魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
◇室田あげは
決行は今夜。既に心臓はバクバクだけど、呼吸を整えて、なんでもないように幼稚園に戻って、幼稚園が終わったら、いつも通りに家に帰ってきた。この時期、平日のお父さんはちょっと帰るのが遅い。お仕事が大変なんだとよく言っている。その時間にエリザたちと話に行ってもいいけれど、今日は夜までちゃんと休んでおけと言われている。当たり前ながら、その通りにした方がいい。送迎のバスから降りたら、急ぐこともなくゆっくり歩いて、扉に手をかける。あっさりと開いた。……鍵が、かかっていない。
「ただいま……?」
首を傾げ、警戒し、最悪変質者が相手ならスワローテイルに変身して抵抗することも選択肢に入れながら、中に入った。リビングには──。
「おっと、あげは!? もう帰ってきたのか……はは、バレちゃったな」
テーブルの上に箱。頭の上には三角のキラキラ。パーティー仕様の小さな帽子だ。箱の側面には、有名なケーキ屋さんの店名が書かれている。それはつまりそういうことだ。
「お、お父さん……? え、えと、明日、だよ?」
「今日は早く帰れるから、今日にしたんだ。明日はどうしても遅くなっちゃうみたいで……」
「……そう、なんだ」
「1日早いけど、先にお祝い会、しちゃおう。明日は友達も呼ぶんだろう? その時は、あげはたちで楽しみなさい」
「それは……」
明日はオークション当日。友達で集まるなんてこと、できるのかどうか。いや。今日、全部終わらせたら、魔法少女のみんなで、お誕生日会……ということにできるかもしれない。それにできなくたって、明日の時間ができたなら、スワローテイルも当日に参加できるということ。それなら、置いていかれたりする心配はない。エリザにも報告できる。うんうん、と自分で頷いて、父の気遣いに感謝した。
「うん……嬉しい! ありがと、お父さん!」
「そうか! よかった。もうケーキにしちゃおうか?」
「うーん、さすがに晩ご飯の後かなあ」
「あはは、そうだよな」
「それと! プレゼントは、楽しみにとっておいてもいい?」
「そうかい? すぐに欲しいって言うかと」
「ううん。当日の楽しみにとっておくの。そうしたら、2回お祝いされた気分になれるでしょ!」
「あげはは頭がいいなあ」
「えへへっ」
先週末は裏城南へ行ってばかりで、魔法少女を優先して、父とはこんなふうに笑っていなかった気がした。それでもこうしてたくさん、頭も撫でてくれるし、楽しいことを教えてくれる。
それからお祝い代わりにふたりで、一緒になって料理を作った。なんでも、近くのお弁当屋さんで作られているレシピなんだとか。慣れていないふたり、特にあげはなんてまだまだ子供だからよくわからなくて、失敗しそうになりながら、それでも挑戦する時間は、今日最初のプレゼントだった。
卵が崩れてぐちゃぐちゃになって、ケチャップライスもちょっと焦がしてしまったオムライス。それでも、美味しかった。
そして、本命、デザートだけどメインディッシュの登場だ。箱の中から飛び出すのは、小さめだけどしっかりとホールケーキ。上には蝶々の飴細工と一緒にチョコプレートが乗っていて、あげはの名前が書かれていた。ろうそくは6本。ちょうど年齢のぶん。去年よりも、ひとつ多い。それぞれに火をつけて、揺れる小さな灯火に囲まれて、やっぱりすごく嬉しく、楽しくなる。
「ハッピーバースデートゥーユー♪」
ふたりで歌うのはハッピーバースデーの歌。音の反響で、炎がゆらめいて、ふと、その向こうに飾られた、あげはの会ったことのない──写真の中で笑う、母の顔が見えた。炎の向こうに揺れる彼女は、なんだか一緒に歌ってくれているみたいで。ほんの短い歌なのに、ずっと歌っていたような感覚があった。
「ハッピーバースデー、ディア、あげは〜」
「……ふふふっ♪」
毎年聞いているはずだけど、父の歌はなんだか面白い。大真面目なのが、また。
「ハッピーバースデートゥーユー……♪ おめでとう、あげは!」
「ねえ、やっていい? ふーっ、て! ふーっ、て!」
「ああ、いいよ」
「いい? じゃあ、いくよ……すぅ……ふーっ!!」
思いっきり吸い込んで、一気に放った息で、6つ並んだろうそくの火を消す。1回で、全部が消えた。小さく細い煙が立つ。綺麗に一発でいった。満足感をもって、胸を張った。
「すごい、一息じゃないか」
「へへーん、わたしにかかればこんなものだから!」
あげはが自慢げにしている間に、父はろうそくを外してくれ、ケーキを切り分けてくれた。いくら小さめとはいえどホールケーキ。ふたりで食べ尽くすには量が多い。いや、それも、もしかすると明日エリザたちと一緒に食べることまで見越してのサイズなのだろうか。だとしたらすごい気遣いだ。そこまでしなくたっていいのに。彼は半分に切り分けたケーキをさらに三等分にしてお皿に載せると、ひとつをあげはに、ひとつを自分に、そして残るひとつを、仏壇の写真の前に置いた。隣にフォークも並べたら、きっと空の上で、あげはの母も一緒にケーキを食べてくれる。そうなら嬉しい。
「いただきますっ」
さすがお父さん、あげはの大好きなショートケーキ、しかも最近夕方のテレビでやっていたケーキ屋さんだ。間違いなくおいしい。クリームもイチゴもスポンジも甘くて、心が癒される。冷蔵庫からは牛乳を出してきて、一緒にぐいっと。背が伸びるようにお祈りしつつ、甘いもの続きの口の中を中和するまろやかさに身を任せる。おかげでケーキを口に運ぶ手が止まることはなくて、やがて、お皿の上は綺麗になくなっていた。
「ふぅ、ごちそうさま……」
「……あげは。ママの分も、ほら」
「えっ、いいの?」
「ママなら、あげはが美味しく食べてる姿に喜んでくれるから」
供えられていたひと皿がおかわりに追加され、喜んでフォークを入れる。さっきよりももっと美味しい気がしたのは、牛乳のおかげか、それとも……ママのおかげか。
「……あげはの母さんはな。人が食べてるところを見るのが好きだったんだ。お父さんが食べてるところ、じっと見て笑ってた」
「あははっ、だって、誰かが美味しそうにしてるって嬉しいから、じゃない?」
ふたりで頑張って作ったオムライスだって、お父さんが食べてくれて、すごく暖かくなった。ということは、あの日も、あるいは、アンナにスイーツを買ってきてあげたあの時も、母と同じ気持ちになっていたんだろうか。
会ってみたかったな、と呟きそうになったのを、ため息混じりに出る前に押し殺した。それは願っても、できないことだったから。