魔法少女育成計画Beyond the Bullet   作:皇緋那

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夜が来るまで

 ◇山元仄香

 

 散々もてなされ、仄香は初めての経験にどうしたらいいかわからず、ずっと落ち着かない時間を過ごした。ようやく落ち着けたのは外に出てからだ。手を振り見送る少女とその父親に手を振り返し、彼女らが満足するであろうくらいで、表札に『室田』と書かれた扉に背を向ける。

 彼女はあげはと呼ばれていた。室田あげは──スワローテイルの本名、か。知ったところで何をするわけでもないが、あっさりと開示されたことには思うところがある。魔法少女になったばかりで身元を特定されるリスクをわかっていない、というのはまず間違いないとして、この家庭を知られたくないという意識がない。それだけでも羨ましかった。仄香は……ダーティ・エリザがこの『山元仄香』だとは、知られたくなかった。

 

 室田家には母親の姿がなかった。山元家と同じだ。仄香は、母に捨てられた。殴られて、愛されなくて、父に連れられ家を飛び出した。彼女はどうなのだろう。彼女は愛されていたのだろうか。いや。愛されていたって、足りない、きっと寂しい。だって、仄香がそうだった。

 

「……はぁ」

 

 深く、ため息をひとつ吐き捨てて、静かな路地裏でダーティ・エリザに姿を変える。ダーティ・エリザは『強くてかっこいい』魔法少女で、『孤高の保安官』だ。エリザでいる自分は、寂しい思いを気にしなくてもいい。室田家の間取りはわかっている。迎えに行く部屋も彼女と打ち合わせた。さっさと、マスカレイド44のところに戻ろう。

 

 仄香はあげはと違う。帰らなくてもいい。埠頭までの道を、屋根を伝い飛び跳ねて、近くなったら目立たぬように行動。魔法少女の宿命として派手な格好のエリザだ、用心するに越したことはない。

 

「お、戻ってきマシタね」

「悪い、あいつの親父に捕まってた」

「もう親御サンに挨拶したんデスか」

「あんたまで恋人みたいな言い方すんな」

「あ、あの、実はですね」

 

 この付近をうろつく魔法少女がおり、それがぶつぶつ何か言っていたという。マスカレイド44が集音機能──コスチュームについているらしい──を使ったところ、今夜、この場所で取引があるらしい。下見に来るのはいいとしても、口に出すのは迂闊がすぎると思うのだが……いいタイミングだったとも言える。何かあれば迎えに行く、をこんなに早くすることになるとは。ふたりで見つけたという廃材の隙間に体を滑り込ませながら、これから夜中までこれで過ごすことを考え、眉を顰めた。

 

「暇つぶしの道具とかないのか?」

「ワタシのことなんだと思ってマス?」

「未来から来た魔法少女型ロボットでしょ」

「いつの設定デスか!」

 

 いの一番に出られるようにエリザが一番手前にいるとはいえ、3人もいると狭い。というか、隠れていても結局スワローテイルを迎えに行くのだから、別行動の方がよかったのでは。今からでも抜け出せるだろう。そう思って抜けだろうと動き、そのせいでマスカレイド44とコルネリアが狭くてぎゅうぎゅう詰めになった。

 

「あの! すみません! 両側から乳で潰そうとしないでくれますか!」

「そのランドセルとかのせいで狭いんじゃないのかよ」

「エリザさんの身長が高いからデス」

「どっちもです!」

 

 結局抜け出すまでにコルネリアにはかなり我慢してもらうことになった。またしても狭い思いをするなんてなんなんだろうと嘆く彼女に、かけてやれる言葉は思いつかなかった。

 

 

 ◇レーニャ・エレジィ

 

「……何、ここ」

 

 下見をすると言っていたスパル、色々と話があり忙しいというサイネ、それぞれと別れ、レーニャは今度は裏城南に立ち並ぶ店のひとつに、行けと言われてやって来ていた。看板には『すいみん屋さん』と書かれている。ここで合っている……はずだが、すいみん屋さん、ってなんなんだろう。そもそも裏城南には、意味のわからないお店が多い。根尾燕無礼棲に管理されているはずなのに。これもそのうちの1つなんだろう。照明がついていることは確認し、扉を開く。店の中には魔法少女がいる。店主なんだろう。額にはアイマスク、体に抱き枕を巻き付け、背中には掛け布団をマントのように羽織っている……という、確かに『すいみん屋さん』かもしれない姿の魔法少女だった。

 

「は〜い、お客さんよね。何時間かしら?」

「……時間? 違くて……」

「あら?」

「デビ☆るんるんの迎えに……来ました」

「あぁ、そっち、ね。はいはい、デビ子ぉ」

 

 奥に向かって店主が呼びかけて、レーニャもつられてその奥を覗き込む。誰かがいるようには見えない、と思ったその時、ふいに視界が暗くなる。

 

「だぁーれだ?」

 

 逆方向から聞こえた声。ペットボトルを抜く暇もなかった。鼓動が早くなる中、答えが口から出ることはなく、少しすると首を傾げながら、目隠ししてきた張本人が姿を見せる。悪魔のコスチューム、デビ☆るんるんだ。

 

「はい、アタシでした〜」

「っ……」

「なになに、どしたの? わざわざもよちゃんのとこまで」

「……サイネ様に言われて」

「サイネちゃん様? ふーん」

 

 彼女はくるくると、周囲を歩き回りながら話す。喋っている相手の周囲を回る癖はいつも通りだ。追うと疲れるし、追わないと表情も何も見えないしで、面倒でしかない。それでもレーニャは何も言わなかった。

 

「あ、そっか。今夜のあれね」

 

 思い出して、彼女は手を叩いた。魔サラの件については知っていたらしい。呼んで伝えておけ、というのはこれで完遂した。あとは真夜中、取引の時間を待つのみ。それまでに、レーニャはペットボトルを集めておくこともしなければならない。

 

「……あの。少し、お願いが」

「何かしら?」

「ペットボトルのごみがあれば、譲ってほしくて」

「ペットボトル? 少しならあるけど」

 

 指した先にあったゴミ袋は、空のペットボトルでいっぱいの、レーニャにとっては救援物資にも等しいものであった。飛びつくように駆け寄り、口を解く。もらってもいいか確認したのは解き終えて、中身を何個かこぼしてからだった。そんなもの欲しいならいくらでもあげるわと言われ、喜んで全身に装着したホルダーに装填し、残りはどうしようか迷い、そのうちにまた袋が倒壊、ペットボトルは転がっていってしまう。拾うのにはデビ☆るんるんも店主も両方協力してくれた。どころか、店主の魔法少女は袋を渡してくれる。レーニャひとりには高価で買えなかった『なんでも入る袋』の、廉価版の総合容量が小さいものだ。それでもペットボトルなら、ゴミ袋ひとつぶんでも入るだけ嬉しい。

 

「あげるわ。使い古しだけど」

「……いいんですか」

「えぇ。すいみん屋さんじゃあまり使わなかったし」

 

 それもそうだろう。そもそも店舗ならこの建物を出る必要がほとんどないのではないか。いや、この業種が頻繁に物を運ぶのかもしれない。どうなのだろう。すいみん屋さんって、何をして何のお金を取るのだろう。宿屋……? 

 

「そのすいみん屋さんってなんなんだよ、って顔してるね」

「……別に」

「あらそう? 単純よ。魔法で眠りを提供してあげるの。時間も決められるし、私の眠りはしっかりぐっすりだから。現代人には効く……らしいわ!」

 

 寝床というより、しっかり眠れるという現象が値段をつけて売られているらしい。それで成立しているのか。

 

「時間あるならレーニャちゃんも寝ていきなよ。疲れてるでしょう」

「そんなことは」

「初回1時間ひとり百円よ」

「……」

 

 お小遣いとしてはやや痛いが、根尾燕無礼棲の報酬からしたら、簡単に出せる額だ。取引の時間まで数時間、それが数百円で休息に変えられるなら……。

 

「買、います、すいみん」

「はい一名様ごあんなーい!」

「はいじゃあこれ、どーぞ」

 

 店主がぱさり、ブランケットを肩からかけてくる。それだけなのに、一気に意識が持っていかれる。欠片ほども眠くなんてなかったはず、なのに、体が、意識が抜けていく。ブランケットが異様に重い。質量ではなく、精神的に……その場でふらりとバランスを崩し、ふたりに受け止められ、しかし立ち上がるほどの力は残っていない。

 

「ねぇね、もよちゃんはどう思う?」

「どれかしら?」

「全部。今回のオークション」

「そうね。集まってるもの、いいイベントになるんじゃないかしら? 期待しておきましょ」

 

 ふたりが何かのことでくすくす笑っている、それだけは認識できたが、その先を理解することはなく、レーニャは夢の世界に落ちた。

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