魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
◇スワローテイル
父をなんとか誤魔化して、また抜け出して裏城南に来てみたら、なんと──本物のキューティーヒーラーに会えてしまった。しかもあげはが見ていたキューティーヒーラー、『ショコラティエ〜ル!』の紫キューティーであるキューティーラムだ。
ラムの世話焼きなお姉さんというキャラクターは尊敬し目指すべきものであり、あと個人的に衣装がかわいくて好きだった。画面の中からそのまま飛び出してきたような彼女に、大興奮で、語りたいことはまだまだあった、が──コルネリアと色々話すことがあったみたいで、忙しそうなので、そこそこにして店の手前側に戻ってくる。
「あのふたりは?」
「ラムさんと行動してらっしゃった皆様デス」
「ワタシはイエロープリンス☆ハステアーラ! 以後お見知り置きを!」
「はい! よろしくお願いします!」
金キラのコスチュームに、金色の仮面。誰よりも目立つ金ぴか尽くしの魔法少女、ハステアーラは大袈裟にも丁寧に頭を下げた。こちらもお辞儀をする。ふふっと笑い、彼女はスワローテイルの髪を撫でた。父の遠慮がちなそれとは違う、なるほど、これもまたお姉ちゃんの形なのだろうか。
「おっとすまない。君が今にも飛び立ちそうだったものだから」
「? 室内で飛んだら狭いからしませんよ?」
よくわからないことを言われたので、ただ単に首を傾げた。けれどハステアーラは特に嫌な顔もそれ以上の説明もなく、そしてその細い指先をスワローテイルの顎に這わせたまま、言葉を続けた。
「君は……ひとりでここまで? 平気だったかい?」
「もう何度も送ってもらってますから!」
「魔法少女ひとりでは危ない……いや、それはわかっていることかな」
「……わかってます。ここが危ないことくらい」
「それでも捜し物がある。それは皆同じことか。ここまで来る理由があって、舞台の向こう、太陽を受け止めた月の裏側、眩しくも昏いこの世界にまでやってくるんだから」
「おい、いい加減手ぇ引っ込めろよ」
割り込んだのはエリザだった。エリザとしては、ラムはともかくこちらは信用できない、と言いたげだ。疑っていると言うにはなんだか強めに睨みつけているけれど、そんな怖い顔のエリザでもハステアーラは動じなかった。
「広報部門の奴と一緒にいたみたいだけど、あんたは何者だよ?」
「ワタシは……そうだね、独自にこの地区を調査していた者さ。仔羊ちゃんともその間に出会ったんだ」
仔羊ちゃん……?
「羊のことをラムということがありマス」
「あぁ、そうなんだ!」
「ジンギスカンで焼くやつデスね」
知らないことはマスカレイドが教えてくれた。納得だ。お酒と羊、どのへんが関係しているのだろう……とは、思うけれど。そうして話を聞いている間に、ふと残るひとりの様子が気になった。俯いている少女だ。ハステアーラとは対照的に、継ぎ接ぎの目立つコスチュームである。彼女は下を向いたままで、干渉を拒否しているかのよう。エリザがハステアーラに対し、色々聞きたいことも溜まっている様子でいるのもあり、ハステアーラのところから離れて彼女の隣に座る。
その魔法少女はびっくりした様子で、表情を変え、慌てて傍らにあった籠の中から何かを探していた。
「こんにちは! ねえ、名前は?」
「……」
返事はない。代わりに、籠の中より探り当てたメモ帳が出てきて、パラパラと捲られた。出てきたページには『アンナ・シャルール』と書いてある。これが名前のようだ。
「アンナちゃん! よろしくね、アンナちゃん!」
彼女はゆっくり、ひとつ頷いた。そしてスワローテイルが手を差し出すと、これも恐る恐る手を出した。握手を交わす。体温が高かった。今まで肌に触れた魔法少女の中でも、随一かもしれない。
「わ、あったかい……あっ! 私、スワローテイル! よろしくね!」
「……」
忙しくページを捲るアンナ。次に見せられたのは『よろしくね』のページ。そしてその次に、新しいページを開いたかと思うと、熱心に何か書き込み始めた。やや震えた字だが、読めることは読める。
『スワローテイルなんて難しい英語知ってるのに、ラムは知らなかったんだ』
「それはー……あはは、お恥ずかしい。蝶々も燕も、好きなんだ」
『どうして?』
「綺麗に飛ぶから……かな? アンナちゃんは? 好きな動物とか……よかったら教えて?」
言葉ではなく、メモ帳とのやり取り。それでも言葉が通じているのは確かで、息遣いと一緒に、めくる音、ボールペンが紙の上を走る音が聞こえる。
『ねずみ』
「ねずみさん? かわいいよね」
『火ねずみっていう、炎に焼けても死なないねずみがいるんだって』
「そうなの? すごい! 熱くないのかな?」
『平気なんだって』
「じゃあ、サウナとか行っても満足できなかったりして!」
可愛いからとか、そういう理由が来ると思ったのに、違う方向から来て驚くけれど、そういう観点もある。
だって、あげはがアゲハ蝶を好きなのはほとんど名前繋がりだ。綺麗に飛ぶから、間違ってもいない。それも理由のひとつだけれど、根っこは違う。
ツバメを好きなのだって、母の名が『つばめ』……だから。こっちも結局、名前繋がりだ。彼女とは顔を合わせたこともないまま離れ離れになってしまったみたいだけれど、でも、ツバメにはどこか親近感がある。
それに魔法少女になった時、空を飛べた時、すごく嬉しかった。誰もが生きる空の中、孤独から解き放たれた感覚があった。それはきっと、空への憧れがあって、だからアゲハ蝶もツバメも好きだったのかもしれない。今考えたら、の話だけど。
それから、食べ物だとか、当たり障りのないことから聞いて、どんどん質問をしてみる。嫌がる様子はない。むしろ、俯いていた彼女が、くすり、笑ってくれることさえある気もする。もうちょっと踏み込んでもいいのだろうか。意を決して、そうしてみる。
「えっと……アンナちゃんはさ、どうしてこっちに……?」
裏城南に来た理由だ。ハステアーラが言っていたことの繰り返しのようだけど、これは聞いておきたかった。手伝えることなら、手を取り合いたかったのだ。アンナは少し待って、ページをめくり始めた。
『魔法のマッチ』
『ないと、魔法がうまく使えない』
「……! なくしちゃった、ってこと? 籠の中の、たくさんは……」
スワローテイルが指したのは先程、メモ帳が出てくるまで漁っていた手持ちの籠だ。中には色んなものが入っているのが見えるが、その中にマッチ箱はもちろんある。それのことじゃないのかと思い指してしまった。するとアンナはさっと、籠の方を隠すかのように懐に抱えた。そして、慌てた様子でペンを走らせる。
『本数が足りないと、不安』
「そっか……そういうものなんだ」
アンナがこくこく頷く。無くし物があると、確かに心休まらない。消耗品のマッチだとしても、足りないときっと、大変なのだろう。
「うん、でも大丈夫。ラムお姉ちゃんと、ハステアーラさんだけじゃなくて、私たちも協力するから!」
「……勝手に追加されてるか? あたしら」
「ワタシもデスか。人選ミスではありマセンか? 失せ物発見機がすぐに出てきたらよかったんデスが」
「いいの! ね、エリザさんもマスカレイドさんも、頼れるお姉さんだから」
「それはつまり、ワタシも……お姉ちゃんということかな?」
「歳で言えば最初からそうデスよね」
「ならばお姉ちゃんとして! なくした灯火の鍵を、頬を赤く染めたお嬢さんたちを、見つけに行こうじゃあないか!」
ハステアーラの言いたいことはなんとなくの部分しかわからないが、とにかく魔法少女はたくさんいる。アンナだってそうだし、スワローテイルだってそうなのに。
「大変な時は助けるよ。私たち、お姉ちゃんで、魔法少女だから!」
頷いてくれるアンナ。ということは、きっと響いている。はじめから、彼女だってひとりではないのだ。なんて偉そうなことを言っていると、エリザがふんと笑った。
「よくまあその魔法少女歴でお姉さん面になったもんだよ」
「う……いいもん! 」
『ごめんなさい、実は、何年か前から魔法少女』
「……えっ! ええっ!」
そしてお姉さんなのはアンナの方だった。スワローテイルは魔法少女になった順番でもそうなる。ついでに実年齢でもきっと、とことん末っ子なのかもしれない。でもさすがにアンナは同年代だろう。外れないことを祈り、コルネリアとラムの話はそれなりにかかりそうだし、さらに時間つぶしに走る、
「待ってる間だけど……せっかくだし、遊ぼう!」
『何して?』
「えーっと……」
いい案がない。幼稚園でも友達に囲まれるのとは縁の遠い生活を送っているあげはにとって、魔法少女でもない人が集まってやることといえば、噂話みたいなことばっかりだったせいだ。
「キューティーヒーラーごっこ……は、わからないんだもんね」
アンナにすぐ頷かれた。キューティーヒーラー、それも2年前のショコラティエ〜ルを知らないのは、むしろ同年代であるという確信からは遠ざかるけれど、通ってこない子もいるのかも。
「キューティーヒーラーごっこ! それはつまり擬似ヒーローショーの、演劇というわけだ」
「え、演劇?」
「そう! 演ずる者と観る者さえいれば、そこが舞台さ」
「そっか……」
ハステアーラの言うことはやっぱりよくわからない。アンナにはわかっているのだろうか。振り返ると、ページを熱心に捲り、そして見せてきた。
『何言ってるかわかんない』
スワローテイルは苦笑いをした。向こうで、エリザが吹き出して笑っていた。