奴隷の少年が国を興す物語(仮)   作:克原絵馬

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2 大女と小王 <2>

 ルイがもう一度、大女(ビッグレディ)に会おうと決めたのは、野ざらしの懲罰牢に銀色の髪の毛がひるがえったのを、監視塔から見つけたからである。

 

 タマラの肌は褐色で、闇夜では見えにくい。逆に髪色は銀色で、いかにも目立っていた。

 

「大丈夫?」

 

 深更の闇の中でルイが声をかけたとき、タマラは殴られた痛みに呻いていた。野ざらしの牢では横になることもできず、かなり辛いに違いない。

 

「ルイ?」

「そうだよ。あなたの友だちのルイ」

「友だちになった覚えは……ツッ!」

 

 言い返そうとして、タマラは顔をしかめる。蹴られた内臓が、自分をいたわるよう主張してくる。

 

「……大丈夫じゃなさそうだね。これを使って」

 

 タマラが渡された革水筒の栓を抜くと、覚えのある匂いが鼻腔に広がった。

 

「治癒ポーション…、聖職者(クレリック)でなければ使えないものをどうして……ッ」

「聖職者だけしか使えないってことはないよ、道具はだれが使ったって同じだ」

 

 何でもないように話す少年をみて、タマラは、ルイのことが分かった気がした。

 この、人形のように無垢な顔の童は、恐れ知らずなのだ。

 常識やルールから離れたところに、その身を置いているのだろう。

 

「それで、何しに来たの?」

 

 治癒ポーションを患部に塗り込みながら、タマラは尋ねた。

 

「お話を聞かせて欲しくて。僕は寝る前に、お話を聞かないと眠れないんだ」

「馬鹿を言うな。お前がそんなタマか」

「…そうだね、ごめん。本当は、タマラに脱獄の手伝いをお願いしにきたんだ」

 

「……続けて」

「僕は奴隷になってから、錠外しの技を磨いてきた。でもそれだけじゃ、どうしようもない。この監獄を取り囲む防壁は登りきれないし、要塞門には、最低十人の歩哨が立ってる。彼らの目を盗んで、門を開いて、追いつかれずに逃げ出すなんて不可能だ」

 

「つまり、仲間を増やして、(おとり)にしようってこと? まっぴらごめん、と言いたいけど。ルイも囮の一人となるわけだし、それなら悪くないかもね」

 

 タマラの決断は早かった。

 

「わかった。ルイを信じる。ここにいても、ゆるゆると死んでいくだけ。どうせ死ぬなら、未来に向かって死んでやるわ」

 

「ありがとう。まず、やってほしいことは錠外しをできるようになること。それは僕が教える。

 そして、タマラみたいな『無謀な人』を、なるべく多く仲間に引き入れてほしい」

 

「わかったわ。…けど、質問がある。

 どうして『無謀な人』が必要なの?」

 

(もし、『無謀な人』を囮にして、自分だけ逃げようとしているんなら……)

 

 自然と握り拳に力が入る。

 無謀な人を使い捨てにするつもりなら、タマラは決して許すつもりはなかった。

 

「『要領のいい人』って、風見鶏なんだよ」

 

 思いがけないことを言われて、タマラは呆気にとられてしまった。

 

「へ? 風見鶏って、風向きでくるくる回る飾りのこと?」

「そう。要領のいい人は、損得で動くことができるタイプだから、上手くいくと思わないと動かない。

 性質的に一番手や、二番手にはなれないんだ。三番手以降、つまり、風が吹かないと動いてくれない」

「『無謀な人』は、一番手や二番手になれるってことね」

「うん。それは『勇気』と言えるかもしれない。

 ともかく、無謀だろうと勇気だろうと、率先して動いてくれる人が必要なんだ」

 

「まったく。最初から、勇気ある人が欲しいと言ってくれれば、話が早かったのに……。

 わかったわ。勇気がありそうな人に、こっそり声をかけてみる」

 

「うん。ばれないようにお願い。ところで、タマラはダヤン監獄がどこにあるか分かる?」

「えっ、私達が連れてこられたときは、外が見えない馬車で、鎖につながられてたから……」

 

「やっぱりね。僕のときと同じだ。立地を曖昧にする事で、逃げ出されにくくしてるんだろう。

 ……このダヤン監獄は、神聖教国の最西端、大湖の東岸近くにある。最寄りの都市は湖都レーゼル。

 つまり、逃げ出す先は『西』だ」

 

 ルイは西の方角、要塞門のある場所を指差した。

 

「なるべく多数の仲間を集めて、一斉に枷と牢の錠を外し、一気に西門を開ける。その後は、数人単位で固まってバラバラに逃げ出すのが、脱獄計画の基本だ」

 

「わかったわ」

 

「……あらかじめ言っておくけど、これは皆が確実に助かるやり方じゃない。脱獄したあと、生き抜けるかもわからない。

 けれども仲間を集め、そして足並みを揃えれば、助かる確率はずっと高くなる。仲間と、僕を信じてほしい」

 

「今さら、迷いはしない。全面的に協力するわ。……それで、いつ決行するの?」

 

「すでに二十人の仲間がいる。看守は六十一人。だけど、当直や施設の維持に半分は必要とするから、考慮すべきは三十人。だから、看守たちの手が回らないように、倍の人数、六十人は脱獄仲間がほしい」

 

「仲間が集まったときが、決行のときね」

「そのとおり。できれば『聖アンデルスの祭日』の深夜に決行したい……それともう一つ」

「なに?」

 

「観察してほしい」

 ここが重要だというように、ルイはタマラをまっすぐ見つめた。

 

「周りを見て。お金をケチってるのか、監獄を照らす篝火や松明はまばらだよね。ただ眺めるのではなく、夜陰に紛れてどう進めば見つからないか、考えるんだ」

「うん」

「それに、看守も。

 どんな人物か。どういう習慣で、どういう行動パターンを持っているか。ちゃんと見てほしいんだ。

 たとえば、聖職者(クレリック)ヤギ。アイツは、怠け者でサボり気味だけど、人を殴っても良心の(いた)まない危ないやつだ」

 

「そんなの、どのクレリックも一緒よ」

 

 ルイは頭を振った。

 

「違う。決めつけたらだめだ。奴隷の皆がそれぞれ違うみたいに、看守もそれぞれ違うんだ。

 たとえば、二方向から看守が迫ってきたときに、どちらに向かうかをすぐに決められなきゃいけない」

 

 タマラは嘆息した。

 有り体にいって面倒くさいとさえ思った。

 とはいえ、ルイの言うことはもっともだ。いざというとき、一瞬の判断が生死を分けるだろう。

 

「わかったわ。ちゃんと観察する」

 

 ルイは笑った。そして「よし!」といって、手を叩いた。

 

「お願いはこれで全部。声をかける人の目星はついてる?」

 

 一人のドワーフが頭に浮かんだ。

 タマラが、矮小(ちび)ドワーフと悪口を叩いた老ドワーフだ。彼なら、顔も広いし、信頼が置けるだろう。

 

「何人かはいるわ。そこから始めてみる」

 

 ===

 

 ルイが『要領のよい人』と『無謀な人』の両者を仲間にすると決めたのは、タマラに語ったのとは別の理由もあった。

 

『要領の良い人』は知恵によって判断し、『無謀な人』は自らの心によって判断する。 

 だが、残りの八割の中間層は、知恵でも心でもなく、染み付いた因習と力によって動かされるのである。

 

 つまり、神聖教国の民草は、蔑視している『亜人』と協力しようなどとは夢にも思わない。あまつさえ心闇を浄化しようと、真摯に労働に励む者までいる始末だ。

 彼らを仲間に引き込むには、リスクが高すぎた。

 

 ドワーフたちについても同様だ。その中には、神聖教国で奴隷として生まれ育ったものが多くいる。自由を与えられず、気まぐれに罰を食らう。

 そういう中で学べるのは無力感だけだ。

 哀れだが、生を切り拓く気概がなければ、ルイに助ける余力はなかった。

 

 ===

 

 大女(ビッグレディ)揶揄(やゆ)してくる老ドワーフに会おうとして、タマラは、ふと足を止めた。

 坑道内では、看守たちの監視も厳しくない。足を止めたのは、別の理由からだった。

 

(あの、白髪の、老ドワーフの名前ってなんだっけ?)

 

 白いヒゲに囲まれた顔は思い出せる。憎まれ口を叩く声も分かる。だが、いまだかつて名前を聞いてなかったことにタマラは気づいた。

 

(これから、協力を求めようというのに、名前を知らないんじゃ、格好つかないわよね)

 

 周囲を見渡し、他のドワーフに名を尋ねようとも思ったが……。

 

(やめやめ。ちゃんと名前を聞かなかった私が悪いわ。小狡いことを考えずに、正々堂々と謝って、協力を求めよう)

 

 さっぱりとした顔で、まっすぐ老ドワーフに向かっていった。

 タマラの美点は、このように過ちをすぐに認め、切り替えられることであろう。

 

 大女(ビッグレディ)がこちらにやってくるのをみて、老ドワーフは大げさな笑顔を作った。

 

「おうおう。大女(ビッグレディ)からやってくるとは。有史以来初めてじゃないかね?」

 

 老ドワーフはからかってやったのだが、大女(ビッグレディ)は笑いも怒りもしなかった。ただし、妙に落ち着かない様子である。

 

「なんだぁ? モジモジしやがって、ワシに惚れでもしたかい」

「ごめん! ドワーフ。私は自分を恥じてる。長いこと付き合ってたのに、私は、あなたの名前を聞こうとしなかったわ。名前を教えてくれる?」

 

 老ドワーフは、一瞬の自失のあと、大きな笑いの波に襲われた。

 

「ははは。確かに、今更っちゃ、今更だわな。ワシの名は、オーステルベーク・リアテシュ。雅な名だろ? オーステルと呼んでくれ、大女(ビッグレディ)

 

「……いじわるしないで、オーステル。矮小(ちび)ドワーフなんて言って、悪かったわ。だから、ちゃんと名前で呼んでほしい」

「わかった、わかった。じゃ、大女(ビッグレディ)の名はなんて言うんだ?」

「タマラだけど……ってまさか!」

 

 老ドワーフは大笑した。

 

「ワシだって名前を知ってたら、ちゃんと呼んでいたよ、大女(ビッグレディ)…おっと、タマラ」

 

 実のところ、老ドワーフはタマラの名を知っている。

 ただ、タマラが思いの外悩んでいる様子だったので、一芝居打ってみせたのだった。

 

 二人の間のわだかまりはあったとしても、春の日の雪のように溶けていった。

 

 ===

 

「なるほどな」

 

 多少たどたどしいタマラの説明を聞き終えて、オーステル老は、重々しく頷いた。

 看守の目の届かぬ坑道の、さらに暗い奥に二人はいる。

 

「錠外しの技で枷を外し、一斉に門に駆け寄り突破。あとは少人数で固まって、三々五々に逃げるか…。

 人数が多いほど、看守の手が回らなくなる。まず、逃げきれる公算は高いな。だが、その後はどうする? 神聖教国から追手がかかるぞ」

 

「ルイもそこは気にしていたわ。

 水場の近くには少なくとも集落があるはずだから、そこで助けてもらうか、大湖の反対側まで回れば、『帝国』や『諸王国連盟』の都市に辿り着くから、そこで働かさせてもらうかって言ってた」

 

「さすがに、外部に協力者はおらんか」

 

 失望を声に乗せないために、若干の努力が必要だった。

 オーステル老は、実のところ、外部の協力者を期待していたのである。

 このダヤン監獄から逃げ出したとて、その先が明るいとは限らない。

 むしろ、まがりなりにも配給されていた食糧を失い、魔物に対する庇護(ひご)も失って、奴隷よりも酷い境遇に落ちるかもしれぬ。

 

「一応、困ったときは、湖都レーゼルにある酒場で、言付けして連絡しあおうってことにはなっているけど……」

 

 タマラの声が萎んできたところで、オーステル老は話題を変えた。

 

「ところでワシは、この見事な白いヒゲからも分かるように、ダヤン監獄で一番の年嵩(としかさ)だ。監獄生活に慣れていると言っていい」

「うん」

 

 返事をしながら、タマラは和やかな気分になった。ドワーフは、何かにつけヒゲを自慢する。それが可笑しかったのだ。

 

 だが、続くオーステルの言葉に和やかさはなかった。

 

「老人になれば、腰も重くなる。住めば都という言葉もある。ワシが参加せずに、聖職者(クレリック)に密告したら、どうするつもりかね?」

「うーん」

 

 タマラは腕を組んで唸ったが、長い時間ではなかった。すぐに腕をほどいて、オーステル老に告げる。

 

「困るわ」

「フ…。そりゃ困るだろうが、それだけかい?」

「うん。それだけ。もう話しちゃったから、密告を止めることもできないしね」

 

 僅かに肩をすくめて、タマラは自分の思惟(しい)を言葉にしていく。

 

「オーステルだって、自分の生活が懸かっているものね。しょうがない。

 

 私は、ドワーフも人も、こんなふうに扱われるのは許せないって思う。奴隷となって生きるより、自由人として生きれるよう、力を尽くしたいわ。

 

 ……でもルイが言ってた。

 今いる世界が全てで、そこから外れることが怖い人達がいるって。その狭い世界の中では争うけど、外に出ていく勇気がないんだって。

 

 彼らこそ、本当の奴隷だわ。

 残念だけど、心まで奴隷でいる人は救えない。今ある生活でいいって言うなら、私にはどうすることもできない」

 

「てめぇ…、本気で言ってやがるな」

 

 怒気をこめて、オーステルは唸った。

 要するにタマラは、オーステルを、身も心も奴隷に染まった人間だと指摘したのである。

 

 自分を(あお)る目的ならば、まだ言い返すこともできただろう。

 だが煽るわけでも、皮肉るわけでもなく、タマラは淡々と考えを述べていただけだった。

 

(なお許せねぇのは、オレ自身がそれを否定できないってところだ。

 オレは、いつ奴隷の悲鳴に無頓着になった? 無法な行為に、いつから目をそらすようになった? いつの間に、心が萎えていた?)

 

 老いたドワーフの心に、(にわか)に火が灯った。

 かつて忘れていた猛々しさが。

 古い肉体に熱い血が巡っていく。

 

(オレは、この監獄の主になって、それで満足していたのか……)

 

 続く言葉に、力がこもった。

 

「よし、のった! オレも十分長いこと、ダヤン監獄に住んできた。そろそろ引っ越しをしてもいい頃合いだ。

 これはと思う奴原(やつばら)に声をかけておく。まかせておけ」

 

 思いがけない返事に、タマラは喜色を浮かべた。

 

「いいの!? 助かるわ!」

 

 ドワーフの目には、暗がりであってもタマラが花開くように笑う様がよく見て取れた。

 

「お前さんは、よほどの大人物か、さもなくば阿呆(あほう)だな」

 

 その屈託のない様子に、老ドワーフは笑うしかなかった。

 




次話は、夕方くらいに投稿予定です。

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