魔法少女育成計画Beyond the Bullet   作:皇緋那

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祈りの言葉、祝福の歌

 ──幸せか、どうか。どうなんだろう。メモを眺めて、考える。目の前に美味しそうなケーキがあるというのに、どうしても気になって、フォークを握ろうとする手を止めて、顔を上げた。

 

「ねえ、お母さん、お父さん」

「どした?」

「なんだい、あげは」

 

 微笑みかけてくれる両親。暖かな部屋の中。美味しいケーキ、楽しみなプレゼント。何か、大切なものを忘れているような。何だったのか、どうしても思い出せそうにない。

 

「わたしって、幸せなのかな?」

 

 それを口に出した途端に、ふたりは顔を見合わせた。

 

「父さんは幸せだよ」

 

 父は新聞を置き、母の顔を見たまま答えた。対する母は、にへっと笑って、手を伸ばしてきた。その手は暖かい。焼けそうな、熱すぎるほどに。

 

「俺だって幸せもんさ。旦那とあげはが、元気に暮らしてるんだから。でも、幸せかどうかは、他人が決めることじゃない」

 

 ──引っ張られた。されるがままに立ち上がる。同じように、その細い指は、父の手も引っ張った。まだケーキはあるというのに、どうしてこうなるのかわからなかった。けれど、関係なく、彼女はぐいとふたりを引っ張って、扉に向かって背中を押した。どうして出ていかなければならないのか、ふらついて振り返りながら、呆然と考える。

 

「あげはを待ってる奴、いるんだろ?」

 

 それでも、だった。やっと会えたのに。やっと──? どうして会えなかった? そこにきっと理由がある、あげはが立ち止まっていてはあけない理由、ここにいてはいけない理由が。

 

「……だよな。まだ6歳だもんな。一緒にいたいに決まってるよな」

 

 がたん、と音を立てて、写真が落ちた。そんなところに、写真なんか飾ってあっただろうか。拾い上げようとして手を伸ばして、届かない。しかしその写真の中で笑うのは、その隣にいる魔法少女と同じ、母の姿。

 

「わたし、は」

 

 大切なことを忘れている。そうだ──やらなくちゃ、いけないことがある。手に入れなくちゃと魂が叫ぶもの。そして、出会ってしまった、助けたい人。

 

「いってらっしゃい」

「……いってきます」

 

 もう少し話したいこともあって、もっと一緒にいたくて、もっと知りたいこともある。だけど、今は──見ないふりをしなきゃいけない。この翅は、籠の中に飾るためにあるんじゃないから。

 

「つばめ……」

「お父さんも、行こう」

 

 扉を開く。風が吹きつける。その先はとても寒くて、だけど、暖かい場所に留まってもいられない。振り切って、駆け出した。スワローテイルは蝶だ。飛ばなくちゃいけない。

 

 

 ◇アンナ・シャルール

 

 幸せが何かを知りたかった。

 幸せというものが欲しかった。

 だから、気がついたら、火をつけていた。

 

 何度、このマッチを擦ってきたかわからない。この街に連れてこられる前も、連れてこられた後でも、何度も火をつけてきた。自分と同年代の子が、誕生日を特別な日として迎えて、当たり前のように祝われて、ろうそくの火を祝福とするその様がうらやましくて、何度も、何度も、燃やしてきた。踊る炎と一緒に踊れば、少しは幸せを分け与えられているような気分になれた。

 

 魔法少女アンナ・シャルールの本当の名前は幻燈河 灯(げんとうが あかり)という。こんな有り得ない苗字、調べればわかりそうなものだけれど、調べてもらえる誰かもいなかった。誰とも関わりを持たないように、こんな名字を勝手につけたのかもしれない。

 

 灯は物心がつく前に捨てられている。父の顔も母の顔も知らない。けれど、自分を置き去りにした誰かがいる。籠の中に、名前の書いたメモ帳と一緒に入れられて置いていかれた、ぼんやりとした光景。それが一番古い記憶だ。父も母も、ついでに言えば育った環境も、言葉を教えてはくれなかった。いつかの火災で喉がおかしくなったのか、それとも最初から自分の喉がおかしかったのか、9度目の誕生日が過ぎた今でも、喋ることすらうまくできない。ただひとつ、何度も炎を放っているうちに覚えたのが、祝福の歌だった。

 

「ハッピーバースデートゥーユー♪」

 

 掴みかかってきたスワローテイルを魔法にかけ、夢を見る彼女の下から抜け出して、見下ろした。先に魔法にかけてやった父親と一緒に、仲良く幻の中にいることだろう。アンナ自身もその魔法にかければ、同じ夢を見ることができるだろうか。けれど同じ夢じゃあ、意味がないか。アンナも、この家でやっていたみたいに、大きなケーキを切り分けて食べてみたかったのだから。

 友達だから、ことさらにうらやましかったのだ。

 

 メラメラと、家屋はまだ燃えている。あれが大きな、アンナから贈るろうそくだ。友達に殴られたのは悲しいけれど、アンナからの祝福の気持ちと、嫉妬の気持ちは変わらない。アンナは欲しがった。スワローテイルはくれなかった。それだけだ。

 

 次はどこに行けば、幸せを見つけられるだろう。アンナでも手に入れられる幸せは、どこかに落ちているだろうか。また、ろうそくを吹き消すその瞬間がいい。誕生日の歌を歌いながら、背を向けて、次の幸せを探しに行こうとした。

 

「……待っ、て」

 

 振り向く。少女は立っていた。アンナの炎を見たはずなのに。これまで、魔法少女といえども幻に囚われ、目を覚まさないままだった者もいたというのに。どうやって立ち上がったのか、喋れないアンナには咄嗟に聞くことはできない。慌ててメモ帳を引っ張り出そうとして、その間に、距離を詰められ殴られていた。

 

「……ねぇ。もう二度としないなら、今ので許すよ。謝るから」

「……」

 

 頬がずきずきと痛む。どこか折れたりしているかもしれない。アンナはうらやましかっただけなのに。なにもない者が、持つ者から貰おうとしたとして、それはなにか悪いことだったのだろうか。誰も教えてはくれなかった。

 傍らに転がったメモ帳を掴む。その中にある、『ごめんね』の書かれたページを少し見て──破り捨てた。違う。アンナは羨ましいだけだ。スワローテイルに殴られるのはおかしい。悪いのはスワローテイルだ。もう一枚ちぎり、くしゃくしゃに丸めて、そんな紙切れを相手に向かって投げつけた。彼女はアンナからの返答が、紙でしか返ってこないとわかっている。なら、読むために動きを止める。その間でいい。

 

 手に取ったのは魔法のマッチ。火をつけて、屈んだスワローテイルに向けて投げつけた。燃え移らずとも、目にすれば再び幻に落ちる。どうやって目覚めたのか知らないが、そう簡単に何度も振り切れるものじゃない。だからこれは、返事を待とうとしたスワローテイルの負け──。

 

「……?」

 

 しかし彼女は、掌を握り締め、その魔法を使っていた。火のついたマッチを見ることもなく、蛹の中に包み込んだ。蛹は内側から炙られるが、燃やす酸素を失った炎は消える。燃え尽きたマッチだけが蛹の中から溶け出て、落ちていた。

 

「また、私になにか見せようとしたんだ」

 

 魔法が止められた。それでもまだマッチはある。今すぐに動けばまだ、なんて希望を持って、籠から出そうとしたマッチの箱が、すぐさま蛹に覆われた。掴んだのは硬い虫の殻で、思わず投げ捨てる。手元から離れてから気がついた、これじゃあ反撃できそうにもない。

 

「これが答えでいい?」

 

 そしてスワローテイルに見せられた紙には──『何いってるかわかんない』と、何気なく書き記しただけの、軽口。そして彼女の表情が、既に冷えきっていることも、本能でわかってしまった。マッチは使わせてもらえない、幻に落としても起きてくる、ならもう逃げるしかない。すぐさま逃げようと足を前に出して、しかしその脚にまた蛹の魔法が使われる。理屈は知らない、虚空から現れた殻が、足を包み込んでしまう。そのせいでアンナは転んだ。

 

「……アンナちゃん」

 

 スワローテイルが近づいている。慌てて向き直り、制止に手を振った。メモ帳を慌てて拾う。ペンはどこか──炎の中に落としてきたのか。見当たらない。なら、よく使う言葉なら、既に書いてあるはずだと捲り、しかし『ごめんね』のページは、今さっき自分で破り捨てていたことを思い出した。

 

「燃やされた人の気持ちなんて、考えたこともなかったんでしょ」

 

 首を振る。嘘をつく。

 

「この街で起きてきた連続放火事件も、アンナちゃんなんでしょ」

 

 首を振る。嘘をつく。

 

「……友達だなんて、思ってなかったんでしょ」

 

 首を振る。それは嘘ではない。

 

「わたしはあなたを許せない。あなたがいたら……この街の人は安心できやしない。そんな人、友達なんかじゃない!」

 

 スワローテイルが拳を振り上げた。足は動かない、必死に後退っても逃げられない、スワローテイルは速い、殴り掛かる彼女の目には、怒りの炎だけが揺らめいている。言わなきゃ。ぱくぱくと、喉から言葉にならない声ばかりを出して、そのどれもが謝罪の言葉にはなってくれなかった。

 

「ごめんね」

 

 それは、アンナが言いたかった言葉だったのに。殴り飛ばされたアンナは、その衝撃で、全てを諦めた。

 

 そして吹き飛ばされ、抵抗もしないアンナを目の前に、スワローテイルは両手を胸元にやり、ゆっくりと閉じていく。アンナの体の周りに、殻が現れた。これまで一瞬で使っていた魔法とは違う、全身を包み込もうとしている。内側にびっしりと並ぶ棘は、彼女の怒りの発露だろうか。

 あぁ、きっとこの魔法で、アンナは終わりだ。ろうそくの火のように、吹き消されてしまう。嫌だった。もっと、もっとたくさん、幸せが欲しかった。幸せな子供に、炎を贈ってあげたかったのに。羨ましい。明日も生きていける誰かが、みんなが、羨ましい。

 

「ハッピーバースデー……ディア……スワローテイル……♪」

 

 声に出せるのはそれだけ。初めて人の名を呼ぶことができた喜びさえ、嫉妬と諦めの前には掻き消えて、ただ彼女が自分を殺すことを祝福する。

 

「ハッピーバースデートゥーユー……♪」

 

 蛹が閉じていく。棘が肉を突き破る。それがアンナの棺となった。

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