魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
「……スワローテイル? こいつのこと……知ってるのか」
「この間、街で会って、困ってたところを助けてくれたの」
木にひっかかっていたところを助けてくれた、あのお姉さんだ。この極彩色を間違えるはずがない。しかし、見るからに助けてくれそうな雰囲気ではなかった。むしろ、サイネとマド、ふたりの魔法少女に対しても余裕の態度で歩み寄り、変わらぬ調子で話しかけていた。
「……貴方は」
「根尾燕無礼棲二代目総長、シルクウイング。よろしゅうに」
「総長……だと!?」
確かに今、彼女は『根尾燕無礼棲』、しかも二代目総長だと名乗った。それはつまり、今敵対している相手の、一番偉いリーダーということで。
「サイネ。武器仕舞いや。オトマドベルにも何もさせんといて」
「姐さん? おい、こいつら」
「おい、そこの虫ッ子。うちが遊んだるわ。巣に飛び込んで、こわぁい鳥に遭って……どうなるか、わかるやろな」
サイネは手にしていたサイリウムを下ろす。マドは、そもそも武器を持っていないため特に何かをすることもなく、後ろ手に指を組んで壁に寄りかかる。
「姐さん」
「うちに勝てたら、この倉庫のもんなんでもやる。隣の倉庫もや」
「な、相手はただの盗人だぞ!?」
「いーや。うちに勝てたら全部叶えたる。全員無事にも帰したるで。勝てたら、の話やけどな」
──あの強かったふたりの手を借りるまでもない、と。そういうことを言っている。
「……お姉さん……舐め、ないで!」
スワローテイルだけが構えた。同じ根尾燕無礼棲であるレーニャにもスパルにも、最終的にはなんとか勝っているのだ。総長だって関係ない。エリザはおい、と声をかけてくれるが、振り向いて頷いた。彼女はそれでも、目を落とした逡巡の末に銃を抜き、そこに飛来する光線が手元の銃を叩き落とす。
「やめとけよ。姐さんの機嫌が悪くなるだろ」
サイネの手にはペンライト。まだ食ってかかろうと銃口を向けたエリザには、さらに光線が降り注ぎ、さらに歩み寄ったサイネがその光の刃で切りつけた。エリザの腕に火傷の跡が残る。
しかしエリザの方に助けに入る暇はなかった。振り向いたその瞬間、翼が広がる音がして、視線を戻して、既に遅い。
「よそ見する暇あらへんよ?」
スワローテイルの頬を殴りつけたのはシルクウイングの翼だ。身構えようとしたのを無造作に振り払われ、体勢が崩れたところにまた翼の殴打。呻きつつも痛みを堪えて立ち上がろうと、しても背中を踏みつけられる。
「ぁぐ……っ!!」
手の届く先に、エリザの落とした拳銃。なんとか指を届かせ、どうにか振り向き、無我夢中で引き金に力を込める。しかし放たれた弾丸は、翼に遮られてあっさりと弾かれた。思わず唖然とし、それが隙になって胸ぐらを掴まれる。またしても翼がはためき、直撃した手から衝撃で銃が離れ、また床に落ちた。シルクウイングはその様を鼻で笑い、ぐいと顔を近づけてくる。
「なんて面してはりますの」
そのまま勢いをつけて離され、それを翼で殴りつけてくるシルクウイング。やられるままに叩きつけられ、息を吐き出した。立ち上がるしかない。この状況、再びマドとサイネが攻撃してくるなら今のメンバーでは勝機は薄い。だったら、スワローテイルが勝つしか。脚に力を込め、傍らに転がる金庫を頼りに立つ。そしてシルクウイングを狙いに、拳を握る。握るということは、蛹を纏うこともできる。己の腕に纏わせて、より硬く。
「はぁ……っ!!」
「なんやそれ。虫ッ子言うたけど、ほんまに虫らしいことしはるんやね」
渾身の拳は翼を間に挟むだけでふわりと受け止められた。そのまま押し返される。今度は掴まれたかと思うと、壁に叩きつけられる。歯を食いしばって耐えて、顔を覗きこまれたかと思うと、もう一度叩きつけられた。壁にヒビが入る。顔が、きっと真っ赤なんだろうと思うほど痛む。
「スワローテイル……っ!!」
「……大丈夫、大丈夫……だから!」
なんとかしなくちゃ。その一心で、足は地につけて、エリザに向かっては笑顔を見せた。それが気にくわなかったのか、シルクウイングは眉をひそめ、またしても顔を近づけてくる。
「……は。よぉ、似とるわ。その……にへらっとした笑い方も。なーんも知らんのに、知ったような口きくところも。髪の毛質も……瞳の輝きも」
シルクウイングの指がさらりと、スワローテイルの髪の間を通る。毛先を撫でる手つきは妙に優しい。先程までの攻勢からしたら、不気味なくらい。
「スワローテイル……
「さっきから……なんの話を……」
「な。あんたの母親。室田つばめやろ」
目を見開いた──なぜ、母の名を知っているのか。しかも彼女は、あげはを産んだその時に亡くなっていると聞いていた。ということは、6年以上前、彼女と親しかったのか。
「ね、ねえ、教えて……お母さんの、こと」
「……はぁ? なんで教えなあかん? 盗人の迷い羽虫に? 自分よりも弱い奴に?」
「ッ……ぁぐっ!?」
もう一度、顔を壁に叩きつけられる。もう壁の方もボロボロだ。口元を伝うのは鼻血か、口の端を切ったのか、わからない。鉄の味がした。やめろ、と叫ぶエリザの声がした。
「つばめ姐さんはな。うちらを捨てたんや。自分だけ勝手に巣ぅ作って、自分だけ勝手に型に収まって! したらいつの間に魔法少女なんてもんに手ぇ出して、勝手に野垂れ死んどった!!」
「……え、魔法少女? お母さんが……?」
驚く声を聞いて、シルクウイングは笑った。今度は手を離して、腹を抱えてまで、声に出して笑った。
「あは、あっはははは!! んなことも知らんと魔法少女しとったんか。なあ! 幸せもんやなぁ! あんたの父はなんも知らんか、なんも教えんかったんやな。ほなええわ、もっとおもろいこと思いついたわ」
シルクウイングから、スワローテイルの手に、わざわざ手渡される何か。それは──『鍵』だった。
「明日。この倉庫の裏口の先。そこで待っとるわ。普通のオークションには乗らんでええ。特別ご招待や」
「……!? な、なんで」
「あんたの欲しいもんと一緒に、待っとるで」
最後に話は終わりだと言わんばかりの蹴り。背中に突き刺さったその一撃のせいでよろめき、壁に寄りかかり、へたり込んだ。下半身に力がうまく入らない。だがここは敵の本拠地。そしてそれを最後に攻撃の気配をなくしたシルクウイング以外の魔法少女たちに、大人しく逃がしてくれるような気配はない。
「……もういいか? そいつ以外はいらないんだな?」
「ん……せやなあ。うちの勝ちやし、無事の保証は無いわな」
「あぁ。なら」
サイネはライトを点灯させ、過熱させていく。本気の目だ。その標的は真っ先に、散々押さえつけてきたエリザになってしまう。しかしサイネがそれをエリザに突きつけ、いざ攻撃が始まる時に、今度はマドの方がフラフラしていた。サイネがそれを受け止める。
「……なんだ? どうした」
「ごめぇん、なんか酔った? っぽくて〜……おしゃけ……きょうは飲んでないはず……二日酔いかなぁ〜……?」
「おい。お前、今魔法少女だろ! 何かが起きてるんじゃないのかよ」
「あれぇ! 確かに……なんで酔っ払って……?」
首を傾げたその答えは、すぐに訪れた。倉庫の壁をぶち破る派手な音。そして飛び込んでくるのは、金色に紫色。ドリル状に変化したマントで壁を抉りとったらしく、先頭のハステアーラは胸を張っていた。警戒心をむき出しに、キューティーラムが続いて現れる。彼女こそが、この酒気の正体だ。
「ごめんね! 遅くなっちゃって……これは……あれ、みんな敵?」
「みなサン、今日は逃げマショウ」
「なるほど、また明日! だね! 道を切り開くのは任せてくれたまえ!」
「……逃げてみろよ。逃げられるなら!」
「逃げましょうすぐ逃げましょう早く出なきゃまずいです」
構えるサイネにマド。エリザにマスカレイド、ついでにコルネリアの負傷者全員を一気にマントですくい上げてくれるハステアーラ。スワローテイルのことはラムが起こしてくれる。壁の穴からさっさと出ていこうとし、そんな中、スワローテイルはふとシルクウイングの方を見た。彼女は逃げゆく魔法少女たちに対し、追うのでもなく、興味のない様子で、こちらを眺めてばかりいた。
「ま。さっさと帰った方がええんちゃいますの?」
「……」
手を振るシルクウイングが、どこまでも遠い。彼女に手も足も出せなかった自分が、苦しかった。