キヴォトスの好敵手   作:さまようニジリゴケ

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3.『VS.暁のホルス』

 

 雲間から月明かりの射す深夜。影に身を潜めながらアビドスの住宅街を移動する。会話はない。物音を立てぬよう、やり取りは極力ハンドシグナルに留めている。故に元より閑静であったであろうこの住宅地にはただひたすらに静寂だけがあった。

 

 隊列を維持し、一件の民家にたどり着く。情報によるとそこは何年も前から空き家のようだった。小隊の1人を配置につかせ、残ったメンバーと付近を調べる。ややあって、対象の痕跡は確認できなかった。しかしGPSの座標が指し示す地点はここで間違いない。奇襲に最大限警戒しつつ、玄関のドアノブを捻る。……施錠されていない。ちょうど月光が手元を照らし出す。見やれば、鍵穴には僅かにピッキングの形跡が見て取れた。一体どこで身につけたのやら。

 

 小銃を構え直し、ポイントマンであるクルミ(FOX3)を先頭に据えて屋内へ身を滑り込ませた。

 

 本来であれば空き家だったはずだが、思いの外家具や雑貨が残っている。前の住人のものだろうか、多少埃を被ってはいるものの、散らばった衣服や古いコミック本が生活感を感じさせた。だが足元にはくっきりと真新しい足跡が2階へと続いている。ブービートラップを警戒していたが、どうやらその類は仕掛けられていないようだった。

 警戒を怠らずに1階のクリアリングを済ませ、一歩ずつ階段を昇っていく。その足跡はある部屋の前で途切れていた。

 

 ハンドシグナルを出し、それから3つ数えると同時に室内に突入を仕掛ける。

 

 ──踏み込んだ先は、もぬけの殻だった。

 

 寝室に当たるその一室のどこにも人影はなく、僅かに開いた窓から夜風がカーテンを揺らしているのみ。

 

「……居ない、か。FOX4、外の様子は?」

 

 狙撃ポイントについていたオトギ(FOX4)へ、咽喉マイク越しに無線通信を取る。

 

『こちらFOX4、異常無し。ターゲットが離脱した様子もない。こりゃあ一杯食わされたかねぇ』

「そうか。引き続き、警戒体制を維持するように」

『承知』

 

 頼もしい返答。事実、彼女の狙撃の腕については小隊の皆が信頼を置いている。無論、私も。

 

 FOX4は住宅街を一望できる丘上に位置した廃ビルに陣取っている。そこからであれば、この住居は彼女の射程圏内。ネズミ一匹逃がしやせずに風穴を開けることだろう。

 

FOX2(ニコ)、報告を」

 

 裏口に控えている小隊員にも通信を回す。

 

『こちらFOX2、同じく異常無し。付近に人の気配もないよ。ちょっと静かすぎるくらい』

「相手はあの(・・)鱶鮫カノンだ。何をしてくるか分からない。油断するな」

『それもそうだね、了解』

 

 通信を切り、月明かりに薄く照らされた寝室の隅々に目を凝らす。建物の周辺に人影は無し。屋内にも姿が捉えられず、気配も無い。だとしても一切の気を抜けない。今回は、そういう手合いだ。

 

「……あれ? FOX1(ユキノ)、ベッドの上に何かが……」

 

 クルミが何かを発見したらしく、そこに指を指す。薄暗い室内の中、視線を向けると、埃と砂を被ったベッドシーツの上でこれ見よがしに置かれているものがある。数は2つ。一見するとそれは何の変哲もない日用品のようだった。おもむろに手に取り、入念に調べてみる。

 

「これは……携帯のバッテリー? それと音楽プレーヤーか」

「アイツの忘れ物かしら?」

「……いや、これは置いていったんだ」

「置いていった? じゃあこれは──」

「発信器だ。勘付かれたな」

 

 共有されているGPS信号の座標はこの地点を指している。そして、その発信源もこの2つ間違いない。……やはり一筋縄ではいかないか。

 

「どうするの?」

 

 FOX3が判断を仰ぐ。選択はとうに決まっていた。

 

「無論、続行する。私たちの任務は『鱶鮫カノンを連れ戻すこと』。ミッションを放棄するわけには行かない」

「そうは言っても追跡できそうなものなんて……まさか虱潰しでもする気なの? この広いアビドスで?」

「その心配は不要だ。私たちはただ待てばいい」

「待つ?」

「カノンがいつまでも身を潜められるはずがない。彼女の性分を考慮すると──じきに戦闘が起きるだろう」

「なるほど。アイツの方から居場所を教えてくるって寸法ね!」

「後は隙を見て強襲するだけ。真っ向からやり合う必要もない。それまでは街中の監視カメラを使って地道に捜索する」

 

 ただでさえ卓越した戦闘技術とフィジカルの持ち主だ、如何にこちらが数的有利を取っていたとしても正面切っての戦闘は分が悪い。各個撃破され、壊滅するのは目に見えている。でなければ、以前の私たちは黒星を付けられていただろう。未だ嘗て、あれほどFOX小隊が追い込まれたことはない。そういう意味では貴重な経験と言える。……まあ尤も、初戦以外で苦戦を強いられなかった訳では無いが。

 

「──各員に伝達。警戒態勢を解除。作戦を変更し、小隊はこのまま市街地へ向かう。その後、FOX2は市街地の監視カメラをハッキングした後、ターゲットに関する情報を集めてくれ。FOX3、FOX4は指示があるまで待機」

『FOX4、了解したよ。……ところでさ、待ってる間暇だしコンビニ行ってきても良い? お腹減っちゃってさぁ』

「任務中だぞ、FOX4。それにレーションがあるだろう」

『えー、好んで食べるような味じゃないでしょアレ。流石にもう慣れたけどさ』

『ふふっ、それならおいなりさんでも食べる? 急な任務だったから味付けはちょっぴりシンプルになっちゃったけど』

『お、いいねぇ』

「ちょっと、こんな時間に食べ物の話しないでよ。私までお腹減ってきたじゃない!」

『じゃあクルミちゃんにも後で渡すね。ユキノちゃんはどうする?』

「……今は任務中だ」

『んー、そっか。じゃあ仕方ないね』

『そういうことなら、小隊長の分は私が貰おうかねぇ』

「…………ニコ」

『大丈夫だよ。心配しなくても、ユキノちゃんの分もきちんと渡すから』

 

 FOX小隊(私たち)は武器である。

 ……が、それはそれとして腹が減っては士気も下がる。

 

 下がるったら、下がるのだ。

 

 

 

 

 

 

 その日の午前、私は人気のない商店街で足を運んでいた。

 軒を連ねる店はどれもシャッターが降りていて、『テナント募集中』の張り紙は貼られっぱなし。午前中だと言うのに開店している店は無く、通行人が通りかかることもない。まるで人々から忘れ去られ、時の流れすらも止まったままのように空虚な静寂が支配している。だがここも、アビドスでは珍しくない。人の手が届かなくなって久しい場所は、他にいくらでもある。

 

 シャッターに背を預け、待ち人を待つ。

 

 シロコから連絡があったのは数刻程前のこと。商店街を吹き抜けた風が砂を散らす様を眺めながら、通話内容を想起する。

 

 ──ん、学校の先輩が心当たりあるみたい。

 ──本当か?

 ──郊外にある商店街でよく見かけるって。待ってればそのうち来るとも言ってた。

 ──そうか。礼を言う、シロコ。

 ──大したことはしてない。それより、次は負けないから。

 

 物静かな声色の彼女だったが、電話越しにも闘志を感じさせる物言いに思わず笑みが浮かんだものだ。そうだ、そうでなくてはつまらない。加えて確信を得た。やはりシロコはこちら側の人間である、と。地力も中々悪くない。経験を積ませれば、キヴォトスでも有数の好敵手になれる素質を秘めている。良い巡り合わせをもたらしてくれたアビドスの地に感謝するとしよう。

 

 そして、ようやくだ。

 追い求めた『暁のホルス』に繋がる有力な情報が得られた。指定されたこの商店街に頻繁に目撃される上、待っていればそのうち来る(・・・・・・・・・・・・)と言う。とうの昔に廃れたここに何故現れるのかは定かではないが、いずれ姿を見せるのであれば待とうじゃないか。それくらいの辛抱はしてみせるとも。

 

 数分、或いは数十分、私は文句も言わずに待ち続けた。その間、私の脳内はあらゆるパターンの戦闘をシミュレーションする。相手の武装は何か、どのような戦術を取ってくるのか、その強さは如何ほどか──思いを馳せるほどに、胸の内が滾る。心臓という炉心は十分なほどに燃えていた。全身に漲る活力は、時間が経つほどに熱を増し、存分に振るわれるその瞬間を待ち望んでいる。

 

 ──やがて、時は満ちた。

 

 視界の端に捉えたのは、小柄な少女の姿。桃色の長髪を風に靡かせ、気怠そうに背筋を曲げている。眠たげに細められた黄と青のオッドアイには確かな警戒の色が浮かんでいた。その装いはアビドス高等学校の制服であり、胸元にはシロコと同じく学生証が見受けられる。

 見た限り、彼女の武装はショットガンのようだ。肩にはカバンのようなものを提げているが……あれは私と同じ折りたたみ式の携行盾だろうか。

 

 3メートルほど手前で少女は立ち止まる。先んじて口を開いたのは名も知らぬ少女からだ。

 

「うへ~……まさか本当に待ってるとは思わなかったよ~」

 

 のんびりとした口調で少女は言う。しかしその双眸は胡乱げな視線をこちらに向けていた。

 

「今の今まで有力な手がかりは何も得られず仕舞いだったからな。藁にも縋る思いだったさ──それで、オマエが『暁のホルス』か?」

 

 問うた途端、少女の緩んだ面持ちが強張る。それに応じて雰囲気すらも剣呑さが浮き彫りになっていく。まるで仮面が剥がれるように。

 

「……どこでその名を?」

「別にいいだろそんなこと。出処など、今は重要なことじゃない。質問に答えてくれよ」

「いいや、こっちの質問に答えるのが先。誰から聞いたのさ。……黒服にでも唆された?」

 

 ここに来て意外な人物が口にされ、私は思わず目を丸くした。

 

「黒服……? 黒服だと? ……ああ、あのゲマトリアとかいう回りくどい大人か」

 

 かつてトリニティを追い出され、ブラックマーケットで傭兵として日銭を稼いでいた時代、全身黒一色の胡散臭い大人に取引を持ちかけられたのは覚えている。何やら小難しい理屈を並べていたし、微塵も興味が湧かなかったので一蹴して帰ったが。

 

「っ! お前やっぱり──!」

 

 だがどうやら、眼の前の少女からすれば些細な関わりであったとしても気に触ったらしい。僅かに瞳孔が開き、剥き出しの敵意が晒される。そこいらのチンピラなどでは類を見ない、圧倒的な()の力。相対するだけでぴりぴりと肌が粟立つ感覚は久しく、そして貴重だ。彼女からもたらされるそれは、ネルやヒナに匹敵……いや、或いは──。

 

「そう興奮するなよ。何を勘違いしたかは知らないが、あの黒いのは知り合いでもなんでもない。一度会ったことがあるだけだ」

「信用できない。じゃあ誰から聞いたの?」

 

 私を睨めつけたまま、少女は訊ねてくる。

 

「昔、私がPMCに居た頃、職場の同僚が独り言を言っていてな。アビドスの恐怖と狂気がどうとか、呪われた地がどうこう……まあ色々と意味深なコトを口にする変な女だったよ。うわ言みたいにな」

「『暁のホルス』も、その子が?」

「ああ。尤も、又聞きしたに過ぎない」

「そう。ちなみにその子、今どうしてるの? まさかとは思うけど、ゲマトリアに手を貸してるなんて言わないよね?」

「さあな。私がPMCをクビになって以来、それきりだ。しかしアイツのことだ、どこぞで逞しくやっているんだろう──もういいか? さっきから疼いて疼いて仕方がない」

 

 折り畳んでいたシールドを展開し、スリングを引っ張って愛銃を手に取る。身体が中心から末端に至るまで熱を持っている。今の私はここ最近で一番と言ってもいいコンディションが整っていた。

 

「やっぱりこうなっちゃうか。いいよ、私もそのつもりで来たし。それに……可愛い後輩に生傷をつけてくれたお礼(・・)もしようと思ってたからさ。……ああ、その前に質問に答えないとだね」

 

 少女は肩に提げたカバンを展開する。思った通り、バリスティックシールドであった。

 

「キミが探してる『暁のホルス』は私だよ。って言っても黒服とキミの同僚ちゃんがそう呼んでるだけで、別に自分から名乗ったわけじゃないんだけどね。何より、今の私はアビドス廃校対策委員会の委員長、ただの小鳥遊ホシノだよ」

 

 少女──いや、小鳥遊ホシノがショットガンを構えて見せる。彼女のオッドアイが油断無くこちらを射抜く。色違いの瞳の奥底には、隠し切れない獰猛さが鈍い光を放っていた。

 

「やろっか、堕天使ちゃん。──おじさんが遊んであげる」

 

 ──暁のホルスが牙を剥く。

 

 

 

 

 

 

 戦闘の火蓋が切って落とされる。その合図を担ったのは、ホシノがアーケードのタイルを蹴る衝撃音だった。ダンッ、という鈍い音を伴い、スプリングが跳ね上がるような勢いでこちらに急接近を仕掛けてくる。予想を遥かに上回る脚力を魅せられ、私は喜びに打ち震えながらライフルを掃射して迎え撃つ。しかしやはりと言うべきか、着弾するはずの弾は尽く彼女の盾に阻まれ床に散りゆく。

 

 盾を構え、円を描くように回り込むホシノ。すると彼女は降りたシャッターへ飛び、そのまま壁走りの要領で連なるシャッターを疾駆。撃ち落とすべく射撃を加えたが、あろうことかその姿勢で加速してみせたホシノに銃弾の雨は鎧戸を穿つばかり。

 

 絶え間ない連射により、ここでこちらのマガジンが空になる。その間隙を見逃すはずもなく、ホシノはショットガンを突き出し片手で連射しながら飛びかかってきた。ホルスターからハンドガンを取り出し、散弾をこちらも盾で防ぎ──そのまま衝撃ごと押し返す勢いで前方にタックルをかます。

 

 散弾を防御する感覚に混じり、手応えを感じた。

 

「──あっぶないなぁ」

 

 ニヒルな笑みを浮かべ、暁のホルスはすとんっと軽やかに着地して見せる。捉えたと思ったが、銃撃の反動を利用して空中で姿勢を変え、すんでの所で私の盾を蹴り離脱したというわけか。このような常人離れした芸当、実戦で味わわされるのは得難い経験だ。まったく、この手の空中機動は001(ネル)の特権だとばかり思っていたが、思いの外キヴォトスは広いものだ。

 

「なるほど。(ホルス)の名は伊達じゃないらしい」

 

 薄く口角を歪ませ、私はシールドを床に突き刺すとハンドガンで牽制しつつ、空いた片手でポーチから投擲物を取り出し、素早くピンを歯に加え、抜く。それを自分の足元に転がすと、一拍置いてスモークが焚かれる。次第に白煙が身を隠し、小銃のリロードを行う。

 

 当然、スモークに向けて散弾が放たれるが、ちょっとやそっとじゃこのシールドは物ともしない。

 

 床に刺した盾を引っこ抜き、煙に紛れて後退。スモークから離脱し仕切り直す。

 

「こっちだよ」

 

 背後から声。辛うじて目にしたのは、背面を取っていたホシノが足を振り抜く様だった。

 

「ぐっ──!?」

 

 反射的に体が動き、間一髪で防御が間に合う。奇跡的と言っても良い。だがシールド越しに伝わってきたのは戦車砲が直撃したかのような馬鹿げた衝撃。あまりの威力にフレームが悲鳴を上げた。

 

 凄まじい反動に歯を食いしばって堪える。十数センチほど押し下げられ、私はその圧倒的なパワーを前に背筋に寒いものが走るのを感じていた。すっかり片腕が痺れきってしまい、僅かではあるが回復に時間を要しそうだ。

 

 眼前に立つホシノがショットガンのトリガーを引き切る直前、銃身ごと蹴り上げてアーケードの天井に発砲をズラす。

 

 このまま至近距離を挑むには相手に分が有り過ぎる、そう判断した私は負けじと足で対抗。蹴り抜いた足を戻し、ホシノの胴体を蹴り飛ばす──容易くあちらの盾で防がれてしまったが──ことによって、反動を使ってその場から飛び退く。ショットガンから追撃が放たれたもののシールドで防御。こちらも空中で姿勢を制御し着地を決める。

 

 さて、仕切り直しだ。

 

 相手の獲物はショットガン、そしてどこぞの救護騎士(ミネ)にも匹敵する暴力的なまでのパワー。こっちにもサブマシンガンはあるが、接近戦は得策とは言えないだろう。ホシノの盾も未だ健在。いやはや、それでこそ攻略のし甲斐があるというものだ。

 

 手元の盾を一瞥する。前面は弾痕だらけで、先の一撃によってフレームがぐにゃりと無惨にもひしゃげてしまっている。裏面も貫通こそしていないが防いだ弾によって夥しい数の膨らみができていた。この盾はカイザー社製の特注品だったが、『暁のホルス』クラスを相手取るには些か硬度が足りなかったようだ。折りたたみ式ということもあって多少の防御力には目を瞑っていたが、次回注文する際はその辺りも考慮するとしよう。

 

 しかしなんという脚力か。あのレベルの攻撃を防ぐのはもうこの有り様となった盾には荷が重い。となれば──、

 

「趣向を変えようか」

 

 痺れの残る腕を大きく振りかぶり、役割を全うした盾を前方に投擲すると同時に地を蹴り飛ばす。両手にはそれぞれアサルトライフルとサブマシンガンを手に、込み上げる笑みを隠すこと無くホシノへ突貫。超至近距離での接近戦を仕掛ける。

 

 まさか盾ごと投げつけられるとは思っていなかったようで、ホシノが少し目を剥く。それも一瞬のことで、風圧を発生させるほどの勢いで突き進むシールドを、彼女は軸をズラすことであっさりと回避。次いで急接近する私を迎撃すべく彼女のショットガンが吠えた。対する私は姿勢を低く保ち、左右にステップを踏むことで紙一重でそれを躱す。彼女の持つ散弾銃はセミオートで、ポンプアクションによる隙は生じない。間髪を入れず、容赦無くバラ撒かれる様はまさに弾幕の一言に尽きる。一度足を止めれば素敵な蜂の巣の出来上がりだ。躱すのは容易ではない、しかし不可能というわけでもなかった。

 

 不規則なステップは的を絞らせず、左右への移動で避けきれないと判断すれば跳躍、空中で身を翻し、細やかなバランス調整は両翼が担う。羽ばたきによって滞空時間を調整、着地地点をズラすのもお手の物だ。この小さな羽も、ただのお飾りではないということをまた一人知らしめてやった。

 

 再度、打ち出されるようにして突撃。両指のトリガーを引き絞り、狙いを一転に集中させる。ホシノは半身で構え、盾による防御を選択した。瞬間、異なる銃口から飛び出した弾丸が殺到。激しいマズルフラッシュが視界を眩く彩り、両腕に伝う左右で独立した反動は腕力で無理矢理制御する。

 

 ダブルトリガーによる猛攻は、彼女の足を止めるに至った。その間隙を突く。

 

 懐に飛び込み、シールドの隙間からアサルトライフルの銃口を捩じ込む。そのままマガジンの残弾を余すこと無く連射。弾丸がホシノ身体を穿つ──はずだった。ホシノは盾を手放し、体を大きく仰け反らせてこれを回避。矢継ぎ早にライフルの銃身が蹴り上げられる。ならばと今度はサブマシンガンによる追撃。だが反応速度はあちらが上回っていた。床を転がり機敏に動き回ることでこれも躱していく。追い打ちをかけたが弾は当たらず、こちらのマガジンも空になる。その隙を、ホシノは見逃さない。

 

 素早く姿勢を戻した彼女はショットガンを構え発砲。咄嗟に横方向へ飛び退いて避けると、勢いをつけたホシノのタックルをまともに食らい、アーケードのタイルに強かに背を打ち付ける。スリングにつけていた愛銃は無事だったものの、サブマシンガンの方は手を離れてしまい床を滑っていく。肺に取り込んでいた空気も、その殆どを吐き出す結果となった。休むまもなく、ホシノに組み伏せられる。

 

「やっと捕まえた。案外すばしっこいね、堕天使ちゃん」

「く、くくっ……! 抜かせ、お前も大概だ。暁のホルス……!」

 

 押さえつけられた腕が万力によって締め上げられていく。ぎしり、と手首の骨が騒ぎ立てる。私じゃなかったらとっくに折れているだろうに。

 

「降参する気は……なさそうかな。まだ戦い足りないって顔してるもん」

「当然だ。身を焦がすほど焚き付けられたんでな。燃え尽きるには程遠い……ッ!」

「難儀な性格してるね、ホント。──っ!」

 

 呆れた視線を向けるホシノに、渾身の頭突きを見舞う。逃さぬよう、足でしっかりと彼女の細い腰をホールドした上で。

 

 刹那、意識が飛びかけたほどの一撃はおよそ人体同士の衝突で出してはいけない音を伴った。だが、それも些末なことだ。腕の拘束が緩んだ瞬間、押さえつけていた手を振り払い、ホルスターから拳銃を抜き放つ。

 

「う、ぐぅっ……!?」

 

 がら空きになった胴体に銃口を押し付け、装弾数の許す限りを打ち込む。クリーンヒットした頭突きが効いているのか抵抗が弱い。やがて装填された全てを打ち切ると、プレゼント代わりにピンを抜いた手榴弾を、彼女のポケットに捩じ込んでその小柄な体躯ごと蹴り飛ばす。直後、破裂音を経て爆煙と爆風がアーケードを駆け抜ける。これでようやっと、向こうにもまともなダメージを与えられたはずだ。

 

 体制を立て直し、砂塵の入り交じる爆煙を油断無く見据える。その間も拳銃と小銃のマガジン交換を済ませておく。残弾にはまだ余裕がある。消耗戦も嫌いではないが、折角の初戦だ、真っ向から派手にやり合おう。

 

 ほどなくして、煙が晴れていく。

 

「いったいなあ、もう」

 

 立ち込める煙の中から、暁のホルスが悠然と身を顕にする。額は薄っすらと赤く染まっていたが、顕著なダメージは見られない。

 

「……ああ、そうでなくてはな」

 

 独りごちる。額から垂れた赤い雫を指先で拭い取った。その赤は、私の魂の色だ。赤く、紅く、朱い。本能のままに渇望を満たし、闘争の中にこそ、赤がある。身を削り、骨を穿つ。──血が流れるほどの戦場。私は、ただそこに在る。

 

 全身の筋繊維が軋む。自分の中で、ギアが一層火花を散らすのが分かる。私にとって戦意とはオイルだ。機体(カラダ)を動かすには必要不可欠な代物。錆びついていては、眼前に映る標的には並び立てない。だからこそ、求め、高める。燻る本能を、呼び起こす。私にはそれが必要だった。

 

「──もっと楽しませてくれよ……!」

「──これ以上やるなら、手加減しないよ」

 

 飢える鮫(ワタシ)は、空舞う鳥(オマエ)を堕とせるだろうか。




原作開始前からおじさんとバトっちゃう頭フロイトがいるらしい。
これで今後執着されることが確定しましたね! 頑張れおじさん! そいつ満足するまで絶対帰らねぇぞ!!
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