魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
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世話のやける新人に出会ったその日の夜、自室でひとり、親父の帰ってこない家でひっくり返って、ベッドの上で端末を弄り続けた。情報筋からの色々に加え、あのスワローテイルとかいう新人との対話も重ねた。
こちらとしては明日は集合できるかと、集合するなら場所や時刻はどうするか、程度でやめるつもりが、質問攻めに遭った。魔法少女になった経緯など、ここで文章に残すのはちょっと、と思い、明日話すからで流した。流したまではいいが、その明日会った後が溜まっていく。
「はぁ……」
憂鬱になる気分に、これも目的に辿り着くためだと言い聞かせて、端末を放り投げて転がった。未読で放置していれば、寝たとわかるだろう。さっさと寝よう。今日は情報収集もまともにできていないんだから。脱ぎ散らかした制服を畳み、まずはそのうち帰っているだろう親父の晩飯は作ってやることにした。
そして──次の日が来る。待ち合わせ場所には先に行く。仄香としては寝起きもいいところだが、ダーティ・エリザであれば身支度はいらない。家を出る時点で変身し、スワローテイルの言う『園の自由時間』にはもう到着しておくようにする。魔法の端末を弄り、それとなく情報を監視しつつ、時折空を見て彼女を待つ。やがて、端末の方に一報があり、ほどなくして上空に影が差した。
「すみません! お待たせしましたー!」
「あぁ、おはよう」
これで一旦合流はできた。向かう先は昨日と変わらず、『裏城南』だ。入口は各地にあるが、辿り着く先を考慮して、中宿寄りのものを利用することにして、彼女を案内することに。あとは一応、確認しておくことがあった。
「ちなみにだけどさ。魔法少女になったばっかり、なんだったっけ?」
「はい! 一昨日です!」
「そっか! ……一昨日!? 一昨年の間違いとかじゃなくて、3日目!?」
「はい、昨日の昨日、魔法少女になりました!」
今日で3日目、ということは昨日は2日目。本当に右も左もわからぬまま裏城南に迷い込んでいたということになる。いくら近場に住んでいる魔法少女だとはいえ、魔法少女になった翌日に来た場所がブラックマーケットとは、むしろ才能があるのでは。そもそも、裏城南との出入口はちゃんと魔法的な偽装によって隠されているはずなのに。直感か偶然か、あるいはそもそも通用していないのか、ともかくスワローテイルは魔法破りなど習得しているはずがないくらい新人であることがわかった。
「なら、魔法の国から研修とかは」
「あ、まだ、です。担当の人からは、一応また連絡するからーみたいな、エリザさんと同じような感じで来てました。日程はこれからで」
「これからね……」
この分だと時間がかかりそうだ。しかし、オークションの開催も近い。ということは、魔法少女の基礎も何もない状態で裏城南に出入りしなければならないということ。それに人事部門云々の研修が入ると、長くなる。オークションに間に合わなくなるだろう。ならばせめて基本くらいはエリザが教えてしまうべきだろう。
「じゃ。普通の魔法少女って、なにしてると思う?」
「ええっと……やっぱり戦う的な」
「あー、敵がいる奴はそう。でも普通に暮らしてたら、まず敵はいない。怪物が出る訳でもないし。なら何をする? 答えは……っと」
エリザはビルの上を飛び移り先導しながら、例示となりそうなものを探していた。そして──見つけた。床を蹴って一気に移動する。魔法少女の速度なら間に合うだろう。車が来ているのに飛び出しそうな子供の前に割って入り、子供と、追いかけていたボールをすっと回収、車は何事もなく通り過ぎ、子供はわけもわからぬままボールを持たされ元の位置に戻されていた。それでいい。エリザはスワローテイルのところに戻る。
「こんなふうに。人助け、ってわけ」
「わぁ……! すごい! すごいです! かっこいい……!」
「……目ぇ輝かせすぎだって」
こんな純朴に目を輝かせたこと、エリザにあっただろうか。いや、あったとしても、母親に殴られているうちに忘れてしまったあの頃まで遡らなければない。
「エリザさんも普段から人助けを?」
「あたしは、特殊だよ。そりゃああいう、見てらんない事故は防ぐけど……基本的にはこっちだし」
腰に提げてある拳銃をくるくる回してみせた。なんてカッコつけたはいいが、スワローテイルは首を傾げた。伝わらなかった。
「まあ、魔法少女の基本は、人を助けること、人に存在を知られないこと、とか、だよ。あくまで人知れずの奉仕活動」
「はい! 社会的福祉ですね!」
「それはわからんけど」
話しているうちに、目的である出入口のすぐ近くまで到着した。その前に、ひとつだけ。立ち止まり、振り返る。
「なるべく、あたしに従って。そうした方が守れるから」
「……! はい!」
「よし、いい返事」
こうも素直で純真だと、いいように使うこともできてしまう。と言っても、ここであることないことを吹き込む、ほどの勇気はない。あくまでも、利用する相手、だ。
「あの、入って大丈夫なんですか? また兵隊が……」
「あいつらなら大丈夫。今は巡回時間じゃないからさ」
あの玩具の兵隊たちは巡回してくる時間が決まっている。その間に店にさえ入ってしまえば、あとは対策可能だ。安心してもらい、スワローテイルを連れて裏城南に入り込む。内部はいつも通り、活気があるんだか無いんだかな様子だ。その中でも、目的の──看板もまともに出ていない建物の前で立ち止まった。
エリザが先頭になり、ガラガラと引き戸を開けて、中に入っていく。
見ると、カウンターの向こうには、少女型ロボットを模した仮面を着けた魔法少女がいる。その仮面までが、彼女のコスチュームだ。各所に似たような意匠のアンドロイド風パーツが着いており、そういうロボット系の魔法少女であることが見て取れる。彼女はこちらに気がつくと、仮面越しに営業スマイルをした。なんとなく雰囲気でわかる。
「いらっしゃいマセ……っと、エリザさんデスか。おやおや、それに初見さんがいるようデスが」
「例の新人。挨拶に、連れてきた」
「は、はじめまして! スワローテイルといいます!」
「連絡はいただいてマス。例のオークションにご興味があるとか……でしたらどうデス、見ていかれマス?」
ぐいっ、と店主の押しが強くなる。スワローテイルは表情一つ変えていない。
「おっと、失礼しマシタ。初めまして。ワタシ、マスカレイド
「ここでの拠点ってわけ。ここに逃げ込めば、まあ店主がなんとかしてくれるよ」
「無理デスよ、ワタシ日によって戦える日と戦えない日があるんデスから」
「冗談。でも原則、店の中は安全地帯だ。色々買い込んだおかげでね」
スワローテイルは店内を興味深そうに見回していた。エリザはカウンター奥の空間に、いつものように座り、やっと息を吐く。
「ここって、お店なんですか?」
「それはモチロン。魔法のアイテムを売ってマス。今日は……ぴったりのがありマシタ! それは……ちゃっちゃちゃーん、昆虫雌雄鑑定機〜」
「何の役に立つんだよ!」
「昆虫の雌雄を鑑定できマス。ほら、蝶の魔法少女デスから」
「昆虫本人が要るわけないって。どう見てもメス!」
「はい! メスです!」
「その返事はいらないから!」
なんて、騒いでいる間に店主はちゃっかりエリザが頼もうと思っていた品を用意していたらしく、カウンターの奥からリストバンドが出てくる。ツバメのシルエットが描かれたもので、エリザやマスカレイド44が着けているのと同じものだった。
「え、これは……」
「こちら、裏城南の許可証デス。これで
「……ありがとうございます!」
素直に受け取るスワローテイル。しかしその隙を逃すまいと、また店主からぐいっと迫られて、そして次の一言。
「ではひゃくまんえんデス」
「ひぇえっ!? そ、そんなお金……」
「おいおい吹っかけるなって」
「冗談デス」
こんな遊び心の満載な店主だったろうか。スワローテイルがからかいやすいせいか。純真を弄ぶのはよろしくない──いや、彼女を利用しようとしているエリザが言えることでは無い、が。
「おい」
「……はい?」
「あんまり人を信用するなよ。少なくとも、ここでは」
釘は刺しておくに越したことはないはず。
何より、信じていた相手に裏切られて、裏切りが当たり前だと思うようになってしまっては、あまりに自分を見ているようで黙っていられない。
「わかりました──」
そう、返事をしかけた時だ。外の通りから音がする。発砲音か。エリザではない。スワローテイルが真っ先に反応し、店の中から飛び出した。エリザが慌ててそれを追う。店内にいれば安全だと言ったはずなのに、わざわざ自分が真っ先に行くなんて。顔を出した先は、案の定揉め事が起きている。相対しているのは魔法少女ふたり。臨戦態勢の魔法少女は両手にペットボトルらしきものを持っており、もう一方は丸腰。腰が抜けたのか、座り込んだまま後退りしている。リストバンドは見えない、スワローテイルと同じ迷子か、あるいは見つかった外部の魔法少女か。いずれにせよ──スワローテイルがいきなり出ていくような状況じゃない。
「おい! なんで……!」
「魔法少女の基本は人助け! ですよね!」
そこからは、止める間もなかった。魔法少女がペットボトルを投げつけようとした瞬間、エリザが銃を抜き、撃とうか逡巡した一瞬までに、少女は既に躍り出て、ペットボトルを蹴飛ばして軌道をズラしていた。飛んでいった先で、ペットボトルは小規模ながら爆発を起こして炎を散らした。
「……何? あなた」
「新人魔法少女です。人をいじめるのは、駄目ですよ」
乱入者へ殺意の目を向ける魔法少女に向かってそれが言える3日目の新人は、無知や度胸を超えて、やっぱり才能かもしれない。エリザは苦笑と共に、座り込んでいる魔法少女のところに急いだ。魚なのか鳥なのか不明瞭な不思議な模様のコスチュームが気になったが、今はそんなことを話している場合ではない。
「あんた、大丈夫?」
「は、はい、まだ何も……すみません、助かりました、本当に」
「礼は後であいつに言いなよ」
魔法少女生活3日目、ということは当然、実戦などやったことがない。そんな彼女がどこまでやれるのか。エリザは己の腰にあるホルスターに手をかけておくことにする。