魔法少女育成計画Beyond the Bullet   作:皇緋那

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炎の中のハッピーバースデー

 どうしてアンナがそこにいるのか。ハステアーラの家で寝ていたんじゃなかったのか。このために、裏城南に来なかったのか。いや、もはやそれどころではなかった。考える前に飛び出す。

 まだ、お父さんが家の中にいるはずだ。消防士さんたちがどうにかしようとしているけれど、あの様子じゃまだ中に入れてはいない。魔法少女の姿を見られるのも厭わず、焼け落ちそうな壁を突き破って飛び込んだ。その先は炎の海で、転がり落ちた全身が熱い、翅なんてすごく熱かった。けれど下唇を噛んで我慢して、炎を掻き分けて探す。魔法少女の体なら、なんとかまだ平気なはずだ。

 

「お父さん! ねえ、お父さんっ! どこ!?」

 

 炎のせいで、これじゃあここがどの部屋なのかもわからない。翅を羽ばたかせたら消せないかと試してみても、うまくいかない。ただ物が燃えながら転がるだけだった。このままだとスワローテイルごと燃えてしまう。早く、早く見つけないと。急ぐその中で、炎を引き裂いて、あの影が家の中に入ってくる。

 

「……アンナ……!」

「ハッピーバースデートゥーユー♪」

 

 彼女はずっと歌っていた。喋れないはずの彼女が紡ぐただひとつのその声に、抱けるのは怒りだけだった。強く拳を握り、しかし構っている暇はなく、父の部屋に向かうため踏み出した。そんなスワローテイルの手を、わざわざ掴み、止めてくる。

 

「っ、何……! 構ってる暇、ないの! やめて!」

「ハッピーバースデートゥーユー♪」

「っ、なんで、なんで歌ってるの……」

「ハッピーバースデーハッピーバースデー♪」

「……やめて、なんなの、ねえ!!」

「ハッピーバースデートゥーユー♪」

 

 アンナから直接、スワローテイルの手の中に、何かを握らせてくる。それは紙切れだった。思わず放り捨てようとして、こちらを見つめるアンナの姿が目に入り、ポケットの中に突っ込んだ。

 

「今は! お父さんを助けなきゃ……ねえ、アンナちゃん、手伝って! ねえ!」

 

 アンナは首を傾げる。一刻を争うのだ。説明も説得も、そんな時間はない。やはりここは無視するしかなかった。

 燃え盛るここは、きっとリビングだ。炎の海の中に、わずかにテーブルと──母の写真が見えた。その写真が、棚が焼けたせいで転がり落ちる。その傍に、二階へと続く階段がある。そうだ、階段。母が教えてくれたのだろうか。火傷も厭わず階段を上り、部屋の方へ。するとその途中、倒れている姿を見つけ、すぐさま飛びつく。

 

「お父さん……っ!!」

 

 間違いない、お父さんだ。逃げようとして転び頭を打ったのか。息はあって、幸い炎の回っている場所ではなく、火傷も酷くない。これならきっと大丈夫だ。けれど安心してはいられない。すぐにでも外に出るため、スワローテイルは近くの壁を蹴破った。外の空気が舞い込んで、炎の勢いは増した、けれどこれで外には出られそうだ。彼を抱えあげて、飛び立とうとして、足を掴まれた。アンナだ。後ろをついてきたのだ。

 

「っ、やめ、やめてッ!!」

 

 いまだに歌いながらすがりついてくるアンナのことを、咄嗟に蹴りつけた。手が離れる。そうして炎の中から抜け出して、黒煙の中を飛んで、たくさんの人がいる場所を避けて着地した。お父さんは、まだ意識は朦朧としているらしかった。膝に寝かせて、何度も声をかける。やがて、薄らと目を開けた。

 

「……! お父さん! よかった、ねえ、何が」

「つばめ……」

「……お父さん? 違うよ、わたしだよ、あげは」

 

 返事がない。どうしよう。ゆっくり寝かせておくしかないのだろうか。いや、救急車に任せてしまった方がいい。また抱えて、今度は表の通りの方に飛び出していこうと考えた。

 

「ハッピーバースデートゥーユー♪」

 

 しかし歌が聴こえて振り返る。アンナだ。お父さんは物陰に隠して、立ち上がる。そうだ、自分は何を渡された。ポケットからあの紙切れを引っ張り出す。開くと、アンナの字で乱雑に、こう書かれていた。

 

『しあわせ?』

 

 言葉が出なかった。これは開かずに、炎の中に捨ててしまえばよかったんだ。抑えられない怒りが溢れて、思わず紙を握りつぶし、アンナに向かって、思いっきり投げつけた。頬にぶつかった塊は転がって、アンナは寂しそうな顔をした。

 

「ふざけないで……なんなの、これ、まさか、あなたが……!?」

 

 アンナは返答の代わりに、メモ帳をちぎり、紙を投げ渡した。ひとつではない、何枚も重なっている。まだほんの少しだけの、友達だったという記憶が、その文字だけは読もうとする。それがいけなかった。

 

『一緒にケーキを食べた日、後をつけてみたの』

『それから何度もあなたを覗いていたの』

『そしたら、しあわせそうに、歌を歌っていたから』

『わたしにくれたよりも大きなケーキに、炎が乗っていたから』

『しあわせでうらやましい』

『アンナにもそのしあわせちょうだい』

『おたんじょうびを、アンナにちょうだい』

 

 ──めちゃくちゃだった。意味がわからなかった。そして立ち尽くすスワローテイルに向かって、笑って、マッチを擦った。点る炎。紛れもなく、それが火種だった。

 

「アンナが、やったんだ」

 

 迷いなど一切なく、彼女は頷く。

 もう躊躇する理由はなかった。体を無理やりにでも動かして、アンナに向かって殴りかかった。襟を掴んで、頬を打ち付ける。生々しい感触とともに、歌が途切れた。

 

「……」

 

 寂しげな顔をするアンナ。歯をくいしばって、その頬をもう一度殴りつける。殴って、殴って、彼女が泣いていることに気がついて、それでも帰る場所を奪おうとしたことに変わりはなく、スワローテイルからの涙が彼女の顔に落ちた。

 

「友達だと……思ってた……のに」

 

 苦しみの中から吐き出した呟き。肩と拳から力が抜けた。その時だった。アンナの手が籠からマッチを引きずり出して、箱に擦ったのは。点る炎は小さく、しかし、それは魔法のマッチに違いなかった。それを見てしまったスワローテイルは──炎の向こうに、何かを見る。

 

「え──?」

 

 気がつけば周囲は暗い夜でも、炎の中でもなくて、いつもの家の中にいた。綺麗さっぱり焼けてなどいない、室田家だ。そしてそのテーブルの上には、見覚えのない、けれどどこか知っているような、三角帽子の魔女の姿。髪型も、見た目の年代も、スワローテイルとほとんど同じ。顔立ちも鏡のよう。けれど、こちらを見て笑った彼女の笑顔は、また別の既視感を抱かせた。

 

「……お母さん?」

 

 顔を合わせたことなんてないはずだったのに、それが母──つばめだと、当たり前のように受け入れられた。

 

「どうした、そんな顔して」

「いや……えっと、あれ、おかしいな……?」

 

 テーブルを挟んで向かいの席には、父も座り、新聞を広げている。平穏な家族の光景。いつもと変わらない、当たり前。そうだ、これが当たり前のことで、これまで見ていたものの方が、ただの悪い夢だったのだ。ようやく覚めることができたんだ。

 

「今日は大事な日だからな。ほら!」

 

 テーブルには切り分けられたバースデーケーキ。誰かが吹き消した六本の蝋燭に、てっぺんには真っ赤ないちご。そうだ。今日は、あげはの誕生日に他ならない。

 

「わぁ……あれ? これ、食べた……っけ?」

「プレゼントもあるぞ」

「あっ、やった!」

 

 どこからか響くハッピーバースデーの歌。一緒になって歌っていれば、ずっとこのままでいられる気がした。ずっと、ずうっとこのままで。

 

 いつの間にか手元にはメモ紙があった。端の焦げたそこには乱雑な文字で、短く書かれていた。

 

『しあわせ?』

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