魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
◇スワローテイル
「もよ……?」
夢見枕催夢が倒れる。額の銃創は深い。どくんと脈打ったその瞬間から、堰を切ったように溢れだしてくる。武器を放り出して駆け寄っていったデビ☆るんるんが抱えあげる。その手が血に塗れた。
その様で呆気にとられて、エリザとの再会を素直に喜ぶ暇はなかった。彼女はそのまま銃をデビ☆るんるんに向ける。突きつけられた側は、震えている。
「……もよ……やだよ、もよ……ねぇ……」
腕の中の催夢の変身が解けている。魔法少女でさえ死の淵の状況で、ただの人間だったら、あの傷から生き延びることはもはや無理だった。それでも彼女を抱きしめて、どこか傷口をぐいぐいと押さえて、なんとか出血を止めようとしていた。
「え、エリザ」
「あぁ、悪いけど話は後だ──なぁ、てめぇはどうする?」
それをやった張本人であるエリザに声をかけようとしたが、やはり銃は向けたままだった。まだ戦う意思があるとは思えない。それに、その悲痛な表情は、夢見枕催夢が本当に大事な者であったことの証拠だ。それをエリザの弾丸が奪った。それでさらに銃を突きつけるのは、やりすぎだ。
「待ってよエリザ、だってもう」
「コイツらが全部やったんだろ。因果応報だ」
吐き捨てたエリザの目に容赦は微塵もない。そんなエリザに、デビ☆るんるんは、血に塗れた手で、涙でぐしゃぐしゃの顔で、縋りついてきた。
「やだ……助けて、ねえ、助けて、治してよ、もよのこと」
「あ……?」
「デビるんが悪かったから、謝るから……もよを助けて! ほら、まだ、間に合うかもしんないでしょ、だから、ねえ」
「……あのな」
「なんでも話すから! ダイヤ様のこと? 根尾燕無礼棲の人たちのこと? それとも魔法使いのおじさんたちの話? 全部話す! だから! もよも助けて……殺さないで……」
そいつはもう助からないだろ、と吐き捨てようとしたのだろうが、あまりに必死に縋り付くデビ☆るんるんに圧されて言葉が引っ込んでしまっていた。ダスティ・ダイヤのことは聞いておきたい、が、錯乱した彼女のそれを利用するのは、やはりスワローテイルにはやりたくないことだ。
「エリザ……もうやめようよ。見てよ、その子……わたし達と、あんまり変わんないんだよ」
変身が解けた夢見枕催夢は、変身前のエリザとあまり歳が離れていないように見える。中学生くらい、だろうか。ただ、それは引き止めたい直接の理由ではなく、無理にこじつけたようなものだった。
「もう関係ないだろ。あたしだって……やっちまったんだ。今さらこいつが仕舞えるかっての」
しかしエリザも退けなかった。それは催夢をやった彼女の覚悟だ。そして、そうでなければ戻ってこられなかったものでもある。もはや差し伸べられる手はない。対話は無駄だと、ついさっき嫌という程思い知ったのに、湧き出る思いで心が痛む。
「ダスティ・ダイヤのこと、話せよ。話さなきゃ撃つ」
「ひっ、あ、うん、ダイヤ様……えっと……ダイヤ様は……デビるんともよを魔法少女にした人で……その……」
目を泳がせ、挙動不審になるデビ☆るんるん。脅されて気が動転している、というよりも、その様子は焦って、どうしようもない様子だった。
「そ、そうっ、キラキラしてて」
「……んなことは知ってる。光沢のあるコスチュームだろ。ダイヤの魔法少女なら、そうなんだろ」
「ぇ、えと、えっと……」
こうしている間にも、押さえている催夢の傷口からは血が溢れ出していた。出血量から見てもとうに手遅れだ。その血の海に急かされて、それでも情報は出てこなかった。
「何も、わかんない……わかんない……」
「は……? 何もわかんないくせに、そのダイヤ様に従ってあんなことをしたってのか」
「だって……救ってくれるって! 言ってた、って、聞いたんだもん……行く場所なかったアタシたちに、魔法少女っていう居場所をくれたのだって……だってぇ! アタシたちには! それしかなかったんだ!!」
やはり、と言うべきか。彼女らもまた使われていただけ。従ったのは己の意思だとしても、そこに至るまでの全てが、それ以外の選択肢を奪っていた。それ以上どう続けていいのか、エリザもスワローテイルもわからない。そんな沈黙が少しあって、それから、彼女が何かを思い出したらしかった。
「あ、そ、そう! そうだ! その、えっと、ダイヤ様はね。元の体? は、もう捨てて、今は隠れ家に使ってるものがあるんだって。それが──」
不意に鳴り響く魔法の端末の音。スワローテイルのものからだ。発信元はコルネリア。すぐに出て、こちらから最初の言葉を発する前に、咳き込む音が聴こえた。
「あっ、だ、大丈夫ですか!?」
『は、はい、なんとか、私は。いえ、そうではなくて、今、そちらに向かった者がいるんです』
「こっちに?」
『はい、いきなり我々から襲われて、スパルさんが』
さらに続いて起きるのは破壊音。壁が丸ごと壊されて、投げ込まれた何かが爆発を起こし、咄嗟に防御の姿勢を取る。煙が酷い。辛うじて近くのエリザやラムのシルエットは見えても、来訪者のことはぼんやりとした輪郭しか見えなかった。
『その音! 彼女です! 彼女は──』
ぶつり、通話が切れる。その頃になって、土煙が晴れた。すると目の前に立っているのは、ここに現れるとは思えなかった魔法少女だった。半透明の装飾に小柄な体躯は、何度も見てきた、間違えようがない。
「レーニャ・エレジィ……!? どうしてここに」
「……お前たちのせいだ。お前たちのせいで……思い出したくないことまで……思い出した。私は……私じゃなかったんだ」
けれどレーニャの頭には、これまで着けていたペットボトル製の仮面ではなく、もっとずっしりと重たそうな、ギラギラの宝石の仮面だ。
その手には引きずられ、傷だらけになったスパル・トイの姿もある。呻く彼女を足蹴にしたまま、レーニャはペットボトルを手に取ると、息を荒くしていたデビ☆るんるんに向かって歩いた。スパル・トイのことは、乱雑に腕を掴みながら引きずっていた。
デビ☆るんるんは座り込んで逃げる気力もなく、困惑した顔のまま、催夢を抱いたままで、顎を掴まれていた。
「人の手の内を勝手に喋る子には、こう」
「ぁ、ぐ……っ!?」
無理やり咥えさせられるペットボトル。それがレーニャの魔法の武器であることは、デビ☆るんるんだって知っている。これから何が起こるかは簡単にわかってしまった。泣きながら、デビ☆るんるんはこちらに視線を向けてきた。助けを求めている。咄嗟に飛び出しかけて、エリザが止めた。
「やら……やらぁ……しぬの……やぁ……すくって、くれるってぇ……」
「レーニャのことは救う気なかったくせにね」
これまでとは比べ物にならない衝撃波を出して、ボトルが破裂する。いくらデビ☆るんるんの身体能力が突出して高くはないといえど、破裂した跡には、頭部など残らなかった。どこかに飛んで行ったのか、周囲を見回して見つけられたかもしれないが、絶対に見たくないものを見る。自分の目を覆いたくなる。
けれど目を瞑っては駄目だ。だって目の前にいるのは、恐らく。
取り出されるのはキラキラの宝石。それを、魔法少女に変身したままで己の前に翳し、呟いた。
「変身」
光に包まれ、彼女の姿が変わる。纏うのはまるでシンデレラのような輝くドレス。そうだ、あの時、スワローテイルを魔法少女にした『魔法の国の使者』。あの時と背丈は違うようなのに、コスチュームは全く同じで、声色はレーニャから低く遠ざかっていて、何も知らなければ、それが全てを招いた元凶だとは思えなかっただろう。
「やっと出られた。お待ちかねの──ダスティ・ダイヤだよ」