魔法少女育成計画Beyond the Bullet   作:皇緋那

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ふらふら笑ってもう帰らない

 ◇スワローテイル

 

 ふたつの影が空を舞う。極彩の翼が風を切り、襲い来るのを速度を上げて躱す。箒は己の翅ではないが、体の一部のように従ってくれる。はじめから、ずっと乗りこなしてきたかのようだ。スワローテイル自身だって、触れたばかりなのに使い方の全部がわかる。

 ブースターが火を噴き加速、シルクウイングの翼の一撃を躱して、飛来する彼女を迎え撃つ。拳に蛹を纏わせ、振りかぶり、翼に弾かれ、箒を掴み操作してから離し、己の翅で飛びもう一度仕掛ける。拳を一度、二度と避けられ、翼に防御されるが、反撃が来るタイミングで箒が戻ってきて、それを掴んだスワローテイルは一気に距離を離し、遠方から手を握り込んで蛹を展開、これもまた弾かれつつ、シルクウイングから体勢を整える時間を奪う。

 彼女の武器は翼だ。いくら無敵の翼が魔法だからって、二枚の翼だけで飛び回りながら戦い続けるのは難しい。ただ、その難しい芸当を、強引に押し通してくる相手であることも間違いなかった。

 

「当たり前みたいに乗りこなして! ずいぶんとお上手やなぁ!」

「お母さんとどっちが上手かな!」

「姐さんに決まっとるやろうが!!」

 

 組み付き振り払われ、逃げるシルクウイングを追う。純粋な速度ならばラピッドスワローの方が上、シルクウイングの飛行そのものの速度には追いつける。高度を変えて撹乱しつつ、複数の方向から攻撃を仕掛け続ける。いつか対処しきれなくなるまで、愚直にでも。

 

「一つ覚えが!!」

 

 真っ直ぐの軌道は読み切られている。そして箒による奇襲も警戒されている。両翼の動きを止めてまで、対応してくるシルクウイング。

 だがそこへ、突如飛来する弾丸。うちひとつはスワローテイルの肩を掠め、切り傷ができる。間違いない、()()()()()()()()だった。それはシルクウイングの脚も貫いてみせる。血が飛び散り、痛みに顰めた眉は怒りに変わる。

 

「ッ、く──あの女ァ……!」

 

 今のは間違いない、オトマドベルの放つ効果音だ。地上から彼女も狙っている。乱射される短い効果音たちの連続に、シルクウイングは翼で対処、スワローテイルもまた箒を操り躱して、飛び回る。

 

「──河岸(カシ)、変えよか」

 

 一転、突っ込んでくるシルクウイング。蛹を纏わせた腕で防ぎ、その上で押され、一気に後退させられる。向かう先は壁、ではなく道の向こうで、押し込まれた先で周囲の景色ががらりと変わった。裏城南の外、本来のN市に弾き出されたのだ。

 

 既に夜は深くなりつつあり、人の気配はない。星空の下で、ふたり、極彩の鳥と極彩の蝶が踊る。肉眼では捉えきれぬスピードで、互いに殴り、殴られ、躱し、躱され、ぶつかり続ける。

 翼の衝撃は凄まじく、体の痛みは増していく。けれどシルクウイングの体にも、少しずつ衝撃が伝わってきているはず。とにかく相手よりも速く。突き刺すように。人も、鳥も、車も、星の瞬きさえも抜き去って、慣れ親しんだ街の空をゆく。どこまでも、速く、速く。

 

「まだいけるやろ!? なぁ!!」

「言われなくても!!」

 

 夜風に出迎えられて、それが星なのか街並みなのかわからぬほどに速く、流れる景色にほんの少しだけ目を向けて、ふたりの魔法少女がゆく。思えば──ここは、両親が生まれ育った地だ。自分の目で見たことはないのに、どこか懐かしい。ラピッドスワローのエンジンも、懐かしさに哭いているかのよう。

 

「次は! あの山を越えた先や……!」

 

 スピードを上げる。風を浴びる。空気が変わっていくのがわかる。箒に跨ったまま、彼女を追いかけて、むしろ追い抜く勢いで、箒を飛ばす。住宅街と裏山の空気は違っていて、それが肌でわかる。ぐっと高度をあげて、シルクウイングが目に入った。彼女は笑っていた。意地の悪い笑みではなくて、この夜を、この風を楽しんでいるのだ。

 

 きっと、それは『室田つばめ』に見せていた顔だった。

 

「……よし! 俺が一番乗りだぁ!」

「はっ、負けへんで……!!」

 

 互いに競い合って、全速力を追求する。姿勢を低くして流線型を意識。シルクウイングも翼を窄め降下の勢いを利用して一気に加速した。邪魔な木々はソニックブームで薙ぎ倒して、音を置き去りに、山の円形に沿って急旋回して、コースを変える。シルクウイングもスワローテイルも、何も言わずともわかりきっていた。あの先には中宿がある。スワローテイルが生まれ育ったのは中宿だ。そして、つばめと彼女が走り続けたのも、中宿に違いない。そんな見慣れた景色を置き去りにするかのごとき超スピードで、ラピッドスワローは唸りをあげていた。

 

「──あ」

 

 ふと見上げた景色の向こう。背中に刺繍の施された特攻服を激しく靡かせて、その先を翔ぶ誰かの姿が、見えたような気がして。スワローテイルは、思わず手を伸ばす。

 

 幻はやがて、月明かりに掻き消えた。辺りを見回しても、いるのは傍らを飛ぶシルクウイングだけ。彼女もまた、手を伸ばそうとして、つい減速して、彼女に気をとられたスワローテイルごと木々に突っ込んで、大量の枝を浴びながら急停止、山奥に転がった。

 

「……はぁ。こんなん……いつぶりや。姐さんがいなくなってから……やから……」

「……私が生まれたのは、6年前だよ」

「そんな、かぁ。早いなぁ。なーんも変われてへん。うちは……うちのまま、置いてかれて泣きべそかいてるだけの、みっともないガキのままや」

「ずっと探していたことは、きっと悪いことじゃないよ」

「……まあ、なあ。悪くは……あらへんわ」

 

 わざわざ背中だけを見せるように転がり向きを変えたシルクウイング。そうこぼす彼女の表情は、わからない。

 

「なあ。うちと来てくれ、言うたら、どないする?」

「……え?」

「……なんでもあらへんよ。ただの独り言や」

「えっと、その」

 

 言葉を整理しようとした。シルクウイングは悪い人だ。裏城南、そして根尾燕無礼棲という悪の巣窟の、総長だ。やってきたことは手放しで許されることじゃない。それらを全て知るスワローテイルには、すぐには答えられない。言葉を選んで、荒いけれど深い呼吸をする。

 

「もっと、やり方を変えてくれるなら、そういう道だってあると……思う」

「……いい子ちゃんやな」

「ありがと」

「褒めてへんわ……」

 

 そんな彼女に向かって、スワローテイルはまだ衝撃が残り痺れる体で、強引に起き上がって、駆け寄った。そして手を伸ばす。シルクウイングは振り返ってはくれない。ただ視線だけで、睨みつけてくる。

 

「お姉さんは、飛ぶのが好きなだけなんでしょ。(わたし)と一緒だよ。走ってる間は、皆同じなんだから。

 ねえ。(わたし)と来て、って言ったら、お姉さんはどうするの?」

 

 あえて聞き返す。その言葉を返されるとは思っていなかったらしい彼女は目を見開いて、思わず声を上げて笑っていた。

 

「ずうっと同じ目や。母娘(おやこ)やからって、そないなそっくりやなんて」

「やっぱりそうなの? お母さんなら、こうしてると思った」

「ほんまに……あんたらは……」

 

 シルクウイングが手を伸ばす。彼女の手を取り、助け起こそうとする。起き上がって、並び立って。シルクウイングが失ったあの日々も、きっと取り戻せるんだと。

 

 けれどそんな彼女の手の甲に、ぼんやりと浮かび上がる何かの紋様が、ひどく目立っていた。

 刺青、だろうか? いや、こんな紋様、さっきまではなかったはずなのに。彼女自身もそれに気がつくと、なんや、これ、と呟いた。赤黒い紋様は、唇の痕のようにも、嘲笑う悪魔のようにも見えた。

 

「──ッ!!」

 

 不意にスワローテイルの手が振りほどかれる。シルクウイングが突き飛ばしてきたのだ。一体何が起きたのか理解できないまま、彼女が自ら、懐から小刀を抜き、それを己の胸元に突き刺すのが見えた。

 

「え……?」

「こ、んの……誰や、誰の……ッ、あいつ、か……ッ!!」

 

 吠えるシルクウイング。真っ赤な血が飛沫をあげ、彼女の翼を濡らす。口元からも血を吐いている。どういうことだ。だって、さっきまで、シルクウイングとは、手を取り合えるように。

 

「……っはぁ……ツケ、回ってきたんやね……ま、ええわ……姐さんの(アイボウ)が、あんたを気に入ったんやったら……ええわ」

「ま、待って、なんで、なんで」

「相手の見当は……なんとなく、つくわ。ウチら根尾燕無礼棲も、いらんくなった……っちゅうことやろ」

 

 よろめいた彼女を受け止める。できるかわからないがとにかく血を止めたい、できることはしなきゃ、なんて無我夢中で、ぐっと蛹に包み無理やりにでも修復しようとして、翼で払われた。シルクウイングに拒絶、されていた。

 

「うちは終わりで……えぇよ。でもなぁ……あんたがここに、連れてこられた理由……姐さんだけやない」

「え……?」

「ええか……『仮面の女』……アイツは間違いなく、あんたを狙っとる……」

「仮面……?」

 

 仮面? 言われて思い浮かぶ顔はいくつもある。だけど、続く言葉に

 

「あんたを……魔法少女にした……ソイツが、全部企んどる」

「えっ? あ、えっと、あの人……確かに、仮面で顔を……!」

「……は。やっぱりか。あぁ、気分悪いわぁ……全部、他人の手のひらの上やったんやから」

 

 体温が抜けていく。強く手を握っても止まらない。だって、胸元の大きなこの傷から、血が止まろうとしていないんだから。

 

「……なあ」

「っ、な、何」

「名前……教えてや。室田さん家の、お嬢さん、だけじゃあ、味気、ないわ」

「……室田あげは。私の、名前」

「あげは……そ、か。あげは……姐さんに会えたみたいで……うちは……」

 

 弱々しく伸ばされた手を最期に、スワローテイルの頬に届くことも無く、彼女の体から力が抜けた。もう動かない。やがて変身が解けた。遺されたのは魔法少女でもない、胸に大きな傷を負い、特攻服を血に汚した女性だけ。

 

「……温かかった、のに」

 

 取り合おうとしてくれたはずだったのに。

 きっと手にかけることになると覚悟していたはずだったのに。

 いざ目の前にすると、重くのしかかってくる。

 

「わたし……何も出来てないや」

 

 帰る場所は炎に消え、友情もまた燃えて散った。共に並べるはずだった翼も、血に塗れ折れてしまった。

 目に飛び込んでくるのは、絹子の手の甲で嘲笑う悪魔の紋様。そしてあの言葉、『仮面の女』。

 

 スワローテイルは己の胸元で、ぐっと強く、冷たくなった女の手を握る。

 本当の敵はどこかにいる。

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