魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
◇コルネリア
ここ数年、魔法の国は混乱に見舞われている。人事部門内で起きた試験官による連続殺人及び隠蔽事件を始め、IT部門長の逮捕・収監、反乱軍による監獄襲撃、外交部門エースの事故死、さらに現身の失踪、からの魔法少女学級の襲撃と人死にの多発。枚挙に暇がない。
特に魔法少女部門について、これまで以上に人材の不足が目立っている。人材育成関係は特にそうだ。一番のスペシャリストにして辣腕のベテランがどこか行方不明になり、ほどなくして辞職したらしいと言われ出して以来、同じ人事部門所属で別部署にいたはずのコルネリアもそちらに回された。新人教育の担当は、どう考えても自分に向かない。できないとは言わないが、向いているはずもない。『境目を曖昧にする』という魔法は、自分でも使い道がよくわからず、もっぱらやるのは事務仕事。ほぼ人間社会のOLだ。
そんなコルネリアの手元に、今回降りてきた案件は、まさかの主任を通さず、部門長からの直接の仕事だった。その差出人を見た時はあまりにも仰天したが、内容はとある新人の担当がコルネリアになったというもので、少し安心した。それから、部門長直々に来るということは、①相当な問題児、②経歴に事情を抱えた人物、③超VIP、という3択にまで頭の中で絞り、時間差で頭を抱え直した。それから送られてきたアドレスに、当たり障りのない挨拶をして、丁寧な文章が帰ってきたことで、少しだけ不安を弱めた。少なくとも、MINEでの挨拶はできる子だ。日程は明日でもいいと聞いて、呼吸と覚悟を整えていた。
そして今日。魔法少女の間では曰く付きの地であるN市にて、一度下見に赴こうとした。現状のN市は、担当の魔法少女が軒並み、特定の派閥の上層部入りしてしまったせいで、いわゆる通常業務はほぼ停止状態だ。そういう空白地区自体は探せばいくらでもあるものの、問題はこの都市が前述の通り曰く付きであること。森の音楽家クラムベリーが最後の試験を行い、そして自らもその激しさの中で命を落としたのだ。人事部門の平魔法少女としては、まったく近寄りたくない地域ではあった。しかもその中でも、ヤクザ絡みで色々あったらしい城南地区。
反社会勢力でないことを追加で祈り──祈ったその結果が、今これである。別の反社会勢力に見つかり、本当に死ぬかと思った。なんとか生き残って、名刺を渡すところまで行った。
「コルネリアさん……はい! よろしくお願いします!」
スワローテイルは素直で助かった。本当に、助かった。
一方、助けてくれた魔法少女は2人いた。そんな話は聞いていない。そもそもここは空白地帯のはずなのに、魔法少女がもう既に2人も出てきている。ということは新人ではないはず。
「え、えっと、そちらは……?」
スワローテイルに聞いているというていで、隣にいたセクシーな方にはそっと視線だけをやる。思わず息を吸い込んで、半歩追加で距離を置いた。
「こちらはダーティ・エリザさん。先日、危ないところを助けてもらって、それから色々教えていただいている先輩魔法少女さんです!」
「……ども」
名前がダーティ、の時点で大分関わりたくない。大方有名な洋画が由来で、だとしたら汚れ仕事でもなんでもやるという意味だ。距離は取って正解だったかもしれない。
「あ、そうでしたか……その、名刺……」
「はい、どうも」
軽い会釈と共に受け取るエリザ。眺める眉間には皺が寄る。それは助けてよかったという顔なのか、とてもそうは見えない。
「さっさと避難した方がいい。兵隊が来る」
そう言って連れていかれたのは近くにあった、看板もない建物。店主らしき仮面の魔法少女がすぐに出迎えてくれ、中に避難する。
「いろいろあったみたいデスね。ご無事デスか?」
「全員無事。コルネリアさんも無事」
「その節は本当にありがとうございました」
「どうしてあんなことになったんですか?」
「何もしていないはずなんですが……」
魔法少女業界はどこもそうである。力を持つ者はよく力に溺れるし、力を持たない者、即ち戦えない魔法少女の肩身はたいてい狭い。
「レーニャさん、何者なんでしょう」
「あたしからも聞いとかないと。なんで名前出てきたんです?」
それは聞かれると思っていた。人事部門のデータベースがあるんですよ、と答える。この地域には担当魔法少女がいないと言えども、人事部門では手を回していないこともない。レーニャの情報も、運良くあったというわけだ。
「なら、
知らない単語が出てきて、コルネリアは首を傾げつつ、魔法の端末を調べる。現状、コルネリアがアクセスできる範囲には情報はなさそうだった。そのことを伝え画面を見せると、エリザはがっくりした。
「その、ネオエンブレス……って?」
「この裏城南の運営者、元締めのグループデスね。前身はこの区域をシマにしていた暴力団デス」
「件のオークションもそいつらが主催で、関係者しか入れない。招待客ってわけだ。あたしらはそこに紛れ込むか、忍び込むか、基本的には2択。3択目があるとしたら、殴り込むか、かな」
そして、コルネリアは完全に身内として扱われ、普通に店の奥の部屋で作戦会議が始まってしまった。スワローテイルには何を説明する暇もない。とにかくそのオークションと、この裏城南のことが優先らしい。最悪だ。せめて危険なことは新人教育くらい終わらせてからやってほしい。そうでないと、コルネリアがここに来る羽目になる。現になっているのだ。
「まずはこの裏城南のこと、ひいては
いきなり鳴り響くメロディ。コルネリアの端末からだった。コルネリア自身が一番驚いて飛び跳ねつつ、慌てて端末を引っ張り出した。着信だ。
『やはり、巻き込まれたようだね』
「やはりって……」
『彼女らに協力してあげてもらえるかな。スワローテイルは我々にとっても大事な人材になる』
「えっ、えっえっ」
『情報を送ろう。役立ててくれ』
そして同時にメール。一方的にこんな連絡を寄越すだけ寄越してくる悪質な部門長にも震えるが、送られてきたのも、まさかの人事から監査部門に送る系の資料であった。
「……あ、あのぅ」
「今の電話、どなただったんですか?」
「それがうちの部門長で……あの、こちら、どうぞ」
送られてきたのは裏城南の関連資料だ。魔法少女犯罪に関する資料でもある。監査部門側でも捜査が進められているらしく、それなりに詳しいようだ。
「放火に殺人、行方不明……こりゃ治安最悪だ」
「こんな場所がある時点で最悪デスが」
「……許せない」
スワローテイルが静かに、そう呟いたことで、ダーティ・エリザがこちらを向いて、顔を合わせることになった。危険に飛び込もうとする新人を止めなくていいのか、という顔だ。あなたがいるなら大丈夫なんじゃないですか、そう吐き捨てそうになるのを頭の中だけで留め、愛想笑いをした。エリザには無視された。
「まずは目立つ悪者、ここの支配者も嫌いそうな相手をとっ捕まえる。そうすりゃ少しは近づけるんじゃないか。悪もいなくなるしな。レーニャみたいな、根尾燕無礼棲っぽい連中も含めて」
そんな仕事監査に任せておけばいいのに。なんて言えるわけもない。部門長も助けてくれないことがわかった以上、コルネリアも髪をわしゃわしゃ掻き、自棄になることにした。
「あぁもう! わかりました、資料は私がまとめておきます! 皆さんも情報を集めてください!」
どうしてこうなるのか。コルネリアにはわからない、わかりようもない。ただわかるのは、この街で放火やら殺人やらが起きているその事実だけであった。