ちなみにオリ生徒のモチーフは何処ぞのV.Iです。
眩く照り付ける陽射しと乾いた空気。生ぬるい風が頬を撫で、砂埃がコンクリートに舞う。歩みを進めながら、持参したミネラルウォーターを口に含む。
――変わらんな、この自治区も。
アビドス──砂漠化が進行し、栄えていた頃の面影はその多くが砂とともに埋没してしまったと聞くが、比較的影響の少ない区画もある。その一端が、こうして歩いている市街地だ。
閑静、と表現するには些か賑わっている。とはいえ、流石にトリニティやD.U.と比較すれば寂れている部類だろう。人の往来がないわけではないが、さほど多くはもない。およそここに残っているのは地元愛の強い住民くらいなものだろう。観光目的で来た余所者など片手で足りるに違いない。尤も、自分もその余所者のうちの一人だが。
暫く通りを散策していると、不意に香ばしい香りが鼻腔をくすぐった。同時に、腹の虫が喚く。スマホを取り出し、時刻を確認すればとっくに正午を回っている。飯時には良い時間だろう。
誘われるようにして、私は匂いを辿った。知り合いが見れば『イヌですか、あなたは』と冷ややかな視線を送られるのは想像に難くない。
ともあれ、たどり着いた先は一軒のラーメン屋だった。暖簾には『ラーメン柴関』と書かれている。特に迷うことなく、そのまま戸を開けて店内に入る。これと言って昼食にリクエストがあったわけではない。腹が満たせれば何でも良かった。
「いらっしゃいませ! 柴関ラーメンです! 1名様でよろしかったですか?」
「ああ」
「では空いてるお席にご案内いたしますね!」
アルバイトらしき黒髪の少女に促され、カウンター席に腰を下ろす。武装は足元に立て掛けておいた。
「ご注文はお決まりですか?」
「そうだな……ここのオススメは?」
「オススメですか? 580円の柴関ラーメンとなっております! 当店自慢の看板メニューですよ!」
「ならそれを」
「かしこまりました、少々お待ち下さい! 大将! 柴関ラーメン一丁入りました!」
「あいよ!」
オーダーが通り、イヌ科の店主が調理を始める。待ちすがら、カウンター越しに彼の手際を眺めた。そして思う、アレは友人の言葉を借りるのなら『職人の手捌き』に相当する。無駄のない、洗練された所作。導かれるままこの店に足を運んだが、どうやら当たりを引いたらしい。
「あの」
ぼんやりと工程を見ていると、アルバイトの少女から遠慮がちに声がかかる。
「失礼ですが、アビドスの方……じゃないですよね?」
「ああ。D.U.から来た」
「へえ~。お仕事でいらっしゃったんですか?」
そう訊ねる少女の視線は、頻りに私の装いや装備に向けられていた。確かに、観光目的で訪れたとは言い難い出で立ちではあるか。足元に愛銃の傍らに鎮座するバリスティックシールド──畳んではいるものの携行可能な中でも大型である──を一瞥し、少女に目線を戻す。
「ただの私用だ。仕事じゃない」
「そうだったんですか。てっきり何処かの傭兵の方かと」
「いや、その認識で概ね合っている」
企業所属というわけではないが、と付け足した私に、少女の眼差しに鋭さが増す。瞳に入り交じるそれは薄っすらと警戒心、そして敵意の色が見え隠れしている。何が彼女の琴線に触れたのかは知る由もないが、こちらから敢えて詮索する理由も興味もない。
「人を探している。アビドスに来たのはそのためだ」
「人探し、ですか……? まあ、そういうことならお手伝いしますよ。その人の名前とかってわかりますか?」
「生憎だが、名前も人相も知らん。唯一分かっているのはそいつの二つ名だけだ」
「二つ名?」
ここに至る道中、何度も何度も反芻したその諢名。かつての同僚が独りごちたそれは又聞きしただけに過ぎず、だが、いつまでも私の耳にその名が焼き付いている。何故かはわからない。しかし、自然と腑に落ちるのだ。かの名を持つものは、きっと私を満たしてくれるだろう、と。予感、或いは直感めいたモノが叫び、ひたすらに欲する。私を突き動かすのは、いつだって曖昧で、形のない代物だった。
思いを馳せる。脳裏に浮かぶのは、誰とも知れず、顔も分からぬ強者の二つ名。
「──暁のホルス、だそうだ」
真偽の程は、直接この眼と耳で確かめるとしよう。
◆
「美味かったよ大将。知人にも薦めておこう」
「おっ、ありがとうよ嬢ちゃん! いつでも歓迎するからな!」
「ありがとうございましたー! またのご来店をお待ちしてます!」
気の良い店主とアルバイトの少女に見送られ、店を後にした。空腹を十分に満たし、身体には活力が戻っている。満足の行く味に舌鼓を打ったことで気分も良い。アビドスにこのような名店があったとは知らなんだ。
私はそれから足取り軽く、本来の目的を果たすべくまばらな住人に聞き込みを再開した。
……が、結果は芳しくない。
何人かの通行人に尋ねてはみたものの、そのような異名を持つ人物は覚えがないとのこと。そもそもの前提としてかの"暁のホルス"とやらが生徒であるのか、はたまた大人、或いはオートマタの類なのかすら確定していないのだ。それどころか生きているのか死んでいるのか、もっと言えば既に卒業してキヴォトスを去っている可能性すらある。
そんな人物? の行方を単身で探ろうとするのは些か無謀だったか。ほとんど衝動的にアビドスまで来てしまったが、もう少し情報を集めてから出立するべきだったなと今更ながらに思う。とは言っても、情報源である昔の同僚とはかれこれ2年ほど顔を合わせていない。加えて、会おうにもそう簡単に会えない事情がある。簡潔に言えば互いに多くを語らない主義だったために、私たちは連絡先を知らないのだ。職場を去ることになったあの日も、私も彼女も端末を取り出す素振りすらなかった。別れもあっさりとしたものだったし。
ともあれ、情報を得る手段がないわけではない。
今の雇い主であれば、独自の情報網で探れるはずだ。まあもっとも、小言がうるさい人間なので黙ってアビドスまで来たわけだが……。あれで優秀な側面もあるのは認めるが、銃の腕は話にならんしキーキー喧しくて敵わん。遅かれ早かれコトが知れるだろうが私が単身でアビドスに居ると分かればどんな文句が飛び出すか──。
そう思った矢先、ポケットの端末が震える。嫌な予感を肌に感じ、ため息混じりに取り出す。液晶に映る見慣れた名前を一瞥し、顔をしかめる。こういう時ばかり感づくのが早い。
「どうした?」
『どうした? じゃないですよ。あなた今どこをほっつき歩いてるんですか?』
スピーカー越しに聞こえる音声は、普段より僅かにトーンが低い。不機嫌の証拠だ。
「どこに居ようと問題じゃないだろう。そのうち戻る」
『前回もそのようなことを言って、他学園の自治区で問題を起こしたでしょう。あれはゲヘナでしたね』
「そうだったか?」
『そうですよ、まったく……。それより、さっさと帰ってきてください。直近で仕事の予定がありますから。ああ、それとあなたがアビドスに居ることも分かっています』
指摘されたところで然程も驚きはない。いつの頃からだったか、彼女は私の現在地を正確に監視している節が合った。GPSでも仕込まれたか。
「なんだ、知ってたのか」
『ええ当然です。むしろこの私が知らないとでも? 発信器くらいつけてありますよ。あなたという人はいつもあちこちフラフラと出歩いては面倒事ばかりしでかしますからね』
「ああ、悪いな」
『…………本当に悪いと思っているなら、戻ってきなさい。今すぐに』
本人は努めて冷静に喋っているつもりだろうが、怒りに震える声色を隠し切れていない。電話越しに青筋を浮かべる上司の顔がありありと目に浮かぶ。
「用が済めば帰る。そう急かすな」
ふと目についたベンチへ近寄り、積もった砂を軽く手で払い腰を下ろす。寂れた広場のようだったが、付近にプラットホームが目視できる。廃線になった駅舎だろう。ここもかつては賑わっていたのかも知れない。
『その用とやらは、わざわざアビドスに出向かなければならないものなんですか? アビドスと言えば砂に埋もれつつある廃校寸前の自治区でしょう。多額の負債を抱えているとも聞きます。そんな有り様であなたの渇望を満たせるとは到底思えませんがね。いつもの欲求不満であればまたゲヘナの風紀委員長にでも──いえ、何でもありません。これ以上仕事を増やされても困るので』
「ゲヘナ……口煩い行政官には辟易するが、ヒナと再戦するのも悪くない。イオリも腕を上げていたしな。近いうちにまた出向くとしよう」
『やめなさい』
「止めてくれるなよ。そういうタチなんだ」
『あなたのソレは度が過ぎるのですよ。まったく』
隠す気のない深い深い嘆息が耳朶を打つ。面倒に思うのであれば手放せば良いものを、この雇い主は契約を破棄しようとはしない。一体何を考えているのかはさっぱりだが、こちらとしては武器や弾薬費の諸々をまとめて経費で落としてくれるというのはありがたい限りである。その点は感謝している方だ。
『それよりも、再三繰り返しますがとっとと帰ってきてください。あなたを放逐しておくと碌なことがありません。私の胃に穴が開いたらどうしてくれるんです?』
「おかしなことを。お前は現場に出ないだろう? 穴など開くものか」
『ス・ト・レ・スで空くのですよ! 今もこうしてキリキリと……うぐぐ……』
端末越しに小さく呻く上司に、ふと思い出す。そう言えば以前から彼女は錠剤を持ち歩いていたな、と。さして気にも留めていなかったが。まあ日頃世話になっていることだし、いざとなったら病院に担ぎ込んでやるくらいはしてやっても構わない。
「ヤワなメンタルで策を弄するからそうなる」
『え、もしかして喧嘩売ってます?』
「いや、お前とやり合っても面白くない。もっと射撃訓練に時間を割いたらどうだ?」
『余計なお世話です!』
私なりに真面目に指摘したつもりだったが、お気に召さなかったらしい。上に立つ者としてある程度の戦闘能力は確保しておくべきだと思うのは、突飛な考えではないはずだが。
「……もういいか? お前だって暇じゃないだろう」
『そうですよ! 貴重なブレイクタイムが潰れてしまったじゃないですか! というか、あなたもそれが分かっているのなら一刻も早く戻ってきなさいっ!』
そうがなり立てる彼女に、私はこれ以上の会話は無意味だと判断。向こうは一刻も早く私を帰投させたい、一方、対する私は用が済むまで帰るつもりがない。互いに譲らず、ただひたすらに平行線。あまりに無意味ではないか。
思考がクリアになる。余計な会話にもう時間を割くこともない。いつも通りだ。
「ああそうだな。悪かった。善処する」
『あら、急に物分かりがよく……って、このパターンはもしや!? また携帯の電源ごと切るつもりでしょう! 都合が悪くなる度にそうやっていつもいつも──』
聞き飽きた説教が耳に届く前に、私は端末の電源を落とす。こうでもしなければこの後に訪れるであろう怒涛の着信連打が煩くて敵わない。
「さて……」
立ち上がる。わざわざアビドスまで来たのだ、気が済むまで件の異名の持ち主を探すとしよう。
◆
通話が途絶え、ツー、ツー、と無機質な電子音だけが耳朶をくすぐる。ややあって、わなわなと打ち震える腕を衝動的にデスクに叩きつけた。鈍い音を伴い、積み重なっていた書類の束がはらりと床に舞い落ちていく。遅れて打ち付けた拳がじん、と痛みを訴えた。細く、息を吐く。
──冷静にならなくては。
オフィスの天井を仰ぐ。これしきのことで毎度のようにこの有り様では本当に身が持たない。冗談じゃなく胃に穴が開いてしまう。私に匹敵する後任は居ないのだ、こんなところで倒れるわけには行かない。私には成すべきことがあるのだから。
沸騰したお湯が冷めるように、徐々にボルテージが下がっていく。そうだ、この程度のことなど軽く流してしまえば良い。もう起きてしまったことは仕方がない、ならば後はこれからどうするかだ。
気を取り直して、私は握り締めていた端末を操作し、連絡先の番号をタップする。短いコールを経て、聞き馴染んだ声が応答した。
『こちら七度。この時間に連絡するなんて珍しい。いつもなら仕事に追われている真っ只中だろうに。……それで、要件は? ──カヤ防衛室長』
落ち着き払った声色の持ち主は、元SRT特殊学園の部隊長を務める七度ユキノだ。彼女は学園の閉鎖に伴い、SRT特殊学園の再興を条件に取り込んだ私兵であると共に、私自身が最も信用している人物でもある。
「単刀直入に言います、貴方がたFOX小隊に職務を放棄して連絡を絶ったあのバカ──もといカノンを連れ戻していただきたいのです」
『……今回はゲヘナ? それともトリニティ?』
「いえ、アビドスです。彼女には発信器を付けてありますので、現在地は逐一共有します」
『了解した。準備が完了次第、出発する』
「何としても連れ帰ってください、仕事が立て込んでいますので。……前回の反省文もまだ途中ですし」
尤も、カノンがまともに反省文を提出したことは片手で数えるほどだが。中身がなく文章の水増しが多いばかりか、まったく反省の色が見られないのが文字からも伝わってくるのはいかんともしがたい。一体どんな教育を受けて育てばこうなるのやら。
「頼りにしていますよ、ユキノさん。では、私はここで吉報をお待ちしています」
期待を胸に通話を終える。ユキノが率いるFOX小隊はかの七囚人の一人、災厄の狐ことワカモと交戦。そして逮捕に成功している。加えてあのカノンとまともにやり合って勝ちをもぎ取る強者集団だ。殊勝とは言え、これ以上の適任は居ないだろう。じきにカノンを簀巻きにでもして持って帰って来るに違いない。
「ふふ、優秀な部下を持ったものです。一人じゃじゃ馬を抱えてはいますが、この程度全く問題にはなり得ません」
瞼の裏に、かねてより思い描く未来を夢想する。輝かしい未来だ。誰も成し得なかった偉業を成す、行方をくらました連邦生徒会長ではなく、この私が、私こそが──。
「キヴォトスにおける本当の超人……それに相応しい人間が誰なのか、人々は知ることになるでしょう。ええまったく、今から楽しみです」
柔と剛の力は手に入れた。後は地盤を盤上なものとし、行動を起こすのみ。しかし今はまだ、その時ではない。焦らず、じっくりと事を運べばいい。
込み上げる笑みを口端に浮かべ、私は今日もまた胃薬を飲む。あいたた……。