魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
◇オトマドベル
「平気か」
「うん……ちょっと休んだら回復した! キュピーン! シャキーン!」
「おい変な効果音出すな、俺が切れるだろ」
「ファンサだよ」
「何のファンサだよ」
酩酊感は抜けた。あの援軍のどちらかの魔法だろう。そしてドリルに変化していた黄色のマントが固有魔法だとすれば、そうじゃない紫の方がこの感覚を齎している。魔法少女の体で酔うのは変な体験だった。実を言えばマド自身、酔わないからと変身しまままどんどん飲んでいた時期がある。ちなみにその時期を経て出した結論は、アルコールの味自体は別に好きではないということだった。真っ先に介抱してくれたサイネの腕の中から、もう少しいてもよかったが、迷惑にならないよう一応離れておく。ちゃんと立てた。
「なあ姐さん、追う気なかっただろ」
忍び込もうとした魔法少女たちが逃げていった後、姿が見えなくなり追撃のビームもやめた後、サイネはため息混じりに呟いた。シルクウイングは確かに、わざと逃がしたように見えた。
どうせ明日現れるだろう……ということか。それとも、逃がしたかったのか。マドだって、魔法を存分に使ってまで、ここで始末してやろうとしたのに。サイネもそうだ。手の内が知られたのは嫌だ。
シルクウイングの気まぐれにも困ったものだ。この間も、紹介された新人を『面白そうやね』と雇ったのに、結局追い出していたわけだし。
「ええやろ、オークションの間のうちらは暇やもん。楽しみがあった方がええ」
「いや……総長がオークション見ないつもりかよ」
「そのつもりやよ? ええやん、若頭がおるんやから。頼むで」
肩をぽんと叩かれるサイネ。またため息を吐いて、仕方ねえな、とひとこと。いつも付き合わされているサイネだけど、そこまで嫌ではなさそうなのは付き合いの長さ……とかだろうか。違うか。付き合いで言えばマドとサイネの方が長いまであるのでは。そもそもサイネは手がかかる相手の方が好きだ。見ていればわかる。それ以前に、他ならぬマドがそうだ。
「そういえば……」
マドはひとり、先程魔法少女が派手に壊した壁の、その向こうを眺めた。魔法少女の視力なら奥の奥まで見えるが、どうやら陽動を担当していた側はとにかくスパルの相手をしていたようだが。そのスパルはどうなったのか。連中がこっちまで来たということはつまり。
「い、痛たたた……くぅ、逃がさんぞ、魔法少女ども……」
と思いきや、ちょうどその穴から、よろめきながら現れる。鎧はボロボロ、顔は真っ赤、足取りは見るからに気絶寸前。今度はマドが支える側になって肩を貸した。やっぱりお酒の匂いがする。
「そいつらもういないよ、逃げちゃった」
「なんだと……どうすれば……っは!? さ、サイネ様にシルク様!? こ、これは」
「あっさり逃げられたな。あいつらが来なければまだやり合ってたかもだが」
「そ、それは……それは……」
サイネがその辺に転がっていた荷物へ適当に腰掛けながら呟いた言葉で、スパルは俯いていた。ダメージを見る限りかなり頑張ってくれてはいたらしい。ただ、このふたりが許してくれるかどうか。実質、スパルがあのふたりを
「ええよ。スパルはちゃんとやった。せやろ?」
「……! ぁ、あぁ、そうだ、吾輩はちゃんとしている……吾輩悪くないもん……!」
シルクウイングが特に機嫌を損ねている様子はなかった。つまり彼女らを逃がしても、予定の範囲内だということ。……鍵まで渡してしまって、本当にそれは大丈夫なのだろうか。シルクウイングの機嫌が大丈夫だとわかると、急にそっちの方が心配にもなってくる。
「逃がした分ってか、これ、片付けは要るだろ」
「つまり人手が必要やな。スパル? わかっとるな?」
「は、はっ! 今すぐに……! 兵隊どもよ、集まれい!」
容赦なくこき使われているものの、必要なことだから仕方ない。これはこれで、本人的にはよさそうだからいいか。呼び寄せられた兵隊に彼女のことを預け、マドはマドで深く息を吐く。
「オークションは予定通りの開催や。ふふ、楽しみやね」
シルクが笑う時は、だいたいろくなことじゃない気がしてならなかった。いや──そもそも、この街は腐っている。そこに何を集めたところで、現れるのは吹き出す瘴気くらいだ。
◇スワローテイル
「はぁ〜……! みんな無事でよかった〜!! お姉ちゃん本当に心配したんだからね!?」
拠点に戻るや否や、キューティーラムはとにかく、手当たり次第というレベルの勢いで、ひたすらハグを繰り返して無事を喜んでいた。帰ってこられたことが奇跡だよ、と話すハステアーラに、コルネリアもこくこく頷いている。
対してあんなにテンションが高かったはずのマスカレイドが、電源を切ったように椅子の上で項垂れたまま動いていない。さらに、奥では無造作に引っ張りだされた布団の上で、エリザが寝転がっている。エリザ自身の傷は深くないけれど、手で顔を覆っていた。
「ごめんなさい、みんなボロボロになってまで……」
「違う、だろ」
「え……?」
「だって一番ボロボロなのは……あんただって」
「あっ、そう、かな?」
言われてみれば。ずっとシルクウイングのターゲットになっていた自分が、一番攻撃を受けていたかも。激しく揺らされた頭がぼんやり痛むせいでわかってもいなかった。
「明日……乗るのか、その誘い」
「……」
手の中にある、裏城南の鍵をぐっと握った。頷く代わりだった。
「ワタシから断言するよ。罠だ。遊ばれている」
「でも……」
シルクウイングにはもう一度、会いたかった。つばめのことを知り、そしてきっと、つばめのことで泣き続けている彼女。なんとかできるのなら、してあげたかったけど。このままじゃあ勝てないのもわかっている。
母は、つばめは、彼女と何があったのだろう。つばめはどういう人だったのだろう。彼女が今この世界にいたのならば、あげはのことを見て、どう思うのだろう。
脳裏に浮かぶのは、家に飾られた写真の笑顔だけ。笑ったまま、母が答えてくれることはない。
「スワローテイルさん。今日はもう、解散しましょう。明日の作戦会議は明日に。というか、日付変わっちゃってますし」
「……あっ、本当、だ」
ということはもう誕生日だ。帰ったら、お父さんのプレゼントも待っている。昼間くらいはゆっくり休もう。夜には……シルクウイングと向き合わなくちゃいけないから。
「じゃあ、わたし、帰るね。また夜に!」
「傷、大丈夫デスか? もう少し休んでいかれた方が」
「送っていこうか?」
「大丈夫! 朝いなかったらお父さんに怒られちゃうし、ねっ」
今は裏城南から抜け出して、少しでも落ち着きたい気分だった。エリザが一番何か言おうとしていたけれど、何も言われないままだった。
店からふらり、外に出る。この闇の街は、いつも変わらない空模様だ。ここから抜け出して初めて、天気が変わる。路地に出ると、月は見えなかった。そんな空じゃあ飛ぶ気にもなれなくて、痛んだままじゃ飛べなくて、とぼとぼと歩いて帰る。静まり返った街の中、自分の足音しか聴こえない世界。いや、どこか遠くから、うるさく響くものがある。サイレン、だろうか。
冬の乾燥した風が吹きつける中、まだ脳裏からはつばめの写真と、シルクウイングの愛憎の表情が離れない。帰ったら、お父さんに聞くべきだ。お母さんは、どんな人だったの、って。
闇の街から暗い路地へ、暗い路地から、明るい方へ、灯りの点っている方に歩いた。歩いて──ふと、違和感を覚えた。確かに街灯はそれなりにあったけれど──。
「え……?」
パチパチ音を立てるひときわ大きな輝きに、集まる人々。スマホを向けている人もいる。その前には並んだ赤い、赤い消防車たち。闇の中にそれだけがはっきりと浮かぶ。あまりに現実から離れた光景。だって、それはおかしい、そこは、だって、帰り着くはずだった。
「──う、そ」
燃え盛るは見慣れた家屋。スワローテイルの、室田の家が、炎に包まれている。
その炎を前にして、くるくる回って踊る、少女の影。靡く長い髪、ふわり揺れるエプロンの裾、そしてその手に提げているのは──マッチの籠。
「ハッピーバースデー、トゥーユー……♪」
聞いたこともない綺麗な声で、上機嫌にその歌を、炎の前で歌う少女は、紛れもなく『友達』だったはずの