魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
見上げた先には燕が飛んでいた
きっかけは小さな冒険心と、持て余した孤独からだった。
『
通っている幼稚園では、あげはは明らかに避けられている。昔からそうだ。大人はあげはのことを見てひそひそと何かを話し、こちらから何かした覚えなんてないのに離れていく。それでも表面上よくしてくれる友達はいるが、彼女らにはもっと仲のいい相手がいて、相手の親の心情を思えば、あげははひとりでいるのがいい。むしろ、ひとりでいたくなっていた。
自分だけが知っている秘密が欲しくて。偶然空を飛んでいた燕を追いかけて、その日は幼稚園の園庭をこっそり抜け出した。
行く宛があったわけじゃない。あんなに高く飛ぶ燕の巣が見つかるって、本気で思っていたわけもない。ただ何かがあるかもしれない可能性、その景色だけが見たくて、薮を抜けていった。そうして待っていたのが、運命をひっくり返す出会いであるとは、まるで予想していなかった。
「はじめまして。君には魔法の才能がある。私は魔法の国の使者。君も魔法少女にならないかい?」
「魔法……少女?」
現れた女性から告げられたのは、明らかに怪しい誘い文句だった。その絶世の容姿、浮世離れした雰囲気、そしておとぎ話に現れるお姫様のような格好。魔法の使者という話に真実味さえ帯びる非日常の住人だ。
これまでの常識を打ち壊すような出会いを前にして、あげはの理性が好奇心に負けた。
恐る恐る頷いた途端、周囲は光に包まれて。思わず目を閉じて、もう一度開けた瞬間、既に視線の高さが違っていた。使者はもうどこにもおらず、代わりにきらきらと鱗粉が舞っていた。
自分の手を見る。違和感はない。自分自身だ。むしろ、これが正しい姿であるかのようにすら思えた。やった、と叫びたくなるのを押さえて、思いっきりガッツポーズだけをする。突き上げた拳の衝撃波が、直上を貫き、枝が折れて、降ってきた。頭上に激突されても痛くはなかったが、びっくりした。
──その日からだ。
室田あげはは蝶の魔法少女『スワローテイル』になった。鏡に映る自分は自分じゃないかのようだ。誰よりも可愛らしく、繊細で、それでいて整った顔立ち。背にはアゲハ蝶の羽を模したマントがあって、おとぎ話に出てくる妖精さながらの姿をしている。何より背丈が違う。小学生、それも高学年くらいの年齢に見える。あげはだって幼稚園では身長の高い方だが、それを圧倒的に上回る。さらに身体能力は変身前の比ではなく、かけっこならぶっちぎり、どころかこの羽を使って空を舞うことさえできるようだった。
まさに、スワローテイルの存在は自分だけの秘密。あげはは嬉しくなって、空を飛び回った。
その次の日には、蝶の妖精さん……として、幼稚園で小さな噂となっていたのが、すごく気持ちよかった。みんなにとって未知の妖精、スワローテイル。それが自分のことなのだ。いつになく気分がよくなって、昨日と同じように園庭から抜け出した。今度は、あげはがいると見つかることはない。今の自分はスワローテイル。誰が見たって、あげはとは別物だ。
そして力を手に入れて、冒険心はもっと強くなった。偏屈で過保護なくせに多忙で家にいない父からいつも言われている、ひとりで歩かないように、と同時にもうひとつ。魔法少女ならば破れる約束がある。ここ北宿から南の方向、中宿よりもさらに南の城南地区には近付かないように、というものだ。理由を聞いてもなかなか答えてくれなかったが、先日ついに、怖い人たちがいるという回答を引き出していた。生半可な怖い人たちなら、魔法少女に追いつけない。スワローテイルの走力、どころか飛行能力ならあっさり撒いてしまえる。
そういうわけで、今日の冒険は決まった。誰にも見つからぬよう木陰でスワローテイルに変身すると、ぐっと手を握って力を込める。
人間ではない感覚、蛹から羽化する感触が肩甲骨の先から伝わり、ぶわっと羽が広がった。そのまま軽く地面を蹴り、羽ばたくと、城南地区に向かって飛行が始まる。羽ばたきを繰り返して高度を確保したら、風に乗ってふわり、だ。なるべく目撃されにくいような道を通る努力はする、が、多少見られるのは仕方ない。妖精さんの噂で済むことを祈ろう。飛行する道中で、比較的見慣れた住宅街の景色から、だんだん無骨で、近寄り難い景色に変わっていくのを眺めていた。
「──あれ、って……?」
箒にとんがり帽子の、魔女──?
追いかけなきゃいけないような気がして、羽ばたきを止めて減速。それなりの速度で下降して、それでもとんと着地する。まるで衝撃など意に介さず、目に止まったはずの影を追いかけた。しかし魔女なんてどこにもいない。あるとすればコンクリートの壁ばかり。あるいはその灰色に両側を挟まれた、道が続くだけ──。
「道が続くなら、歩いていくしかないよねっ」
吸い込まれるように踏み出した、何の変哲もないはずの路地。けれど、ある一点を越えた途端、肌に触れる空気が変わった。まるで、人間から魔法少女に変身する時のよう。本質が暴かれるが如く、なにもなかったはずの目の前に、広い通りと、いくつもの出店が現れていた。中にはお祭りのような屋台もある。道を行く人は……本当になんだか怖そうな人だが、スワローテイルの存在を見ても無反応だった。
「不思議な場所」
驚きと同時に、胸の中がワクワクで満たされていくのを感じていた。残念ながら幼稚園の途中で抜け出してきたため、お小遣いは持っていない。お買い物はできない、それでも軒先を見て回るくらいはいいだろう。こんな面白そうな場所があるのなら、お父さんも連れてきてくれたらいいのに、なんて考えながら、飲食店によくわからない雑貨屋、『すいみん屋さん』なる謎の建物と続いて歩き、中を覗いたりして、高揚のまま時間を過ごす。しかし、幼稚園の自由時間も長くない。時間が過ぎると、お父さんに迷惑をかけすぎる。そろそろ帰ろうか、と思って振り返ろうとすると、人型が立っていてぎょっとした。
「わっ……て、おもちゃ……?」
いわゆるくるみ割り人形みたいな、昔の兵隊の格好をした玩具だ。それも人間大。こんなもの、さっきまであっただろうか? 首を傾げつつ、振り返るとまたそこにも人形がいて目を丸くした。1体じゃない。しかも、動いている。数体の人形がスワローテイルを囲んでいて、無理やりにでも通ろうとして、がしりと掴まれた。
「えっ、や、やだ、離して!」
しっかりと掴まれている。本気で殴りつけたら壊せるかもしれないが、その両手を押さえつけられた。両足もだ。何が起きているのだろう。わけがわからないまま、どこかに連れていかれようとしている。必死にもがいて、組み付いていた何体かは振りほどけても、全部は離れてくれない。帰れなかったらどうなるだろう。お父さんはどれだけ心配するだろうか。それは嫌だった。周囲の人々は、見ているだけでこちらに来ようともしない。この明らかな異常事態に、スワローテイルは為す術もなく──。
「──え?」
刹那、鳴り響いたのは銃声だ。スワローテイルを掴んでいた兵隊のうち1体が、そのブリキの頭部をひしゃげて倒れ伏す。今度はなんだ。音がした方を見ると、立っていたのは高校生か、もう少し上くらいのお姉さんだった。
「あーあ、やっちまった。ったく! その子から離れとけ! ガラクタども!!」
彼女の手の中から何度も響く銃声。次々と破壊される兵隊。解放はすぐだった。そして彼女はこちらに駆け寄ると、手を引いてくれる。
「次が来る、こっち」
「えっ、あ、あの」
「いいから! あたしの言うこと聞け!」
されるがままに建物の間に飛び込んで、気がつけばあの通りにはいなかった。スワローテイルが入ってきた、あの路地とも違う景色。高架の下だろうか。いきなり電車が通り過ぎる音がして、驚いて肩を震わし、お姉さんにふっと笑われた。
「安心しな。連中は外には出てこない」
「えっと、あの……」
「なんだよ?」
「あ、ありがとうございます、助けていただいて」
全力で頭を下げた。いつ反応が来るかわからないので、そのまましばらく頭を下げていると、上げてくれよと言われて、その通りにした。
「あたしも軽率だったよ。おかげで連中に追われる身だ」
「すみません……」
「謝んないでよ。そういうつもりじゃないし」
お姉さんは慌てて手を振った。その手振りで、紫のジャケットと、大胆に谷間を露出した胸、ついでに結ばれたリボンが揺れていた。
「あんた、なんで裏城南にいたわけ? そんな風に見えないけど」
「……裏城南、ですか?」
「あ、なるほど。迷子ね。じゃあ金輪際このへんには近づかないようにしなよ。じゃ」
「えっ! 待ってください! 裏城南ってなんですか! あの兵隊たちは!?」
「知らない方がいいって。巻き込まれたら大変なの。ただでさえ闇オークションが近くてピリピリしてんの」
次々と飛び出す疑問のワードに、スワローテイルはお姉さんへと詰め寄る。危険な場所だということは理解したが、その危険性を説明してもらえるチャンスは、このお姉さんを逃せばないかもしれない。ならば絶対に逃せないのだ。
「闇オークションってのは……まあよくない手段で流れてきた、珍しいものが売ってるわけ。例えば……今度は魔法の箒だかが出るって」
「魔法の、箒」
思い出すのは、あの時目に止まった魔女の幻影だ。あれは──なんだったのか。気になって仕方がない。その箒が手に入ったら、もしかして何かがわかるのではないだろうか。それに──その箒は、自分が持っていたい、そんな気がしてならない。
「その箒って、オークションって、どうすれば参加できるんですか!」
「うわぁ!? 力強っ!? いやいや、そこ食いつかれるとは思わなかったわ、ちくしょう例示は間違いだったかよ。あのな、闇オークションだぜ? 何百万、下手したら何千万超えて億まで飛び交うの。迷子が買える値段じゃないわけ」
「な、お、億ですか」
思わずしがみついて驚かせてしまったのに反省し、引っ込む。そして手で、ゼロを数えた。あげはの月のお小遣いは500円。それでも駄菓子屋さんでは大金なのに、百万もあったら駄菓子屋さん丸ごと買えてしまう。それでも諦めはつかなくて、お姉さんをじっと見ていると、彼女は何か思いついた様子であった。
「あんた、魔法少女だろ。魔法は?」
「魔法……?」
「何かあるだろ。あたしはこの銃。あんたは? その羽?」
「えっと……飛べるのはそう、ですけど……あっ」
何か特別なことができるかと言えば、特にあるわけじゃないのだが、ふと、羽を広げる時の蛹が他の何かにも使えるのか、と思い立った。地面を見て、這っていた蟻を指す。
「えっと、見ててください、やってみます」
ぐっと手を握ると、蟻はいきなり繭に包まれた。そしてその小さな繭はもぞもぞと変形すると、解けると同時に中から蝶が飛び出した。元蟻の蝶は好き勝手に飛び回り、どこかへ飛び去ってしまった。これだ。蛹で包んだ相手を、生まれ変わらせる。これが私の魔法なのだ。
「どうですか!?」
「……いやまあ……使い道はわからんけど……なんとかなるか。力強いし」
「?」
「いい? あたしはこれからあんたを利用する。あんたもあたしを利用しろ。オーケイ?」
「利用? は、はい」
「よし。実を言えばあたしもそのオークション目的でね。やりようを作ろうとしてるところってわけ」
何を言っているのかはわからないが、お互い協力しよう、ということらしい。味方がいなければ、もう一度あの場所には行けないし、お姉さんの銃撃は兵隊を一撃でぺしゃんこにする。頼もしいことこの上ない。
「あんた、名前は?」
「スワローテイル、です」
「へえ。
「はい、エリザさん!」
差し出された手に、己の手を重ねる──これが、魔法少女ダーティ・エリザとの出会いだった。
「じゃ、連絡先追加しとこう。端末出して」
「端末……? ごめんなさい、まだ携帯持ってなくて、せめて小学生になってからとお父さんに」
「は? いやいや、いくら新人でも、端末くらい貰ってないの」
「何も……あれっ」
ポケットをまさぐると、奥の方からたまご型の機械が出てきた。ゲーム機のようでもありながら、開くと確かに携帯電話らしい。同じく端末を取り出したエリザのそれと重ねると、それらしい効果音が鳴り、画面に連絡先が追加される。
「ありがとうございます……あっ! すみません、その、帰る時間が」
「ん、そう。じゃまた後で連絡するから。またね、スワローテイル」
「はい! また!」
手を振り、エリザと別れるスワローテイル。そのまま地面を蹴って飛び立って、上空から景色を見て、固まった。そのまま地面に降りる。
「……どした?」
「あの、ここ、どこですか……」
「……あっ。そうか。適当な出口使ったから……」
結局、地図の見方と帰り道のおおまかなルートまで、エリザのお世話になってしまったのであった。