魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
◇ダーティ・エリザ
スパル・トイの目が逸れ、黒服たちの注意もコルネリアらに向いているうちに、警備の隙間から潜り込むことに成功した。やり口は簡単、天井裏と排気口を利用しただけだ。まさに映画の中のスパイのように、這ってでも侵入してみせた。これならスレンダーなコルネリアか小柄なスワローテイルの方が向いていたかもしれない。だが、これはエリザがやらなくちゃいけないことだった。
上階の警備は薄い。人間の感覚で言えば、上からの侵入者なんてまずいないだろうから。それにアイテムの保管はここでは行われていないらしく、使っているのか使っていないのか不明瞭な部屋ばかり。ほとんどは控え室か、ホールを見下ろすためのVIPルームのようなもの。そしてホールで行われるオークションの様子を見ていたい者の最有力候補といば、もちろん主催組織のリーダーだ。そして別の用事がある総長を除けば、必然的にこの階に彼女がいる。
魔法少女の視力なら窓の僅かな隙間から偵察できる。いくつも部屋を回る中、ひときわ豪華、まるで私室として過ごすために作られたかのような部屋と、その中に人影を見つける。
「……ここ、か」
呼吸を整え、早くなる鼓動を抑えて、扉に手をかける。否、目当てはドアノブ。そしてそのドアノブを、ショットガンへと変化させると同時にスライドを動かし、扉をぶち抜いた。破砕された木片と金属片が飛び散り、熱と硝煙の匂いを肌に浴び、その向こうにソファへ腰掛け煙草を燻らせる少女の姿を認識する。
彩音燐音。エリザにとって、彼女が宿敵であることはわかっている。彼女自身には身に覚えのないことだろう。抱いているこれは、逆恨みに近い感情と、正義感に近い感情が、混ざりあった結果の心模様だ。
ソファ越しの後頭部だけを見せ続ける彼女の部屋の中へ、踏み込む。その瞬間、直感が叫び、咄嗟に飛び退いた。今の今までエリザが立っていた場所が、次の瞬間には光の塊が叩きつけられることによって焼き焦がされていた。立っていたらいくら魔法少女でも完全に消し飛んでいただろう。それほどのものを仕掛けてまでおくとは。
「……ずいぶんな歓待だな。あたしが逸ってトリガー引くとこから始めるとは思わなかったのか?」
「そいつはただの挨拶だよ。無礼者へのな」
「彩音燐音……!!」
振り向き、ゆっくりと立ち上がる魔法少女。ネオンサインがピカピカ輝くコスチュームをまとい、アイドルめいた可愛らしい顔立ちで吐き捨て、そして手にした不釣り合いな煙草を灰皿に擦り付けて火を消して、エリザと対峙する。
「本当にここまで来てくれるとはな。罠があるに決まってるだろ、そのくらい恨みを買ってるらしい」
「こんな稼業してんだ、心当たりならいくらでもあるだろ」
「あぁ、あるね。だがあんたのは根尾燕無礼棲でもない。その面を見りゃわかる」
彩音燐音は部屋の片隅にあるトランクケースを持ち出し、開いた。そこから取り出されるのは──拳銃だ。ただの拳銃、なわけがない。あれには魔法がかかっている。そして、それがエリザの最も嫌うものであるということは、表面の刻印が示していた。
「コイツは根尾燕無礼棲が始めたシノギじゃあねえ。俺らが魔法少女になるよりも前だ」
「知ってる。鉄輪会だろ」
「随分と嗅ぎ回ってくれてるらしいな」
そりゃそうだ。この裏城南に辿り着くまで、どれだけ駆けずり回ったことか。撃ち合ったのも一度や二度じゃない。魔法少女じゃない連中とも撃ち合いになった。その末にやっと掴んだ足取りだった。N市から姿を消した極道、鉄輪会。その意志を次ぐのが根尾燕無礼棲なら、エリザにとって根尾燕無礼棲も当然敵になる。
「何のつもりだ。何もんだ? あんた」
呼吸を整えた。
「あたしはダーティ・エリザ。カラミティ・メアリの娘! その武器を持つ連中は全員……あたしが脳天ぶち抜いてやる」
ショットガンを片手で構え、銃口を突きつける。彩音燐音は一切怯まない。むしろ、腹を抱えて笑った。
「っはははは! なるほどなぁ、メアリの! ……んなこと、俺が知るか、ッてンだ」
そして直後、彼女は腰に提げたペンライトを引き継ぎ、うち1本を発光させ、短剣のように真っ直ぐ投げつけてくる。対するエリザも迎撃の銃弾で相殺してやろうとして、既に始まっている。
「なッ──」
「おいおいどうした!? オークション始まっちまうぞ!!」
一気に詰められる距離、そして切り飛ばされたショットガンの銃身。
両手にペンライト、光と熱を宿し刀身としたその魔法のアイテムは、下手な武器などより彼女の手の中で強力な武器となる。エリザが放ったはずの弾丸を切り裂いたのがその何よりの証拠。残ったショットガンを暴発させ、爆発の発火と衝撃を囮に、再度握り締め武器を変化させる。エリザが選んだのは大振りの鉈。輝きを放つペンライトを受け止め、擦れる音を立てて鍔迫り合い。隙を見ては、互いに必殺を狙い、何度も振り下ろし、受け止められながら止めていた。
「ダーティ・エリザを! 煩わせるなッ!」
「餓鬼は黙って棚に並んどけ!!」
オークション会場の上階、誰も知らぬ場所で、その火蓋は切って落とされている。
◇スワローテイル
他の全部をみんなに任せ、向かった先は誘われた倉庫の先。招待状代わりの鍵を使い、中へと入り込む。ここまで、人の気配はなかった。賑わっていたオークション会場とは対照的で、どこか世界に取り残されたよう。自分の足音を聴きながら、不思議な品々が転がされた倉庫を歩く。その先に、ひとつ、一番星みたいに照らす明かりがあって、その下に飾られているものがある。
「これ……が」
どきり、心臓が震えた。これに違いない。魔法の箒。スワローテイルが手にしなければならないと、腹の底が焦がれていた存在。駆け寄って手を伸ばし、その傍らにいた影がくすりと笑い、初めてその存在を認識する。
「待ちくたびれたわ」
照明を反射して、その構造色の極彩がキラキラと輝いて見える。それは翼と着物だけでなく、瞳もそうだった。彼女はこの倉庫の奥に飾られた魔法の箒を、見上げて、瞳に光を宿す。憧れに焦がれる、少女なのだ。
「こいつは間違いない、つばめの姐さんの愛車や。どのルートで手に入れたのかは知らん……けど、あの日のN市で焼けたと思うとったもんが、あの人の遺した数少ない証が、確かにここにある。うちにはそれでええ。このケースに擦り付いとる間はな、うちはずうっと、姐さんと一緒にいられるんや」
捨てられたと、恨めしそうに言っていたくせに、なんだ、やはり、彼女も室田つばめが大好きで仕方ない。離れられないからこそ、根尾燕無礼棲が生まれ、そしてこうしてスワローテイルをここまで誘い込んだ。
「本物を目の前にして……どうや? どう思った? あんた、姐さんの
「……
「……空がえぇ、と。ほんまに……知ったような口を吐きなさる」
極彩の翼が殴りつけようと動き、その軌道から身を翻して外れる。体のコンディションは完全なわけじゃない。だけど、負けられない理由と、覚悟は持ち込んでいる。
「渡さないから」
「渡さないわ」
互いにその鮮やかなる羽を広げ、魔法少女たちは同時に床を蹴った。