奴隷の少年が国を興す物語(仮)   作:克原絵馬

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22 病床での出会い ・番兵頭シモン <3>

 

 退院も間近に迫ったある日のことだ。

 

 その日もまた、静かな雨音が屋根を鳴らしていた。

 神聖教国ほどではないが、『百の丘』にも夏至の頃には雨が多く降る。

 

「ごめんください。ルイ殿はおられるだろうか」

 

 ルイが顔を上げると、そこには隻眼の老兵が立っていた。一見すると痩せ型だが、背筋がスラリと伸びており、筋骨が鍛え抜かれていることが分かる。

 

 その顔にルイは見覚えがあった。オーガの寝床から助け出した番兵頭のシモンである。

 

「僕がルイです。お元気そうで良かった」

「命を助けていただいたにもかかわらず、お見舞いが遅れましたこと、誠にかたじけなくご容赦いただきたい」

「いえいえ。つい先日まで、意識が戻らなかったと聞いてます。ご自身のお体こそ、大事にしてください」

「は…ご厚意、ありがたく存じます」

 

 シモンはなかなかに堅苦しい性質(たち)の人物であるようだった。

 

 言葉遣いや立ち振舞いから推測するに、シモンは聖騎士(パラディン)出身なのかもしれない。

 もしそうなら、神聖教国の権力者側に立つものが、レジスタンスに転向したことになる。よほどの運命の変転があったのだろう。

 

「簡単なものですが、これを……。妻が焼いたものです」

「ありがとうございます」

 

 シモンが差し出したのは、焼き菓子の詰め合わせだった。あとで、タマラやカルーラにお裾分けしようと思いながら、ルイは受け取った。

 

 ルイはシモンに席を勧めた。

 話をしたそうな雰囲気であったし、こういう交流の機会は大事にしたい。

 

「ぜひ果物を食べていってください。たくさんいただいてありがたい限りですが、このままでは無駄にしてしまいますので」

 

 今回のオーガ討伐で人気が上がり、ルイは多くの人からお見舞い品が贈られていた。なかでも果物は、仲間と分担しても食べきれないほどにある。

 これらを見越して、シモンは日持ちのする焼き菓子にしてくれたのだろう。

 

 なお、ついでに言うと花のお見舞い品も多いため、ルイの病床は華やかな花に囲まれていた。

 

「ルイ殿は、国を興すと宣言されていると聞きました。いかなる由あってのことでしょうか?」

 

 かんたんな時候の挨拶のあと、シモンがそう尋ねてきた。興味本位ではないことは眼差しで分かる。

 ルイも隠す理由はない。

 

「神聖教国の国威は強く、体制は強固です。けれど、このレジスタンスの隠れ里を見れば分かるように、それは人々の犠牲に成り立ったもの。僕ならば、なるべく人々を犠牲にせず、強い国を作れると思ったのです」

「その自信は、ルイ殿が貴種であることにご由来されておりますか?」

 

 ルイは頭を振った。

 物堅いシモンにまで、そういう噂が広まっているとは思わず、苦笑が浮かんでくる。

 

「僕に貴種の血など、一滴も流れておりませんよ。また、それを必要どころか、有害とさえ思っています。

 考えてみてください。

 国を開闢(かいびゃく)した王は、たしかに貴いかもしれません。しかし王の父母は貴いでしょうか?」

 

 王の血筋があったとして、祖先へ辿っていけば王ではないものになるだろう。

 ル・ダイモニオの開闢王ですら、その父母は誰とも知れない。ルイは『貴き血』なるものが幻想だと指摘したのだ。

 

「失礼いたしました。人品卑しからぬ風貌に、お言葉遣いも堂々たる貴種のものゆえ勘違いをしたようです」

 

 ルイは異端審問官の子なので、たしかに言葉遣いは上流階級のものである。

 母親似といわれた顔は、かつてのファーゴでなくても、大抵の者が見惚れるほどだろう。

 ルイはそれを有り難くは思うが、自らの誇りとはしていなかった。

 

「私は命を救われた身、さらには言葉を交わして、失礼ながら与太者ではないと分かりました」

「詐欺師であれば、王の血筋を自称するでしょうしね」

「はい……。はばかりながらも、その通りです。本来であれば命を救われたご恩を返したいところ。ですが、私には財物もなく……」

「なるほど。では、僕たちと友誼を結んでいただけませんか?」

 

 シモンは潰れてない方の片目を瞬かせた。

 

「友誼と、おっしゃる?」

「なにも難しくはありません。お互いに仲良くしませんか? 互いに困り事があれば、相談いたしましょう。助けが必要なら、助け合いましょう」

 

 そういってルイは、ニコリと笑ってみせた。

 その笑顔は計算しているのかいないのか、人を蕩かす魅力がある。

 

(……これは堪らんな)

 

 シモンはそんなことを思った。

 こんな笑顔(もの)を振りまいては、貴種と思われるのも無理はない。

 シモンは命を救われたご恩返しとして、ルイの王道に自分も参加させてほしいと頼むつもりだった。

 

「ところで、シモンさんには奥様がいらっしゃるとか。どのような方でしょうか?」

「は…。愚妻なれど、よく気のつく女で私を支えてくれております」

 

 ルイは優しく微笑んだ。

 

「実を言いますと、その奥様が見舞いにきてくれましてね。泣きじゃくりながら、夫を助けてくれたことを大変に感謝してくれました。……とても素晴らしい方とお見受けします。ぜひ、(いたわ)ってあげてください」

「は…」

 

 思わず、シモンは頭を下げていた。

 ルイが言わんとしていることを察したのである。

 シモンが自分を差し出すつもりなのを察し、ルイは妻がいることを指摘することで(いさ)めたのだ。

 

 大切な守るべき家族がいるのだから、危険を冒してまで付き従わなくても良い……ルイは言外にそういったのだ。

 

「さきほど財物はないと申し上げましたが、私にも家族という財物があったようです。さりとて、人にあげるにはあまりに勿体なく……。なにか他に望まれることはありますまいか?」

「そうですね……」

 

 ルイは苦笑したようだ。

 

「僕としては、シモンさんと仲良くなるだけで結構なのですが……」

「それでは気が済みませぬゆえ……どうか」

 

 ルイはひとつだけ、お願い事をした。





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