奴隷の少年が国を興す物語(仮)   作:克原絵馬

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18 オーガ討伐戦 <2>

 

 日はすでに、中天を過ぎている。

 オーガは丘の頂に、枯れ木や人皮などを敷いて寝床としていた。そして、件のオーガは寝転がりながら、人の腹を裂き内臓を食らっていた。

 

「オーステルでも、番兵さんでもないわ……」

 

 目の良いタマラがそういった。

 番兵と、オーステルは脇に無造作に投げ捨てられている。オーガの習性通りなら、足を折られているだろう。

 生きているかどうかは、ここでは判別できない。生きていても重症だろう。

 

 どちらにせよ、オーガに食われるのは時間の問題だった。

 

「作戦は単純だ。

 タマラは後ろに回って、投石紐でオーガの気を引きつけてくれ。オーガが迫ってきたら、馬に乗って追いつかれないように逃げろ。

 

 カルーラとリエンツは、オーガがタマラを追っている隙に、二人を担いで逃げて……いや、先に血止めを行ってくれ。血の臭いで後を追われては困る。

 タマラが引きつけている間に、なるべく遠くに逃げる。他に思案があったら言ってほしい」

 

「それしかなさそうですね。他に付け加えることもありません」

 

 カルーラもタマラも異議がなかったので、この作戦で行くことになった。

 

 ルイは足を折っており、人を担ぐこともままならない。うまく添え木がしてあるから、自分一人、無理して走ることは可能だろう。

 それでも通常の歩く速度程度になることが予想された。

 

 そのルイは、オーガの寝床から一つ離れた丘の陰に隠れ、それ以上は離れなかった。

 リエンツがもう少し離れるように言ったが、頑として首を縦に振らなかった。

 

「人を一人担いで動けば、片足を怪我した僕と同じくらいの速度になるだろう。わざわざ、遠くで待っていることもない」

「それを言うなら、わざわざ近くで待っていることもないでしょう」

「少し考えもあるんだ。このままにしてくれ」

 

 そうまで言われては、仕方ない。リエンツは引き下がった。

 

 おそらくルイは、自分一人が、安全な場所で待っているのが許せないのだろう。

 立派な心がけかも知れないが、リエンツとしてはルイ自身を大切にしてほしかった。口ではあれこれ言うが、リエンツはルイを主として認め、心配もしている。

 

 ===

 

 ルイは丘の影に身を潜め、眼から上だけを丘の上にさらしている。

 

 タマラがオーガの寝床を挟んで、反対方向の丘の頂きに姿を表した。その陰に馬があるに違いない。

 

 投石紐を回し、オーガ目掛けて石を投げつけた。最初は目測を外したが、次の石礫がオーガの手を打った。

 

 オーガは怒りのうなり声をあげ、立ち上がった。

 近くに石が着弾しても動かなかったのは、肝が据わっているのか、鈍感なのか。

 

 ともかくもタマラに向かって、オーガが走り出したのだった。

 

 その間、ルイは顛末を見ながら《治癒》の魔法を自分にかけ、少しでも早く骨折を治そうとしている。

 

 オーガが、タマラのいた丘の向こうに消えてから、カルーラとリエンツが静かに駆け出した。

 カルーラもリエンツも、治癒術を学んでいる。手早く治療をしてくれるはずだ。

 

 だが、ここで計算が狂った。

 タマラが引きつけているはずの、オーガが丘の向こうから姿を表したのだ。

 

 カルーラもリエンツも、まだ気づいていない。

 ルイは大声で叫ぶ。

 

「オーガが来たぞ!!」

 

 そこまで言ってから、ルイは一瞬迷った。二人に、負傷者は無視して逃げろと言うべきだろうか。

 

(いや、オーガは動けない負傷者を無視して、二人を追う……逃げ切れない)

 

 オーガは人の倍の体躯を持つ。馬よりは遅いが、人が走るよりは早い。

 逃げたところでカルーラ、リエンツのどちらかに追いつくだろう。それでは犠牲者が増えるばかりだ。

 

「僕が引きつける!! 負傷者を担いで、別の方向へ逃げろ!!」

 

 言いながら、投石紐を回す。

 ルイの投石の腕前は、タマラに比べるべくもない。不得手どころか下手糞(へたくそ)と言っていい。

 

 だから、弾に工夫をしていた。

 

「何をしている! 行け!」

 

 二人が離れていくのを見届けると、ルイは投石紐を振り回し、弾を下手投げの要領で打ち出した。

 

 弾が放物線を描いて、着弾する。すると、その一面が炎となって燃え上がった。

 

 いわゆる火炎壺である。

 小さい壺に燃えやすい粘性の油を詰め、油を染み込ませた布で蓋をする。その布に《着火》の魔法で火をつけて、撃ち出したのだ。

 

「こっちだ! オーガ、こっちへ来い!!」

 

 必死の呼びかけだった。オーガが、カルーラやリエンツを追わないとも限らない。

 幸運というべきか、ルイの火炎壺はオーガの寝床にあたった。

 たちまちに炎が枯れ木に燃え移り、煙がもうもうと湧き出てきた。

 

(どうされるおつもりか!)

 

 リエンツは、オーステル老を担ぎ上げて逃げ出している。

 オーステルの重みや、オーガが近くにいることなど、どうでもいい。ただただ、ルイの思惑が気にかかった。

 

(主がオーガを引きつける。それは良い。しかし、引きつけた後は?)

 

 まずもって、ルイの技量はオーガを倒せるレベルにない。

 初めてカタナを持った子供が、数週間で達人になれるほど武の道は甘くはない。

 今の技量は、せいぜいゴブリンと一対一で戦って、なんとか勝てる程度だろう。

 しかも、それは万全の状態での話。

 

 足を骨折している今のルイでは、万に一つの勝ち目もない。

 

 リエンツは後ろを見る余裕もないため、どうなっているのかが分からなかった。

 ルイの智謀に賭けるしかない。オーステル老の重みを感じながら、リエンツはそう思った。

 

 ===

 

 ルイに、考えなど無かった。

 

 丘の向こうに、オーガが現れた時点でどうしようもなかったのだ。

 

 あのままにしておけば番兵とオーステルは死に、リエンツか、カルーラが殺されていただろう。

 ルイが囮になれば、彼らは助かる。

 死ぬ人数が三人から一人になるなら、それでよいかと思ったのだ。

 

 いや、思ったのではない。

 体が勝手に動いたというのが、正しいだろう。

 

 ただ、恐怖が身を浸す前に、行動してしまったのだった。

 

「さぁ! 来い!」

 

 二発目の火炎壺を振り回しながら、ルイは叫んだ。

 

 ルイにとって最上の結果は、オーガが、自分の寝床を消火しようとすることだった。それであれば、煙に巻かれているうちに逃げ出せたかも知れない。

 

 だが、そうそう上手くはいかなかった。

 寝床を飛び越え、猛然とルイの方へ走ってきたのである。

 

 二発目の火炎壺は、オーガの胴体へ当たった。だが、火に巻かれても気にすることなく突進してくる。

 

 ルイはカタナを抜き放った。

 

 万策尽きて、もう戦うしかない。覚悟が決まった。

 そう思うと、入っていた力が抜けた。微笑さえ浮かんでくる。

 

 ルイはオーガの突進を待ち構えてはいなかった。相手の呼吸を見て、ふっと懐に潜り込んだ。

 

 カタナはまだ振らない。

 上方から殴りつけようとしてくるのを、ルイは、さらにオーガに近づくことで避けた。

 避けつつ、カタナをオーガの足に斬りつける。

 

(体格が大きい敵は、懐に入ること)

 

 かつて父が言っていたことを思い出す。

 いまだ子供のルイからすれば三倍もあるように思えるオーガ。だが、焦らず見ていれば、巨躯ゆえの弱点もあった。

 

 すべての動作が大振りであるゆえに、予備動作が分かりやすいのだ。

 

 ルイが姿勢を低くしているため、オーガは殴りつけるのに、身をかがめねばならない。そして足を踏ん張らずに、腰を下ろすことなど出来ない。

 つまり、その一瞬、足が動かぬ的になるのだ。

 

 さらには、胴体に着弾した油が燃えて、煙がオーガの目を晦ませている。容易にはルイの姿を見通せなかった。

 

 このとき、ルイの時間感覚は引き伸ばされ、戦い以外のことは全て忘れていた。

 恐れはなく、体の痛みすらなく、力が奥底から湧き上がっていた。

 

 ルイはオーガに一撃をもらうことなく、二太刀(ふたたち)を足に斬りつけていた。

 

(こ、これほどとは……)

 

 ようやくオーステル老を丘の影に隠し、リエンツが後ろを振りかえったとき、ルイはまさにオーガとの死闘の真っ最中であった。

 

 足の痛みなどないように動き、戦っている。

 

「一皮むけたってヤツだな。だが、あれじゃあジリ貧だぜ」

「オーステル老! 目覚められたのですか?」

「おう。ワシを担いで、さんざん揺らしやがって。死に損ないのワシでも目が覚めるわ」

 

「それは良かった。それでジリ貧というのは?」

「せっかちめ。……よく見てみろ、ルイが与えた傷は全て浅手だ」

「確かに……」

 

 ルイの攻撃は当たっていたが、オーガに浅い傷を与えるだけだった。

 これはルイが避けに徹しているということもある。なにしろルイは、オーガの一撃が当たった時点で死ぬ。

 

「……リエンツ、ルイは気高い志を持っていると思うか?」

「疑いようなく」

「では、助けてやれ。かつてお前さんが誓ったように」

「ッ! 老公、感謝いたします」

 

 リエンツは、ルイを助けるため走り出した。

 

 忠誠を誓うとき、リエンツはルイに言ったのだ。『気高き志を持つ限り、力を尽くす』と。

 オーステル老は、それを思い出させたのだった。

 

 そして、ルイを助けようと思う者はリエンツだけではなかった。

 

「こっちをみろ! オーガ!!」

 

 タマラが激しく叫ぶ。槍が吸い込まれるように、オーガの背中に突き刺さり……砕けた。

 

 槍の穂先はオーガの体奥まで入り込んでいる。だが、タマラは力を入れすぎた。柄がたわみ、それでも奥まで刺そうと力を込め、オーガが体をねじったことで、槍の柄が耐えきれず折れてしまったのだ。

 

 しかし、これがオーガへの初めての有効打だった。タマラの馬は、すでにオーガの射程距離から離れている。

 

「うぉおおおお!」

 

 雄叫びを上げつつ、リエンツは直剣を横に振るう。

 

「浅い!」

 

 リエンツは足の健を狙ったのだが、切れ味も悪く、浅く傷をつけただけだ。凄まじい怒号が周囲にとどろきわたった。

 リエンツを睨めつけたオーガは、体ごと向き直った。

 

 巨大な拳が襲いかかる。リエンツは飛び退って、一撃を避けた。

 

 風圧がリエンツの髭を揺らした。さらに一歩後ずさり、初めて近くからオーガを見た。

 見上げるほどの巨体! 

 

(主は、これほどの敵と戦っていたのか!)

 

 怖気がリエンツの背筋を冷やした。体がこわばり、呼吸が苦しくなった。

 

 死の予感が、リエンツを襲ってくる。

 

 だが、彼は一人ではなかった。

 体ごと回転させるようにして、カルーラが戦斧を叩きつけたのである。

 

 渾身の一撃で、ふくらはぎから血が吹き上がった。地響きを立ててオーガが膝をつく。

 

 ルイは……動けなかった。

 

 極度の集中状態が、タマラの突撃によって解け、一種の虚脱状態になったのである。

 仲間が来てくれたという安心感も、それを後押しした。

 

 オーガは腕を振り回した。とっさにリエンツは剣を突き出す。

 

 拳に剣が突き刺さり、それでもなお勢いやまず、リエンツは吹き飛ばされる。

 オーガは自らの怪力で、剣を拳に刺しこんだ格好となった。

 

 オーガの咆哮が響き渡った。怒りの矛先を求めて顔を巡らす。リエンツは吹き飛ばされ、手が届かなくなっている。

 

 そこに見えたのは刀を抱えたまま、身動きが取れぬルイだった。

 

 濃厚な死の予感が、オーガの視線となって、ルイを貫いた。

 歯を剥き出し、目を見開いたオーガの形相が、恐ろしい。

 

 奇妙なほどにゆっくりと、オーガの拳がふりかざされた。

 ルイは、とっさに身動きもできない。

 

 

 

「《炎弾(ファイヤー)》!!」

 

 炎の弾が、オーガの顔に命中する。たまらず、オーガはよろめいた。

 

 シンラ率いる精鋭部隊が、馬上の姿を見せている。

 

「邪魔になります! 散りなさい!!」

 

 一瞬の間をおいて、ルイは弾かれたように距離をとった。極度の興奮のせいか足に痛みもない。カルーラもリエンツを担いで退避している。

 

 精鋭部隊が、絶え間なく《炎弾》をオーガの頭に打ち込む。別の一騎が、クロスボウでオーガの胸を貫いた。

 

 しかし、それでもオーガは倒れなかった。《炎弾》によって視界が閉ざされ、オーガはめちゃくちゃに腕を振り回す。

 

 シンラの精鋭部隊はオーガに近づかなかった。オーガの周囲を周り、馬蹄を轟かせて聴覚を奪う。

 けっしてオーガの攻撃範囲に近寄らず、魔法とクロスボウの矢弾で攻撃を加えていった。

 

 オーガはなすすべなく、やがて巨体を倒れ伏させた。土埃が舞い、辺りの視界を奪った。

 

 倒れるとみるや、一人の戦士が飛び出して曲刀を振るい、オーガの首筋を斬り割いた。血のシャワーが大地を濡らし、沈みゆく夕日に虹をかけた。

 

 精鋭部隊によるオーガ討伐は時間こそかかったものの、危なげなく終わったのだった。

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