魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
◇レーニャ・エレジィ
魔法少女の交戦の気配がなくなってから、ようやく岸に上がることができた。ペットボトルを身につけているおかげで浮力はやたらとあって、海に押し出されてもレーニャ自身は大したダメージではない。いや、少し、ほんの少しばかり、気を失ったが。そしてその間に交戦が終わり、目を覚ました時にはもう大変なことになっていたのは、上がる前から理解していた。というのも──。
「ぶるぶる……」
元々泳げない、かつ鎧のせいで体が重く体温も奪われた……ということで、レーニャにしがみついてようやく陸地に戻れたスパル・トイの存在だ。震えているのがプールから上がった子供のようで馬鹿みたいだ。
ただ彼女はひとりで、数にものを言わせた警戒態勢が敷ける。物量差を覆す魔法はやはり戦略上のウェイトが大きい。それを退かされたとあっては、やはり取引は中止になったのであろうか。ガラム・魔サラならひとりでさっさと逃げていそうなものだが。
自分のコスチュームの濡れた部分を絞りながら、とにかく現場に一度戻っておく。周辺に人の気配はない。戦闘の爪痕は色濃く残っているが──なんて、呑気なことは言っていられなかった。思わず、ひゅ、と、呼吸を忘れた。人が死んでいる。しかも、護衛対象だと言われたはずの相手、ガラム・魔サラが。胸には風穴、周囲には血溜まり。見るからにもうダメだ。
真っ先に感じたのは何よりも、どうしよう、という感情だった。思わず周囲を見回す。スパル・トイがいる。彼女も動揺した様子できょろきょろ見回した後、肩を掴んでくる。
「吾輩は、ちゃんと戦った、悪くない、だよな」
「そ、そう……」
「吾輩のせいじゃない! 吾輩はちゃんとやっているもん! な!?」
泣きついてくるスパル・トイ。さっき衝撃から復帰したばかりなのに揺すぶられて脳が混ぜ返されるような感覚に陥った。そしてその圧のままとにかく同意を求めてきて、弱々しい肯定しか返せなかった。
「だよな!? 吾輩悪くないもんね!?!?」
わかったから離してほしい。あと涙でぐちゃぐちゃになっているから、拭いてほしい。
「しかし……あの自在の武器使いに鬼気迫る蝶の魔法少女、あれは貴公も手こずるであろう、吾輩も手こずったのだから」
「……」
「そうだ! そもそも連中が来なければよかった! よって連中だけが悪い! そうだな!?」
「……ん」
疲れて、小さく頷くだけだった。しかしいくらスパル・トイがそう言おうと、他の魔法少女は納得してくれるのだろうか。ふたりまとめて油断していたとされればそれまでだ。サイネならまだわかってくれるかもしれない。デビ☆るんるんなら治療してくれるかもしれない。が、シルクウィング、彼女がどんな顔をするか。
レーニャの脳内は焦燥でいっぱいだった。せっかく手に入れた才能と居場所だった、というのに、自分はまた、慈悲の面をした侮蔑どもに哀れまれるのか。息が詰まる。だが、この最悪の報告を抱えて戻るしかない。死体は……回収、すべきだろうか?
「現場は兵隊に片付けさせておく。先に戻るといい。連中が戻ってこないとも限らないぞ」
スパル・トイは勝手に泣き止んでいた。泣いてスッキリしてしまったのか。ここまで失敗したというのに、1回泣いただけで平然とできるのが羨ましい。
日付は変わり、夜は朝へと向かっている。戻らなければ。戻らなければ……居場所が……いや、どっちにしても、居場所は……。
「なんだ、終わるまで待つつもりか? そんなに吾輩が恋しくなったか! 新人! 今しがたともに死線をくぐったものな!!」
……うるさい。泣いてたのに元気すぎるだろう。このスパル・トイと歩かされる事実と、報告事項の憂鬱に吐きそうになりながら、裏城南、それも根尾燕無礼棲の事務所にまで戻った。扉を開くには気が重すぎて、数秒呆然と眺めていると、「疲れているのか開けてやるぞ」とスパル・トイが開けてきた。彼女がここにいるということは、検問もなく、そのまま通される。心臓の鼓動が早い。まだ慣れないタバコの匂いでいっぱいの若頭の部屋に踏み込んで、洗礼を浴びる。
「ドーン!!! おかえりなさいのポーズ!!! ズキューン!!!
サイネ様ならこっちだよ」
ここにもいきなり落ち着く奴がいる。緊張は解れるどころか強くなった。オトマドベルは軽い足取りで、対するレーニャは一歩踏み出すのにさえ胸を締め付けられながら、ソファに案内される。待っていたサイネは何か、ビデオを見ていた。可愛らしい音楽と共に、テレビ画面の中で女の子が歌い踊っている。その姿はサイネによく似ており、ついでにオトマドベルにも似ている気がする。そんな彼女を見つけると、オトマドベルは「もーやめてよっ! ベシッ!」と言いながら彼女を叩き、サイネは難しい顔で振り返った。
「今いいとこだ……っと、戻ったか──」
サイネはぐっと目を細め、レーニャとスパル・トイを見る。自分たちの傷そのものは、そう酷くもない。ただ。
「……あぁ、わかった、姐さんを呼ぶ」
彼女からすぐにその選択が出てきた時点で、レーニャは言葉を出せなかった。スパル・トイもだ。サイネの後ろ姿を見送り、黙って待つ。オトマドベルがさっさと画面を消して出ていってしまったせいで、周囲には沈黙が残る。やがて、煙草と混じって華やかな香りが漂い、衣擦れの音がして、それが彼女の印だった。
「わざわざサイネにうちを呼ばせたんは、あんたらやね?」
「……はい」
「何があったか、言うてみぃ。自分の口で」
「吾輩は」
「あんたはええ。うちは新入りに聞いとる。なあ新入り? 何があったん?」
レーニャは震えながら、シルクウィングの能面のように張り付いた笑顔に答えなければならなかった。
「取引現場で……例の、魔法少女たちと交戦しました。蝶と、銃士と……それと、ロボットと、先日の人事部門の使いも」
「それで?」
「それで……」
「どないなったん? 戦って?」
「戦って……その」
「吾輩はちゃんとやった。新入りも敵の狙撃に倒れなければ戦えたはずだ!」
「狙撃? ふぅん、油断して、不意に撃たれて、まともに戦えんかったと?」
「……それは……そう、です」
「ほんで、まんまと護衛対象殺されましたぁ言いに来たんや」
その通りでしかない。レーニャはまともに戦うことすら出来ず海に落ち、気を失って漂い、戻って来る頃には魔サラが死んでいた。これを、護衛の失敗だと言わずになんと言う。擁護してくれようとしたのだろうか、スパル・トイの言葉さえ逆効果で、レーニャはシルクウィングの顔を見ることもできない。
「姐さん。オークションは止めて、その連中の排除を優先すべきだ。人員は割いた方がいい、これ以上は」
「オークションは止めへん。あれは特別な日や。あの日にやらな意味があらへん」
「だったらすぐにでも追討を」
「……あんなぁ。そんなんどうでもえぇ、言うとるやろ。あの魔サラ言う輩も、ヤク流しとった不届きもんや。消えてせいせいやわ。せやけどな」
シルクウィングにはサイネも強く出られない。話のわかってくれる彼女が黙り込んだら、もうダメだ。シルクウィングは冷や汗でぐっしょりと濡れたレーニャの肩を叩き、そして、顔を上げさせた。その顔にはいまだ笑顔が張り付いていて、そして、次の瞬間には顔面を衝撃が襲った。翼で殴られたのだと認識したのは、吹っ飛ばされて転がって、壁にぶち当たって止まってからだった。
「能無しはいらん。わざわざ金出して、魔法少女の才能買ってまでうちに入って、面に泥塗りに来ただけ。ずいぶんおもろい人生やなぁ、自分」
「……ッ!!」
「出てけや」
他の魔法少女たちには止めようがない。レーニャはひとり、逃げ出した。引き止めてくる者はやはりいない。シルクウィングが創った組織だ、ここでは彼女が絶対だ。テーブルにぶつかって、自分で落としたペットボトルにつまづきそうになって、それでも部屋から抜け出して、息を切らして、嫌になって走るのをやめた。ただ下を見て歩いて、外を目指す。これで居場所もなくなった。……そうだ、買ってまで魔法少女になった、はずなのに。
「あ! レーニャちゃん! どしたの?」
「……」
声をかけてきたのはデビ☆るんるんだった。彼女がこれまでどこに行っていたのか、そんなことはもはやどうでもよかった。話しかけないでほしかった。黙って横を通り抜けようとして、しかしわざわざついてくる。
「もしかして! シルクちゃん様にこってり怒られて! 追放!?」
「……」
「行く宛て、なし!?」
耳が痛い。塞ぎたい。みんな、みんなうるさい。レーニャが何もできないことくらい、居場所がないことくらい、自分が一番よく知っている。振り切りたくて、無視して歩調を早めた。しかしいつの間にか彼女は前にいて、ぶつかってしまった。顔を上げると、普段はしていない、オークションの時のための『悪魔の顔をしたお面』を着けていた。
「そう逃げないで。私は、レーニャちゃんの……