奴隷の少年が国を興す物語(仮)   作:克原絵馬

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3 大女と小王 <3>

 

 タマラは今ひとつ分かっていなかったが、老ドワーフのオーステルは、ダヤン監獄に隠然たる力を持っていた。

 牢名主(ろうなぬし)ならぬ監獄名主であったのだ。

 

 そもそも、そうでなければ、ダヤン監獄で老人と呼ばれる歳まで生きてはいられなかった。

 ダヤン監獄にいる奴隷が青年や壮年ばかりなのも、理由がないことではない。

 老人や子供がすぐに死に至るほど、ダヤン監獄は苛烈なのだ。

 

 オーステル老は、荒くれ者達をうまく操縦することに長けていた。それだけに人を()る目が優れている。

 

 彼はまず、荒くれ者の中でも自尊心の低い者を除外した。

 彼らは勇敢さゆえに攻撃的なのではない。その逆、臆病だからこそ、身を守ろうと攻撃的になっているだけなのだ。

 案外、そういう哀れっぽい荒くれ者は多い。当然、(たの)むには値しなかった。

 

 次にドワーフのうち、オーステルと親しく、忠誠心に篤い者を選び出した。彼らには、ひとまず脱獄計画のことは伏せ、錠外しの技能の習熟に専念させている。

 時期をみて脱獄について話す心算(こころづもり)である。

 

 最後に、独立独歩の気風が強いドワーフに対しては、タマラにまかせた。

 監獄の(ヌシ)から声をかければ、意固地になって反発することを危ぶんだからだ。

 

 これは予想以上にうまくいった。

 タマラには、奔放な連中を惹きつける何かがあるようだった。

 

(それにしても…)

 

 オーステルは、看守の目をかいくぐって計画を進めつつ、脳裏の片隅で小王のことを考える。

 

小王(リトルキング)のルイとやら、子供と思わないほうがいいな。

 錠外しを会得したこと自体驚くべきことだが、ファーゴ監獄長の『お気に入り』にうまうまと納まっても満足せず、脱獄の絵を描いて、うまく計画(こと)を進めてやがる)

 

 オーステルは口元を笑みの形に歪ませた。

 

(ヒゲも生えねぇガキのくせに、タマラを通して、オレまで動かしやがった……)

 

 オーステルは、ルイは遠目に見るばかりで、直接会ったことはない。

 監獄施設の奴隷と鉱山採掘の奴隷では接点はあまりなかった。

 

(ルイは才に恵まれたヤツらしいな。だが有望なヤツが力を発揮できず、死んでいくのも世の常だ)

 

 そう思いつつも、小王(リトルキング)と綽名されるルイに会うことが、オーステルは楽しみでならなかった。

 

 ===

 

 タマラを伴って、ルイがオーステル老を(おとな)ったのは、それから数日後のことだ。

 

 ルイを初めて至近で見たとき、オーステル老は「ほう」と感嘆の声を小さくあげた。

 異種族のドワーフから見ても、眼を見張るほど目鼻立ちの整った(わらし)だった。

 

 オーステル老は挨拶を交わし、自分が声をかけた七人の仲間を紹介すると、一歩下がって観察に徹した。

 

 ルイがいかなる人族なのか、調べようというのである。

 もし、指導者(リーダー)として頼りにならぬと判断すれば、自分が取って代わるつもりであった。

 

「追いつかれそうになったら、背を向けないで、クレリックを正面から見据えるんだ」

 

 脱獄計画のあらましを話したあと、立ち並ぶ仲間たち一人一人に目を合わせ、ルイはそう説明した。

 

「僕たちが恐れている以上に、クレリックも怖がっている。目を潰されたり、指を噛み切られたりしたら、治癒ポーションでも元に戻せないのだから」

 

「つまり、逃げるより戦えってことだな」

 

 血気盛んな若いドワーフが、独りごちた。だが、ルイは否定する。

 

「戦うのはダメだ。攻撃されるとわかれば、クレリックも反撃する。相手の目をー」

 

 いいながら、ルイは自分の目を二本の指で指差し、それを相手に向けた。

 

「殺意を込めて見据えるだけでいい。その間にもう一人が後ろから体当りして、相手を転ばすんだ。転ばせたら、すぐに逃げればいい」

 

(……なかなか、どうして。ちょいと甘いが、『喧嘩の呼吸』ってのを分かってやがる)

 

 オーステル老は、感嘆を表情の奥に押し殺した。

 こういったことは、実地で体験しないと分からないものだ。本を読んで身につくようなものでもない。

 

(荒事とは無縁そうなガキなのにな…。こういう人族も世に居るのか)

 

 オーステル老は自分の心が、ルイの方へと傾くのが分かった。これよりどうなるかは、彼自身にも分からなかったが……。

 

 ===

 

 聖アンデルスの祭日──。

 

 夏至とほぼ同時期に行われるそれは、小麦の収穫祭として知られている。神聖教国の民草は小麦の収穫を祝い、エールを飲み、歌い、騒ぐ。

 ダヤン監獄の奴隷にも多少の余録はあり、特別な麺麭(パン)がつく。

 

 だが、それよりも重要なのは、看守たちもまたエールを飲み騒ぐことである。

 当直の人数が減り、その当直もこっそりエールを飲むことが期待できた。

 

 この日を脱獄の決行日に選んだのは、そういった理由からだった。

 

 裏で脱獄の計画が進む中、日々は、いつものように過ぎていく。

 看守の怒鳴り声、鉱石を掘るツルハシの音、鞭打ちと、奴隷たちの悲鳴……。

 

 ダヤン監獄では、鉱山で採掘する奴隷と、施設の補修・維持を行う奴隷の二つに大きく分けられる。

 

 ルイにとっては幸運なことに、鉱山の担当になったことはほとんどなかった。

 

 最初、ルイも鉱山労働に従事させられていたのだが、奴隷の一人に密告されたことがきっかけで、ファーゴ監獄長の目に留まったのだ。

 王になると宣言したことが密告され、ファーゴの取り調べを受けたが、子供の戯言としてお咎めはされなかった。

 以降、ファーゴの『お気に入り』として、施設管理の奴隷となったのだった。

 

 なお、ここでも、神聖教国の差別意識は発揮されており、鉱山奴隷はドワーフ、施設管理の奴隷は人間であることが多かった。

 とはいえ、ドワーフは塵肺にかかりにくく、採掘に慣れている利点もあるのだが。

 

 当然のことながら、ルイの他にも、施設維持に従事する奴隷はいる。

 

 ルイがクレリックに命令されて、竹炭を倉庫に取りに行ったとき、暗がりに赤い巻き毛が揺れているのが見えた。

 

「ミーラフェン、こんにちは」

「ええ…。…こんにちは……」

 

 暗がりの中で、じっと目を凝らしてこちらを見ているような、そんな雰囲気のある人族の女性である。

 常時であれば、陰のある美しさと評されたかもしれないが、痩せこけた奴隷の今は、不気味さがやや勝っているのかもしれなかった。

 

 彼女は、倉庫の在庫管理を任されている人族の奴隷だった。

 そして、ルイの賛同者の一人でもあった。タマラにあげた治癒ポーションも、ミーラフェンの協力によって手に入れたものだ。

 ルイ自身も、蒸した芋などをこっそり分けてくれる彼女に好感を持っていた。

 

 在庫管理をしているミーラフィンから竹炭を受け取り、近くにクレリックがいないのが分かって、ルイはおしゃべりしようと口を開いた。

 

「ミーラフェンは元気にしていた? 右腕の痛みは大丈夫?」

「…痛みは大丈夫…。だけど……」

 

 ミーラフェンが腕を急に引っ張ったので、ルイはつんのめってしまった。倉庫の奥の暗がりで、彼女のささやき声が聞こえる。

 

「…あの、こんな事を言って、惑わせたくはないんだけど……」

「どんなことでも歓迎だよ。言ってみて」

「さっき、クレリックが話しているのを聞いたの。……異端審問官(インクイジター)が、ここに査察に来るって」

異端審問官(インクイジター)……!」

 

 音のない衝撃がルイを襲った。

 異端審問官の階位は、ファーゴ監獄長のそれを凌ぐ。異端審問官が来るとなれば、ダヤン監獄のそこかしこにあったゆるみは消え失せ、緊張感にとってかわるだろう。

 

「……いつになるって言ってた?」

 

 事態の大きさに、つい声が潜められる。

 

「…わからない。……あ、でも…、せっかくの聖アンデルスの祭日なのに、息がつまるって言ってた……と思う」

 

 ルイはしばらく考え込んでいたが、不意に笑って、ことさら明るく語りかけた。

 

「そっか、ありがとう。ミーラフェン。ちょっと調べてみるね」

 

 ルイは、余裕を感じさせるように、ゆっくりと倉庫から出ていった。

 だが、竹炭の袋を忘れたことに気づき、すぐに戻ったのは、彼の動揺と、未熟さを示すものだったろう。

 

 実際、事態は逼迫(ひっぱく)していた。

 

 聖職者(クレリック)が異端審問官を恐れること、私塾に通う子供が、教師の体罰を恐れるレベルではない。

 異端審問官は、捜査権と裁判権、刑罰の執行権を併せ持つ。独自に調査し、その調査結果しだいでは、独断で苛烈な刑罰を執行することができた。

 これは、庶民だけでなく、聖職者(クレリック)も同様である。『神の威光を汚した』という名目で、聖職者(クレリック)が串刺しにされたことさえあるのだ。

 

 よその家庭では、泣き止まない子供に、異端審問官が来るぞと脅かすこともあるらしい。

 

(……異端審問官がくる前に、ファーゴは監獄の綱紀を引き締めるはず。その前に脱獄しないと。いや、まずは裏付けが必要だ)

 

 そう考えつつも、一方で、ミーラフェンが罠にはめようとしている可能性も捨ててはいなかった。

 完全に信用するには、少年の経験は苦すぎた。

 

 ===

 

「聖アンデルスの祭日までに、異端審問官がここにやってくる」

 

 雑居房の一棟で、開口一番、ルイはそう告げた。

 周囲にはルイの主だった賛同者十一人が半円状に並んでいる。驚きの波が引くのを待って、言葉をつないだ。

 

「言わなくても分かるだろうけど、これで脱獄までのタイムリミットが短くなった。異端審問官に居座られたら、とてもじゃないけど逃げ出せやしない」

 

 皆が頷きあうのを見て、ルイは言葉を続けた。

 

「事ここに至っては、是非もなし。次の新月の夜に、一斉に脱獄すべきだ。皆はどう考える?」

 

 道筋だけを与えて、ルイは賛同者の話し合いに耳を傾けた。この辺りの機微は、亡父が行ってきたことを真似ている。

 

 賛同者はドワーフ六名、人族五名で、それぞれ青年から壮年程度の年齢であった。いずれもルイより年長だが、そもそもダヤン監獄に、ルイより年若い者は存在しないのである。

 

 年少者のルイが、指導者(リーダー)となるのは、容易(たやす)いことではなかった。

 

 目星をつけた相手が一人になっているときを狙い、枷を外せることを実演して脱獄の可能性を示す。

 仲間が多いことを伝え、安心させる。

 裏切りについては、所長のお気に入りであると注意を喚起して防ぐ。

 仲間と一緒に脱獄することで、成功率が上がると伝えて協力させる。

 

 ルイは亡父のやり様を思い出しながら、慎重に仲間を増やしていった。

 

 加えて、ルイにはカリスマ性があった。

 神聖教国の庶民では持ち得ない知識、周囲を圧する美貌、何にも臆することのない透き通った眼差しと声があった。

 

 ひとしきり、意見が出尽くすのを待って、ルイは一同に宣言する。

 

「意見は出揃ったね。自由への戦いは、次の新月の深夜。手はず通りにお願いする。……皆、私の国民(くにたみ)であり、仲間だ。死なないでくれ」

 

 彼の言葉に、皆頷いた。

 王子でもない子供がこういうのだから、はたから見れば滑稽に違いない。だが、笑気をもらすものはいなかった。

 少なくとも、この場の中には。

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