魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
◇ダーティ・エリザ
逃げ回っていた魔サラの体が崩れ、倒れ伏す。呻く彼女を見下ろして、現れた作業着の魔法少女はその体を踏みつける。纏う殺気は、根尾燕無礼棲の連中とも違う。迷いのない殺気だ。魔サラが受けたのは純粋な蹴り。その一撃で背を抉り、今こうして命を奪おうとしている。
「が、ぁあ……ッ! や、やめる、のネ、ワタシ、殺しても、意味、ないネ」
「意味があるかは悪が決めるものではありません」
「ッ……この、やっぱり話通じない……あ、がッ」
「喋らないでください」
倒れた体にぐりぐりと押し付けられる靴底、そして広がりゆく赤い──血溜まり。続けられる殴打。戦闘の集中が解け、ふいにスワローテイルを振り返った。彼女は呆然と立ち尽くしている。そうだ、室田あげはの年齢はまだ幼稚園児。血の出るような光景に出くわしたことはないはずだ。レーニャを撃った時でさえ動揺の芽があった。これ以上凄惨な現場を見せたくない。
──6年前のあの日を思い出す。人が命を散らすハイウェイを、呆然と見つめていたあの日の仄香のことを。記憶が、体を動かす。私が、あの日の私を守らなきゃ。
「っ、おい! そこまで、しなくてもいいだろ」
銃を抜き、構えた。突きつける手が震える。そしてその銃口に呼応して、目の前の彼女の殺気がこちらにも向けられる。当然だ、これは敵対的行動。でもスワローテイルのことはエリザが守らなくちゃいけない。そのうえで、今こいつに勝てる保証はないことと、記憶から来る鼓動の早まりを天秤にかけて、銃を構え続けることを選ぶ。そこへ、コルネリアが両手を挙げて、武器はないと表明しつつ間に入ってくれた。
「待ってください。フットホールドさん、ですね。監査部門の……私、人事部門所属の研修官、コルネリアです」
「……人事部門ですか」
フットホールドが靴を退けた。踏まれていた魔サラは虫の息、もはや治療も手遅れだろう。その絶命の瞬間を見せるわけにはいかず、この間にスワローテイルの視界を覆えるように体をずらした。それが目に留まり、フットホールドと呼ばれた魔法少女は地面を叩きつけるように踏む。衝撃波が走り、エリザは両腕を顔の前に出して耐えた。コルネリアもそうだ。
「はい、いかにも、私はフットホールドです。この短時間で調べがつくとは、部門所属に偽りはないのでしょう」
「ですから、少し話を」
「ですがその銃。この悪の配下も似たものを使用していました。それを、彼女と敵対する私に向けた。つまり、同じ配下でしょう。それを、人事部門が庇うのですか?」
「ま、待ってください、そもそもそれが違って!」
「そもそもこのような土地があることを見逃している……人事部門こそが悪であると、考えてもいいのではありませんか」
まずい展開だ。その理屈が彼女の中で通ってしまったら、部門を後ろ盾にした停戦が通らなくなる。もはやエリザが銃を下ろしても関係ない。冷や汗がコルネリアとエリザ、双方の頬を伝い、そして弁明の時間も余地もなく、次の瞬間には目の前を安全靴が通過していた。手元の拳銃が、弾き飛ばされるどころか銃身が破損し、手の中にグリップだけが残る。
「悪は踏み潰します。全員、まとめて」
「クソ……が!!」
正義だ悪だは関係ない、こいつが敵だ。吼え、グリップを軽く投げてそのままキャッチ、同時に魔法を行使する。イメージするのはソードオフのショットガン。火力を叩き込まなきゃやられるのはエリザの方だ。切り詰められた銃身から銃撃を放つ、その瞬間に既にフットホールドは脚を振りかぶっている。弾丸と蹴りで相殺、しかしフットホールドの安全靴には傷ひとつなく、逆にエリザのショットガンは弾薬もなくリロードは不可。もう一方の手でスカートについたバッジを引きちぎり、即座に拳銃に変える。少しは不意を突くことを期待して、けれどフットホールドにまともな隙はなく、その一丁も蹴り飛ばされた。衝撃で手首もおかしくなりそうだ。痛みに構っている暇はない。こいつをどうにかしないと──。
エリザが次の武器を探し、足元の残骸を拾おうと手を出し、それすら強烈な蹴りに襲われようところ、その脚を止めようとするものがある。やたらファンシーなデザインの……板、ただの板なのか。差し出していたのはマスカレイド44だ。一緒になって吹っ飛ばされたが、腕はまだある。彼女を振り返ると、そちらはそちらで傷だらけだ。
「今日のアイテム! 未来の大工材料セット、のひとつ、何度踏んでも絶対割れない踏み板デス! 壊れた階段の修理とかに使えマス!」
「……つまり盾ってことか」
「踏み板デス! ……って、そんなのどうでもいいんデスよ! さっさと逃げないと!」
戦う力のないコルネリア、放心状態のスワローテイル。ふたりを連れていかないと。ついでに、まだ生きているなら取引相手魔法少女の身柄も確保したい。全部欲張るには、目の前のこいつを撒かないといけない。だがただ逃げただけでは、あのありえない脚力で、「悪を逃がすとでも」とか言いながら襲ってくるであろうことが目に見えている。すぐにでも追撃が来る。チャンスは少ししかない。
「もう一撃、来る、頼んだ!」
「みんな無茶な注文ばっかりデス!」
繰り出されるハイキック。踏み板の盾を突き出して受け止めようとして、マスカレイドの頭の飾りが巻き添えを受け、破片が宙を舞う。その破片を飛んでキャッチ、そのまま手元で武器に変える。閃光手榴弾だ。いくらヘルメットと安全靴といっても、それじゃあ視界は守れない。地面に叩きつけて起爆させるその間に、さらに空いている手で今度は自分のコスチュームの布の一部を剥ぎ取りロープに変えた。察したのが早かったのはコルネリアだ。彼女はすぐさまガーターをロープで巻いて担いだ。それをマスカレイドが本人ごと受け取り、スラスターから火を噴かせて一目散に逃げ出す。
「姑息な……悪を逃がすわけがないでしょう」
「それ、言うと思ったぜ」
「何度も同じ手を!」
次の閃光手榴弾をぶつける前に、フットホールドはエリザの手元に集中する。それでいい、あわよくば貰って、手首くらいくれてやるつもりだった。そうはならなかったのは、直前で思いっきり体を引っ張られ、無理やり抱えられて浮かされたからだった。スワローテイルだ。それがわかっ時から、何か声をかけることもできず、ただ飛ぶ彼女に引っ張られた。フットホールドにはマスカレイドからのミサイルが打ち込まれ、エリザもダメ押しの閃光弾を追加、全速力で埠頭を離れた。彼女の視界から逃れるため、真っ先に『裏』の入口を探す。今度はむしろ裏の方が安全圏で、必死になって店舗まで逃げ込んだ。振り返って、追ってくる気配が何も無い通りの静けさに、ようやく深く息を吐く。
「し、死ぬかと……思いました」
コルネリアの言葉には、誰もが頷いた。いまだ現実感を持てないでいるらしいスワローテイルを除いて。とうに日付の変わった裏通りの中で、息を整えることすらうまくできないでいた。