奴隷の少年が国を興す物語(仮)   作:克原絵馬

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7 追跡 <1>

 

 

 明朝、朝露が木々を濡らしているころ、ルイとその一党は、小屋を後にした。

 

「さすがに朝露では、人血は消えんか……」

 

 オーステルは、嘆息した。

 タマラの血痕が、小屋に向かって続いている。雨でも降ってくれれば血は流されただろうが、運命のサイコロはそうそう良い目を見せてくれないようだ。

 

 ルイは、手のひらを額にかざして、眼下の湖を見晴かした。

 ルイの見たところ、湖までの距離は三十キロメートルほど、そして、十五キロメートルほど北上して、オーガの領域にはいり、そこから五十キロメートルほど北東に進めば、レジスタンスの隠れ里に到着する。

 

 全行程はおよそ5日ほどと見積もる。

 

 ルイが振り返ってみれば、5人の仲間が号令を待っていた。

 生成りの上着を来たものが二名、同じく生成りのズボンを履いたのが二名である。珍妙な格好に、ルイは笑みをこぼしてしまった。

 

 小屋には着替えが用意されていたものの、おのおの上下三着しかなかったため、こういう珍妙な服装になったのである。

 神聖教国の囚人服は、白っぽい貫頭衣とズボンだった。

 

「さぁ、行こう!」

 

 笑みを含んだまま、ルイは皆に呼びかけた。

 

 ===

 

「ねぇ、ルイ。一体どういうことなの?」

 

 タマラは巻き付いたままの包帯をむず痒く思いながら、ルイに耳打ちした。

 

「叩き起こされたと思ったら、オーステルたちがいるし、なんだか治療もされてるし、そもそもどこに行くつもりなの?」

「とりあえず、タマラが元気そうで良かった。痛いところはない?」

「お陰様で。で、どうなってるの?」

「うーん。一言では説明しにくいな……」

「じゃあ、ゆっくり話して。どうせ旅程は長いんでしょ」

 

 というわけで、ルイはこれまでの事情を説明した。

 タマラを担いで、小屋に入ったこと。小屋でタマラを治療したこと。オーステル老たちと合流して、王として認めてもらったこと……。

 

「なるほどね…。ルイは、本当に、王様になりたかったのね」

 

 一方で、タマラはルイが気を失っている間のことは、曖昧にしか伝えなかった。

 そもそも、ミーラフェンとヤギの詳しい事情を知っているわけではなかったし、愛憎の果ての無理心中 (と思われるもの)を説明するのも、少年の教育に悪かろうと思われたので。

 

「そんなに王様って、いいものかな? たくさんの人に(かしず)かれるのって、気疲れしそう」

 

 素朴すぎる感想に、ルイは笑ってしまった。それはそれとして、ルイは言っておくべきことがある。

 

「僕は何も、偉ぶりたくて王になりたいんじゃない。僕の思い描く国の形は、神聖教国や、帝国とは全く違う」

 

 その言葉を、オーステル老は聞き逃さなかった。

 

「その国の形、興味がある。この老人にも聞かせてくれんか」

「もちろん。……もっとも、大きな違いは、『型にはめないこと』」

「ふむ…?」

 

「たとえば、神聖教国は、ドワーフを『亜人』と呼び差別している。

 ただドワーフに生まれただけで、財産を持つことができず、自由に街を歩くこともできない。

 その逆に、司祭(プリースト)の家に生まれた子供は、家名を与えられ、将来は同じく司祭になる」

 

 一行を見ると、もっとも真剣に聞いているのは、リエンツのようだ。

 次にオーステル老、タマラの順で、カルーラとスウェンは聞き流している。

 

「つまりは、神聖教国は、生まれた瞬間から型に嵌めようとしているんだ。普通の国民(くにたみ)たちも、教義に則った生活を強いられてる」

「すると、ルイさまは、神聖教国そのものを壊そうとされているのですか?」

 

 もっとも熱心に聞いていたリエンツが、そう質問した。

 ルイは少し考えたものの、その考えを否定した。

 

「今のところは、手を空けておきたいかな。一つの方法に固執しては、動きが縛られる。それに、神聖教国は強大だ。打ち倒すとしても時間がかかる」

 

 リエンツは満足した様子で頷き、引き下がった。

 代わって声を上げたのは、驚くことに、スウェンだった。脅えたように途中でつっかえつつも、話し始めた。

 

「ドワーフが財産を持てないのも、司祭さまの子が司祭になるのも、人族の方々が心根正しくいきるのも、ずっと昔から決まっていたことです。それを壊して、なにになるでしょう」

 

「いい質問だね。 要は、今まであった伝統や秩序を壊したら、『万人の万人に対する闘争』に……、えっと、無政府状態、んー、しっちゃかめっちゃかな状態になるのが心配なんだよね」

 

「簡単に言おうとして、余計に訳わかんなくなってるわよ……。そうね、犯罪がたくさん起こる世の中になるって言いたいんじゃない?」

 

「そうそれ。当然、盗んだり、殺したり、騙したりはさせない。人と人とが仲良く暮らすために、しちゃいけない最低限のことは、法によって取り締まる。

 そこは『型にはめる』。

 でも、僕の国に、それ以上の型はない。司祭の子が、踊り子になってもいい。農家の子が商人になってもいい」

 

「できますか? そんなことが」とリエンツが訊いた。

 

「できる。今すぐには無理でも、国が富めば」

 

 ルイは力を込めて言った。

 だが、この言葉は嘘ではないにせよ、真実でもない。

 

 言ってみれば、ルイの興国というのは、誰も行ったことのない大海原に乗り出し、新大陸を発見するようなものである。

 知識という名の航海図と、思考という名の羅針盤(コンパス)で、まだ見ぬ荒波の向こうに、航路を引くことはできるだろう。

 だが、成功するかなど、誰にも分かりようがない。

 

 しかし、だからといって、自信なさげにしてどうなるというのか。

 年若い自分には経験が足りぬ。加えて、自信も足りぬとなれば、誰が自分の夢に()けてくれるというのだろうか。

 

 ルイの言葉は、演技が多分にあったにせよ、決意を表したものであった。

 

「それに、神聖教国は人類の価値を卑しめていると思わないか。奴隷の子は奴隷、司祭の子は司祭と決めつけてる。

 だが、『亜人』と称されるドワーフも、エルフも、獣人も、それぞれの国を持っている。あるいは教義に従わずとも、人族は帝国で暮らしている。

 人は、人の想像する限りの何者にもなれるだけの価値がある。だったら、牛馬のごとく扱うのではなく、祝福された『光の子』のように、国民(くにたみ)を扱いたい」

 

 実のところ、この一行の中で神聖教国の生まれは、ルイの他はスウェンだけだった。

 タマラは騎馬の民であるし、オーステル老も、リエンツも、カルーラも、それぞれが、ドワーフの藩王国出身だ。

 それゆえ、『光の子』の言い回しはピンとこなかったものの、意図は伝わった。それぞれに頷く。

 

 唯一、スウェンだけが顔を暗くしていることを、ルイは見逃さなかった。

 

 ===

 

 日が沈み、湖に緋色の橋を架け渡しているころ、ルイの一行は野営の準備を始めていた。

 

 森が拓け、遠く湖都レーゼルの城壁が見える場所、その一歩手前の森の中が野営地に選ばれた。

 

 ここであれば、森が元奴隷たちの姿を隠してくれるだろう。

 

 野営の準備が整い、干し肉と雑穀をお湯で戻しただけの粗末なスープで腹を満たした頃、ルイは突然、奇妙なことを言い始めた。

 

「スウェン、僕の上着と、その貫頭衣を交換してくれないか」

「え……?」

 

 スウェンは訳が分からぬ様子で、絶句した。だが、それでも奪われることを怖れたのか、我が身を掻き抱く。

 

「ちょっと、ルイ。いきなりどうしたのよ。スウェンが困っているじゃない」

 

 突然の奇行に、タマラがスウェンをかばった。ルイは、困ったような顔をしつつも、話を続けた。

 

「ごめん。どうにも着心地が悪いんだ。奴隷ぐらしが長かったせいか、その貫頭衣のほうがしっくりくるんだ。

 でも、この上着だって上等だし、悪くない取引だろ」

 

 言いながら、ルイは自分の上着を脱いでしまう。

 

「わ、何しているの。スウェンが嫌がってるでしょうが。私が上着を貸してあげるから……」

「スウェンの方が生地が上等だ。そっちがいい」

「な……」

 

 常ならぬルイの様子に絶句していると、オーステル老が横から口を出した。

 

「タマラ、そのへんにしておけ。スウェン、別に構わねぇだろ。それとも、上着を交換したら、悪いことでもあるのかい?」

 

 オーステル老が、少々の凄みをもたせてそう言うと、スウェンは「わかりました……」と小さな声で答えた。

 

 こうして衣類は交換され、スウェンは上下ともそれなりに仕立ての良い服装になった。零細の行商人のように見えなくもない。一方、ルイは白い貫頭衣とズボンで囚人奴隷の姿になった。

 

 ルイは自分の姿を見て、一つ頷くと、次にこんな提案をした。

 

「これから先、獣や魔物に襲われたり、追手に追われたりで、バラバラに行動することがあるかもしれない。

 そうなったときに困らないよう、各々の背嚢(バックパック)に、寝袋や食糧など均等に分割したいと思う」

 

 これはもっともな意見だったので、タマラを含めた全員が承諾し、それぞれの背嚢の中身を、概ね同じようにした。

 

 とはいっても、寝袋は三つしかなかったので、残りの三つは小屋のベッドから剥いだ寝具である。

 なお、背嚢も三つしかなかったため、残りはシーツを風呂敷包みにしていた。

 

 こうして一通りの作業が終わったころ、ルイは小さなあくびをした。

 昨日は不寝番をしていたため、眠気が限界だったのだ。

 少年は、オーステル老に耳打ちで一言、言いおいてから、いそいそと寝袋に潜り込んだのだった。

 

 オーステル老はスウェンを不寝番に任命し、自分も毛布にくるまった。

 

 ===

 

 朝、小鳥のさえずりが聞こえて、ルイは心地の良い眠りから目覚めた。

 

 やや遅い目覚めだったようで、ルイ以外は全員目を覚まして、朝食の支度などを行っている。

 

 その中に、スウェンは居なかった。

 

「スウェンは、行っちまったぜ」

 

 ニヤリと笑って、オーステル老は機先を制した。

 

「にしても、ワシはあれほど下手くそな芝居を、田舎のドサ回りでも見たことがねぇ。笑いをこらえるのに必死だったぜ」

「あれはあれでいいんだ。

 嘘くさければ、スウェンも演技だということに気づく。そうしたら、後で感謝してくれる、かもしれない」

「だといいがな。上着まであげちまったのは、もったいねぇと思うがね」

 

 火起こしをしていたタマラが、眼を瞬いて、二人を眺めた。

 なんだか、二人とも、スウェンが逃げ出すことが分かっていたように話している。

 

 タマラが朝起きてスウェンの姿がなかったとき、悲しかったが、仕方がないことだとも思った。なんといっても逃亡奴隷なのだから、機を見て別れることもあるだろうと。

 

「えっと、もしかして、スウェンが逃げ出すことが分かってたの?」

 

 タマラが問いただすと、三人が顔を見合わせた。リエンツも含む三人である。

 

「わっはっは。良かったな。ルイの三文芝居に騙されたヤツがいたぞ」

「ちょっと! 意地悪しないで教えなさいよ!」

 

 タマラが声を荒げると、ルイは真面目くさって説明をはじめた。

 

 曰く、別に、スウェンが逃げ出すと知ってたわけではない。

 ただ、『オーガの領域』に行くと言ってから顔が暗かったし、ルイの国のありようについて話したときにも、不審感を(あらわ)にしていた。

 タマラ以外の三人は、スウェンが一行から離れたがっていると、勘づいていたという。

 

「スウェンの性格から、別れを言い出しにくいだろうと思った。

 こっちから言い出したら、追放された気持ちになったかもしれない。だから、逃げ出しやすいように、状況を整えた」

「で、でも、私達と一緒にいたいと思ってたら、どうするのよ?」

「その場合は、もちろん一緒に行動したさ。僕の本心を言えば、一緒に居てほしかった」

 

 この言葉は、おためごかしでも何でもない。ルイの本音だった。

 

 スウェンを神聖教国で生まれた奴隷だと看破していた。

 他のドワーフに比べ、神聖教国の習俗に慣れすぎていたからである。

 そして、飼いならされた奴隷は、その生き方こそ唯一と思い込み、それ以外の生き方があるとは思いもしないものだ。ましてや、神聖教国の洗脳によって、別の生き方は悪と思い込まされている。

 

 だからこそ、ルイはスウェンを助けたかった。

 ルイに隔意を持っていたとしても、恐慌(パニック)や裏切りの可能性があったとしても、ともに進み、奴隷以外の生き方を示したかった。

 結局は、道を(たが)えることになってしまったが。

 

「じゃあ、上着を交換しようと言ったのも意味があるの?」

「上下とも普通の格好なら、逃げ出した後、市井(しせい)に紛れることもできるからね」

「はぁー。うまいこと考えてたのね…」

 

 不意に、タマラは自分が恥ずかしくなった。子供のルイが、こんなにも気を回しているというのに、自分はのほほんとしてばかりだ。

 私は何ができるだろう……。

 そして、王になるというルイのように、大きな志を持てるだろうか……。

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