奴隷の少年が国を興す物語(仮)   作:克原絵馬

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8 追跡 <2>

 

 

 タマラが自分の行く末に懊悩(おうのう)していたのとほぼ同じ時刻、ダヤン監獄においても悩み深き人族がいた。

 

 監獄長にして、司祭(プリースト)のファーゴである。

 

 二日前に起こった大脱獄は、見えざる悪霊の手となってファーゴの首を絞めた。

 クレリックの報告によれば、脱獄した奴隷、あるいは行方不明の奴隷は、三十九人。捕らえたか、殺したかした奴隷は、十九人。

 看守の死者、行方不明者は、合わせて九人。

 

「フウゥゥー。過去の過ちを悔いても仕方ないわねぇ。脱獄した三十九人は、崩落事故で死んだことにして……」

 

 報告に来たクレリックをさがらせ、手酌で緑茶をカップに注ぎながら、ファーゴは独りごちた。

 お気に入りの小王(ルイ)が居なくなったことも痛手だった。あの美しい少年は、ホコリまみれのダヤン監獄で、一服の清涼剤だったのに。

 

 山積みの仕事を思って心が重くなる。

 だが、これがまだ序の口だということに、神ならぬファーゴは気づかなかった。

 

「上級異端審問官のセト様が、東門のすぐそばでお待ちです!!」

 

 扉を蹴破るように入ってきた部下が、開口一番こういったのである。

 

 ===

 

「これは、これは、異端審問官どの。お早いおつきで……」

「期日通りにきては、隠し立てをする輩もいるのでな。むろん、ファーゴ殿はそうではないと思うが」

 

 むっつりした顔でそう述べたのは、禿頭の男だった。

 見た目はせいぜい三十代ゆえ、禿げているのではなく、わざわざ綺麗に剃っているらしい。ヒゲもきれいに剃っており、見える体毛は眉毛とまつげしかない。

 その目が細いことも相まって、不気味な印象を与えていた。

 

(七日も前に来るんじゃないわよ、タコカスが……)

 

 ファーゴは心のなかで毒づいたが、表情は、満面の笑みで固定したまま動かせない。

 

 相手は泣く子も黙る『異端審問官』。それも枢機卿に匹敵するという三人しかいない、上級異端審問官である。

 後ろには、十二人の騎乗した聖騎士と、それに倍する徒歩(かち)の侍従兵を引き連れている。

 

 その武威には対抗できようはずもなかった。

 

「少々早めに来たつもりだが、遅かったようだな」

「な、何がでございましょう?」

「それを私に言わせるのか? まぁ、よかろう」

 

 異端審問官の一行は、手早くダヤン監獄を視察し、今は西の要塞門のところにきていた。

 

「この西門に、線状の細かい傷が多くついている。その傷の高さからして、剣のような武器を振り回した時のものだ。東門にはそんな傷がないのにな。

 看守は囚人どもを殺さぬよう棍棒を使う。直剣はよほどの緊急事態でなければ持ち出されない。

 なによりも、土をかけようとも消せぬ血臭!」

 

 馬上から、ファーゴを睨みおろす。

 異端審問官セトの視線に、監獄長は射すくめられた。

 

「あえて異端審問官に、隠し立てをするか!」

「も、申し訳ございません」

 

 ファーゴは勢いに飲まれ、平身低頭する。

 異端審問官は、庶民から物語本や技術書を取り上げるばかりではない。いざとなれば、司祭すらも火刑に処せる存在だということを、今更ながらに思い出したのだった。

 

 ===

 

「つまりは、二日前に脱獄騒ぎがあったということだな」

 

 監視塔の一室にて、異端審問官セトはファーゴの説明を聞いていた。

 

「はい、何分、大規模なものでありましたので、未だ実態を把握するのもままならぬままでして、決して隠したわけでは」

「……そう信じられれば良いな」

 

 異端審問官セトは、曖昧な返答をファーゴに返した。

 これは、ファーゴに対して言質を取らせず、『証拠を隠して、審問を妨害した』と、いつでも判断できると言外に示しているのである。

 

 異端審問官は、独自の捜査権、裁判権、刑の執行権を併せ持つ職業である。

 セトが、ファーゴを異端であると判断すれば、この場で火あぶりの刑に処すこともできるのだった。

 

聖職者(クレリック)の数は?」

「は、四十余名程度です」

「では、怪我で動けぬものを除いて、五人単位で隊を分けよ。それぞれに聖騎士をつける。…エルラン」

「ここに」

「司祭ファーゴに同行し、隊分けを手伝ってやれ」

 

 手伝いという名目の監視なのは、明白だった。

 

「隊分けと仰られますが、なにを目的として……」

 

 おずおずと、ファーゴが伺いを立てる。最初は心中で悪態をつく余裕もあったのだが、もはや、セトの威圧に唯々諾々と従うだけである。

 

「当然、脱走者を追う。言っておくがファーゴ、お主を含め、看守全員を出せ。ダヤン監獄の維持は私の配下の者が行うゆえ、心配いらぬ。

 何より……最終的な脱走者の数によって、神の意に(そむ)いたかどうかが判断されることになろう」

 

 これは、脱走者を再度捕まえた数によって、罪を減免すると言っているのだ。

 

「仰せの通りに……」

 

 ファーゴは深く頭を下げ、聖騎士エルランとともに隊の編成に向かった。肩を落とし、意気消沈している様子である。

 

「あまり、やる気が見られませんな。もっとはっきりと脱走者を捕まえれば、罪を減免するとおっしゃっても良かったのでは?」

 

 そうセトに進言したのは、聖騎士の一人であるミュカデであった。実務能力にすぐれ、忠誠心もあるため、セトは彼をよく使う。

 ややあけすけな面があるのが玉に瑕というところか。

 これと言って特徴のない顔立ちだが、耳が異様に大きかった。

 

「酌量はするがな。時間が経ちすぎた。やる気があろうとなかろうと、湖の畔の村々を廻る程度のことしかできぬ。

 それより、管理体制に問題がなかったか、脱獄を首謀したものが誰か。看守と捕らえた脱獄犯に聞いたほうが有益だ」

「なるほど、獄長を監獄から離して、捜査を妨害させぬことが主眼でありましたか」

 

 上級審問官となられるだけあって(そつ)がない。ミュカデはあらためて、セトの手腕に感服した。

 そして、セトに感服したまま、次の命令を受けることとなったのである。

 

「ここに、ルイという名の少年奴隷がいるはずだ。手間をかけさせるが、彼をここに連れてきてくれ……」

 

 ===

 

 聖騎士ミュカデは、今回もセトの信頼を裏切ることはなかった。

 

 怪我をした看守に少年奴隷について尋ね、そこから当たりをつける。

 捕らえた脱獄犯を恫喝し、あるいはなだめすかして、状況を把握する。

 

 獄長のファーゴが二日かかって出来なかったことを、ミュカデは半日で終えてしまった。

 驚くべき報告を携えて、ミュカデは上司のもとに帰参する。

 

「ご報告いたします。セト様の睨んだ通り、今回の脱獄計画は、ルイという少年奴隷と、亜人のオーステルが中心となって起こしたようです」

「そうか……」

 

 ミュカデが異端審問官を見る眼差しには、尊敬のエッセンスがたっぷりと含まれていた。『セト様は、最初から少年奴隷を首謀者と見抜いておられたのだ』と、ミュカデは思い込んでいる。

 

 実際は、セトは異なる事情からルイを探したのだが、わざわざ訂正するつもりもなかった。

 身振りで、ミュカデに先を促す。

 

「どうやら、少年のほうが奴隷の枷を外す方法を見つけたようで、それを知ったオーステルが、脱出の手立てを考えたようです」

「オーステルというのは、どんな人物だ?」

 

「年老いたドワーフで、長いことダヤン監獄に居たそうです。奴隷たちのまとめ役と申しますか、『(ヌシ)』のような存在であったようで、彼が主導するならと、脱獄を決めた奴隷が多かったとの由」

「主導はそのドワーフかもしれんが、発起したのはルイだろうな」

「……なぜ、そう思われるので?」

「老人は今あるものに安寧し、あらたな境遇を得ようとはせぬものだ。むしろ、年若い者のほうが、無謀な分、こういうことに手をつけやすい」

「ははぁ…」

 

 ミュカデは分かったような、分からぬような相槌を打った。セト様が言うのなら、きっとそうなのだろうと自分を納得させる。

 

 ミュカデを下がらせ、エルランから編成についての報告を受けたあと、かつては獄長のものだった一室で、セトは机に肘をついた。

 

「昔から明敏であったが……脱獄を成功させるとはな。だが、罪科(つみとが)を増やしてなんとする。一時の勝利を誇ったところで、地獄への道を突き進んでいるのが分からないのか」

 

 独り言は、主語を省いていたものの、それがルイを示すものであるのは明白だった。この場に余人がいたわけではないが。

 セト自身もよく分からない心の働きによって、はっきりと言うのが憚られたのだった。

 

 ===

 

 その頃、ルイの一党は森と平地の境目を北に進み、日が暮れる頃には、北に森が切れるところまで進んでいた。

 

 ここから先は開けた場所になり、人目につきやすくなる。

 この後は夜を徹して進み、オーガの領域まで一気に進むつもりであった。

 

 日が完全に沈むまでの僅かな時間、ルイたちは疲れた体を、大木の下で休ませることにした。

 木陰に腰を下ろし、ルイの隣で休んでいたタマラは、ふと、心づいたように少年に声をかけた。

 

「ねぇ、ルイ。私ね、兄と姉がいたの」

「うん」

「姉はともかく、下の兄貴は、私のこと頭が弱いっていうのよね。ひどい言い草だと思わない?

 でもさ、ルイは私より若いのに、私より物を知ってる。脱獄も成功させるし、スウェンのときみたいに気配りもできるし。ちょっと私、自信喪失気味なのよね」

 

「たぶん、環境の違いだよ。僕は育ってきた環境が良かったから、色んな知識や経験を積むことができた。それに、自信がないってはっきり言えるのはすごいよ。自分の弱点を晒せるのは、本当に強い人だけだ」

 

 思いもかけず褒められて、タマラは眼を瞬いた。ルイの美しい顔が真っ直ぐに、こちらを向いている。

 タマラはつい顔をそらし、そのまま頭を膝の間に挟み込んでしまう。

 

「ほら、そうやって、格好いいこと言うー」

 

 ルイはタマラの振る舞いに小首をかしげたが、言葉を続けた。

 

「人と人を分けるものがあるとしたら、『何になりたいか』になると思う。

 夢とか、志とか、野望とか、どう表現をしてもいいけど、心に期するものがあって、くじけずに努めていけば、その人はかならず『その他大勢』じゃない一廉の人物になれるよ」

「それがルイにとっては、『王になる』ということなのよね」

 

 タマラは意を決して、ルイへと向き直った。

 

「私は正直、ルイの目指す王とか、国の形はよく分からないわ。でも、ルイのことは好きだし、そばで護りたいと思う。臣下としてではなく、友達として。それでもいい?」

「もちろんだよ。すごく嬉しい」

 

 ルイは、タマラの手をとった。

 

「僕もタマラを助けるよ。だから、タマラが護りたいと思う限り、僕を護って。そして、僕はもっとたくさんの人を護れるようになる。だから、タマラも、より多くの人を護りたいと思ってくれたら、なお嬉しい」

 

 タマラに打算はひと欠片もなかった。ルイは打算も忠誠心も否定しない。けれども、それらが全く無いタマラの言葉は、純粋に嬉しかった。

 

(これは、これは…)

 

 二人のやり取りを眺めて、リエンツは驚嘆の念を新たにした。

 彼自身、ルイには心が傾いている。だが、一方で情を切り離し、一歩引いたところで事態を眺める冷徹さも持ち合わせていた。

 

(王や国のことが分からないと言いながらも、タマラは忠誠を誓いましたね。伝統や格式を介さないだけ、より純粋な忠誠の形かもしれない)

 

 この小王には、人を惹きつける不思議な力がある。リエンツはそう思い、自分もまた、彼のために力を尽くすかもしれないと思ったのだった。

 

 ちなみに、戦斧を横において休んでいたカルーラもその様子を見ていたが、特に何も思うことはなかった。

 いちいち言葉にせずとも、ついていきたければついていく。ただそれだけだ、そう思ったのである。

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