたちが一度に吹き飛ばされ、ゴブリンも皆なぎ倒されてしまった。

 ほんの一瞬、ただの一撃で、戦闘は終わった。

 

 オーガは片方の手が空いていることに気づくと、オーステル老を無造作に掴んだ。

 

 そして、そのまま去っていく。

 

 かつて、武装した異端審問官の七騎でも、オーガを倒すには至らなかったのだ。

 タマラが戦って取り返すのは不可能だった。

 

「……」

 

 血の気が引いた。

 荒れ狂った感情が遠くに思える。このとき、タマラは恐ろしく冷静になっていた。

 

 タマラはリエンツに駆け寄り、治癒ポーションを振りまいて、血止めの処置をした。

 このとき、リエンツだけが呻き声をあげ、意識があったからである。

 

「リエンツ、他の皆を癒やして!」

 

 それだけ言うと、タマラは馬に飛び乗った。オーガの去った方向へ馬を走らせるために。

 

 リエンツは悲鳴を上げる体を叱咤すると、ルイ、そしてカルーラを治療するために、這いずった。

 

 タマラが戻ってくるのに、どれだけの時間がかかっただろうか。少なくとも、その頃にはルイ、カルーラは意識を取り戻していた。

 

「オーガの寝床を突き止めてきたわ」

 

 馬から降りるやいなや、タマラがそう報告した。そして、それきり黙った。

 ルイの言葉を待っているのだろう。真剣な表情で、ルイを見つめている。

 

 ルイの判断は早かった。

 

「オーガの寝床に案内してくれ」

 

 治癒ポーションの効果は発揮されたものの、ルイは一人だけ足を骨折し、治りきっていない。馬に乗せてもらい、タマラの先導で進むことになった。

 

 他の仲間は全員、ともかく動けるようになっている。

 

 ルイは内心、忸怩たるものがあった。

 脱獄のときもそうだったが、ここぞというときで使い物にならない自分が恨めしい。

 

 戦闘中の横入りは、当然警戒していた。

 

 だが、戦闘は激烈ではあるが短く、一時間もかからない事が多い。一方で索敵の時間は数倍、数十倍かかるのが普通だ。

 つまりは、横入りの可能性もそれだけ低いと見積もっていたのだ。

 

 それでも警戒して、レジスタンスの援護が受けられる位置で戦っていたのである。まさか、レジスタンス側が撃破されこちらにやってくるとは思わなかった。

 

 後悔は山のように積み上がるが、今それを云々しても仕方がない。

 レジスタンス側の状況も気になるところだが、まずは、オーステル老の安否を確認しなければ始まらない。

 

「最初に言っておく。もし、一人を殺すことで全体が助かるならば、僕は一人を殺す。自分も含めて」

「今回、オーステル老を見捨てれば、全員が助かりますが?」

「いいや、そうじゃない。

 ……脱獄のとき、僕は一人で逃げ出すことも出来た。でも、それでは今頃、湖都レーゼルで僕は小姓でもしていただろう。興国など夢想でしかなかったに違いない。

 皆が皆を助け守ろうとするからこそ、生きる道が広くなるんだ。自分の利益ばかり考えるヤツは、生きる道を狭くする」

「……」

 

「皆が一人を守ろうとするからこそ、一人が皆のために戦えるんだ。そうであるからこそ、国は成り立つ。

 オーステル老を助けられるかどうかは分からない。しかし、全力を尽くさぬまま見捨てたら、僕の国はその拠って立つところを失う。

 今なお、死んでないなら全力を尽くす」

「ん。オーステルを見放したら、私もルイを見放す」

 

 カルーラが当たり前のように言った。

 

「カルーラにそう言われては仕方ありませんね。ですが、全力を尽くしても上手くいかないときはどうしますか?」

「全力を尽くして誰かが死ぬとみたら、オーステル老は見捨てる。しかし、そうならないように、リエンツ、黒狼盗としての技量を貸してくれ」

「かしこまりました」

 

 ルイは、このとき、自分の立ち位置を明確にしておきたかった。

 

 かつて呼んだ物語本では、こういうとき英雄が仲間を助けると明言し、仲間を説き伏せて成功させるだろう。

 

 だが、これは現実なのだ。

 人は死ぬときは死ぬ。英雄だとて例外ではない。都合の良い『神の恩寵』などというものをルイは信じていなかった。

 

 自分一人を考えていれば生きる道が狭くなる。だが、人を助けるために自分を犠牲とするのも意味がないではないか。

 その辺りのバランス感覚を、ルイは示したかったのだ。

 王とは、きっと、そのような舵取りを求められる存在なのだ。

 

 ──三時間ほど後で、一行はオーガの寝床についた。

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