魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
退けない最前線
◇ダーティ・エリザ
オークション当日。開幕は夜からだ。既に裏城南には異質な空気が立ち込めていて、雰囲気が違う。マスカレイドの店の中、待機する魔法少女たちにも緊張が走っている。特に緊張していそうなのはラムだった。手のひらに羊を数えて飲み込む、という、なんだか半分寝そうな方法を繰り返している。
「あんまり気を張るなよ……」
「まあまあ。作戦を見直しておく、とかの方がいいんじゃないでしょうか」
親を心配させないため一度帰宅したスワローテイルと、同じく一旦帰宅、休憩してアンナを呼ぼうと考えたハステアーラだけが、この場から離れていた。時刻はまだ昼過ぎだ。時間だけならもう少しある。
「戻ったよ。すまないね」
「あれ。アンナちゃんは?」
「彼女の姿はなかった。怖くなってしまったかな」
逃げ出したのか。逃げ出しただけならいい。怖がるのは当然だ。エリザはいつだってそう思っている。怖気付いて、手を引くならそれでよかった。スワローテイルに対しても、ずっとそう思っている。
だけど彼女は現れる。確信があった。そしてその確信は、嫌な形で当たってしまった。
叩かれる店の扉。何の気なしに開くと同時に、体重を扉に預けていた少女が倒れ込んできて、目を丸くして受け止めた。スワローテイルだ。体はボロボロ。シルクウイングにやられた傷だけではない。体の各所に、火傷が残っている。痛々しい姿だった。
「なっ、ど、どうした!? おい!?」
「……なんでも、ない」
「なんでもないわけあるかよ!? 誰にやられた!?」
こんな怪我をするなんて、何があったのか。スワローテイルは肩で息を続けていて、足にもまともに力が入っているとは思えない。
「あはは……あのね」
絞り出したような声に、エリザは息を呑むことになる。
「帰る場所、なくなっちゃった」
その言葉のわけがわからなかった。室田家は、ふたりだけでも幸せに生きていこうとしていた家庭だった。噛み砕いてようやく、推測する頭が戻ってくる。親父さんと喧嘩したのか、いや、そんなことでこんなボロボロになるはずがない。まさか狙われたのか。誰にだ。根尾燕無礼棲の連中か。
「帰る家を燃やされたんだ。お父さんも、もう少し遅かったら……」
「わかった、わかった、休んでろ。夜も……動けそうならでいいから」
酷い火傷は、火事の中に飛び込んだせいだろうか。その言い方なら親父さんはきっと無事だ。勝手に安心しながら、目の前の彼女が安心出来る状態では無いことに歯ぎしりして、彼女を店奥のスペースに寝かせる。
「……そんなこと言って……エリザは、わたしに戦わせないようにするんでしょ」
「それは……」
「やだ。わたしも、戦う、から」
「その体じゃあ戦えないだろ、だったら少しくらい」
「誕生日だからって!!」
急に彼女が声を張り上げたことに驚き、息を飲んでなにも言えなくなった。
「……ねえ。エリザはさ。誰かを殺したことって、ある?」
スワローテイルの言っていることがわからない。彼女に何があった。
「い、いや、ない、って」
「わたしはあるよ」
この様子、その目はハッタリでもなんでもない本気の目だ。傷ついていなければできない目だった。彼女はただ火事に遭っただけじゃない。その末に、取り返しのつかないことをしている。敵か。いや──この場に現れず、行方のわからない魔法少女の存在が、脳内で繋がってしまう。彼女が持っていたものは、
「わたしね。殺したんだ。わたしが、アンナを」
「……は? あ、おい、待てって、アンナって」
「わたしがやったんだよ。この魔法で」
握った手に力が篭っている。どう声をかけていいのかわからなかった。アンナとは、友達になろうとしていた。お互いに幼い子供だ。エリザよりもずっと幼い。それなのに、そんなふたりが、火をつけて人を巻き込んで、殺しあって、その末にこんな傷を残す、なんて。
「後戻りできると、思う?」
誰かを手にかけたことがないエリザには、咄嗟に答えられない。
「……そう、かよ。っ、シルクウイングのこと、任せていいのか」
「うん。お母さんのことは、まだわかんないけど、あの人はわたしが」
言葉をそこで区切り、彼女は最後まで言わなかった。それはつまり再び罪を重ねる覚悟でもある。エリザだってそのつもりはあった、だがこれまでそうしろと迫られなかった。だからといって、彼女がそんな事態に陥るなんて、最悪に近かった。しかしシルクウイングのことになると、やはり鍵を渡されたスワローテイルに任せるほかない。シルクウイングだけで来たとして、あの翼をぶち抜く手段は、まだエリザには見えていなかったが。
「えーと、すみません、全員揃ったので……作戦の確認と準備をしましょう。目標は、根尾燕無礼棲の……」
「……撃破だ」
目的らしい目的は伝えてこなかった。スワローテイルが求めるのは魔法の箒だが、それだけが理由じゃない。エリザがオークションに目をつけたのは、例の武器の流通を追ってのことだった。だから、エリザの敵は根尾燕無礼棲だ。
「スワローテイルがシルクウイングを。あたしが彩音燐音を撃つ。あんたらはそれまでの間、オークションに潜入して、時間稼ぎと情報収集を頼む」
「えっ、あの、それってふたりともボスなんじゃ?」
「ボスだよ。だからやるんだ」
スワローテイルがここまで覚悟を決めている。エリザだって決めないといけない。
「……あ。ごめんなさい、その、お姉さんは広報部門だから、会場はさすがに駄目かも」
「顔が知られてるから潜入には向かないね。前回参加者のワタシも避けた方がいい……それにあの場所はちょっと」
「ちょっと?」
「顔を合わせたくない相手がいてね」
と、なると、ラムとハステアーラには会場の外でのサポートを頼むことになる。むしろ会場の外の方が、オークションの時を狙って現れる同業、あるいはより精強にされた警備といった想定外に出会すかもしれない。内側の魔法少女たちが集中するためにも、実力者に任せた方がいいポジションだ。事情を汲んだうえで、自然とそうなる。
「では潜入は、残ったワタシとアナタなわけデスが。どうやって潜入するんデス?」
「やだなあ。マスカレイドさんに厳選してもらって、あったじゃないですか、おあつらえ向きのやつが」
「あぁ、リボン型変装キットのことデスか? でも誰に変装を?」
「いるじゃないですか。オークションに参加予定だった人」
押し入れを開けるコルネリア。押し入れにはまだガーデン・ガーターが突っ込まれており、彼女はもうそれが当たり前のように居眠りをこいていた。そんな彼女を引っ張り出すと、コルネリアは思いっきりコスチュームに手をかける。
「……はっ!? な、何何なんだ!? やめろ、脱がすな! やめろー!?」
「ちょ!? 何をしてるんだい!?」
「コスチュームを借りるんです」
「なるホド。それならすっと潜入できそうデス! ではこちら、変装キットはお渡ししておきマス」
「あ、変装するのは私じゃありませんよ?」
剥ぎ取りを続行しつつ、コルネリアはさらっと言い放つ。だったら誰になるか、消去法で決定済みだった。
「エ……」
「私よりも明らかに体型が近いじゃないですか。ほら、私が来たらぶっかぶかですよ。マスカレイドさんなら若干ピチピチかもですが」
「待ってくだサイ」
「着替えなら手伝いますよ」
「ワタシそういうのやってないんで、あの、サービスシーンとかないんで、ちょ、あっ! やめっ! 無理デス! 無理デス!!」
マスカレイド44的には無理だったようだ。最後のセーフラインである仮面だけはなんとか死守して、いつものコスチュームからガーターのものであるそれに着替えた彼女は、ついでに茨の盾を背負い、首元に先程取り出していた魔法のアイテムらしいリボンを装着した。なんでも、起動すると変装していることがバレにくくなるんだとか。
「私はガーターさんの付き添いということにしましょう。これで潜入です!」
露出自体はそんなに変わらないはずなのに、ネグリジェ風の衣装がインナースーツよりも恥ずかしいらしい。下着っぽいのがよくないのだろうか。ただ、変装先がガーターベルトの魔法少女だから仕方がない。……仕方ないで済ませていいのだろうか。