奴隷の少年が国を興す物語(仮)   作:克原絵馬

6 / 22
6 王として起つ

 

 ざあぁと風が草木の間を通り抜ける。

 

 その音で、ルイは目覚めた。

 日は中天にさしかかり、眼下には、遠く大湖が広がっていた。

 

 脱獄に成功したのか。

 

 歓喜に震えたルイの鼻腔に、ふいに血腥い風が入り込んだ。

 

「タマラッ!!」

 

 タマラが倒れていた。獣道に沿うように、血に塗れて。

 

「……こんな血みどろの体で、僕を担いで逃げてきたのか……」

 

 ルイは、自分の囚人服を縄のようにねじり、タマラの体を自分に巻きつけるように(ゆわ)えた

 

「…死なせはしない。絶対に」

 

 かつてないほどの力が、ルイの満身にみなぎった。

 

 行き先はすぐに分かった。血の跡が残っていない方角に、獣道を目で追えば、小屋があったのである。

 

 ===

 

 オーステル老とその一行は、看守たちと大立ち回りをした挙げ句、うまいこと逃げ去っていた。

 一対多の状況を作り、看守の後ろから足を狙って転倒させ、その隙に三々五々に逃げ出したのだ。

 

 いったんはバラバラになった一行が集結したのは、偶然ではない。

 夜が深いうちは、歩きにくい山中を進むよりも、山道を進んで距離を稼いだほうが良いとそれぞれに判断したためであった。

 

 夜目が効くドワーフたちにとって、互いを認識することは訳もない。オーステル老を含め、四人のドワーフたちが一堂(いちどう)(かい)したのであった。

 

「生きとったんか、カルーラ」

 

 驚くべきことに、その中には詰め所のハンドルを護っていたドワーフ女性もいた。

 しかも、どこで見つけたのか、ちゃっかりと戦斧まで背中に装備している。

 

「休んだら、後を追えと言った」

 

 ふてくされたように、カルーラはこぼした。

 後を追ったことを咎められたと思ったらしい。

 

「ああ…。いやいや、生き延びてくれて何よりだ」

 

 親愛を込めて、肩を叩く。

 

 ぐずぐずしてはいられない。再会の喜びもそこそこに、オーステル老の一行は、山道を下っていった。

 看守は、愚かにも松明を持っていたため、すぐに場所がわかった。

 

 時には走り、時には見つからぬように潜み、オーステルはそこそこの速さで、山道を降りていった。

 

 途中、両足が折られ、肝臓のある部分を一突きに刺されて、死んでいる看守を見つけたが、何も思うことはなく、通り過ぎた。

 

 だが、折り重なって死んでいる、ヤギとミーラフェンを見つけたときは、さすがにオーステル老も立ち止まらざるを得なかった。

 

 愛憎の果てに殺し合ったとは、ドワーフたちは夢にも思わない。

 だが、ミーラフェンが、ルイとタマラとともに脱出していたことは覚えていた。

 

「オーステル老」

 

 ドワーフの一人が、彼らのリーダーを呼ぶ。その指の先には、血痕が続いていた。

 

「ルイか、タマラの血だろうな」

「どうされますか?」

 

 若いドワーフは尋ねたが、これはむしろ、彼らを助けることを(うなが)すものだ。

 当然、オーステルもそれに気づいている。

 

「仲間は、多いほうがいいわな」

 

 それは、間接的な救助宣言だった。

 

 ===

 

 オーステルたち一行が小屋を見つけるのに、さほど時間はかからなかった。容易に、血痕を辿っていくことができたからだ。

 

 だが、わかり易すぎる血痕は、オーステル老の胸中に暗雲をたちこめさせる。

 

(これほどの出血量…、たとえ生きていても長くはないな。ルイ…、才に恵まれ、美に愛されても、死ぬときは死ぬか…。ドワーフ式ですまねぇが、死後の幸福を祈ってやるからな)

 

 オーステルは、ルイが余命幾ばくもないと確信していた。

 

 ルイの体格では、タマラを背負えないと気づいたのだ。

 そのため、傷を負ったルイを、タマラが背負って逃げているとオーステルは信じた。そして、子供には致命的な出血量だとも。

 

 血だらけになったタマラが、ルイを担いで逃げているとは、想像だにできなかった。

 

 それゆえ、小屋に入ってルイが五体満足で出迎えたとき、オーステルはいささかならず、驚いた。

 

「生きてたか、小王(リトルキング)。すると、タマラは……」

 

 ルイは身振りで、衝立の後ろを指し示した。

 三つ並んでいる寝台の一つに、タマラが包帯でぐるぐる巻きになって、寝かされていた。

 

「この小屋にあった治癒ポーションと、包帯で治療した。ひとまず、命の危険はないはずだ」

 

 密かに安堵するオーステルたちに向けて、ルイは笑顔を向けた。

 

「……皆、よく無事でいてくれた。いくばくかの食糧もある。食べながら、どうするかを決めよう」

 

 その笑みときたら、まさしく臣下を慰撫(いぶ)する王者の笑みであった。

 

 オーステル老は、黙って跪いた。

 何割かは演技だったが、本心からの行動だった。

 

「ルイよ、小王(リトルキング)よ。ワシは、熱い湯と知りながら、逃げ出せぬカエルに過ぎなかった。

 その茹で上がったカエルの迷妄を、ルイは覚ましてくれた。さらには、ワシらを脱獄させ、その力を示した」

 

 若いドワーフたちが、老に合わせて慌てたように跪いていく。

 

「未来が、どうなるかは分からない。だが、これより、ワシらは小王に(はべ)り戦鎚を振るい、小王のために力を尽くそう」

 

「オーステル」

 

 ルイは眩しいほどの笑顔で、オーステル老を立ち上がらせた。背の低いドワーフであるオーステルよりも、さらにルイの背は低かった。

 

「跪かなくていい。僕は皆であり、皆が僕なのだ。僕が皆を助ける限りにおいて、皆が僕を助けてくれるだけでいい」

 

 正統性を認め、仰ぐ民がいることで、王は王として成り立つ。

 そうでなければ王と宣言したところで、自称に過ぎない。

 

 いま、この瞬間(とき)において、ルイは王として()ったのだった。

 

 ===

 

「すると、タマラを裸にひん剥いて、治療したってわけかい」

 

 オーステル老は、純情な少年をからかうつもりで言ったのだが、ルイは気にする素振りもなかった。

 ルイが普通の口調で良いといったため、オーステルは気を置かずに話している。

 

「うん、蒸留酒で傷を洗い、治癒ポーションを塗りこんで包帯を巻いた。応急手当の心得なら覚えがある。もし、他にも痛いところがあるなら遠慮せずに言ってくれ」

 

 ルイは一同を眺め回しながら、言った。

 小さな食卓(テーブル)に、四人のドワーフが席についている。

 

 白いヒゲが特徴的なオーステル老の隣には、顔中に包帯を巻いた若いドワーフ男性のリエンツがいる。

 なにくれとなくオーステル老の世話をしていることから、オーステル老に忠誠心か、親愛の情を持っているだろうと、ルイは推察した。

 

 残りの二人はドワーフ女性である。

 戦斧を背負ったカルーラは、詰め所でハンドルを回し、皆が脱獄するまでハンドルを護ったという。戦いに慣れ、勇猛なのだろうと、ルイは推測した。

 一方で、ルイに最後に跪いたのも、このカルーラである。

 ルイを王として戴くことに、不満なのかもしれない。

 

 最後に、スウェン。

 ドワーフは体格が横に広いのが特徴だが、彼女は、人間と同じくらいに細い。

 それが栄養失調によるものであるとしたら、奴隷として生まれ育ったドワーフなのかもしれない。

 あまり口数が多くなく、ルイは、今ひとつ性格がつかめないでいた。

 

 ルイとドワーフの四人は、談笑しながら、よく食べ、よく飲んだ。

 

 ドワーフは酒がないことを残念がったが、ルイはこっそり見つけた蒸留酒を隠している。

 傷口を洗うのに使うため、酒豪たちに飲まれないようにである。

 

「しかし、この水にも酒精が混じってるな」

 

 オーステルがそんなことをいった。

 

「それに、柑橘の果汁も混ぜてありますね。容易に水が腐らないようにでしょうか」

 

「……それに関して、というわけじゃないけど、僕から皆に言っておくことがある」

 

 一同が、こちらを向いた。

 

「この小屋、随分と都合が良すぎると思わないかい?」

「たしかに、狩人が休憩するための小屋にしては、寝台が三つもあるし、大量の水に、食い物だって豊富だな。……なにか意味があるのか」

「うん。これを見てくれ」

 

 ルイは、一枚の紙片をテーブルの上においた。

 紙には何やら文字が書き連ねてある。

 

「む…。すまんな。人族の文字は、よく分からん。なんて書いてある?」

「あ、そうか。ごめん」

 

 人族の言葉は、半ば公用語として使われているため、文字が読めない可能性をルイは失念していた。

 

「結論からいうと、この小屋は、逃亡奴隷のために『レジスタンス』が用意したものだった」

「『レジスタンス』? 神聖教国に対する抵抗勢力ですか?」

 

 顔に包帯を巻いたリエンツに、ルイは頷いた。

 

「神聖教国に暮らす民たちが、皆、異種族を『亜人』と貶めることを良いと思っているわけじゃあない。

 虐げられた異種族や奴隷、あるいは人族であっても女性は窮屈な立場に追いやられている。そういう人達が集まって、理不尽な国家から人々を救い出そうとしてるんだ」

 

 ルイの脳裏には、これまでの様々な経験が蘇っていた。

 

「この小屋は、ダヤン監獄を抜け出してきた逃亡奴隷たちのために、その『レジスタンス』が用意したものだと書かれている」

 

「なるほどな、見事なものだ」

「うん。レジスタンスには世話になるな」

「いや、ルイ、お前さんのことだよ」

 

 オーステル老は、食事の手を休めて、ルイを見据えた。

 

「錠外しを習得したこと自体規格外だが、そのうえ、脱獄を成功させた。レジスタンスの小屋を見つけたのも、偶然じゃなかろう。……ルイ、お前さんは何者だ?」

 

 ルイの顔に陰りがさすのを、オーステルは見逃さなかった。

 オーステルが見る限り、この小王初めての屈託である。

 

「小屋を見つけたのは、タマラの功績で、僕の功績じゃない。

 錠外しについても、投獄されてから必死に身に着けただけだ。…脱獄計画も、自前の知識と知恵を練り上げた結果だ」

 

 オーステル老は、顎を微妙な角度に傾け、先を促した。それだけでは納得できないと、眼が語っている。

 

「僕の来歴については……。今は話せない、すまない。……レジスタンスと合流したら、話すよ」

「ということは、レジスタンスと合流できる見込みがあるので?」

 

 リエンツが尋ねる。オーステル老の追求を見かねて、助け船を出してくれたのだろうか。

 

「この紙には書かれてない。けど、心当たりがある」

「それはどちらですか?」

「オーガの領域の……」

「……オーガの領域ですって!?」

 

 ずっと黙っていたスウェンが、甲高い声でルイの言葉を遮った。

 血の気の引いた顔が、ルイを信じられないと見つめ返してくる。

 

 大湖と、その北にあるヴァルペクラ大草原に挟まれる領域は、オーガの生息地として知られる。

 人を生きたまま食うオーガは、人々の恐怖の象徴であった。

 神聖教国もあえて関心を向けようとせず、ずっと誰のものでもない土地であったのだ。

 

「大丈夫。オーガの領域と言っても、奥地までは行かない。それに追手を撒くなら、最適の場所だから」

 

 安心させるように話すルイには、動揺も恐怖も全く見えなかった。

 

「肝の太い野郎だな。……レジスタンスの場所も、その紙に書いてあったのかい?」

「いいや、元から知ってたんだ……ごめん。それもレジスタンスと合流したら、きっと話すから……」

 

 ===

 

「どう思うかね。リエンツ」

「ルイさまの過去についてですね。……おそらく、いえ、ほぼ間違いなく、『レジスタンス』の関係者でしょうね」

 

 寝台は三つしかないため、カルーラとスウェン、そして未だ目を覚まさないタマラが使っている。

 ルイは、不寝番を買って出てくれ、小屋の屋上に登って警戒をしていた。

 

「ワシもそう思う。レジスタンスの隠れ里を、レジスタンス以外の誰が知れる? だが、なぜ隠す?」

「レジスタンスが我々が思っているよりも、危険な場所だとしたらどうでしょう? たとえば、神聖教国よりも恐ろしいカルト教団とか…」

 

「ありえん。もし騙そうとするなら、秘密にするより、あることないこと嘘を付くだろう。たとえば、屋根が黄金で葺かれ、酒が浴びるほど飲めるとかな」

 

 リエンツは笑ってしまった。あまりに都合良すぎる夢想だと思ったのだ。

 オーステルは、バツが悪そうに咳払いする。

 

「……人族の年齢は分かりにくい。が、ルイが子供なのは間違いない。隠すほどの過去なんざ無いと思うが」

「信じられないほどの大罪を犯した、というのはどうですかね? 」

 

「子供ができる大罪って何だ? とも思うが、ありうるな。レジスタンス出身のルイは罪を犯し、追放され、ダヤン監獄に投獄される」

「あるいは、レジスタンスから殺されそうになり、逃げるために、神聖教国の憲兵に捕まり、ダヤン監獄に送られたとか……」

「一応の筋道はつくけどな…。まぁ、そうだとして、だ」

 

 オーステル老は、老いを感じさせぬ食欲を発揮して、紅玉果(ルビーフルーツ)にかぶりつき、汁気を袖で拭い去った。

 そして、リエンツをじっと見つめて、尋ねた。

 

「リエンツ、お前さんは、ルイについていくかね?」

「私らは、ダヤン監獄に囚われていた身。脛に傷あるのは、皆同じでしょう。今更、過去の罪を云々(うんぬん)するより、未来の栄光を選びたいですね。

 そして、現在(いま)のところ、ルイさまにはその器量がおありとお見受けしてます」

「ふ…。そうだな」

 

 二人のドワーフは和やかな談笑を続けていたが、衝立を挟んだ向こう、その奥の寝台では、ドワーフ女性が二人と人族女性が一人眠っていた。

 

 否、一人だけは目を覚ましていた。スウェンである。

 それも恐怖に震え、悲鳴を挙げないよう口を両手で押さえていたのだった。

 

 スウェンはドワーフ二人の会話を聞き、ルイを含めた周りの人間が、大悪党である可能性に思い立ったのだ。

 スウェンは自分を、純真無垢で従順な奴隷とみなしている。捕まったのも、何かの間違いだと信じていた。

 

 スウェンは神聖教国のドワーフ奴隷で、教育といえるものは何も与えられなかった。そういった人間は驚くほど狭隘な自意識しか持ちえない。

 彼女はその狭隘な自意識のなかで、自分だけは善人で、周りは悪人なのだと信じ込んでしまったのだった。

 

 ===

 

 ルイは不寝番を買って出て、屋上で一晩を明かすことになった。

 

 寝台は三つあるため、未だ目を覚まさないタマラの他に、怪我の酷いカルーラとリエンツが使うように指示をした。

 オーステル老もそれに賛成し、そういうことになった。

 

 ルイがいる屋上は、雨水を貯める装置があるだけの簡素なものだ。

 そこで毛布に包まれながら、星空を見上げる。

 

 小屋で一日過ごしたが、そろそろダヤン監獄も体制を立て直して、追手を差し向けてくる頃合いだろう。

 タマラの血痕が残っているため、この隠れ家はすぐに露見してしまう。

 一縷の望みであった雨も、残念なことに降らなかった。

 

 明日、早朝に出かけるとして、タマラは目覚めるだろうか? それに、スウェンの怖がりようが気になる。

 万一にも、オーガの領域で恐慌を起こしたりしたら……。

 

 きっと階下では、オーステル老が中心となって、ドワーフたちが協議を重ねていることだろう。

 オーステル老とリエンツ、そしてタマラはついてきてくれるだろう。

 

 目指す国の形は、まだまだ遠い。

 遠いながらも、あるいは遠いゆえに、ルイは様々に思いを馳せるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。