ゲームスタート
知らない天井を見つめながら
あぁいや、天井と言うのは語弊があるかも知れない。正確には
さらに言えば、起きた場所は小部屋のようになっている。壁が樹木、床は葉っぱの模造物で覆われていて、空間としてはそこまで大きくはない。それでも安い賃貸アパート程度の大きさ程は、少なくとも足を延ばしても問題ない程度にはあった。木の葉の隙間からは時折鳥が見える。
刹那にこんな辺鄙な場所で寝た覚えは無い。
この状況を世間一般の日常にあてはめるなら、第一に誘拐が選択肢として躍り出る。だが、そのような状況下にいるにしては不自然なまでに刹那は落ち着いている。何も知らない人からすればさぞかし奇妙に見えるはず。刹那が焦らないのは、自主的に拐かされたのであり、今から始まるであろう〈
カサリと音を立てながら起き上がる。メルヘンな小部屋を見渡しつつ、妙に風通しの良い自身の体を見下ろし、思わずぼやく
「……作った人イイ趣味してますね。この服」
無論、皮肉だ。
少なくとも寝起きの第一声がそうなるほどには可笑しな服だ。
刹那は実に不本意ながらバニースーツを着ていた。今回の〈ゲーム〉の衣装である。ガールズバーでもそうそう見ない角度の入ったハイレグは、呆れを通り越して感心すら抱かせる。着るには相当な覚悟が必要なレベルのそれは、公然わいせつ罪で捕まらないギリギリを攻めた最低限の布地しか使われていない。これまた角度の凄いヒールと合わせ、実用性という言葉に真っ向から喧嘩を売っているとしか思えない
首を動かし、カメラがありそうな方向へ適当に言ってみる
「こんなババアのバニーに価値なんてありますかね。〈運営〉さん?」
〈ゲーム〉の運営をしてるから〈運営〉。至極単純な呼び名で話しかけるも特に返事は返らない。元より期待もしていないため、残念だと項垂れることもない。
別に、今更羞恥心を覚えるような年齢でもない。が、それはそれとしてだ。男性にとっては目の毒にも保養にもなる劇物が自分の薄い体を覆っているのを見て言いようのない虚しさに襲われるのは避けられなかった。
「ココアシガレットどこだ〜………あった、が。背中の下かい。潰れてないでしょうね」
中身の無事を確認してホッと一息付く。これを持ち込む為に色々手間をかけたのだ。オシャカになっては目も当てられない。パカっと藍色の箱を開け、透明な包装を切る。
「久しぶりの〈ゲーム〉衣装がこんなのとは、ツイてない」
刹那はココアシガレットを一本噛み砕いた。寝起きの頭に糖分が供給される。
———余談ではあるが、
刹那は部屋を出た
この部屋にドアというような大層なものはない。壁が樹木な以上穴もしょっちゅう空いている。その中で唯一、出口と言えそうな長方形の隙間を通った。
廊下は狭い。横幅は刹那2人分しかなく、小柄な刹那でさえ窮屈に感じる程だった。その上数メートルごとに道が曲がっている。たまに上空を飛ぶ鳥から見れば巨大迷路のように見えるだろうと容易に想像がついた。
壁は生け垣状になっていて厚く、奥を見通すことはできない。ぱっと見の高さは2メートルちょっとだろうか。触ればカサリと音が鳴る。どう見ても本物にしか見えないが、プラスチックで作られた造花のようで枝を一本手折った断面は均一に白い。〈運営〉の財力と手際の良さには毎度感嘆するばかりだ。その代償として変態紳士が好みそうな服装を着させる性癖に目覚めたと考えれば釣り合いは取れる。……取れるか?
刹那はココアシガレットをさらに一本噛み砕いた。
青々とした壁に手を当て、そのまましばらく歩いてみた。こうすると
「おぉ……でかいですね」
大きな部屋だった
ゲームでは珍しい、数百人が入る大部屋だった
中にいる人はまばらで少なかったが、田舎のショッピングモールの駐車場ぐらいの大きさはある。後からどんどん人が入って来るとは分かったし、現在進行形で人数は増えている。その全員が見目麗しいお嬢さんで、素肌が大きく出るバニースーツなのは壮観だ。目の保養だと〈運営〉に少し感謝した。
刹那はさっさと中へ入り、丁度目に入ったバニー姿の娘さんに話しかける。随分と落ち着いていて、ベテランかそれに類する経験を積んでいるのが分かるぐらいには堂々とした立ち振る舞いのバニーだ。
「もし、そこのガラの悪いお姉さん」
「……あ?私か?」
話しかけた彼女はこちらを向く。軽く酒焼けしたハスキーな声が耳を通る。刹那自身はお酒を嗜まない健康優良児だが、忌避するような感情は無い。
和紙を墨で佩いた様な髪を背中で一つに編む彼女は「
「ガラの悪いは余計だ。このおチビさん」
「おチビさんは余計です。見えないとは思いますが、年齢は結構いってる方ですよ」
「お。見た目によらず気が強めだな、あんた。まぁ、確かにそうは見えねぇが……」
墨家は顎を擦っていた手を広げ、肩をすくめる。腕の動きと共にお下げが揺れる
「詮索は野暮ってやつか。素性なんざココじゃ塵程の役にも立たねぇし、聞かねぇさ」
「良い場所ですよねぇ。ホント。あ、お近づきの印にどうぞ」
「サンキュー。ココアシガレットなんざどこにあったんだ?
「そうですよ。甘いのは好きなのでありがたい」
嘘である。いや、甘いのが好物なのは嘘ではないのだが、それ以外は紛う事なき嘘である。自分で持ち込んだなど言えば、まぁ彼女ならスルーしてくれるかも知れないが。ともかく、プラスになる事はあるまい。そう考えて刹那は嘘をついた。
それはさておき。
「色々聞きたいのですけど、良いですか?」
墨家は「もちろん」と朗らかな笑みを見せて言葉を続ける。初見の印象とは裏腹なその顔に、勝手な印象を抱いた自身を刹那は少しばかり反省した。
「今日で29回目だからな。1人で変にビビるよりいくらか気が紛れていい」
「……あらぁ」
刹那は目を見開いて大層驚いた。百人に聞けば百人がそう答えるほど口も目もぱっくり開けて、開いた口を手のひらで隠し、シガレットを落ちる前に指で挟みながら全力でその驚愕を表現していた。その様子を見て墨家は呆れたように息を漏らす。
「私から言うのもなんだが、そんな驚くもんか?」
「いや、驚きますよ。ベテラン内のベテランじゃないですか」
「お前さん素直だな?褒められるってものたまには悪かない」
30という回数はプレイヤーにとって、単なる数字以上の意味を持つ。
〈プレイヤー〉達は他のスポーツ選手と同じように、クリア回数を重ねるごとに経験を積み、対処法や自身のスタイルを決定し勝率を着実に高める。
この〈ゲーム〉は一度負ければそのまま次の〈ゲーム〉には参加できない。そして1度当たりの勝者の数は平均で約七割。つまり10分の7の30乗。ざっと換算して50万分の1。その数の上に彼女は立っている。
そして、7割はあくまで平均。挑戦回数30回とは、それに当てはまらない、数少ない例外。そのボーダーに近づくにつれて何故か急激に調子を落とし、その多くが敗北となる。通称〈三十の壁〉。ただのベテランと後のスターを振り分ける不可視の〈呪い〉。そこに手をかける墨家は、文句無しの熟練者と言えた。
「こんな数百人単位のゲームは珍しいですし、今回のゲームは大波乱でも起きそうですね」
「やめてくれ、縁起でもねぇ」
墨家が本気で嫌そうな顔をするので、刹那は口を押さえて笑う。
「あんたの
「あぁ、まだでしたか。改めまして、初めまして。
「刹那、刹那ね。うし、覚えた。クリア回数は聞いても良いか?」
「クリア回数……え〜…と……」
刹那はそこでしばらく沈黙した。返答が嫌な訳ではなく、ただ単純に自分のクリア回数を覚えていないだけだ。ただ、それなりに行ってる方とは思っている。そのような趣旨の言葉を返せば、墨家は首を傾けた。
「それならどっかで顔合わせた事あったのか?すまん。顔覚えるのはニガテでな」
「あぁいや、だいぶ前に参加しなくなったので知り合いはほぼ居ないですよ」
「じゃあ復帰して初めての知り合いがわたしか」
墨家は、からからと刹那の背を叩きながら笑う。刹那が小柄なのも相まって、とても痛い。
「せっかく辞めたのにまた何でこんな所に」
「知り合いに色々言われまして、せっかくなので、と。まだやってる知り合いはそれこそ
「おう。てか話してる最中に来てたぜ、ほら」
墨家が指した方へ視線を向ける。墨家に勝るとも劣らない雰囲気を持った数人がみえる。そして、そんなお嬢さん方に囲まれた、明らかに別格の気配を纏う一人を見て刹那は頬を緩める
「白士さんは相変わらず美人なようで。貴方もそう思いません?」
「確かに美人だなとは思うがよ、初めに気にするもんか?そこ」
「ふふ、何より大事なことです。個人的にはもう少し太って欲しいですけどね。細くて気になる」
「あんたはオカンか」
「年齢的にはありえなくもないんですよねぇー」
「……えっ?」
最高級の綿を丁寧に編んだように艶やかでウェーブのかかった長い髪に、美白化粧水の広告塔でもかくやという程に白い肌。バニースーツによってさらに強調された、必要以上の肉をそぎ落としたが故の痩躯。要はとても美人。刹那の好みド直球だった。
刹那が感嘆した墨家すら軽く上回る94回のクリア回数を誇り、地球上に並ぶ者なき比類なき才と運を持つ「
「それは兎も角」
今知りたい事ではないので一旦省略。
「今回、説明とかありました?いまいちルールが飲み込めないんですけど」
「あぁ、それなら」
このゲームのルールを聞くと、ある一点へ
「そっちの〈解説役〉*1に聞け……あ?」
「……あれま」
今回の〈解説役〉はたぬき姿のようで、私たちがウサギなのも併せて考えればカチカチ山モチーフだろうか。昔話や逸話を元にしたゲームの形式も刹那はいくつか経験しており、〈運営〉は意外と茶目っ気がある。
そんなたぬきは今。
「……ぼっこぼこに壊されてますね」
「あ”〜私が説明すんのかよー!」
墨家は、全身で面倒くさいと表現している。それでも、元来人が良いのか、説明を始めてくれた。刹那は微笑ましくなり、笑みが深まる。
「えーと今回の〈ゲーム〉……〈キャンドルウッズ〉つったか?の参加者は私ら〈うさぎ〉で300。で、ここに居ない〈
「殺害」現代社会であれば早々聞くことのない単語に彼女らは塵ほどの反応すら返さない。つまるところ、そういう事だった。これはデスゲーム。私たちは〈プレイヤー〉。一度負ければそのまま死を意味する死亡遊戯に、人それぞれの目的をもって、時には目標もないまま参加する馬鹿野郎の集まりだった。
ゲームの人口は知らないが、少なくとも330人以上の
「うさぎと切り株ってなんか関係あったか?」
「あ~、どっかのおっさんが切り株にぶつかって死んだウサギを見て、同じ事が起こるまで待ってたら畑が荒れ果てたとかそんな話を聞いた覚えが。故事成語でしたっけ?」
「いや、知らんが……なんだそのアホ」
「それこそ私に言われましても。流石に本人に会った事ないですし」
というか故事成語は結構な割合でアホがいる。杞憂とか蛇足とか。先人のやらかしを反面教師にするための言葉故、さもありなんと言うべきか。
「てなると意味は棚ぼたを期待するな、とかか」
「そんなんです。確か」
「それなら今回のゲームには関係なさそうだな」
「えぇ」
首を動かし、首肯する。今回の〈ゲーム〉で何より重要なのは運でも個人の技量でもない。両チームを纏める人物の統率力だ。そういう意味では〈うさぎ〉は相当有利だ。何せリーダーを務める事に文句無しの人物が参加しているのだから。
「規模はともかく、内容だけ見ればよくある〈対戦型〉———………」
「?」
ふと、墨家の視線が刹那の後方に流れる
猫や梟が獲物を見つけた時のような、脊髄反射特有の、思考を置き去る動き。視線を追って刹那も目を向けた先には
「お知り合いですか」
「おう。お前も来るか?」
刹那は少し考えて「いえ、いいです」と断る。初対面のグループに入るのは気まずいのだ。それを聞いた墨家は取り敢えず納得した表情になる。
「私もあいつらも気にしねぇと思うが、あんたがそう言うならいいか。じゃあな」
「ええ。色々ありがとうございます」
「別にいい。恩なら後で返してくれ」
「はい。必ず」
「律儀だな」と笑い、墨家は歩いて去る。
「………あ。ココアシガレット無くなった」
ゲームが始まるまで刹那は不貞寝した。
刹那の入眠とおおよそ同じタイミングで、「白士」は深々と、それはもう肺の空気を総入れ替えする勢いで、深々とため息を吐いた。
当然、目の前で話していた数人の〈うさぎ〉が怪訝な表情を浮かべる。
「白士サン?どしたんスか?」
「いや、何でもない……訳ではないんだが」
脳みそをぐるぐる回す。出来れば2度と会いたくはなかったのだが。
「嫌な知り合いを見かけただけだ」
質問してきた相手は、「はぁ…」と気の抜けた声を出した。
白士は再びため息をついた。
あけおめことよろです。