魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
あくる朝
◇スワローテイル
飛び起きた。気がついたら眠っていたらしい。そうだ。昨日は土曜日で、今日は日曜日。そう慌てなくても幼稚園には遅れない。けれど、キューティーヒーラーに遅れてしまう。布団を畳むのを後回しにして立ち上がり、下階に降りてテレビを探そうとして、ここが自宅ではないことに気がついた。
「おはよう、スワローテイル……悪い、送れなくて」
「えっ、あ、うん、大丈夫。お父さんは……心配するかもだけど」
「親父さんには連絡した。これから待ち合わせだ。あたしも謝る。てか、悪いのはあたしだから。付き合わせた」
そんな、いいよ、と否定しようとして、脳裏に昨日見たものが過ぎった。血を流し倒れる者。血を浴びてなお苛烈に襲いかかる者。魔法少女同士の、生死を賭けた争い。フラッシュバックした光景に、息が詰まった。
「あ、あの人は……」
「……どっちだ? フットホールドならなんとか撒いた。魔サラは、たぶん死んだ」
「っ……」
「あいつと同じ言葉になるのは癪だけど……魔サラは確かに悪だった。スパイスを流してたのはあいつなんだ。あんなのが死んだところで、あんたが気に病むことなんてない」
「でも……」
そうだよね、と割り切れるわけはない。目の前で誰かが、命を落とす、なんて。
「知らない他人を悼むなら、やることがあります」
現れたコルネリアが指したのは──店の床にひっくり返されている魔法少女。傷の治療は最低限されているらしいが、戦闘はできないようにしっかり結ばれている。近くではショーケースが破損していたり、暴れた様子が垣間見えた。
「腐っても塾生……クスリのせいでご自慢の技名も叫べなかったようですが、なんでも壊そうとする凶暴性は残っているようです」
「なんか辛辣じゃないか?」
「同類の方にあまりいい思い出がなくて」
コルネリアにしては珍しい態度だった。戦った本人だからだろうか?
彼女は『絶対庭園ガーデン・ガーター』といい、いばらとガーターベルトの魔法少女らしく、いばらの盾とガーターベルトを振り回して戦っていた、らしい。今は盾を破壊され、本人もミサイル直撃の跡に包帯がぐるぐる巻きだ。治療をしたのはマスカレイドのようで、彼女はペチペチと拘束中のガーターの頬を叩いてたりしていた。
「一夜明けてどうデスか。冷静になってみて」
「……私を自由にしてみろ、その時はお前から……殺す」
「オォ〜、怖。いやぁ魔王塾生の治療とかすべきではないのかもしれマセン」
「当たり前では?」
相手の殺気はいまだ激しく、話は聞けそうにない。回復したらすぐにでも襲いかかってきそうだ。これもスパイスでおかしくなってしまったから、なのだろう。痛ましい姿に、スワローテイルはぐっと自分のスカートを強く握る。
「それじゃ。あたしらは、これから親父さんと合流。それでいいか?」
「あ……あっ! そうだ! キューティーヒーラー!」
「キューティーヒーラー? あぁ、時間的には……もうそろそろか」
そうだ、ぐずぐずしていると見逃してしまう。
先週、キューティーレイヴンがメインの回が来ると予告で知り、テンションが上がったことを思い出した。カラスがモチーフでシックな黒のレイヴンは、ちょっと大人っぽいキューティーヒーラーが好きなあげはの好みにストライクだ。そんなレイヴンの活躍回、見逃したくないと、テレビを探す。ない。
「え? あぁ、テレビデスか? 受信料取られるのでありまセン」
「こんなとこまで集金に来れるわけないだろ」
「冗談デスが、実際置いてないんデスよ」
「……だってよ」
「帰るよ! 今すぐ! 早く!」
飛び起きたスワローテイルに、エリザははいはいと頷き、一緒になってマスカレイドの店を出ることに。ガーターへの事情聴取は、残るふたりに任されるようだ。
「拷問にいいアイテムないですかね?」
「ご、拷問!?」
「魔法の自白剤とか出しマスカ」
「自白剤!?」
「というかなんですかこのガーターベルトは! 引っ張られるためにあるんですか! えいっ!」
「おいやめろ、ちょ、痛っ、ぁあんっ」
ガーターが呻く声が聞こえる。急いでいるのになんとなく振り返り、エリザに目線を遮られた。
「……行くか?」
「……そ、そうですね!」
魔法少女には特に身支度は必要なく、そのまま並んで外に出た。店の中からはガーターの声が響いていて、あまりひどいことはしないであげてほしいと心から思った。
それからエリザとスワローテイルで、裏城南を抜けたら変身を解除。そのまま、家の近く、父のところにまで送り届けてもらう。先を歩くエリザが、とても頼もしく見える。しきりにこちらを確認して、歩調も合わせてくれている。
「あのさ」
ふいに話しかけられた。彼女が振り向いた途端に目が合って、そのほんの一瞬だけど、見つめ合った。その目は不安に満ちていたようだった。
「あたしだって、無理してほしいわけじゃ、ないから、さ」
「……? 大丈夫、平気です」
「そう……か?」
「はい!」
頷くあげは、彼女は複雑そうな顔をして、それを最後に前を向いた。
「……敬語」
「?」
「敬語じゃなくていい、タメで。友達、ってことになってるし」
「いいの?」
「いいって、言ってるんだよ」
それだったら、遠慮なく。深く、勢いよくうんと頷く。
「そうするね、エリザ」
「……ん」
「エリザ?」
何度か呼んでも、こっちに顔を向けてまではくれなかった。やがて合流の場所である、公園に到着する。父のものらしき車と、ラフな格好の父が見えて、あげはが思わず手を振り、呼びかけた。すると彼の方も気がついて、駆け出してくる。
「ただいま、お父さん」
「あげは……! どこに行ってたんだ、夜中にいきなりいなくなったりして!」
「ごめんなさい……」
「……あたしからも謝らせてください。あたしのとこに来ようとしてこうなったんです」
ふいに話に入り、さらに頭を下げるエリザ。あげはも、父も驚いていた。それから、父は落ち着いて返事を続ける。
「危ないことにあげはを巻き込んでるなら、すぐにやめていただきたい」
「……」
「あんな夜中に出歩くのが、どんなに危ないことか」
「わたし、わかってるよ」
「わかっていないから外に出たんだ」
手を握られる。
「わかった……けど」
「……それならいいんだ。すまない、無事でよかった」
父は心配性だ。だから、あまりそうなるようにしない方がいい。それはわかっていることだ。そのうえで、許せなかったから、スワローテイルとしてエリザと共に戦った。ただ友達と遊びに行ったわけじゃない。だからなんだ、って話だけど。
「……じゃ、自分はこれで」
「ね、エリザ」
ひとり戻っていこうとするエリザのことを呼び止めた。せっかく父もいるのだから、今伝えておきたかったのだ。
「次の……そう、十七日ね。わたし、誕生日なんだ」
「……十七日、か」
「うん。それでね。一緒にお祝い……してほしいなって。プレゼントとかはいらないから、一緒に、パーティーみたいな。えっと、お父さん以外の人としたこと、ないから」
意を決した言葉だった。敬語じゃなくていい……と彼女から言ってくれたのなら、ここまで仲良くしてくれるんじゃないだろうか。エリザが友達なのは父も知っているわけで。それを聞いた彼女は、驚いたような顔を少ししてみせた後で、ぎこちなく笑って答えた。
「考えとく」
◇ダーティ・エリザ
「……戻った」
「あ、おかえりなさいデス」
店に戻ると、マスカレイドとコルネリアは揃ってガーターを囲み、そしてそのガーターはなぜか顔を真っ赤にし、コスチュームのほとんどを剥ぎ取られ、かなりの辱めを受けている状態だった。このふたりの尋問がこんな感じになるのは大変予想外だが、吐くならなんでもいいか、と無視を決め込むことにした。
「何かわかったか?」
「いえ、特に進展は。ですが、オークションには元々参加する予定だったみたいです」
オークション……やはり、そうか。裏城南に次々と集まる魔法少女たちは、大抵はそれが目的だろう。2か月ほど前にも様々な品物が出品され、魔法のアイテムのみならず、術式やら身柄やら権利やら何やらまで取引されたという。そこまでのものに、エリザたちは侵入しようとしている。だが。
「……十七日のオークションだが。スワローテイルなしで行く」
「おや。どういう心境の変化デス?」
「十七日は、あいつの誕生日だ」
祝われるべきその当日に、命を賭けた争いには巻き込まれてほしくなかった。まだ幼いのに、自分にとって一番の特別な日を、血の匂いで上書きするべきじゃない。
「だったら、どうするんデス? ワタシにエリザさんにコルネリアさん、それだけじゃあ手が足りマセン」
「……だよな」
「根尾燕無礼棲以外にも敵が出てしまったわけですからね」
「あの監査の……背後から一撃とか、怖すぎデス。背中がゾワッとしマス」
コルネリアとマスカレイドで色々話している間に 、どうするべきか、近くの段差に腰掛けて考えようとする。すると丁度、スワローテイルが射的で取っていたあの玩具が目に入った。忘れていったのだろう。
「……そうだ、このパッケージのやつ、いたんだよな」
「そうデスね」
「はい」
「広報……って、監査と人事との関係はどうなんだ?」
「ええっと……どちらとも派閥は違いますが、どちらかといえば人事寄りだったような」
「だったら。頼れるかもしれないよな」
こういった魔法少女アニメの存在は、広報部門が実在の魔法少女をモデルとして作っていて、即ち実在するのだ、という話は聞いたことがあった。そのキューティーヒーラーが本物ならば、協力してくれる可能性は強い。それがうまく話を進められたなら、スワローテイルを関わらせなくとも済む方法だ。エリザはそちらに賭けてやることに決めた。