奴隷の少年が国を興す物語(仮)   作:克原絵馬

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20 病床での出会い <1>

 

 オーガ討伐戦は、ルイとその一党に思いがけぬ功名をもたらすことになった。

 

 第一に、オーガスレイヤーの称号である。

 実際、オーガにとどめを刺したのははシンラの精鋭部隊だが、ルイたちもオーガに少なくない傷をつけている。

 オーガ討伐に寄与したと言えなくもない。

 

 タマラなどは最初遠慮したのだが、シンラに「あなた方は英雄です。誇らしげになさい」と言われ、まんざらでもなく胸をそらしたものである。

 

 第二に、救出者としての名声がある。

 オーガの寝床から助け出した番兵は、ルイたちが初めて隠れ里に訪れたときの隻眼の男で、番兵頭だった。

 名はシモンといい、かつては練達の武人であったという。

 片目が潰れたときに引退を申し出たのだが、シンラは彼を惜しみ、番兵頭として取り立てる事にしたのである。

 

 高潔ながら人当たりがよく、面倒見も良かったため、シモンは多くの人々から慕われていた。

 その番兵頭シモンを助けた事で、レジスタンスの人々からも恩人とみなされたのである。先立ってシモン以外の門番を治療していたことも、ルイたちの名誉を高める一助となった。

 

 第三に、『国を興す』という大望が大きく知れ渡ったことだ。

 

 ルイたちは一躍『オーガを倒し、門番を救出した英雄』となったわけだが、そうなると民草は少年の一党について知りたがった。

 

 そこで有史以来絶えることのなかった『噂好き』たちが、ルイたちは『国を興すために旅をしている』のだと吹聴してまわったのである。

『国を興す』ことを、ルイたちは大声で喧伝こそしなかったが、隠してもいなかったので止める(いとま)もなかった。

 

 国を興すこと自体、ルイに恥じるものはない。

 だが、無責任な噂には閉口した。たとえば『さる王族のご落胤である』とか、『滅亡した王国の生き残りの王子ではないか』などである。

 

 噂を聞かされるたびにルイは否定したが、「では、生家はどちらになるので?」と聞かれると口ごもってしまう。

 異端審問官はレジスタンスの人々にとって、恐怖と怨念の対象である。まさかはっきりと異端審問官の子と伝えるわけにもいかない。

 

 しかし、そうやってルイが口ごもると、民草はさらに妄想をたくましくして噂しあうのだった。

 

 これらの要素が絡まりあって、ルイたちは、いまやレジスタンスの隠れ里での人気者となっていた。

 ルイとしてはこの人気(じんき)をせいぜい有効活用して、権勢をふくらませたいところである。

 

(……といっても、コレだからね)

 

 ルイは自分の足を見た。

 骨折した足に添え木がされており、がっちりと固定されていた。オーガ討伐戦における名誉の負傷だった。

 

「きっちり骨が固まるまで、寝台から降りないように」と治療術士アジャラ―から厳命されている。

 隣にはオーステル老もいたが、いつのまにか持ち込んだ酒を飲んで寝てしまっていた。

 話し相手もおらず、外では雨が降っていて見舞客も来ないだろう。

 

 そうなると、時間を持て余してしまう。

 

 自然と、ルイの思惟は国を興すための大計に移っていった。

 

 国を興すには、最低限、自活できるだけの国土と国民を得る必要がある。しかし、『産めよ増やせよ』で民を増やすのは時間がかかりすぎる。

 魔物が跋扈するために手つかずの土地は多いが、開墾するにも時間がかかる。

 

 国を興すならば、いずれ民と土地を奪わねばならないだろう。横暴な王はどこにでもいるし、彼らを打ち倒して国を奪うことに良心の呵責は覚えない。

 

 ルイは理想的な面があっても夢想的ではなかったから、土地を奪い民草を従わせるために武力を用いることも想定していた。

 

 かなりの無茶をして戦闘をこなしてきたのも、武力を育てる『核』を欲したからに他ならない。

 精鋭ではない少数など、単なる烏合の衆に過ぎぬ。金銭も人も少ない現状では、量よりも質を求めるべきだった。

 

 領土と国民を得たとしても、それで終わりではない。

 

 一国で全てを賄うのは効率が悪いのだ。

 自国で手に入りやすい産物を売り、他国から手に入りにくい産物を買えば、自国はもっと繁栄できる。

 

 そのため交易が必要となるのだが、そうすると諸外国から国として扱われること、つまり国交を持たなければならないことになる。

 そして、国交を結ぶには『レガリア』が必要だ。

 かつての世界帝国ル・ダイモニオのレガリアを継承していることこそが、この大陸で国として認められる要件だからだ。

 

 ルイ個人としては、レガリアに権威を認めてはいない。

 国に求められるのは大国の威風を継承したか否かではなく、善政を行うかどうかであり、そのために法の支配を認めさせることである。

 レガリアは外交に必要だから保持するという淡白な考えだ。

 

 交易や外交を全く行わないというのは、ルイの頭にはない。

 ルイの思い描く国民(くにたみ)を醸成するのに、外との交流は必須だからだ。

 神聖教国が迷信と恨み辛み(ルサンチマン)に凝り固まっているのも、鎖国政策によって交流が限られているのが一因だとルイは思っている。

 

 国土、国民、レガリア。

 この三つを、ルイは最終目標に設定していた。

 

 なお国民については、ルイにあてがある。ダヤン監獄を一緒に脱獄してきた奴隷たちだ。

 六十人弱が脱獄に参加し、そのうち幾人が残っているのかは分からない。だが困ったことがあったら、湖都レーゼルの酒場『奇人亭(スプーキーズ)』に符丁を残すようにといい含めてある。それを(よすが)に彼らと連絡を取ることができるはずだ。

 

 そして困窮している元奴隷たちを助ければ、食うためにもルイに従うようになるだろう。

 しかし、逆に言えば、食わせなければ従わせられないのだ。

 

 オーステルたち仲間は、ルイの王としての器量に従ってくれているが、これはルイが彼らの命を救ったこともあるが、何よりも彼らが道理を知っていたからである。

 

 もし、力だけ強い下愚(ばか)が「こいつはただの子供だ。俺のほうが強いのに、なぜ従わなければならん」などと言ったら、力のないルイはどうすることも出来なかっただろう。

 

 ルイに従えば『自分たちの生きる道も広がる』と認識できたからこそ、タマラやカルーラ、オーステルたち年長者も、ルイのような少年を尊重し従ってくれているのだ。

 

 だが、そういう人物は常に少数派だ。

 人を集めようと思えば、前述したような目先しか見えない下愚(ばか)も入り込んでくる。

 ゆえに食わせることが必要なわけだが、今のところルイの立場はシンラの食客であるにすぎない。むしろシンラに食わせてもらっている立場なのである。

 

 このままレジスタンスの統治体制に組み込まれないうちに、自活の道を探りたいところだった。

 とするならば、レジスタンスに傭兵として雇われるか、隠れ里に訪れる闇商人と同じように交易を行うかといった選択肢しかない。

 

 だが、どちらを選ぶにしても、地力が足りなさすぎた。

 まずもって、『百の丘』を自由に歩き回れるだけの武力もルイの一党にはない。

 せめて、ゴブリンの群れに完勝できなければ、傭兵や闇商人といった自活の道を選ぶこともできなかった。

 

 オーガスレイヤーという称号はルイの一党の人気を高めてくれたが、あくまでも幸運が重なった結果であって、あれは実力ではない。

 シンラが部隊を率いてきてくれなければ、死んでいたのはオーガではなく、自分たちだったろう。

 

 畢竟、なによりも武力が足りないのだ。

 今回のオーガ討伐の功績を名目にして、シンラから装備を引き出せないかとルイは思案した。

 

(……今は助けられなくとも、脱獄した元奴隷(なかま)たちの消息を知るためにも『奇人亭(スプーキーズ)』に行かないと……)

 

 逃げ出した当初は体を養うため、また異端審問官セトの追跡を避けるために動けなかったが、そろそろセトも追跡を打ち切った頃だろう。

 

 あまりに時間をかけすぎては、元奴隷(なかま)たちが死ぬかも知れず、あるいは生活基盤を整えているかもしれない。

 そうなる前に、救いの手を伸ばしたい。

 

 つらつらと考えていると、いつの間にか西日が病室の床を照らしていた。

 雨はもう、上がったらしい。

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