魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
◇ダーティ・エリザ
「っ、く、はぁ……はぁ……っ!!」
これで何度目か。どれだけ時間が経ったことか。夢の中であってさえ足腰が立たなくなるまで向かっていって、しかし攻撃は何も無い所から出てきた武器に防がれ続けて、やがて体力を使い果たし、雲の上に大の字に転がって、荒い呼吸に紛れてため息を吐いた。
催夢に受けた魔法、そうして連れてこられたこの世界で、エリザはカラミティ・メアリの幻影に遮られている。
「もうちょっと休んだら〜?」
夢の主だというパジャマの魔法少女、ねむりんはそう声をかけてくれる。それじゃあ駄目だった。エリザは夢に囚われている。それを晴らすには、きっと
「綺麗なカラミティ・メアリ、なんだか張り切ってるねぇ」
「張り切ってるだけでこのレベルかっての……」
「いつもより明らかに体が軽いね。アンタがいるからじゃないか?」
……そりゃあそうだ。夢の中なんて抽象的な空間は、見ている人物の主観で全部が決まる。ここはエリザの夢だ。その中におけるカラミティ・メアリは、圧倒的な力の象徴だ。本物の強さなんて知る由もない。それが何に比べてどうだって、エリザにとっては、目の前の圧倒的な暴力がカラミティ・メアリだった。
「言っておくけど〜……メアリを倒してもなんにもないと思うよ〜? ねむりんが呼び出して、ずっと前からここにいるんだし〜……」
「……そんなのわかんねぇだろ」
「ねむりんは暴力反対だけどなぁ」
何気なく視線をやると、ねむりんの隣にカラミティ・メアリが控えている。その顔を見て歯を食いしばり、引き金に指をかけようとして、うまく動かない。
「ねえねえ、お名前は?」
「……ダーティ・エリザ」
「エリザちゃん! エリザちゃんは〜、どうして銃を握るの?」
「んなの……」
彩音燐音との戦いを思い出す。あの時の本音は、今も変わっちゃいない。
「友達を守りたいから?」
「違う。あたしはそんな、高尚なやつじゃない」
「じゃあ、どうしてなのかな?」
「この銃は」
あの女を撃ち殺したいから、ずっと握っている。すぐにでもそう答えてやろうとして、少しだけ、踏みとどまった。ここが夢の中だからか。いつの間にか目の前にはリッカーベルの映し出された、古いテレビがあった。
「わぁ、これ、リッカーベル? すっごく昔じゃない?」
記憶が巡る。リッカーベル自体は、仄香が生まれるよりずっと前から存在するアニメだ。それこそ、奈緒子が子供の頃──つまりに流行ったものだという。30年は前の話だろうか。けれど見た事のある魔法少女アニメなんてこれくらいのものだ。激情家だけれど根は優しく、戦って解決する彼女の活躍に、声を押し殺してまで感動したのを覚えている。
「古い……よな。あぁ。でも」
幼い頃、一緒に暮らしていた頃のメアリ──奈緒子は、確かに今からしてみれば酷い親だった。気まぐれに与えるものは当時の年代からすれば的外れなもので、リッカーベルだってそう。あとはほとんど、飛んでくるのは酒の空き瓶か拳か何かで、飴玉ひとつでさえ宝物になるくらいだった。声をあげれば殴られた。あげなくても殴られた。それが当たり前だと思い、必死に耐えていた。
あの痛みの数々は覚えている。思い返せば異常だ。復讐の動機にはなるだろう。
だけどそうじゃなかった。自分を痛めつけたから、まともに育てようとしなかったから、銃口を向けたいのではない。それなら親父だって、仄香が魔法少女なんかになって、こんな場所に出入りしていても気づかないほどの放任主義。どころか放置に等しい。だからって、どちらも恨む気にはなれない。
息を整えた。復讐じゃなかったのだ、最初から。何を擲ってでも、この出来の悪い世界の中で、
誰よりも強く、誰よりも残酷で、誰よりも美しい。母の在り方に、そしてあの夜に立った殺戮者の姿に、憧れていた。
「あたし、あんたみたいになりたかったんだ。勝手にいなくなりやがったあんたの背中を、追いかけたかった」
夢の中の虚像のメアリに向き合う。こいつは虚像だ。焼き付いたあの日の光景を投影しているだけだろう。
手の中にある銃の重みは変わらない。疲れ果てた腕には重すぎるくらいだ。それでも深く息を吐いて、体を起こす。立ち上がる。そして、両手で静かに、拳銃を構えた。
「終わりにするよ。こいつはさよならだ」
「……そうかい? 寂しいねえ」
「勝手に寂しがってろ。あたしは、あんたにはならねぇ」
カラミティ・メアリには手に入らなかったもの。大事な相棒を──スワローテイルを、エリザは持っている。それは陳腐な綺麗事で、
殺すべきはメアリではない。メアリなんかに憧れた、幼い頃のまま止まった自分自身。撃ち抜くべきは、鏡像だ。
「じゃあな──!!!」
トリガーに力を込める。銃撃の音が激しく鳴り響き、駆け巡った火花が、放たれる弾丸が、その向こうにある世界の色を変えた。
◇夢見枕催夢
キューティーラムは難敵だが、人質作戦は効果覿面だ。屋内がゆえにその武器や炎はうまく扱えていなかったうえ、彼女はその優しい心で躊躇をして、人質に刃を突きつけた途端に攻撃をやめた。
そしてそれはスワローテイルも同じであった。余程このダーティ・エリザが大事らしい。彼女も手を止めた。デビ☆るんるんへの攻撃が止む。
「よし……このまま……スパル・トイのこれもやめさせなさい。鬱陶しいわ」
「だよね〜! アイツ、後でキスして恥ずかしいことしてやるんだから〜!」
キューティーラムもスワローテイルも武器を下ろしている。人質がある限り、彼女らは動いてこない。今の間にスパル・トイを差し出させて、ついでにスワローテイルにも協力を押し付けてしまえばそれで終わりだ。これで、デビ☆るんるんにも、ゆっくりと眠れる夜が訪れる。
そう、信じたかった。
「──、な」
突如として、ダーティ・エリザの体が動いた。最初はわずかに口が動いただけだったのに、次の瞬間からは魔法少女らしい刹那の動作がやってくる。自らのコスチュームから金属片を引きちぎり、目を閉じたまま魔法を行使、拳銃へと変え、こちらに向かって突きつけたのだ。
──眠ったまま魔法が使えるなんて、有り得ない話だ。動けるだけでも有り得ないのに。ましてや──自分を捕らえている相手に、的確に狙いを定めるなんて。避けられるか。避けられない。寝具をクッションに、することもできないだろう。この距離では──。
考えが間に合うより先に、炸裂する銃声。貫かれ、熱くなる感覚。訪れる静寂。静寂。ここから何もなくなっていく。催夢に感じられるものが消えていく。いや──催夢が、消えていく。
あぁ、どうやら、脳天を撃ち抜かれたらこんな感じらしい。こんなの、ゆっくり眠っていられるわけがない。
呆気に取られた顔をした後、必死で駆け寄ってくるデビ☆るんるん。こうなってしまったら、もう終わりだ。せめて眠らせてあげたい。けれど、催夢のすいみんは、催夢が死ねば維持できない。彼女に毛布をかけてやる時間さえない。おやすみ、また明日を、言う暇、すらも。
「じゃあな」
崩れ落ちるその時に見上げたのは、無情な殺戮者の瞳だった。