魔法少女育成計画Beyond the Bullet   作:皇緋那

27 / 73
裏の宴に続く道

 ◇フットホールド

 

 監査部門からの『任務完了ならば帰投せよ』という指令を認識しつつ、それを頭から消して端末を閉じた。確かに主犯であるあのターバンの魔法少女は踏み潰した。しかし取り逃した悪は残っている。取引相手も、交戦していた相手も、両方だ。ならば見過ごすわけにはいかない。この街にこびりついたものは全て踏み潰す。それが監査の使命、フットホールドの使命というものである。

 

 夜は明けている。フットホールドは港湾の交戦跡より離れ、N市内の捜査へと入ろうと考え、街中を歩いていた。無論、目立つような行動及び道は避け、コートを羽織り、最適化されすぎているコスチュームを隠しつつの捜査だ。このN市内ではいまだに魔法少女が都市伝説として語られているらしい。担当者がいないのにも関わらず、だ。その都市伝説で引っかかるような場所には、魔法少女が活動しているに違いない。確信のうえ、山中に赴いていた。

 

「……」

 

 今のところ、それらしき影はない。犬の幽霊、エルフの幽霊、スクール水着の幽霊、どれも出てきていない。そもそも噂話は噂話に過ぎないか──そもそも何年も前の掲示板の書き込みを宛てにすべきではなかったか。掲示板は悪、と認識を改めると共に、次は外さぬよう、情報ソースを考え直さなければ。教導班で鈍った勘を取り戻す必要がある。

 

 ──だが、悪の気配を逃すフットホールドではない。小石を蹴り上げ打ち出した。その先で固形物が弾ける音がする。見ればひしゃげたペットボトルが小石を受け止め砕け散ったらしかった。

 

「わーお。まだなんにも話しかけてないのに? さっすが、監査のベテランさん」

「何者ですか」

 

 現れた魔法少女は3人。悪魔の面、ペットボトル製の面、残るひとりは……目が描かれたアイマスクに口が描かれたマスクをしている。珍妙な格好だが、魔法少女には違いなく、全員が顔を隠していた。コスチュームを晒しているのなら個人は特定できる。つまり仮面には他の目的がある、のか。どちらだっていい。仮面を被るということは、その下に隠したいものがある。疚しいものがあるということだ。つまり悪である。何者か問うたものの、少し思考すれば、話を聞きまでもない相手だった。構えたまま、飛びかかる機会を待つ。

 

「アタシたちね。近頃、魔法の国の人達が集まるイベントをやるんだ。興味ないかなーって。ほら、正義には正義で、必要なものがあるでしょ」

「悪の手助けは不要です」

 

 言葉を続けさせるのは得策ではない。喋りだした悪魔の面に向かって即座に蹴りかかり、伸びてきたクッションが止めた。アイマスクの魔法少女だ。

 

「これまたわーお、もよの睡眠が効かないなんて、その靴だから?」

 

 その口ぶり、このクッションには魔法がかかっている。それも触れたら一発でアウトの代物か。しかしフットホールドの安全靴は絶対の安全を保証する。魔法は通さない。

 

「悪は全て踏み潰します。それが私の存在意義」

「あはは! そういうタイプ? なら話しても無駄か。一応言っとくね? この街の闇は必要悪。掃き溜めなきゃ溢れ出して、全体を駄目にする腐った果実さ」

「腐った果実ならば、潰して肥料とすればいい」

「だーかーらー、それを捨てる土壌がここなんだってば!」

 

 威力を込めて繰り出す蹴りの連発に、アイマスクが使う寝具もボロボロだ。そこへ、さらに防御のためのペットボトルが差し込まれた。ペットボトルは強化されており、確かに受け止めるものの、使い切り。破壊されればそれまでだ。攻撃の手を緩めぬフットホールドには関係がない。3人いようがフットホールドの前には関係ない、上から踏み躙るだけのこと。こちらには取り逃した悪が他にもいる。足跡にしてやる勢いでの攻勢をかけ、このまま! 

 

「ちゅ♡」

 

 不意に、頬に生温かな感触があった。

 唇か。認識と同時に脚を振り抜いた。確かに相手を捉え、悪魔の仮面の少女はその腹部からばきりと音を立てながら吹き飛んだ。何をされた。口づけか。何らかの魔法の発動条件だろうか。

 

「い、いっ……たぁ〜い……え、てかほんとに痛い、悪魔的にどころか折れてるよこれ……」

「当然でしょう、悪なのですから」

「でもぉ……ま、いっか! あいたた……ごめんねふたりとも、ひとりじゃ立てないや」

 

 よろよろと肩を貸されて立ち上がる悪魔。もう少しだ。その背中をぶち抜いてやる。さらに飛び出し、その先に敷き詰められたペットボトルの絨毯。しかし踏んだところで安全靴ならば問題は無い。思いっきり踏み抜き、そして激しい破裂、まるで花火大会のクライマックスのような光の束に飲み込まれた。視界が潰れる。ヘルメットを深く被り、せめて目元を守りどうにか目標を探す。この程度の目眩しで、またしても逃げられてなるものか。気配を探り、飛び出し、無我夢中で一撃を繰り出した。

 

「ぅぐ……っ!?」

 

 光の向こうでペットボトルの魔法少女に直撃する。今の手応え、肩の関節は壊したろう。このまま追撃を仕掛ければ首に届く。振り抜いたままの勢いで、さらなる回し蹴りを繰り出そうとし、それを防いだのはまたしても寝具だった。

 

「よくもうら若き新人の肩を! 喰らいなさい、もよパンチ!」

 

 風を切る音と共に、顔にふわりとした感触が当たった。クッション、か、抱き枕──か、見分けることもできぬまま、意識が沈んでいく。まるで入眠、いや、本当に眠らされている、のか──。

 それでも地を踏みしめて持ち堪え、意識が落ちたままフットホールドは相手を蹴りつけようとし、その場に倒れた。ヤバいよこの人やめとこう、という声だけはわずかに聞こえた気がした。

 

 

 

 ◇スワローテイル

 

 気を取り直して探してみても、やはりマッチ箱は見つからず、日が傾き始めたくらいで、ふたり揃って深呼吸をした。アンナの気持ちは前よりは軽そうで、肉体的にはまだまだいけるけれど、ちょっと疲れたね、なんて一緒になって笑った。

 中宿の街中、アンナが通ったという箇所はあらかた回り、今度はもう少し北上して、北宿エリアだ。スワローテイル、もとい室田あげはの生活区であり、 勝手は知っているのだが、それをアンナには悟られぬようにしつつ、一緒に歩く。けれどここなら、あまり高い建物もないエリアだ。飛び回った方が楽なのでは、と思い立つ。

 それにこのまま続けていると、日は落ちるだろう。視認性も悪くなるし、さすがに今日は、暗くなる前に帰りたい。

 

「ねえ……アンナちゃん」

『どうしたの?』

「また、待たせちゃって悪いんだけど……わたし、飛んだ方がいいかなって」

 

 魔法少女の視力があるなら、上から探した方がやっぱり早い。それを提案すると、アンナは少し迷った後、頷いてくれた。

 

『私はこの辺りを探すから、お願い』

「がってん!」

 

 びゅんと飛び立つ。飛ぶのは得意だ。初めて魔法少女になった時は飛んでばかりいた。地面を見つめるのも得意だ。幼稚園では虫や花をずっと見ていた。そのふたつが合わさった時、スワローテイルは──無敵だ、と胸を張ろうとして、前方不注意のため壁に激突した。

 

「ぁいたっ!?」

 

 高い建物がないなんて油断していたせいだろう。目の前がスパークし、揚力を失った体が落ちていく。慌てて翅をはためかせてどうにか立て直そうとし、その途中で木にひっかかった。ここは──そう、近くの高校だ。確かに校舎は普通の平屋よりも高い。幸いにも日曜日の夕方だったおかげで、校庭にも人はいない。一般の人に存在がバレることはなさそうだ。

 

「ん……あれ?」

 

 しかし問題が発生した。翅が木にひっかかっている。無理に外そうとすれば……穴。スワローテイルの翅には、感覚がある。つまりどう考えても痛い。想像するだけで肝が冷える。ここは下手に動くべきではない。素直に、アンナに助けを……。

 

「あっ……」

 

 魔法の端末を操作して、今更気がつく。そういえば! アンナの連絡先は、持っていないではないか。じゃあ誰に助けを求めればいい。エリザか、コルネリアか、いやどちらも邪魔すべきではないか、考えて、そのうちに、声がした。

 

「ずいぶんとかァいらしい蝶々さんが引っかかっとるやない」

 

 羽ばたく翼の音。繊細な手つきで枝を外してくれる僅かな感触。漂うは、不思議な匂い。煙のような、けれど華やかな蜜のような。それは即ち、魔法少女のまとう体臭だった。

 

「あっ、えっ……と」

「無理に動いたら穴開きますえ」

「ひっ! あ、ありがとうございます……!?」

「ほい、取れました」

 

 確かに翅にあった引っかかりの感触がなくなっている。体を起こして、するりと抜けて、地面に降りた。同時に、羽ばたきの音と一緒に降りてくる者がある。今、枝を取ってくれたらしい、翼を持つ魔法少女だ。その姿は極彩色、あまりに鮮烈な翠に身を包んでいた。

 

「すみません、本当にありがとうございました」

「礼なんてええ。通りがかっただけや」

「あの……お姉さん、は?」

「……通りがかっただけや、言いました」

 

 その目はどこか値踏みしてくるような、それでいて干渉を拒むような目。初めて出会った時の、エリザやアンナと同種の、警戒心の眼差しだ。それでもスワローテイルは、既に彼女の繊細な指を知っていた。

 

「この高校の人ですか?」

「……ちゃいます。ただまあ、思い出があらへんとは言えんけど」

「思い出……」

「つらぁい思い出や。大事な人に捨てられた。今思えば……あれが全部悪かった。うちやない」

 

 その横顔はとても寂しそうだった。大事な人──スワローテイルには彼女のことはなにもわからないけれど、声をかけないわけにはいかず、だけど何を言ったらいいかもわからない。そして咄嗟に出たのは、慰めにもならない言葉でしかなかった。

 

「お姉さんは……今でもその人のこと、大事なんだ。だったらきっと、その人も、お姉さんのこと思ってるんじゃないかな」

「なんや、あんた、知ったような口──」

 

 彼女は言いかけて、目を丸くした。そして、餌を求める雛鳥のようにぱくぱくと、音にもならぬ声を出し、手を伸ばした。

 

「──いぃや。まぁ、えぇわ。あんたの面ぁ……覚えといたる。近いうち、また会うことになるやろから」

 

 そうとだけ告げると、彼女は背を向けた。長い長い髪が、尾羽のように背中の翼とともに揺れて、やがて飛び立つ彼女の後ろに靡いていた。

 

「……そうだ、アンナちゃんのところに戻らなきゃ!」

 

 一度アンナのところに戻ってから、解散の意を伝えないと。スワローテイルも飛び立ち、アンナが待っているはずの区域に戻っていった。

 

「ごめんね、お待たせ……なんだけど、もう暗くなっちゃったし……」

『大丈夫? おうちの人』

「あはは、大丈夫じゃなくって……アンナちゃんは」

『ハステアーラのお世話になってるの』

「そうなんだ! じゃあ、一度裏に戻るの?」

 

 彼女は頷いた。

 

「だったら……報告、任せてもいい? お願い!」

『うん、わかった』

「ほんと!? よかったぁ。それじゃあ私……帰るから! またね、アンナちゃんっ!」

『またね』

 

 手を振る彼女と別れて、そういえば結局連絡先は交換しなかったなと、家路についてから思う。北宿からなら、家はすぐだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。