キヴォトスの好敵手   作:さまようニジリゴケ

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いつか言わせてみたいセリフトップ3。

1位 カヤ「死んで平伏しなさい! 私こそが連邦生徒会です!!!」
2位 ベアトリーチェ「取り込むべきでは、なかった……イレギュラー……」
3位 サクラコ「世に平穏のあらんことを」


2.『迸る戦意』

 

 日が傾き、快晴の空がオレンジ色に灼けて行く。そんなアビドスの閑静な住宅街の一角で、私は空を見上げた姿勢で佇んでいた。

 

「存外、ままならないものだな」

 

 あれから暁のホルスに関する情報を尋ねて回ったが、丸一日経過してもこれと言った収穫は無く、静かにゆっくりと夜の帳が下りようとしていた。ただでさえ人口の少ない自治区だ、日が暮れれば出歩いている人間を探すのも難しくなる。

 

 端末の電源は落としたままだ。今更電源を入れる気にもならない。きっと今頃はおびただしい数の不在着信と留守電のメッセージのポップアップが羅列されているのは、想像に難くなかった。何故、自分にそこまで執着心を抱くのかは知ったことじゃないにしろ、まあさぞ大層な思惑でもあるのだろう。結局のところ赤の他人同士である以上、奴が腹の底で何を考えているのかなど知る由もないし興味もない。思索を巡らし、策を弄するなど私の領分ではないのだから。

 

「お前もそう思うだろう?」

 

 仰ぎ見ていた空から目線を地上に合わせ戻す。足元で這いつくばっていた名も知らぬ少女の腹をつま先で小突けば、小さなうめき声を漏らした。どうにも、まだ意識が混濁しているらしい。

 

「な、何者、だ……お前は……」

「知ってどうする? 数的有利を取ってこの有り様だ」

 

 周囲に転がるヘルメットの少女らを一瞥する。皆、一様にヘイローが消えている。辛うじて保っているのはこの一人だけ。彼女らは単独で彷徨く私を丁度いいカモだとでも思ったのだろうが、その認識は銃撃を皮切りに正されることとなったわけだ。

 

「こんなことをして……ただで済むと、思っている、のか……? わ、我々は、カタカタヘルメッ──」

 

 発砲。

 

 意識を刈り取るのは、拳銃のただ一発だけで十分だった。今度こそ少女は沈黙し、明滅していたヘイローが消え失せる。

 

「面白くない」

 

 戦闘とすら呼称するのも烏滸がましい、一方的な蹂躙。良く言えば射撃訓練だ。しかし、正直なところウォーミングアップにもならなかった。故に、私の心は未だ渇きを訴えたまま。あまりの物足りなさにどうにかなってしまいそうだ。それに加えて、この渇望を満たす術を私はたった1つしか知らなかった。私を私、鱶鮫(ふかざめ)カノン足らしめるそれ──端的に言えば、闘争である。

 

 何時の頃からだったか、しかし着実に募らせたそれは今もなお私の精神に深く焼き付いている。もはや他の何を持ってしても、決して満たされることはなかった。戦いの中でだけ、私は私でいられる。先程の生ぬるい『ごっこ遊び』ではなく、もっと苛烈な、身を焦がさんばかりの死闘のなんと滾ることか。私の乞い願う全部がそこにある。欲する全てが凝縮されたそれに身を投じることこそ、私の生き甲斐、このキヴォトスに生きる理由だった。

 

 拳銃をウエストホルスターにしまい、身を翻す。もはやここに用はない。有象無象に絡まれただけの無駄足だった。場所を移し、もう少し市街地の方で情報を探ってからホテルに戻るとしよう。

 

 数歩進んだその時、不意に背後から気配を感じ取った。僅かに車輪の回る音も耳に届く。おもむろに半身で振り返ると、ロードバイクに跨る銀髪の少女がこちらを見つめていた。その瞳の奥には、警戒の色が滲んでいる。

 

「ん……これ、あなたがやったの?」

 

 少女は倒れ伏すヘルメット団たちに目をやると、そう訊ねてくる。恐らくは銃声を聞きつけて寄ってきたのだろう。

 

「ああ。因縁をつけられてな」

「そっか、災難だったね。えっと怪我は……してなさそう。この人数を相手に無傷だなんて、結構強いんだ。……ところで、名前はなんて言うの?」

「鱶鮫カノン」

「カノン……うん、覚えた。私は砂狼シロコ。アビドス高等学校の2年生」

 

 アビドス高等学校──多額の負債を抱え、今や廃校寸前だと伝え聞くが、シロコの胸元にある学生証には確かに『ABYDOS』の文字が見える。数少ない在校生と出会えたのは実に幸運なことだ。

 

「ここら辺じゃ見ない顔だけど、アビドスには観光……にしてはだいぶ重装備だね」

 

 そう言ってロードバイクから降りたシロコはそれを道の脇に停め、私のつま先からてっぺんまでをまじまじと眺める。無地の白いTシャツ、グレーのパーカー、ごく普通のハーフパンツ、履き慣れたスニーカー……と、ここまで客観視すれば、服装自体は何の変哲もない。しかし特筆すべきはここから。

 

 パーカーの上に着込んだタクティカルベスト、膝を保護するニーパッド、指抜きのグローブ、マガジンやグレネードを携行するためのサイドポーチと言った装備品で全身を固め、武装は愛銃のアサルトライフル、副兵装のサブマシンガン、サイドアームを担うハンドガン、大型の折りたたみ式バリスティックシールド、加えて各種投擲物が多数。これで観光客に見えるはずもなく、むしろ『今からカチコミに行きます』と主張しているようなものである。

 

「……戦争でもするつもり?」

「それも悪くない。だが生憎と、此度は別件でな」

 

 否定はしない。本心からアビドスの総力とやり合っても良いとさえ思っていた。しかしまあ、この自治区における戦力がどれほどのものか把握しきれていないのも事実。出てきたとしてかのアビドス高等学校の在校生と、あとは……カイザーPMCくらいだろう。優先度としては少し低いか。風紀委員会や正義実現委員会に仕掛けたほうがよっぽど面白そうだ。

 

「人を探している。顔も名前も知らない相手で、実際は人かどうかも分からんがな」

「それじゃ探しようがない」

「だが異名は知っている。暁のホルスに聞き覚えは?」

 

 訊ねると、シロコは少し考え込む。ややあって、返事が帰ってくる。

 

「ん……ごめん、ちょっと心当たりはないかな」

 

 申し訳無さそうにやや獣耳が垂れる。アビドスの在校生ならば、と淡い期待を抱いたが成果は得られない。ここまで来ると異名の存在自体が疑わしくなってくるが、かつての同僚が異様な執着を見せていたほどだ、可能性はある。

 

「明日、学校の皆にも聞いてみる。もしかしたら何か知ってるかも」

「そうか。なら、連絡先を交換しておこう」

「ん」

 

 言って私は番号の書いたメモを彼女に手渡すと、シロコは不思議そうに首を傾げた。

 

「わざわざ電話番号なんて、珍しい。今どきはみんなモモトークとかなのに。携帯電話とか、持ってないの?」

「持っているが……訳あって電源を落としていてな。まあ明日にはつけるさ」

 

 脳裏で烈火の如く喚き散らす上司の顔が思い浮かんでは消える。ああだからストレスがどうとかで胃に負担がかかるのだ。

 

「じゃあ、何か分かればこっちから連絡するね」

「ああ。頼んだぞ、シロコ」

 

 約束を取り付け、ひとまずは連絡を待つことになる。明朝にでも端末の電源を入れておこう。もしかすると、他のアビドス生なら何らかの情報を知っているかもしれない。この閑散とした自治区で今こうしてシロコに出会えたのは運が良かった。……ああ本当に、丁度良いタイミングだ。

 

「──それはそうと」

 

 警戒を緩めたシロコに向けて、私はやおらアサルトライフルの銃口を突きつける。あまりに自然な動作だったからか、彼女は瞠目してぴたりと動きが止まった。……が、それもほんの僅かであり、反射的にシロコも己の銃に手をかける。

 

 だとしても、こちらが一手早い。

 

「折角だ、遊んでいけよ」

 

 開戦の合図を担うのは、愛銃のマズルフラッシュだった。

 

 

 

 

 

 

 避けきれなかった弾丸が二の腕に命中し、にわかに骨に響く。痛みに構わず牽制射撃を加えて、私は付近のブロック塀に飛び込んだ。射線から身を隠しつつ銃のリロードを済ませる。

 

 ──強い。

 

 何の脈絡もなく襲いかかってきた謎の少女、鱶鮫カノンに対し、私は苦戦を強いられていた。

 

 遮蔽となるブロック塀から上半身だけを覗かせ、タタン、タタン、とバースト射撃を繰り返すものの、それは相手の構える盾によって難なく防がれた。カノンはその長身をこれまた大型のシールドの裏に隠しながら、片手でアサルトライフルを発砲。慌てて身体を戻して銃撃を凌ぐ。……このままじゃ埒が明かない。

 

 そう判断した私はポケットから手榴弾を取り出す。投げ物だってタダじゃない。日々の弾薬費の工面にも苦心している身だ、有効打となることを期待して下手投げの要領で投げ込む。直後、爆発したのとほぼ同時に遮蔽物から飛び出し、爆煙と砂塵が舞い上がる中で接近戦を仕掛ける。

 

 しかし、そこにカノンの姿はない。

 

「っ! どこっ!?」

「こっちだ」

 

 反応が間に合わず、側面からまともに銃撃を受けてしまう。鈍い痛みに襲われるも歯を食いしばって堪え、どうにか踏みとどまる。見やれば、カノンは塀の上を疾走していた。兵装もサブマシンガンに持ち替えており、近距離から激しい連射がもたらされる。

 

「くっ……!」

 

 私は応戦すべく少なくない被弾を堪えてマガジン内の残弾をフルオートで叩き込んだ。相手は細い塀の上、だったが、彼女は塀から塀へと飛び移り縦横無尽に住宅街を駆け回る。捉えたはずの弾丸は分厚いシールドによっていとも容易く防御され、お返しに容赦のない銃弾の嵐が降り注ぐ。咄嗟に回避行動を取ったものの、何発かは直撃を免れなかった。再びブロック塀の裏に身を移す。相手にすると盾持ちの厄介さが身に沁みる。きっと、ホシノ先輩を相手にしたヘルメット団たちも似たような思いをしたんだろうな。

 

 手早くリロードを終える。手榴弾を使っての強襲は失敗した。下手な射撃ではあの盾を抜けず、近付こうにも機動力はあっちが優る。明らかな格上だ、正攻法じゃ私に勝ち目はないなんてことは明白。何か打つ手は……。

 

 僅かに思考に耽る。不運なことに手元にドローンがない。ロードバイクの側に置きっぱなしだ。ドローンさえ起動できればその火力で盾を打ち破れるかも知れないが、交戦中に距離が空いてしまった。たどり着くためには、カノンの真正面を突っ切るのが最短ルートだが、問題は迂回する隙を与えてくれるかどうか。退却も視野に入れたけれど、恐らく彼女はそう易易と見逃してなどくれない。この戦闘の終了条件は、どちらかが倒れること。それまでカノンは止まらないだろう。自分も似ている部分があるから、少し分かる。

 

 そんなことを考えていると、不意に足元へ何かが転がってきた。それが何らかの投擲物だということはすぐに理解が及ぶ。私を遮蔽物から追い出すためのものだ。脳裏に過ぎる手榴弾を警戒し、反射的にその場から飛び退く。

 

 閃光。

 

 コンマ数秒間に合わず、防御が間に合わなかった視界が真っ白に染まる。ともすれば瞼の裏が焼き付いてしまったのでないかと錯覚するほどに眩く、酷い耳鳴りを伴い視覚と聴覚が潰される。もはや自分が立っているのか、倒れているのかさえ定かではない前後不覚に陥り、半ばパニック状態で銃を乱射した。成果が得られているかもわからないそれは、正面からの強い衝撃によって止められる。何かに突き飛ばされ、受け身も取れないまま派手に地面を転がった。まるでホシノ先輩のシールドバッシュでも食らわされたみたいな、暴力的なインパクト。

 

 休む間もなく、無防備にさらけ出した腹部に何らかの衝撃が連続。恐らく、至近距離でサブマシンガンを1マガジン分叩き込まれたのだろう。意識が明滅し、視覚と聴覚の復帰にも遅延を及ぼす。

 

「う……ぐ……ぅっ……」

 

 ホワイトアウトしていた視界が、徐々に色と景色を取り戻していく。煩い耳鳴りも同様に治まってきた。いくらキヴォトス人はこの手のダメージに強いとは言え、この状況ではあまりに遅すぎる。

 

 視界が開け、ぼんやりとした景色が映る。アビドスの夜空をバックに人影が私を見下ろしていた。全身に痺れるような痛みが這っていて、すぐには立ち上がれそうにない。それでもまだ、私には戦意が残っていた。幸い、愛銃もしっかりと握ったままだ。震える腕で銃口を向ける。

 

 トリガーを引く。弾は出ない。そうだった、さっきの乱射でマガジンが空っぽだ。

 

「また会おう、砂狼シロコ」

 

 弾丸が私の意識を刈り取る。落ち行く間際、彼女の見せた晴れやかな表情がやけに印象に残った。

 

 

 

 

 

 

「──ということがあったんだけど」

「……なるほど。事情はわかりました。ともかく、シロコ先輩が無事で良かったです」

 

 翌朝、少し遅れて登校した私は昨日の出来事を掻い摘んで皆に説明した。体中痣だらけの擦り傷まみれだし、絆創膏を何枚も貼った姿で学校に来たものだから、私を見るやいなや皆揃って大慌てだった。普段はのほほんとしたホシノ先輩もこればっかりは焦ったみたいで飛び起きていたのも印象深い。

 

「ボロボロのシロコ先輩が教室に入ってきた時は、ほんっと何事かと思ったんだから」

「ん……それは、ごめん。事前に伝えておけばよかったね」

 

 安堵に胸を撫で下ろすセリカ。でも、真っ先に救急箱を取りに保健室へ駆け出そうとしたのは他でもない彼女だ。

 

 銃をガンラックに置いて、席に座る。昨日のダメージが抜けきっていないようで、どうにも体が重い。意識が落ちるほどの攻撃を食らったのだから、当然と言えば当然だけども。

 

「いや~、おじさんもびっくりだよ。傷だらけだったのもそうだけど、あのシロコちゃんが手も足も出ない相手がアビドスに来てるんでしょ? こりゃあ怖くて夜も眠れないねー」

 

 ぐでー、と机に伸びるホシノ先輩からはこれっぽっちも怯えた様子は見られない。確かに、ホシノ先輩ほどの実力があれば彼女も難なく返り討ちにできるかも。けれど、昨日の戦闘においても件の少女、カノンが全力を出しているとは思えなかった。ホシノ先輩に、鱶鮫カノン。どちらも実力が底知れない人物だ。

 

「うーん、でも一体どうして急に襲いかかってきたんでしょう……? 話を聞く限りでは明確な敵意や悪意を持っていたようではなさそうですし……」

 

 頬に手を添えて考えるノノミに、私は「どうだろう」と口を開く。

 

「多分だけど、何か理由があったわけじゃないと思う」

「そうなんですか?」

「ん、波長が合うのかも。だから何となく分かる。きっと、あの子は退屈してた。そこにたまたま私が現れて、勢いで戦闘に発展した」

「凶暴なシロコ先輩……か、考えたくないわね。近頃はただでさえヘルメット団の襲撃が増えてるっていうのに……」

「だねー。弾薬だって限られてるし、これ以上のお客さんは勘弁だよ~」

 

 お手上げ、とばかりに表情をげんなりとさせるセリカとホシノ先輩。アルバイト等で稼いだお金は大半を借金の返済に当てて、残ったものを食費や生活費に割り当てる。その中には当然弾薬費も含まれるが、度重なる襲撃や治安維持のための掃討でも使用するため結構馬鹿にならない金額だ。スクラップを売り捌いて工面しているものの、このままじゃいずれ徒手空拳で応戦する……なんてことになりかねない。

 

「それにしても、一体何者なんでしょうか?」

 

 おもむろに疑問を呈したのはアヤネだった。

 

「シロコ先輩、彼女について分かる範囲で教えてもらえませんか? 名前とか、特徴だとか」

「ん、名前はしっかり覚えてる。鱶鮫カノンって言ってた」

「鱶鮫カノン、かぁ……ここいらじゃ聞き覚え無いわね。他には?」

「髪の色は紫で、髪型は確か……ツーサイドアップっていうんだっけ、それにしてて、あとノノミより身長が高かった」

「わあ☆ 負けちゃいました~」

「大丈夫。胸部装甲はノノミの圧勝」

「そ、その情報いる?」

 

 こほん、と気を取り直して続ける。

 

「服装はラフだったけど、やけに重装備だった。どこかの傭兵かも知れない」

「って言うと?」

「アサルトライフルに、サブマシンガンとハンドガン。ベストとかも着込んでて防具も充実してた。それからホシノ先輩のより大型の盾を持ってる。……おかげで昨日はまるで刃が立たなかった」

「うへー、じゃあ今度おじさんと模擬戦しよっかシロコちゃん。これでも盾の扱いには自信があるんだー」

「ん、望むところ」

 

 先輩の提案に、私は即答した。カノンの盾には苦戦を強いられたけど、ホシノ先輩との訓練で何か糸口が掴めるかも知れない。だったら、断る理由なんて無い。

 

「あ……そういえば」

 

 ふと思い出した。彼女のもう一つの、重要な特徴を。

 

「翼があった。サイズは小さかったけど、灰色の翼が」

「有翼……ということは、もしかするとトリニティの生徒さんかも?」

「どうなんだろう。聞いておけばよかった」

 

 トリニティと言えば、キヴォトスでも三本指に入る有数のマンモス校だ。格式高く、形式を重んじる校風が特色で、在籍する生徒も名家のご令嬢が多いのもあってよく誘拐だとかカツアゲのターゲットにされているらしい、なんて噂も耳にする機会が多い。しかし、どうにも思い描いていたトリニティ生像とカノンはあまりにかけ離れた印象を受けた。いっそ、ゲヘナ生だと言われたほうが余程しっくり来る。

 

 もうこの際、貰った電話番号にかけて根掘り葉掘り問いただしてしまおうか、と薄っすら思い始めたとき、ふとアヤネとセリカの1年生コンビが何やら考え込んでいる様子が目に留まった。

 

「アヤネちゃん? どうかしたんですか?」

「あ、いえ……その、シロコ先輩の仰った鱶鮫カノンという名前なんですが……なんとなく、何処かで聞いたことがあるような気がして」

 

 少し調べてみます、そう言ってアヤネは手元のタブレットを素早い手つきで操作し始める。

 

「私は名前に聞き覚えはないんだけど、似たような……というかまんまその特徴の人がバイト先に来たのよね」

「あら、セリカちゃんってば新しいアルバイト先が見つかったんですね? そうと分かれば、これはお祝いしなきゃいけませんね~」

「おー、そういうことなら今日はささやかなパーティーと行こうか~」

「ん、バイト先を教えるべき」

「うわわっ、お、教えないってば! い、いや、そんなことより! 私が会った人と特徴が合致してたって話!」

 

 両手をブンブンと振って強引に話を戻すセリカ。アルバイトに関しては秘密主義な一面のあるセリカだけれど、ちょっとおっちょこちょいと言うか抜けている部分があるので、多分そのうちボロが出てくると思う。

 

「セリカちゃんは彼女と戦闘したわけではないんですか?」

「え? うん、まあそうだけど。特に襲ってくる素振りはなかったかな」

「じゃあ、シロコちゃんの言う通り、本当にただの気まぐれだったのかも知れませんね」

「……そうだ、ねえセリカ、彼女になにか聞かれたりはした? 例えば……人を探してるとか」

 

 私がそう訊ねると、セリカは耳をピンと立たせて反応を示した。

 

「そうそれ! 聞かれたわよ! 顔も名前も知らない相手を探してるって!」

「でも、二つ名だけは知ってる。でしょ」

「そうそう! って、シロコ先輩も聞かれたの?」

「ん、内容はセリカと同じはず。彼女がアビドスで探しているのは──」

「──わかりました!」

 

 ワードを言いかけた寸前、がたんっと椅子を鳴らしてアヤネが立ち上がる。必然的に皆の視線が彼女に集まった。

 

「どうしたのさアヤネちゃん。もしかして、件の彼女について何か掴めた感じ?」

「はい! データベースで検索をかけたところ、思わぬ事実が判明しました。彼女……私たちが思っていた以上に厄介な人物でした」

「うへ……まさか何処かの学園の主要人物だったりしないよね?」

「いえ、そういった経歴は見当たりませんでしたが……下手すると、もっとタチが悪いかもしれません」

 

 アヤネはひと呼吸置いてから、よく通る声で語り始めた。

 

「鱶鮫カノン、トリニティ総合学園の元生徒です」

「……元、ですか?」

「はい。現在は既に退学しているようです。彼女は編入生だったらしく、1年の後期に編入したとありますが……それ以前の経歴が不明。その上、僅か半年足らずでトリニティを去っています」

「は、半年!? 一体何をすればそんな短期間で退学になるのよ!?」

「それが、この箇所は徹底的に情報規制されているみたいで一切閲覧が出来ず……」

「……ま、あのトリニティが公にできないってことは余程のことだろうね」

 

 編入からたった半年で退学、というのはキヴォトスでも滅多に耳にしない事例だ。その上、上層部からの情報規制は何となく政治めいたものを感じざるを得ない。そもそもキヴォトスにおける退学措置は非常に重いもの。社会保障やらなにやらの諸々の保証が一切合切受けられなくなり、当然銀行口座も凍結される。自治区からの支援が受けられなくなった生徒は、そうして無法のブラックマーケットに流れ着くのだそうだ。

 

「トリニティを去った後、彼女は各地で頻繁に生徒を襲うようになり、被害はトリニティ、ゲヘナ、ミレニアムと言った三代校の他、鎮圧に動いたヴァルキューレにまで牙を向いたそうです。記録によると、大規模な戦闘に発展した事例もあり、その際はあのSRT特殊学園の部隊と交戦したとあります」

「SRT特殊学園というと、あの連邦生徒会直下の組織でしたよね。最新鋭の装備品と優れた実力で有名だとか」

「はい。現在は閉鎖されてしまったそうですが……ともかく、鱶鮫カノンは非常に危険な生徒だと言えるでしょう。出回る呼び名も数多く、どれも彼女の凶暴性を表しているものばかり」

「それって、例えばどんなのがあるわけ?」

「ええと、『血濡れの灰翼』『常在戦場』『ゲヘナモドキ』『八番目の七囚人』……他にもあるそうですが、有名なのはこの辺でしょうか」

「『八番目の七囚人』って何? 七囚人って、あの七囚人でしょ? その八番目って、それじゃ八囚人になっちゃうじゃない」

「うーん、それについては私からはなんとも……色々と情報が錯綜しているみたいでして」

 

 申し訳無さそうにしてアヤネは困り顔を浮かべるが、情報量としては十分過ぎる。やっぱりウチの書紀は優秀だ。一方で私は肉体労働くらいしか貢献できないのが悔やまれる。……まあ、昨日はコテンパンにされたけど。

 

「他に判明しているのは、比較的D.U.での目撃例が頻発していることくらいでしょうか」

「んー、もしかするとそっちに活動拠点があるのかもね。まあ何にせよ、その子がアビドスに滞在してる間はこっちも注意しとかないとだね。シロコちゃんみたく突然攻撃されたらたまったもんじゃないよ~」

「確かに、それは困っちゃいますね。……あっ、そういえばシロコちゃんにセリカちゃん。さっきお二人とも何か言いかけてませんでしたか?」

「え? ああ。二つ名よ、二つ名」

「二つ名ですか……?」

 

 ノノミが人差し指を唇に当てて、小首を傾げる。

 

「ん、カノンが探してる人の異名みたい。アビドスにはそのために来たって」

「じゃあその人が見つかれば、彼女も目的を達成してお家に帰ってくれるかも知れませんね☆」

「って言ってもアビドスは広いからねぇ。探し出すのも一苦労だと思うけど。それにアビドスで異名持ちなんて滅多に聞かないし」

 

 それで? とホシノ先輩は机に寝そべったまま、続けて私に問いかけた。

 

「探し人の異名って結局なんなのさ? シロコちゃん」

「確か──『暁のホルス』って言ってた」

 

 それを口にした途端、先輩の安穏に緩んだオッドアイの双眸がほんの僅かに引き絞られるのを、私は見た。意識してよくよく注意しなければ気付けないほどの変化。それは身にまとう雰囲気すらも、薄っすらと張り詰めているように思える。

 

「…………へえ」

 

 のそり、と上体を起こしたホシノ先輩の瞳が、私を射抜いた。




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